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002-002

 その夜。

 憂鬱な晩餐の席に、おれは着いた。

「やあ、これは、わが親愛なる弟よ」

 さっそく長兄が、ひやかした。


「久しく会わなかったけれど、元気にしていたかい?」

「おかげさまで」


 おれは即刻、皮肉には皮肉を返す。

 おれの動じぬ風情に、兄は鼻をならし、肩をすくめた。


 十にも満たぬ子供の頃は、こいつとの三つの年の差は大きく、口先のみでさえ散々にやりこめられたものだが、近頃はおれだって、言うようになったのだ。


 しかし、この兄など、まだ可愛げがあるとも言える。

 気まぐれにせよ、あてつけにせよ、おれにちょっかいを出そうとするだけ、まだ。


 弟や妹たちは、おれと口をきくのすら禁じられている。

 それぞれの母親たちに。

 二言三言、挨拶を交したとて、それでおれの赤毛が伝染する道理もあるまいに。


 あの母親たちが、食事のとき、子供の傍らに陣取り、あれやこれやと世話をやく様子は、おれの胸を悪くさせる。


 おれは、あんな扱いを受けたことがない。

 甘ったるい練乳が、べったりと五体に纏わりついてきそうな、甲斐甲斐しくも鬱陶しい、あのような扱いは。


 おれがまだ、スプーンもまともに使いなれぬ頃、しょっ中、粗相をしたが、そのときも給仕が、ただひたすら職業的に、おれの周りを片づけただけだった。


「……ごめんなさい」

 その度に、下唇を噛み、赤面してうなだれ、羞恥のあまり半べそをかきながら、無作法を詫びなくてはならなかった。


 が、何度謝罪の言葉を口にしても、おれが許されることはないのだった。


 おれの胃は、きりきりと痛んだ。

 料理の味は一切わからなかった。

 野菜は紙を咀嚼するよう、肉は麻袋を食むようだった。


 その頃のおれと同じくらいの小さな妹も、この席にいるのだが、彼女も昔のおれに負けないくらい、粗相の大盤振る舞いだ。

 この座の主役……つまり、王も登場せず、まだ前菜も運ばれていないうちから、やんちゃのやりたい放題である。

 しかし、当時のおれとちがうのは、彼女の母親がそれをかわいらしいと評し、周囲の者も調子を合わせているところだ。


 昔のおれには、冷たい嫌悪のまなざししか、向けられたことはなかった。

 あの刺々しい薮睨み、不快感剥き出しの舌打ち。忘れられない。


 そういうわけでおれは、この差を見せつけられるのが嫌さに、夕食に間に合わぬよう、わざと遅く帰城することが多いのだ。

 が、今日は昼日中から場内に居た。

 逃げ隠れはできない。


 いや、例えば仮病を使ったりとか、方法はないわけでもないが……まあ、たまには顔を見せてもよかろう。ちょっとした嫌がらせに。


 彼らと過ごす時間は、おれにはちっとも楽しいものではないが、その点について言えば、あちらさんたちの方がもっと楽しくないに相違ないからだ。

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