002-004
それから三日の間、おれは病気になった。
病気としか言いようがない。
仮病なんかではない。とんでもない。おれはたしかに病気に罹ったのだ。
おれは……森へ行くことができなかった。
城を出ることができなかった。
これを病気と言わずして、なんと言おう?
おれが……このおれが、森へ行きたくないと思うなんて!
原因はわかっている。
彼女のせいだ。
再会した時点で、おれははっきりと自覚した、みずからの初恋を。
おれは彼女の傍から、これ以上離れたくなかったのだ。
とは言っても、早とちりをしてはいけない。
おれが彼女の姿を拝めたのは、せいぜい一日一回、晩餐の席でだけで、決してべったり彼女にはりついていたわけではない。
人間嫌いで見栄っ張りのおれに、そんななりふりかまわぬ真似ができよう筈もない。
おれは耳をぴんと尖らせ、彼女に関する情報を……ほとんどは、情けなくもはしたないことに、宮廷人達からの盗み聞きなのだが……仕入れようと努力した。
おれの気持は、かなり切羽詰っていた。
不毛の大地を彷徨う旅人が、飲み水の一滴でも渇望するように、彼女のことをより多く知りたくてたまらなかった。
が、おれは素直にできていない。
おれの心中は、この魂の痛みは、だれにも悟られてはならないのだ。
誰にも! 彼女にも!
他人に弱みを見せたらお終いだ、という強迫観念は根強かった。
だから三日もかかったのだ。
例えば、彼女付きの女官の一人でも捉まえて、指輪のひとつも握らせることができたなら、事はもっと容易だったに違いない……ああ、おれにそんな芸当ができたなら!
このくだらない虚勢を、かなぐり捨てることができたなら!
実際おれは心の底から望んだものだが……それは魚に空を飛べという無理難題にも等しい……。
おれは苛々しながら、辛抱強くも三日かけて、彼女について二、三の事柄を知るに至った。
一、彼女は口をきかない。喋れないわけではないらしい。故国の因習により、他民族には声を聞かせてはならぬらしい。したがって、対話は筆談でおこなわれる……と言うことは、こちらの言葉は一応理解できると言うことだ。
一、南方民族の特徴である褐色の肌、黒髪、黒い瞳を彼女は持っていない。彼女は突然変異の白子であり、故国でも特別な(おそらく神聖な)扱いを受けていたらしい。
一、彼女はナハシャの差し出した、いわば人質で、近い将来、長兄の側室に……。
最後の事実は、おれを打ちのめした。
これを知った瞬間から、彼女と同じ敷地内で呼吸する悦びは、苦痛へと一変した。
三日目のことだった。
おれは城を出た。
四日ぶりに、森へ、還った。