35.真っ赤な空*柏木&アリス*
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九条君を移動した後、僕はいつものように帰ろうと玄関にいた。鏡野はいつもそこまで見送りに来てくれる。だが、今日は少し話がしたかった。靴を履いて鏡野を見た。
「なあ、鏡野」
「うん? なに?」
「あのさ……気になってるんだけど、九条のこと……」
鏡野は眉をひそめた。何の話かわからないようだ。……大丈夫。僕の気にしすぎだ。
「いや、いい。明日また説明やらで大変だけど、あんまり無理するなよ。今回は鏡野でなくてもいいんだから」
「うん。ありがとう。でも、私が一番警戒させないでしょ?」
「まあな。ていうか男ばかりだな」
ああ、これが問題なんだよ。何で男ばかり集まるんだ。
「仕方ないよ。私がこの遺伝子に気付くのが異性、つまり男なんだから。まあ、九条君は九条君の方から来たんだけど」
そうだ。僕が鏡野のタイプに入っていなければ、今頃というかこのままずっと関わらなかったんだ。この力の正体も気づかず、危ない橋を渡っていたのかもしれない。今も危ない橋を渡っているんだけど。
「そうだな。じゃあ、また明日」
「うん。また明日。……柏木君っ!」
玄関のドアに向かっていた僕の名前を呼び鏡野は抱きついてきた。こんな事、あの告白の時以来だ。
「ごめん。不安にさせて。私器用にできなくて」
僕は鏡野の頭を撫でた。
「いや、大丈夫だよ。僕の事は気にしないで」
本当は嬉しくて仕方ないのに、そんな強がりを言っている。毎回のように不安に思っていた気持ちが今は嘘のようだ。
「ありがとう」
鏡野が僕の胸で囁く。僕も抱きしめ返したいのに髪を撫でるのが精一杯だった。
今日はいい天気だった。遅くなり街は真っ赤になっていた。あの雨の日が嘘のように、鏡野の心を疑い疑惑ばかり思い浮かんでいたのが嘘のようだ。僕は今の気分を楽しむように真っ赤に染まった街を歩いた。
***
翌日も私達はいつものように私の部屋に集まった。そして今度は近くの方がいいからと桃李達は桃李の部屋へと入っていった。新聞紙を床に広げ、一呼吸おいた。そして皆に私の見ているものを柏木君には大学の研究室にいる彼の映像を送った。
瞬間新聞紙の上に彼が現れた。
私は彼に話かける。
「初めまして。八雲さん。私は……」
「鏡野アリスちゃんだね」
八雲さんは移動した瞬間は少し驚いた様子だった。が、今度は私が驚かされる番だった。力を持っているとは思っていたし、その力は私に似た何かだとは予想していたが、この事態も驚いていないし、私の名前さえわかっている。一体何の力を持っているの?
「あの……えっと」
いつもと調子が狂う。考えていたいくつかのシナリオは吹っ飛んでいた。この人はどこまでわかっているのか? 悪い人間ではない。見ていてそれはわかっている。だけど、やはりこういう事態は怖い。
「ごめん。驚かせたね。とりあえず、君の部屋だし靴を脱ぐね。あと、他の三人にも来てもらっていいよ」
といって、新聞紙の上で靴を脱いでくれている。桃李の部屋からは足音が聞こえてくる。私は映像を切った。その瞬間三人は入って来た。八雲さんは脱いだ靴を新聞紙の上に置き床に座った。私達も八雲さんの前に座った。
「あの、どこまで知っているんですか? いったい何の能力を持っているんですか?」
もうなりふり構ってられない。八雲さんの能力がわからなければ話にならない。
「ああ、君のお母さんと同じだよ。鏡野清華さんと」
「母と……未来を、今を見たんですね」
「そう。君からいろいろ聞いたよ。だから、もう一度聞かないといけないんだ。いろいろを」
「もう見たのに?」
「そう。ややこしいんだこの能力は。多少の未来は変わる。聞かなければ聞かなかった事になると思う」
多少の未来。大筋は変えられないってことか。
「じゃあ、話します。私の話を」
八雲さんはわかっていた長い話になることを。だから、ここに来てすぐに座ったんだ。
未来が見えるってどんなだろうかと、母を思い何度も想像した。私の能力もいいものではないが、母のもいいものには思えなかった。自分の死やその後を準備し続けた母は何を思い私や父といたんだろう。別れを知っていながら知らない振りを続けて……。
私は自分の能力が目覚めそれから母の研究に気付いて、ずっと母のノートを解き続けた事を話した。ファティマの預言も。ブロックの事、遺伝子の事を。八雲さんはすべて聞いて知っているんだろう。驚きも何もなかった。知っている話を聞いているんだ。未来を見て知っているんだ。
引き継ぐように柏木君が自分の能力のことを話した。そして九条君が続いた。そして桃李は皮肉っぽく笑いながら言った。
「僕は持っていません。遺伝子ではそうだけど」
「うん。ありがとう。長い話を。じゃあ、僕の話をしよう。まずは能力だけどさっきも言ったけど未来が見える。ただし、あんまり出来のいいものじゃないらしい。自分では操作出来ないんだ。勝手に見える。でも、決定ではない。多少は変わる。本当に多少だけどね」
「じゃあ、何度か人を救ってたのは見えたから?」
そうだ。私が八雲さんを信頼したのは何度も交通事故やその他の事故から人を救っていたからだ。じゃあ……死は……。
「そう。だけど、変えられない」
「えっ!?」
「死は避けられないんだ。何度かやったけど全員だめだった。死に方が変わるだけなんだ。さっきも言ったように多少の未来は変わる。だけど、大筋は変わらないんだ。まるで何かに操られてるかのように。僕は僕に関係のない人の未来を見せられた。死を。止めない訳にはいかない。だけど、毎回別の死がやって来る。そのうちに諦めたんだ。僕には救えないと。そしたら見なくなった」
「まるで死は変えられないって教えてるかのよう……」
母もそうだったんだろうか。だから、自分の死を受け入れ死後の準備をはじめたのか。
「じゃあ! 美咲は? この力で救った……美咲も……」
柏木君が絶句した。死は変えられない……
「いや、君の能力で妹さんだよね? 妹さんを救うのは決められていた運命だったんじゃないか? この力でアリスちゃんにお母さんがいろいろと伝えた事も能力があったからだ。僕らの力も運命の歯車の一つなんじゃないかな? 九条君がいい例じゃないか?」
「ああ、鏡野さんに会わなければ、彼女の力、柏木君の力がなかったら僕は今も部屋にこもってる」
どこか遠くを見るように九条君は言う。
「じゃあ、全ては天の神様の言う通りってこと?」
運命の歯車にされてるよう。
「わからないけど。神様なんて信じてる訳じゃないけど、何度も経験したらね。」
……じゃあ、ファティマの聖母は……何なの! だんだん腹が立ってきた。私の人生のほとんどをこのことに費やしてきたのに、全ては操られてきたの?
「八雲さんはどうやってブロックまでたどり着いたんですか?」
桃李が聞いた。そう、あれは母が作った物だし……八雲さんは突然作成をはじめたように見えた。
「あれも見たんだよ。未来でアリスちゃんが解体したブロックを見せてくれたから。これを作るのが合図なんだって」
「じゃあ、母の論文を読んでいたのも……」
八雲さんに気付いて見ていたら母の論文を何度か読んでいるのを見て、あのロゴはこの人だと確信した。論文は家にもあったから、すぐにどんな内容か確認した。内容は母にしては陳腐なものだった。ただ、題材が超能力の研究だったのだ。人にいろいろ聞き回ったりしたので書かざるを得なかったのかとも思うぐらい内容のない物なのに、八雲さんは何度も見ていた。なにか私の見落としがあったんだろうか。
「いや、あれは偶然見つけたんだ。鏡野清華さんの他の論文は全く普通の論文なのにあれだけ出来が悪い、というか何も証明もしてないんだ。ただ超能力の種類で未来を見る能力についてやたらに他よりも分量が多く書かれていたんだ。それで気になって何か自分の能力に関係あるんじゃないかって。でも、何もなかった。けど、君が見ていたということは、これもお母さんの仕組んだというか見た未来だったんだね」
「……」
母はどれだけの未来を見てたんだろう。これからの事も見ているんだろうか。最終ページの雪の結晶まで……
「アリスちゃん研究室も見せてもらっていいかな? ブロックも見ないと。僕はここにくることが出来なくなるから」
「ええ、はい」
研究室に向かいながら、私の苦労は何だったんだろうと思わずにいられなかった。八雲さんの事を連れてくれば話は早かったのに。彼なら全てを簡単に解いただろう。何だかすごい無力感に襲われる。
「アリス大丈夫か?」
珍しく研究室の暗証番号を間違えた。桃李が心配そうに覗き込んできた。涙で前が見えなくなった。瞬きで涙が頬を伝い涙は後から後から私の頬を濡らして行く。
「アリス?」
桃李が抱きしめてくれる。私はしばらく桃李の胸で泣きじゃくった。
「もう、大丈夫か?」
私の涙が止まった。泣くだけ泣いたら何だかスッキリした。今まで頑張ってきた事が全てバカらしく思えてきた。私何をやってたんだろうと。
「君の今までの事は無駄じゃないよ。君が動かなかったら僕らはここにいないんだ。それまでの事がなければここには辿り着かないんだ。わかる?」
沢山泣いた私には声が出せなかった。だからただ八雲さんの言葉に頷いた。何度も。意味があったんだ。そう、意味が。
桃李の胸から出てロックを解除した。いつものように。
中に入って遺伝子の機械の電源を入れて、私が解体したブロックを八雲さんに見せた。八雲さんは素早く解体して中を確認した。遺伝子のサンプルで説明しようと思ったけど、八雲さんは学者らしくそこにいた全員の遺伝子をとり機械にかけ、遺伝子が変わっていないサンプルとを何度も確認した。
その間に私は落ち着けた。気付いたら柏木君が手を握ってくれていた。ああ、やっぱり彼は優しい。ここにいる皆優しい。泣いてる私が落ち着くのを何も言わず待っていてくれた。心にあったかい何かが膨れ上がった。一人じゃない。前にも思ったけど、今は更に強く思う。泣きながら一人で頑張っていた頃のことを思い出して余計にそう思えた。
頑張ったからこそ皆がここにいるんだ。桃李にもわかってもらえたんだ。九条君は部屋を出て学校に行き友達を作り家族との時間を過ごしているんだ。私のしてきたことにはちゃんと意味があるんだ。そう思えてきた。大丈夫だよ。お母さん、まだ私頑張れる。最後まで何度だってやって見せる。この力をなくすまで。
八雲さんはブツブツいいながら機械を操作してやっと気が済んだようだ。母の書いた説明書をさっと見ただけで自分で操作しはじめてようやく落ち着いたようだった。
「遺伝子だとは思っていたけど、こんな昔の機械で確認出来るほど違っているなんて、よく容姿が違ったりしなかったもんだ。あるいは血が濃くなると変わるのかな? 進化論はこういう事なんじゃないか?」
まだ独り言の続きみたい。やっぱり変わってる。はあー鼓動が止まって良かった。柏木君にこれ以上心配をかけたくない。でも……九条君を見る。ダメだ。変わらない。どうしよう。
「あの八雲さんそろそろ時間が……」
桃李が声を八雲さんに声をかける。柏木君も特に九条君は早く帰らないと部屋にいない事がバレると厄介なことになる。
「ああ、そうだった。君たち高校生だったね。ごめん、つい。じゃあ、ノートは明日にでも」
「はい。あの俺たち明日終業式で、夏休みに入るんですけど」
「もう大学は休みだし、教授が海外に行ってるから僕はいつでもいいよ」
「ああ、でも、あの俺と柏木は部活があるんで……」
そうか夏休み八雲さんがいれば九条君と二人って事じゃなくなるから。ああ、でも移動は全て柏木君になるし……。
「僕もずっとってわけにはいかないから、部活終わりに全員ででいいんじゃないか? 移動は柏木君の力なんだし」
「そうですよね。じゃあ、それで。この部屋力使えないし、八雲さんは靴も鏡野の部屋だから、部屋へ」
柏木君やっぱり心配してるんだ。矢継ぎ早に話をまとめて終わらせてる。この間ので安心してくれたと思ったのに。




