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Ragnarok Ⅰウロボロスの刻印  作者: alto
Oiseaux tristes
2/2

traumerai

何処からか鳥の囀りが聞こえてくる。とても暖かく、気持ちがいい。シリウスはそんなふうにうとうとと

まどろんでいた。心地の良い感覚は彼の全てを鈍らせていて、彼が瞼を開けることはない。

血や泥が付着していた筈の顔は、何故かそれらが綺麗に無くなっていて、あの激しい戦いがあったのが

まるで嘘のようだった。


人形のように目を閉じていたままのシリウスがようやく目を開けると、目に最初に入ってきたのは青空

だった。雲ひとつない快晴で、空というよりは鮮やかな青で塗られた天井のようである。

光が差し込んでいたからか、彼は眩しさに目を細めた。


(ここは…?)


そしてふと思い出す。


(そうか…俺…)


…自分は死んだのだということを。


今更になってそんな重要な事実を思い出した自分が可笑しくて、シリウスは小さく笑みを零した。

もしかしたら自分にとってやはり”死ぬ”ということは、ひとつの安息に過ぎなかったのかもしれない。


”死人に口なし”というぐらいだから、生きている者になど死んだ後のことは分からない。

勿論、シリウスもそうだった。人は死ぬと”天国”という楽園のような地へ逝くという話を誰かがしていたが、

実際そんなことはないと思っていた。…否、自分がそんな楽園に逝けるとは思っていなかった。

当時の自分は殺しすぎていたから。


そんな考えを持っていたが、それは今百八十度変わった。まさにここは”楽園”と称するに相応しい場所

だったからだ。


体を起こすと目に入ってくるのは美しい風景。辺り一面に色とりどりの花が咲いていて、何処までも続く花畑の

ようだった。


少なくともここは自分の生きた世界ではないだろう。精霊と契約する関係で世界中隅々まで旅をしたが、

こんな場所は見たことがなかったからだ。


それにここにいると自分が異質な存在のような気がしてくる。


(…マナの純度が高いな…)


”マナ”とは生命の源であり、人間も動物も、大地も…世界のありとあらゆる存在がマナで構成されている。

命ある存在はマナ無しには生きられず、世界もマナ無しでは存在することが出来ない。


この場所は自分の生きた世界よりもマナの純度(=空気に含まれるマナの割合)がかなり高い。

普通マナは空気中に紛れ込んでいて、目で見ることなど不可能。しかしここでは淡い光がはっきりと見える。

それだけマナの純度が高いということだろう、とシリウスは思う。


…まあ彼の生きた世界がここのところマナが枯渇しすぎていたというせいもあるが。



それにしてもここは美しい場所だと思う。

…たとえ”神”とやらが自分に見せている一時の安息の夢だとしても。



この美しい場所を見ていると思い出す。

花が大好きで、笑顔の綺麗な彼女のことを。


(あの方はこの場所を見たら…)


どんな風に思うだろうか。


自分にやはりその綺麗な笑顔を向けてくれるだろうか。


シリウスの頭の中で自分に向かって綺麗に笑う、可憐な女性の姿が過ぎった。


…そこで思い出す。


(殿下は…何処だ?)


大切な彼女もここにいるかもしれないということを。


あたりを見回す限り、人の姿は見えない。自分らしくないとは思ったが、それでも彼女に会いたかった。


考えるより前にシリウスの足は動き出していた…。



☆ ☆ ☆



どのくらい走ったか覚えていない。時がどのくらいたったのかも分からない。一日経った気もするし、

まだ一時間も経っていない気もする。


それでもシリウスの足は走ることを止めようとはしなかった。


永遠と続く同じ風景にも目が慣れて、最初は進んでいるのか分からなかったのが今は自分が前に進んでいると

確信できる。


(殿下・・・)


あの人に会いたくて。もう一度あの綺麗な笑顔を見たくて。


思考をめぐらせていたシリウスの視界の先に、空を突き抜けるように聳える何かが見えた。

遠くてよくわからないが、塔か樹のようにも思える。


やっと見えた違う風景に少し安心し、それに向かって走り続けた。






「泉…か。」

そこにあったのは空の青さを映した綺麗な泉とその中心にある樹の根。


突き抜けるように聳えたっていたのは樹の根だったのわけだが、ここが根元ではないようだった。

そう、まるでずっと下に続いてるような…。


泉と見比べるようにシリウスは上を見上げる。やはり頂上は見えず、青空を突き抜けている。

やはり自分の生きた世界では考えられないそれに、シリウスは小さくため息をついた。


そして自分が走り続けていたこと、それによって喉が渇いていることを思い出す。


目の前にあるのは泉。


普段の自分なら毒があるかないか確かめるところだが、生憎ともう死んでいるのでその心配をする必要は

なかった。


少しだけなら問題ないだろう。


と、シリウスはしゃがんで泉に手を近づけたのだが・・・


『なにしてるんだオマエ!!』

頭上から聞こえてきた声にそれを引っ込めなければならなくなった。



『まさか泉の掟を知らないワケじゃないだろう!?』


さっきまで全く気配を感じなかったことに驚きつつも、声の言葉から察し謝罪をしなければと見上げた先には…


「…栗鼠?」


少し出っ歯な、薄緑の栗鼠がいた。



『オイラのことはどうでもいい!!それよりオマエ…って…』



(普通…栗鼠は喋らないはずなんだが…)


自分の世界では栗鼠…いや動物が喋るなんて聞いたこともない。

しかし、ここは”天国”という場所だ。驚いても仕方がないだろう。



思考を止めたシリウスの先には少し呆けた表情の栗鼠がちょうど彼の目の高さにいた。


『もしかしてオマエ…あのひとの…』


その先が栗鼠の口から紡がれることはなく、栗鼠は一つ咳をしてから気を取り直し、再び先程の表情で

シリウスを見た。


『…それより…オマエ今なにをしようとしてたんだ?』


「喉が渇いたから水を飲もうとしていた…のだが、どうやら俺はまずいことをしてしまったようだな…。」


『そうだ、まずいこと・・・・って今なんて…?』


不思議そうな顔で問いかけてくる栗鼠に、シリウスも首を傾げる。


「いや、俺はまずいことを…」


『その前!』


真剣な表情の栗鼠に若干違和感を覚えるが、シリウスは先程の言葉を繰り返した。


「…喉が渇いたから水を…」


『喉が渇いた!?』


驚いたように言う栗鼠だったが、何故そこまで驚くのかシリウスには分からなかった。


喉が渇いたから水を飲むというのは生物の自然な欲求で、この栗鼠も当然そうなのだろうと思っていたからだ。


(まさかここの生物はそういった欲求がないのか・・・?)


天国という場所は随分自分たちの世界とかけ離れているらしい。


…だがその考えは次の瞬間崩れ去った。


『精霊が喉が渇いたなんて聞いたこともないぞ!?』


「…精…霊?」



栗鼠の(とてつもなく衝撃的な)爆弾発言によって。




―――― ”精霊”とは水や火、花、風…あらゆる非人工的なものに宿る意思。精霊は宿っているそのもの全てを

司り、特に光・水・火・風・地・氷・雷・闇の精霊は”八大精霊”と称され、強大な力を持つとされている。


シリウスは八大精霊全てと契約した。何度も彼らの姿を見たこともあるし、使役したことさえある。



(俺が・・・精霊?)


確かにあの栗鼠は自分のことを精霊だと言ったのだ。



『それにその様子だとオイラのことも知らないみたいだしな…ひよっこかよ…』


呆れたように最後の言葉を呟いた栗鼠はため息をついた。


『知らないなら教えてやる!!いいか耳かっぽじってよーく聞け…』


そう言って栗鼠は耳を穿る真似をしてから、胸を張る。


『ユグドラシルの番人、精霊ラタトスク様とはオイラのことだ!!』


(ユグドラシル?番人?…精霊ラタトスク??)


意味がさっぱり分からない。



胸を張り、誇らしげにしている栗鼠・ラタトスクとは対照的に、困惑した表情を隠しきれないシリウス。


両者そのままの状態が暫く続いたが、シリウスの反応に耐え切れなくなったラタトスクが口を開いた。


『まさか、ユグドラシルも知らないってのか…!?』


一体オマエなんの精霊なんだ?と首を傾げるラタトスク。


「先程から誤解をしているようだが…俺は精霊ではなく…人間…なんだが…」


『はぁ!?人間!?嘘つくな!!だってオマエからは濃いマナの匂いが…』


ラタトスクはそう言うと樹の根からぴょんっとシリウスの肩に飛び乗り、くんくんと探るように匂いをかぐ。


『…人間の匂いがする…』


呆然とつぶやかれたそれにシリウスは苦笑した。


『でも…最初に感じたあの濃いマナの匂いもある…一体オマエ…なんなんだ??』


「だから人間だと…」


『もしかしてオマエ…星核アストラルの・・・』


(星核…?)



真剣な表情のラタトスクがその先を口にだすことはなかった。



『ラタトスク』


『ミラ!!』





二人の背後に立っていたのは水瓶を持った美しいコバルトブルーの髪と目の少女だった。外見で判断するなら

シリウスと同じくらいの年頃だろう。



『なあミラ、ここに人間が…』


焦ったように言うラタトスクを見て、少女…ミラは穏やかに微笑む。


『知ってるわよ。ずっと昔から…私と”同じ”だもの。ねえ…シリウス?』


その言葉にシリウスは腰の右側にある剣をかまえようと手をのばす。穏やかに微笑むミラの裏側に何かが

あるような気がして。


それに彼はこの少女とは初対面だ。怪しむのは当然と言えるだろう。


「何故、君は俺の名前を知っている…?」


自分でも信じられないくらいの唸るような低い声がでた。自身の隣にいる小さな精霊が怯えたように身を震わせた

のが見える。



『知っていたとしかいいようがないの…貴方のことを』


穏やかな笑みを崩さずミラはそう言って、水瓶を傾け何かを泉に注いだ。

泉は一瞬輝き、そしてはっきりと分かるほど濃いマナが泉を包み込む。


それに思わず目を細めていたシリウスだったが、ミラは特に変わった様子もなく、シリウスの方へ視線を向ける。


『それにね…此処は人間の言う”天国”っていう名前の場所じゃないわ』


彼女はまるでシリウスの心を読んだかのようだった。先程から感じていた違和感と…不安。

精霊がいる時点でそうなのかもしれないと思ってはいたが…


(やはり…そうなのか…)


シリウスは目を伏せて自嘲するように小さい笑みを浮かべた。普通の人間ならもしかしたら死んでいないかも

しれないという事実に喜ぶ場面だろう。しかし自分の中にあるのは絶望だった。やっと手にした安息は

するりと自分の手から抜け落ちてしまう。とことん自分は運命に嫌われているらしい。

ということは、自分の愛した彼女は此処にはいないということになる。


シリウスは酷く自分が馬鹿らしく思えてきた。いない存在を見つけようと走るなんて、まるで…


子供が空を飛びたいと叶わぬ願いを口にするようではないか。自分はやはり昔と変わらない無力な子供

なのかもしれない。


だんだんと満ちていく脱力感、そしてそこに広がる違和感。


その違和感に気付くとシリウスは思案をめぐらせていく。


(しかし、何故だ…?)


ルキフェルを殺した魔術…”アイン・ソフ・アウル”は古来より禁術とされる強力な魔術だ。

禁術…つまり使うことを禁じられた魔術なのだが、その理由は全魔術中最大の威力を誇るが故に与えられた

代償…使用者の死だ。術が成功するかしないかに関わらず、魔力の消費が桁外れに大きすぎて生きていられないからだという。


世界終末のラグナロクの戦いにおいて唯一魔王…ルキフェルを殺すことのできる魔術であり、

皇帝の許可が下りてやっとシリウスも使用を認められた。


術は間違いなく成功した。そう確信できる。しかし何かを忘れているような気がして。


『もう…”夢”を見る時間は終わりみたいね…』


呟かれたそれに、シリウスは我に返る。


「教えてくれないか…此処はどこで…君はだれなのか…そして…これは俺の夢なのか…」


その問いには答えず、ミラは小さく、そして悲しげな目で微笑む。


『その答えはいつかきっと分かる筈よ・・・』


でも…と彼女は言葉を続ける。


『貴方にとってはこれが夢なのか現実なのかわからなくても…此処にいる私たちが幻想で夢の存在かは…

貴方にしか判断できない。』


表情を変え、悪戯っぽく微笑む彼女は誰かに似ている気がした。


その意味を問おうとするが、突然強烈な睡魔がシリウスを襲いだんだんと視界がぼやけてくる。

暖かい光に包まれているような気がした。


『お、おい大丈夫か…?』


隣から問いかけてくるようなあの小さな精霊の声がしたが、返答しようにも声を出すことすら億劫になって。


『大丈夫よラタトスク。彼は帰るだけだから…』


――― ”帰る”って何処に…?


その疑問も空しく胸中に消え、意識さえぼやけてきた。

どこか既視感を覚えるのは何故だろうか。


光は何もかもを消していく。これが夢なのか現実なのか思い悩んでいたことさえ。


『さよなら…またきっと会うことになるでしょうけど…』






意識が消える前にそんな言葉が聞こえた気がした…。






―――― ミラはシリウスがいた場所を少しの間見つめていた。その様子をじっと見ていたラタトスクは

彼女に問いかける。


『ミラ。…やっぱりアイツって…』


『ええ。貴方の思っている通りよ、ラタトスク。』


彼女の返答を聞くとラタトスクは真剣な表情になり、シリウスのいた場所を見た。


『それにしちゃあ自分のこと気付いてなかったみてーだけどな…。』


『干渉は禁じられているもの。仕方ないわ。それが…』


どこか悲しげにそう言うミラ。彼女が水瓶を高く掲げると、水瓶は光となって消えていく。


『世界の理…なのよ』


やりきれないように言うミラ。それは憂いと憤りを感じさせる。


『なんでこーいう風によくも悪くも”平等”なんだろーな…』


『そうね…』


沈黙が暫くの間この場を支配する。


が、鼓膜を破るようなでかい鷲の声でラタトスクとミラは我に返った。


『…まーたあの野郎ニドヘグとやらかしてんな…』


米神を押さえながらため息をつくラタトスクにミラは苦笑する。


『行かなきゃいけないみたいね』


『そーみてーだな』


ラタトスクはぴょんっと樹の根に飛び乗ると、にかっと笑った。


『んじゃ、またなミラ』


『またね、ラタトスク』


ラタトスクは音を立てずにサッと下に向かって走り出す。

ちょうど泉にぶつかったところで、ラタトスクの姿はすいこまれるように消えていってしまった。


その様子をみていたミラも上へと視線を移し、ため息をついた。


『来るのね…本当の”終わり”を懸けた大きな戦いが…』


彼女の呟きは空しく消え、穏やかな風の音だけがそこに残る。


『幸運を祈っています…』


誰に言ったかも分からないそれは風にのって消えていく。



ミラがまた穏やかに微笑むと、彼女の姿は光となって弾ける。


…風が止んだ。





―――泉の水面…樹の根を囲むように何かが落ちたような波紋ができる。やがてそれは泉全体に幾重にも

輪を描いて広がっていった。


あたりには誰かがいるわけではない。当然風が吹いているわけでもない。不自然だが、自然にできた波紋らしい。


…まるでそれはこれから始まる彼の運命を示唆しているようだった…。



























これはかなり難産な話でした…。前の連載を参考にしながら書いてるんですが、

今もですが前のもなんじゃこりゃって思うほど、文才が無いのがはっきり

わかってしまって修正が大変でした。


話は変わりますが、シリウスとミラにはある共通点があったりします。

意外と分かりやすい共通点なのでぜひ探してみてくださいね。


前の連載のときには名前がでてこなかった彼女ですが、今回は名前をだして

みました…。んー、やっぱり小説を書くって難しいです…。


それではまた次回の更新をお楽しみに!

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