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さて、おれは近代史にも目を通し、様々な情報を得た。
西方の国々はウェズスというひとつの連邦となっており、ばらばらだった王国の群は、共和制のもと、どうにかまとまっていた。
国々の首都であった大抵の場所には、国王のかわりに元首と呼ばれる、民衆の中から彼らの支持によって選ばれた者が、管轄区域を統治していた。
……が、結局のところ政治機構がどうなっていようと、今のおれにはあまり関係のないことだった。
それよりも切迫した問題は、とりあえず、この、空腹だ。
おれは愛には飢えて育ったが、食い物に飢えたことは、それまで一度もなかった。
飢餓とは、じつに、耐え難いものだ。
こんなにも、辛いものだったとは……。
なにかを手に入れるには貨幣が必要だ。それくらいは知っていた。
そして、それは二百年後でも同じだった。貨幣の形は変わっていたけれど。
だが、あいにくとおれには持ち合わせがなかった。
生まれてこのかた、手にしたことがないのだ。
おれは図書館を出、ふらふらと街中をさまよった。
飢えて死ぬのは、とても辛かろう。今でさえ、こんなに辛いのだ。こと切れるまでどれくらいの時間がかかるのか。
『こんな責め苦に苛まれるくらいならば、いっそ……!』
路地裏でへたりこんでいたおれは、決意を固めておもてを上げた。
これ見よがしに腰に巾着をぶらさげている男に狙いをつけると、すぐさま行動に走った。
初めて働いた悪事は、ものの見事に失敗した。
「は、はなせ! はなしたまえ! ぶぶぶ、無礼であろう、ひとの襟首をつかみあげるなどと!」
おれは宙で足をばたばたさせて、見苦しくもがいた。
「けっ、なーにが無礼でい、このガキャ、ほとんど私語のお上品言葉つかいやがって。そんじゃ、お聞きしますがね、浮浪者のおぼっちゃま、他人のふところ狙うのは無礼とは言わないんで?」
おれとしたことが、空腹のあまり判断力が著しく低下していた。
巾着だけしか目に入らず、その持ち主が雲を突くような筋肉だるまの大男であるのを、てんで念頭に入れていなかった。
筋骨たくましい赤毛の(おれと同じだ)中年男は、片手でおれに顔を自分のと同じ高さにまで持ち上げ、不潔な髭面を思い切り近づけてこう怒鳴り、それからおれを地面に放り投げた。
「ったく、よりにもよってこのビアズレーさまのカネを掠め取ろうとするなんてな。恐れ入ったぜ」
ビアズレー。
父王と同じ名だ。