Battle.88 VS初詣
1月1日、元旦。俺達は今……
「空気が……汚ねぇーーーーーー!」
アジャーに来ていた。
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事の始まりはクリスマスパーティのお開きの時だった。
ふとした事から初詣の話題が挙がり、皆で行くことになったのだ。
ついでに、初詣の後はしばらくキャロンの家に泊めてもらう事になっている。
そして当日、俺達は両大陸の上先端にある、アジャーとウィジャーを繋ぐ関所に来た。
関所にはイプサイアスの魔法陣が刻まれていて、それに乗るだけで簡単にアジャーに行くことができるのだ。
……まぁ、大陸中央辺りの学園から関所に向かうには間に幾つもの国や町がある。そこまでは黎のイプシリアスを使った。
直でアジャーに行くと不法入陸となるため、その辺りの匙加減が面倒だ。
関所は多くのハーフ人間でごった返していた。新年は皆、里帰りしたいのだろう。
何とかイプサイアスに乗ってアジャーに着き……冒頭に戻る。
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「空也さん、静かに……!」
「なんだコレ!? どんだけ空気汚ねぇの!? 嘘だろオイ……!」
「久しぶりに来ると落差が凄いですわね……。まぁ、その内慣れるでしょう。」
人の波ができている関所の空気はとにかく汚い。息を吸うだけでなんか解ってしまう。
息を吸うと、いつも吸えている分の空気が吸えていない感じがするし、とにかく何処と無く不快感を感じる。
「とにかく、まずはここを出ましょうか。ジャパン行きの飛行機が出てしまいますよ。」
ルシフェルの一言で気付く。俺は黎の手を引いて人の波を縫って前に進んだ。
ウィジャーの関所は魔法陣しかないが、アジャーの関所は空港と連結している。
そこから日本行きの飛行機に乗らなければ初詣に行けないのだ。
パスポートはキャロンに貰ったから大丈夫……と。さぁ行こう。
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「わぁ……! わぁ~……!」
黎は飛行機の窓から外の景色を眺めて目を輝かせている。
ハウエルは座席に付いたテレビで映画鑑賞、ルシフェルは早めの昼寝。
キャロンはイヤホンでクラシック音楽を聴きながら目を閉じ、寛いでいる。
ソルは……ジュースを飲みすぎてトイレに行った。そして、俺は……
――――酔っていた。
ウソだろ、なんでこんな揺れてない乗り物で酔ったんだ?
やはり空気が汚いからだろうか。いや、だがそういうのに敏感な黎は普通にしている。
「黎、空気とか大丈夫か?」
「ふぇ……大丈夫ですよ。空気清浄してますから。」
……空気、清浄、だと。
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クリアリー
初級補助魔法。
自分の周りの空気を清める魔法。
常時発動でも魔力をほとんど使用しない便利な魔法。
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見ると、一緒に来た面々は皆クリアリーを使っている。
だから俺だけ……こんな強烈に酔ってるのか……? 気分が悪い。もう寝よう……。
目を閉じると顔にくすぐったい感覚。微かに目を開けると、黎が俺を覗き込んでいた。
くすぐったい感覚は黎の髪が俺に当たっていたからだ。
「空也さん、気分悪いんですか?」
「ああ……ちょっとな……。」
「――――クリアリー」
黎は俺に魔法をかけてくれたようだ。なんとなく、息が楽になった。
黎は俺の事をにこにこと見つめている。そんな黎の頭をとりあえず撫でておく。
「しっかし、こんなに空気が汚いのにエルフは何にもしてやらないのか?」
誰にともなく投げ掛けた質問をキャロンが受け取った。
「……あなたは少しくらい歴史授業を受けた方がいいですわよ。
昔、アジャーのある国がいきなりウィジャーに攻め込んだのよ。
怒ったエルフは人間を野蛮な生物と見なし攻撃したの。
戦争は長く続いたんだけど……結果、人間の降参で終着した。
その時、人間とエルフは内政不干渉・不可侵条約を結んだ。
それ以降も仲違いは続いたのだけれど、一部のエルフはアジャーに興味を持ち続けた。
そんなエルフが増え、ついにアジャーに行くものが現れハーフが生まれたの。
当時はハーフは両種族に忌み嫌われていたのだけど、ハーフが1人増え、2人増え。
いつの間にかハーフは膨大な数になってしまっていたの。
ハーフの権利も認められはじめ、これにはさすがに何か考えなくてはならない。
アジャーとウィジャーは和解し、ハーフの住みやすい世界にしようとしたのだけど……エルフの感情ってのはそんな簡単じゃなかったのね。
『ハーフは認めないでもないが、人間だけはやはり許せない。』と、エルフは不可侵条約だけを破棄した。
それ以降動きはなく、人間とエルフは未だに内政不干渉のままなのよ。
だから、エルフがアジャーで大きな魔法を使うのは禁止。無論、ハーフもね。」
ほほぅ……わかりやすい説明だったな。
つまり、アジャー全体の空気を清めるなど莫大な魔力を消費する大魔法。
それを使うのはアジャーとウィジャーの条約で禁じられているわけだ。
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アジャーの関所で、黒いコートを羽織った白髪の男が人の波を抜けて歩いていた。
男は電光掲示板で日本行きの飛行機のゲートと時刻を確認すると、B1ゲートに急いだ。
男……久城の胸で揺れるのは赤い十字架。以前より不気味な光が増している。
(まさか、本気な筈がねぇ。息子と絶縁するってのに……あんな、紙切れ一枚を一方的に送りつけるなんてあり得ねぇ。
嘘だと言ってくれ。悪い冗談だと言ってくれ、父上……!)
久城は落ち着きなくツカツカと歩く。自らの心に渦巻く不安を体現するように。
次回予告
空也達は数時間かけて日本に到着。
意気揚々と初詣に行こうとしたのだが……
次回 Battle.89 VS貧富格差
「これがわたくしの別荘ですわ。」
「何コレ、ベルサイユ?」