表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/30

005-001

「ちっくしょおっ、なんてことしてくれやがったんだ、このアマ!」

 港町の喧騒のなかに、ひときわ大きな濁声が響いた。


 おれは旅の途中だった。

 レムノンへ、もとい、レンツールへ還るのだ。

 理由は単純、時空をゆがめるあの怪現象を待つためだ。


 どういう原理であんなことが起きたのか、いまだに理解に苦しむ点が多々あるのだが、とりあえず『あの場所』に近いところに居た方がよいのではと、ふと思ったからだ。


 確たる証拠もない、思い込みの結論なので、旅路も別段急いではいなかった。

 また、四年に渡る無計画無鉄砲無節操な生活が、すっかり板についてもいたので、旅費も旅程も、実に、ずさんであった。


 路銀が尽きればその土地で日雇い仕事などをして稼ぐ。

 おれは賭け事にけっこう強いので(なにをかくそう、師匠のビアズレーより上手かった)スズメの涙の賃金を、何倍にも膨らませるのが得意の裏技だ。


 今日も今日とて、カードでちょっとばかりダーティな手を使って儲け、宿屋兼酒場に引き上げようとしているところだ。

 夏の日にさらされ、汗みずくになって肉体労働に従事した後、デリケートな頭脳プレイをやってのけたのだ。

 おれはささやかな勝利間に酔いしれながら、ようやく涼しさをはらんできた夕風を心地よく受け止めつつ、したたかで活気に満ちた群集の流れに身を投じた、まさにそのときのことだった。


 前述のわめき声に続いて、鞭のうなる音。

「あ、兄貴、鞭はヤバイよ、傷がついちまう」

「ばかやろう、こいつはもう売り物にゃならねえんだよ! 見てみろ、この顔、腕、胸、肩! 滅多にいねえ上玉だから、手もつけねえで個室まであてがってやったのに、どこで手に入れやがったか、ガラスの切っ先でてめえの身体、切り刻みやがってよ……こうなりゃもう、遠慮なんかしてやる事はねえ!」

「だ、だけどよぉ、兄貴……」

「うるせえんだよ、てめえは! ……あっ、待ちやがれ!」


 おれは別に、こんな会話を聞きたかったわけではない。

 いやでも背後から耳に飛び込んでくるのだ。

 奴隷船の着くところ、奴隷商人は必ずおり、酷い扱いを受ける奴隷もまた、どこにでもいるので、おれは気にとめなかった。

 おれには関係のないことだ。


「奴隷が逃げた! だれかその女をつかまえてくれ!」

 声とほぼ同時に、おれに身体にぶつかるものがあった。

 反射的に、おれはそいつを、つい捕らえてしまった。


 チョコレート色の肌。なめらかな肩に垂れかかる黒葡萄の房。アーモンド型の黒い瞳。

 驚きと怖れ、怯えと絶望。

 手負いの獣の、いかがわしいまでに妖美な面差し、その魅力。

 ボロ雑巾とみまごうばまりの、粗末な麻の単衣だけを、豊満かつ、しなやかな肉体にまとい、いたるところから熱い血潮をしたたらせ。


 われとわが身を、切り刻んだか。

 痛々しいほどのこの矜持は、おれに、かの人を思い起こさせた。

 そういえば年恰好も、あの頃のノエルタリアと同じくらいだ。

 王女と奴隷。

 まったく対照的であるのに、身分も、外見も。


「ありがてえ! あんた、離さないでくれよ! 頼むぜ!」

 人買いが追いすがってきた。娘はもがいた。が、おれは力を緩めなかった。

 娘は最後の手段とばかり、おれの手首に噛みついた。


 おれはフェミニストではない。

 自由なもう一方の手で、娘の横っ面を、腹立ちにまかせて、張り飛ばした。

 娘は炉用に倒れこみ、動かなくなった。

 気絶したらしい。


 品のない愛想笑いをおれに向けた後、さっそく娘に手をかけようとする人買いに、おれは金貨を二、三枚放ってやった。

「傷物の奴隷女には、多すぎる位だろう」

 人さらいはなにか言い返そうとしたが、おれの顔を見ると、言葉を飲み下した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ