Battle.76 VS黎の謎、すべて甘美な偽り編
暴走編。
「うおお!」
ハウエルは剣で巨大な手を一閃した。
二つに別れたそれは一度液状に変化し、それぞれが形を作り二つの手になった。
「増えやがった……!?
お前、一体なんなんだ!? ソルはともかく、空也が魔物なんかにやられる筈……!」
『ふん……やはり、忌まわしき神が貴様の記憶に封印を施したようだな。
私の名はマスター・ド・ソース。魔界の王だ……!』
「魔界の王……!? なんだよ、魔界って……!?」
『いいだろう、話してやる。それは遥か4000年前に遡る……。』
★☆★☆★☆
4000年前、私たちの棲む魔界はアジャーとウィジャーの間、世界の中心にあった。
その頃アジャーには人間の元となった猿しかいなかった。
だがウィジャーには既に独自の文化を確立させたエルフ達がいた。
そして魔界にはまだ若い、小麦色に焼けたちょいワルを気取った私がいた。
臣下のバカ共が私の事を口々に「ちょいワルじゃない」「ダサい」などと宣った。
キレた私はちょいワルアピールの為にウィジャーに魔物を寄越した。
そしたら神がキレてエルフにインチキ能力を授けてしまった。
エルフは魔界に攻め入ってきて、私をぼこぼこにして魔界ごと沈めてしまった。
そしたら臣下のバカ共が「プッ、ダセェ」「それでも魔王かよ」などと宣った。
とうとうブチキレた私は臣下のバカ共を皆殺しにしてやった。
それ以来、小麦色に焼けていた私の体は返り血で赤く染まってしまったのだ。
★☆★☆★☆
『……こうして、私は赤くなったのだ。』
「お前、何の話してんの?」
『そんな話ではなかったな息子よ。話してやろう、お前の出生を。』
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16年程前、私は人工受精で妻とようやく息子を授かった。
それが魔界の王子、マター。かつてのお前だった。
ところが……
『はぁ? 自分何やっとんねや? 自分この前何したか忘れとるん違うやろな?
散々エルフ様の命取った奴が何生意気にも子作りなんかしとんねん。
その子没収や没収。自分の撒いた種や、文句言わんやろな?
言うとくけどな、エルフはもっと数えきれん悲しみを仰山植え付けられたんやで?
このくらいで済んで良かった思うときや!』
と、神にお前を盗られてしまったのだ。
そこでお前は記憶と魔力を失い、人間とエルフのハーフとして育てられたのだ!
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「馬鹿馬鹿しいにも程があるぜ。」
『ほぅ、信じておらぬのか我が息子よ。
ならば、お前の側に転がっている死体はどう説明するのだ?』
「そ、それは……不意打ちでもしたんだろ! それに死んでる筈がねぇ!」
『ならば見せてやる。明確な死の瞬間を!』
巨大な手は空也を持ち上げると、もう片方の手の指で空也の胸を貫いた。
鮮血が迸る。ハウエルの顔面に生暖かいものがかかった。
「嘘……だろ……!?」
「嘘ですけど、何か?」
「は?」
「ぬんっ!」
目を閉じ、ぐったりとしていた空也の目が突然開いた。
巨大な手は空也をハウエルめがけて放り投げる。
空也はその勢いのまま空中ラリアットを喰らわせた。
「がはぁっ!? く、空也!?」
「おう、空也だぜ?
blood summonsで血を気体化させて散布しお前を見つけ、
咄嗟にドッキリを仕掛けようとしたがお前が予想以上に冷めてて、
つまらなくなってやっぱり物理的制裁に乗り換えた空也だぜ?」
「え、ちょ……だって……えっ、さっき、血とか……!」
「blood summonsで手の血を胸とか口に移植しただけだが?」
「え、おい、じゃ、ソルとか……!」
「アレはお仕置きの跡だ。ちなみにリアル出血とリアル気絶だ。
哀れだなハウエル。もっといいリアクションしておけばああはならなかったのに。」
「だって魔王がネタに走りすぎなんだよ……!
マスタードソースとかちょいワルとか、赤くなったのだとか……!」
「そこは努力するのが芸人だろうがぁぁーーーーー!」
「俺は芸人じゃな……」
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「つーか、俺を誘き出して何をするつもりだったんだ。」
「黎様ファンクラブに情報を売ろうとしてました。」
黎の情報、ねぇ……。
「つか、ファンクラブなんかあるのかよ?」
「これをご覧ください、上様。」
ソルはどこからかパソコンを取り出した。
画面には『黎ちゃんファンクラブ』と大きく映っていた。
その下にはアクセスカウンター。あなたは48673人目のお客様です、との事。
掟、と書かれたページをクリックする。掟の内容は以下の物。
『・基本的に遠くから見つめて楽しむ事。
・写真などはバレずに撮る事。
・プレゼントなどはしてはならない。』
ふむ、意外と保守的なファンクラブだな。
こういうファンクラブなら潰す必要もないだろう。
『なお、これらの掟は黎ちゃんの兄、小泉空也が関係しています。
小泉空也についてはこちらをご覧ください。』
『こちら』の文字がリンクになっていて、そこをクリックする。
『黎ちゃんの兄について
黎ちゃんの兄、小泉空也はシスコンで極めて危険です。
不用意に黎ちゃんと接触を試みてはいけないのはこの兄がいるためです。
不用意に黎ちゃんと接触し、空也に消された会員は数知れず。』
随分な言われようだな……!
だが思えば、入学当初より黎に近づく男共が減ったのはこれが理由か。
その下には、掲示板のようなスペースがあった。
『268 no name
あ、ありのまま今起こったことを話すぜ!
黎ちゃんの写真をとっていたら真っ黒い写真が一枚撮れた。
カメラの故障かと思いチェックしていたら、誰かにチョップでカメラを叩き割られた。
その後の記憶がなく、『気がついたら保健室に運ばれていた』。
何を言ってるかわからねぇと思うが幻覚や幻聴なんてチャチなモンじゃ断じてねぇ
もっと恐ろしいものの(ry
272 no name
>>268 それ空也だよ
274 no name
>>268 掟ちゃんと読めアホ
バレる位置で写真なんか撮るな
275 no name
>>268 俺なんか腕へし折られたよ』
ありもしない事を書いてるバカがいるようだな。
とりあえず返信でもしておこう……
『276 no name
>>275 嘘つくな 腕なんか折ったことないぞ』
これでよし。
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「だいたいなぁ、足止めったって俺だけでいいじゃねえか。
別の生徒まで使って……他人の迷惑考えろよな。」
「へ? 別って何の事だ?」
「ガーネットクラスの女子の事だよ!」
ハウエルとソルは困惑の表情で互いに顔を見合わせた。
(お前、なんかやったのか?)
(冗談! オレはファンクラブ連中と報酬について話してたぞ?)
……?
どうもしらばっくれている感じではないな。じゃあ一体……。
★☆★☆★☆
その頃、学園の校舎裏。
慌てて走ってきたガーネットクラス男子生徒の短い金髪が夕日に照らされ光っている。
がっしりとした体つきの男子生徒は校舎裏に誰もいないのを確認した。
すると、大袈裟に叫びながら崩れ落ちた。
「あああ~~~! 遅れすぎたのが悪かったのか?
それとも文字が汚すぎるのが悪かったのか!?」
もはや説明は必要ないだろう。
空也と邂逅したガーネットクラス女子生徒にラブレターを送った張本人である。
彼は見た目に反した詩人で、かつ見た目に違わぬ魔法拳士。
つまり、空也との面識もあるのだが……
そんな事、空也にとっては全く関係なかった。
次回予告
魔法体術の実技授業。
それを請け負う教師アヴァンは空也の体術に組み込まれた、謎の拳法に気付く。
それを見極めるため、アヴァンは空也に組み手を申し込んだ。
次回 Battle.77 VSアヴァン(前編)
「先生、怪我しないでくださいよ?」
「上等だ!」