3.能力
僕はもう限界だった。一体何の話なんだ。こんな場所に連れて来られていい話だとは思えない。てっきり鏡野の部屋へ行くものとばかり思っていたのに。
嫌なことはさっさと終わらせよう。曖昧なこの状態に慣れようとしていた自分にも喝をいれるつもりで鏡野に少しキツく言い放ってしまった。
そんな僕に鏡野は申し訳なさそうに長い長い驚くべき、僕にとっては二重の意味で驚くべき話を始めた。
「そうだね。今日は不信がらせてばかりでごめんね。はじめに、関係ない様だけど重要な事だから聞いてね、この部屋は母の研究室なの」
「え? お母さん画家じゃないの?」
思わず質問していた。あんな壁画描くのに素人だったのか。
「あれはただの母の趣味よ。画家なら描きたいからって自分の家に壁画なんて描かないでしょ。母は物理学者だったの。祖父の会社の研究室で働いてたんだけど、私ができて仕事を辞めたの。出産後もそのまま研究室には戻らず、祖父にこの家を要求したの。もともと誰かとやるより一人が好きだったから、一人でここで趣味程度に自分の研究を続けてたの。でも……」
「でも?」
僕は鏡野の母親を鏡野に重ねて考えていた、他者と交わらず一人でいる鏡野の教室での姿を。
「でも、母がここでしていた研究はただの趣味で研究を続けていたんじゃなかったの。この家や研究室がやたらと厳重に施錠されているのにも、ちゃんと理由があるの。ここで母が研究していたことは狙われていた。だから、公共の研究室には持ち込めなかった。一人で例え分野が違っていても研究し続けるしかなかったの」
「違う分野?」
訳がわからない。何を質問すればいいのかさえわからなくなってきた。今日はこればかりだ。
「母は物理学者だけど、そこにある機械は遺伝子を調べるもの。物理学とは関係ない。だから母は知人やいろんな関係者に得意分野以外の情報を聞いてまわったと思うの。危ない橋だけど最新で確実な情報を得る必要があったから。でも、そのせいで命を落とすことになった……」
鏡野は淡々と語る母の死さえも。ただそれがどう僕と関係あるんだろうか。まだまだ話は見えてこない。
「そのせいでって……」
聞くのもはばかられたが、こうなったら理解できるまで、話を聞くしかない。
「殺されたのよ。まだ誰がどうやって、そして命令したのは誰なのかわかっていない。はじめは犯人を突き止めることに必死だった。だけど、可能性のありそうな人は皆殺人を犯している。殺人を命令しそうな連中も皆が殺人命令を出してる。誰が母をとかが問題じゃないってわかったの。母の死に関わってようがいまいが、殺人に関わっている人は皆同罪なんだって……。あ、私が変人みたいね。これじゃ」
うん。途中から鏡野について来た事を後悔し始めていた。鏡野ってやっぱりちょっとおかしいんじゃないか、と。
「あーもー説明しても、どんどん私が怪しい人になる」
鏡野はさっき遺伝子関係の機械だと言っていたものに電源を入れ始めた。
「言葉で言ってもわからないから実際に見せてあげる。母が何を研究し、そして何故殺されなければならなかったのかを。あ、ちなみに母の死は事故死になってる。私も父も同乗していた車での事故死。私は運転席側の後部座席で父が運転していた。交差点に赤信号で先頭で停まっていたら、右折してきた車が凄いスピードで助手席に座っていた母に突っ込んできたの。母は即死だった。父は慌てて私を車外へ連れ出した。直後車は炎上した。ぶつけた車もぶつけた後、そのまま逃走しようとしてか反対車線に行こうとしてハンドルを切り損ねて電柱にぶつけて炎上して死んだわ」
「だったら殺した、ひ……」
僕の言葉に重ねるように、鏡野が話を始めた。
「殺した犯人はもう死んでる。でしょ? でも車には炎上するような仕組みのものが仕込まれていた。父の車と相手の車にもついていた。車は盗難車で犯人は普通のサラリーマンだった。お金にも困ってないし、車を盗む理由がわからない。おまけに爆発する仕組みにしてるなら自爆テロ的だけど死者は母とその男だけ。母を恨む人間関係調べたけど、その人とは全く関係なかった。父も同様。祖父まで調べたけど関係なかった。だから、不信なことが多いけど事故死にされたの。父も祖父も納得できなくて別々に調べたけど、全く何も出なかった」
鏡野はやはりその話は辛いのだろう声が沈んでいった。だが、ここまで来てわからないまま帰る訳にはいかない。鏡野がいくら辛そうでも聞くしかない。
「なんで、鏡野はそんな確信ありげに真犯人がいて、さらにそれを命令した人間までいるってわかるんだよ?」
責める気はないんだけれど話がわからな過ぎる上に、どう自分と関わって行くのか不安になってきたからか責める口調になってしまう。
と、どうやら先程電源を入れた機械が使えるようになったらしい。明らかに機械音が変わった。
「だよね。私の能力知らなければ、ただの被害妄想でしかないよね」
「能力?」