002-003
おもむろに、提示のファンファーレが鳴り響いた。
各々、席に着き、のんびりと閑談していた一族の間に緊張が走る。
一斉に威儀を正して、さっと起立をした。
皆、食卓を離れ、扉のほうへ移動する。
衣擦れの音もせわしなく、一列に並ぶ。
順番は、厳格に決められている。
戸口に近いほど、その地位は軽く、食卓に近づくにつれ、重くなってゆくように並ぶのだ。
食卓の主賓席にもっとも近い場所に佇んでいるのは、長兄だ。
次は彼の生母、乳母、背後には彼らの世話係と護衛が複数つき従う。
乳母も世話係も、滅多に異動することはなく、王家の後継者が生まれた瞬間から、一個の核家族のように連れ添うのだ。
さて、その次はおれの一派だが。
おれのために横に並んでくれる親族はおらず、ただ後ろに、見知らぬ給仕が臨時についているだけだ。
おれには仮の核家族は存在しない。
正面の両開き扉が大きく左右に割れた。
王のおなりである。
精悍な面差しに口髭を蓄え、幅広な銀の王冠を広い額に乗せて。
がっしりした背中を流れる直毛の金髪と共に、銀狐の毛皮の縁取りを施した紫紺のマントを鷹揚に翻しながら。
毛皮は献上品などではない。
王が自ら仕留めた、狩りの戦利品から作らせたものである。
五人の喇叭吹きが重厚な調べを高処から降り注ぐ中、王は四人の小姓を従えて上座へ向かう。
王の歩みに合わせ、列席者が順番に膝を折り、頭を垂れて敬意を払う。
「父上」
王が前方を通過しようとしたその時、末の弟は膝を折るかわりに、親しみを込めて呼びかけた。
変声期まえの、澄んだ声で。
敬愛の念を満面に表し、無邪気な誇りを薄青の両眼に輝かせ。
一点の翳りもない真っ直ぐな視線……王は歩調こそ緩めなかったが、一瞬、目を細め、まだ自分の腰のあたりまでしか背丈のない息子の頭に片手を置いた。
長さこそ不十分だが、その、天然の王冠さながらに光をはじく素直なプラチナブロンドを、クシャッと、鷲掴みにしたのだ。
弟は頬を紅潮させて、乱された髪を嬉しげに両手で撫でつけた。
母親が、まんざらでもなさそうに、髪を直すのを手伝ってやっている。
弟より六人、間をおいて、王がおれの目前にさしかかった。
おれは左手を右の胸に当て、膝を折り、頭を下げた。
王はおれの前を通り過ぎた。
おれは王の紫紺のマントが、暗灰色の縞模様が波打つ大理石の床を、ゆっくり這ってゆくのを見送った。
おれたちは互いの存在を、形式に則って、じつに行儀良く、礼儀正しく……黙殺した。
王は上座に到着した。
そして、両手を広げて一同に着席の許可を与えた。
皆、それに従った。おれも。
王みずからは、まだ立ったままで、告げた。
「今宵は今一人、余の食卓に着くべき人物が居る……来られよ」
王は、いまだ開かれたままの扉へ向けて、手を伸べた。
喇叭吹きたちは姿を消し、入れ替わりに、待機していた宮廷楽士たちが、優雅で軽快な弦楽四重奏を演奏しはじめていた。
王に招かれて広間に現れた者を見た途端、おれはみずからの心臓が、再び溶鉱炉と化すのを感じた。
息苦しさに耐えかねて、襟元に手をやり、タイを緩める。
なんと、あの白蛇の化身ではないか!
異国の、ゆったりした民族衣装の裳裾が、床を這う。
蛇の歩み、そのもののように、妖艶。
金糸の唐草模様を末端にあしらった、深紅の外衣。
真珠の巻き毛を頂く頭には、繊細な黄金細工のサークレットに、半透明な朱色の紗。
彼女は、差し伸べられた王の手にみずからの手を重ね、軽く腰をかがめた。
神秘的な身のこなし。見たこともない辞儀の作法。
王は一同を見下ろして言った。
「皆に紹介しよう。こちらは、はるか南方の国ナハシャよりの客人、ノエル・ナハシャザーレ姫にあられる」