001−003
いつものように、おれは森にいた。 季節は初夏。
新緑がまばゆいばかりの生命力を放ち、蒼穹に雲の白さが一段と映えるこの時季は、森に生きる動物たちも、活発に動き回る。
とくに、この春うまれたばかりの子供たちは、みずからの元気を持て余してさえいる、可愛らしい盛りだ。
まるまる、ころころ、よたよたしながら、周りのものすべてに、無防備な興味を示す。
かれらの無邪気であぶなっかしい仕草に、おれは魅了されずにはいられない。
相好をメロメロに崩さずにいられない。
おれは早々に馬から降り、カシューナッツ入りのチョコレート菓子を頬張りながら、ぶらぶら歩いていた。
鼻歌まじりの上機嫌。
顔見知りのキツネの夫婦に挨拶をしにゆくのだ。
たしか、可愛いチビを四匹連れていたはずだ。
菓子は少し残しておいてやろう、チビたちへのおみやげに。
はずむ足取りで彼らの巣穴に出向いてみれば。
そこは、もぬけのからだった。
「もう」
おれは一人ごちた。
「ひっこし魔なんだから」
頭上でカケスかなにかが、ケケケケッという下品な笑い声に近い怪音を発した。
「なんだよお」
おれは顎を上に向け、片手を振り上げて、そいつを威嚇した。
鳥は再びおれに、ひとしきり嘲笑を浴びせてから、余裕たっぷりに飛び去った。
おれはその場で、しばし考え込んだ。
彼らの新居を探してまわろうか。それとも今日はおとなしく、陽だまりの「冠花庭園」で静かに本でも読んでいようか?
恒例の月末試験が迫ってきているし、そろそろ自主学習に本腰を入れなくては。
今月はおれも気候の陽気さに浮かれてしまい、つい遊びすぎた。
今がんばっておかないと及第点をもらえないかもしれない。
それは困る。とても困るぞ。
待てよ。
本気で勉学に励むなら、うららかな花の絨毯の上よりも「眠竜樹」の根元のほうが落ちつけるのではないか……。
利き足に重心をかけて腕組をし、あれこれ悩んでいるうちに、おれは、のどの渇きをおぼえた。
あんなに菓子をぱくつくのではなかった。
思案の続きは、こいつをどうにかおさめてからにしよう。
「プランセット」
やや手前で待たせておいた愛馬を呼ぶ。
おれよりも遥かに深遠なる哲学的思考に耽っていたかのように、孤高な立ち姿だ。
ゆったりとした歩様で、呼びかけに応じて近づいてくる。
ちなみに月末試験とは、おれと教師連中との間で取り決めた「相互のための妥協案」である。
おれは森にいたいし、教師連中の顔なんぞ見ていたくもない。
顔を見たくないのは向こうも同様だろうし、おれに付き合って森へ来るのも真っ平だろうし、第一、おれが許さない。
この聖域に、あんなヤツらを入れるなんて。
だからおれは森で自習して、定期的に彼らの試験を受けるという方針を提案したのだ。
連中は、しかつめらしく相談しあったあげく、同意した。
彼らもそれぞれ、高尚なご研究やら私生活のゴタゴタやら人生を楽しむのやらで、いろいろと、忙しいらしいから。
おれにかまけて貴重な時間をつぶすよりは、そういう事柄に当てたほうが遥かに有意義ではないか、という、おれの誘い文句は、彼らにとって、かなり美味しいエサであったにちがいない。
おれにつけられた教師など所詮は、この程度の者ばかり。
おかげで助かっている。
熱血漢は手におえないからな。
プランセットの鼻面や首などを軽く叩いてやってから、おもむろに、その背へ跨る。