Battle.2 VSハウエル
支給されたのは教員寮の一階、109号室。普通の都会的マンションのような外観だが、紛れもなく『魔法学園の』教員寮である。
鍵をノブに差し込み、回す。俺に続いて黎も、部屋の中に遠慮がちに入ってきた。
玄関からは真っ直ぐに3、4メートルの廊下が伸び、その先は居間だ。
玄関から廊下を歩いて1メートルあるかないかの距離に、右手に部屋がある。洋室だろうか。家具は何もなく、窓から夕日が差し込んでいる。
そこからまた1メートルも歩かないうちに、左手にトイレがある。
居間には、既にソファ、テレビ、テーブルが設置されていた。嬉しい特典だな。振り向くと、居間と厨房が連結している。オープンキッチン? という奴だ。
厨房には既に冷蔵庫が置かれている。流石に中身は空だが……。
居間からは更に三つ部屋が繋がっている。一つは、これは……また洋室か。二人分の部屋はこれで確保できるな。
もう一つは……何だ? 広い部屋で、ここだけカーペットが敷かれ、テーブルが一つと、それを挟んで向き合う一人掛けのソファが二つ。
ああ解ったぞ。応接室だな。教員寮だからな、他の教師が訪ねてきたときや、生徒が来たときとかに使うのだろう。
最後は……寝室。
「えぇ!?」
「……? どうかしましたか空也さん?」
寝室はオーソドックスなデザイン。大きな窓に若干変な柄のカーテンはあるが、小さなベッド脇の机には電気スタンドもある。
ただ――――ベッドは、二つある。一部屋に、である。二人で寝ろというのか。そんなバカな、恋人や夫婦じゃねぇんだぞ!
「……ベッド、何処に移そうか」
「このままで良いんじゃないですか?」
そう言い放った黎の表情は、とてもにこやかだった。有無を言わせぬほどに。
ファルシオン魔法学園に来て一日目。妹と同じ部屋で寝ることになりました。
★☆★☆★☆
翌朝、黎と共に登校すると、実に多くの生徒がコンクリートの登校路を歩いている。これだけ多く感じても、ファルシオン魔法学園に通う者は世界でも一握りなのだ。
二日目からは、全員がファルシオン魔法学園の制服に身を包んでいた。
基本的な制服のデザインは簡単で、ボタンが2つのスーツとネクタイに『FA』というアルファベットをデザインしたバッジ、全員共通の黒いズボン。女子は、白のYシャツにベスト、同じく『FA』バッジ、それにリボン、共通の黒いスカートだ。
この学園の制服の最大の特徴といえば、支給されたスーツやベストの色が、クラスごとに違うことだろう。
ダイアモンドクラスは灰色、アメジストクラスは紫色、エメラルドが緑、サファイアが青、ガーネットが赤、シトリンが橙、ヘマタイトが黒、そしてトパーズはベージュ色だ。
故に、登校路は実にカラフルな色合いとなっている。
学園の校門を潜ると、辺りの生徒がやたらとこっちを見てヒソヒソと話していた。
『あれが噂の……?』
『試験一気合格の娘か』
『隣の男ってトパーズじゃん』
黎は昨日、11の試験を一気に合格したからな。早くも噂になっているのだろう。黎は周囲の目が恥ずかしいらしく、頬を僅かに染めて俯いていた。
★☆★☆★☆
「気に入らないわ……」
灰色の制服――つまり、ダイアモンドクラスの生徒である女子は、さも不愉快そうに廊下を歩きながらそう呟いた。後ろには、何とも言えずにいる表情のエメラルドクラス生が二人追従している。
彼女の名はキャロン。肩まで伸ばした艶やかな金のロングヘアに、ワンポイントとして黒いリボンを結んでいる。
苛立ちからか、凛とした端正な顔立ちは少しだけ歪んでいた。女性的な曲線美を描く身体は、まるでモデルか何かのように美しい。
「何故、わたくしが……学年次席、などと……」
彼女の魔力は、確かに群を抜いて高かった。が、黎にはまだまだ及ばなかったのだ。
「まぁまぁ、子供相手にそこまで腹を立てなくても……」
「身体に障りますわよ~?」
追従していたエメラルドクラスの女子二人はそうキャロンを宥めた。
一人はウェーブのかかった紅色の髪、もう一人は栗色のショートヘアが特徴的だ。彼女らは、アルカ、フォルスという。
「……そうね。子供……子供……子供相手にわたくしが負けたと!?」
「あ~、こりゃ駄目だわ」
その時、予鈴が鳴った。
「何はともあれ、その蒼井黎という少女の事はすぐにわかる筈よ。貴女方もエメラルドクラスにお帰りなさい。」
「は~い」
「また後でですわ~」
★☆★☆★☆
明日からは授業が始まる。時間割は、それぞれの得意を伸ばす授業が組まれている。
俺は、
月曜
・炎属性魔法A
・風属性魔法
・魔法体術
・魔法体術
・特殊能力解放
火曜
・練金魔法
・闇属性魔法B
・闇属性魔法B
・光属性魔法
・歴史A
水曜
・魔法体術
・魔法体術
・氷属性魔法
・特殊能力解放
・召喚術A
・単純回復魔法
木曜
・練金魔法
・複雑回復魔法
・雷属性魔法A
・特殊補助魔法
・移動系統魔法
・LHR
金曜
・霊魂救済魔法
・魔法数式
・闇属性魔法B
・闇属性魔法B
・特殊能力解放
一時限55分の授業で、基本的に読んで字の如くな授業の内容。
また、特殊能力解放というのは、魔力をあまり持たない生徒は取っておいた方が良いとされている授業だ。
この学園の授業の特徴として、放任主義というものがある。
簡単に言うと、試験にさえ合格すれば卒業できるから、何だったら授業でなくてもいいんだよ。それで合格できるんならね。
……といった感じである。
★☆★☆★☆
さて帰ろうと校門を潜る。
……あぁ、教員寮は裏門からのほうが近かったな。
「なんだとコラァ!」
ドスの効いた声が聞こえた。
その方向に行くと、初日に俺に眼をつけていた不良……ハウエル・シュタインが一般人に絡んでいた。
「いいからとっとと金出せよ。持ってんだろ?」
「ヒィィ……」
何をやってるんだか……。
ハウエルは初老の男を殴ろうとする。
「いっ!? いててててて!」
「やめろ。年上の相手を敬いもせずに何をやってるんだお前」
ハウエルの手首を掴み、パンチを止める。
ハウエルは俺の腕を振り払うと、俺を睨みつけた。
「てめぇ……トパーズクラスの奴か。
てめぇは最初から気に食わなかったんだよ!」
ハウエルは俺に殴りかかるが、軽く避ける。
ガシャン、とフェンスを殴る音が聞こえた。
俺はその体制のままハウエルにボディブローを喰らわせる。
「ぐぅっ」
「まだまだだな、格闘の基本がなってない。
そんなんじゃ俺に喧嘩を売るのは早すぎるだろう。」
「……んだと、てめぇ!」
俺はハウエルの腕を掴み、フェンスに投げつける。
再びガシャン、という騒音が響いた。ハウエルはずるずると地面に落ちる。が、戦意はまだ消えていないようだ。
「……んのやろ……!」
「お前ら、そこで何してる!?」
警備員だ。
ファルシオン学園の外には多くの警備員がいる。
学園の外で起きた事は立派な犯罪。
なので、外側の警備に重点を置いているのだ。
「あ、やっべ……派手にやりすぎたか?」
「ど、どうすりゃ……。」
ハウエルはどうやら場数を踏んでいないようで、この事態に慌てふためいている。
そんな事をしていると、ハウエルは警備員に捕まった。
ふふ、世の中に悪の蔓延る事はない。これが正しい世界の姿なのだ。
すると突然、警備員が俺の腕を掴んだ。
「お前も来なさい!」
脳の処理が追いつかず、暫し沈黙。
「えっ、は……? 俺ぇ!?
待った待った待った! 何で俺が……!?」
「何でって……さっき派手に喧嘩していただろう!」
「いや、あれはぁ~…………。」
「つべこべ言わずにさっさと来なさい!」
り、理不尽だぁぁ……! これが現実なのか? こんな世の中でいいのか!?
俺達は警備員の怪力の前になすすべなく引きずられていった。
★☆★☆★☆
「はぁ~あ……。」
指導室という名の懲罰室に放り込まれて長々説教を喰らい、すっかり夜だ。
うん。幾らなんでも長すぎると思うんだ。
「くそ、誰かさんのせいで酷い目に遭ったぜ。」
「あぁん? んだとてめぇ、もっぺん言ってみやがれ!」
「おー上等だ、第二ラウンドといくか!?」
「「…………。」」
お互いが同時に溜め息を吐いた。
「ヤメだヤメ、下らねぇ。」
「奇遇だな、俺も同感だ。」
ハウエルは鞄を持って廊下を歩く。ついでだから気になっていた事を聞いてみた。
「お前さ、何でこんな不良紛いの事やってんだ?」
「は?」
「いや、お前明らかに不良ってオーラじゃねぇし?
分不相応なことはするもんじゃないぜ。それが本当にお前のやりたい事なのか?」
「う……るせぇ。お前に関係ねぇだろ!」
ハウエルはそう言い放ち、走り去っていった。
あ~……ありゃ本当にやりたい事って訳じゃなさそうだな。
ま、いい。とりあえず俺も帰るとするか……黎に怒られそうだなぁ……。
次回予告
いよいよ魔法の授業が始まった。
魔力の無い空也はその授業に苦戦するのだが…
特殊能力解放授業で、空也の新しい力が覚醒する!?
次回 Battle.3 VS覚醒する力
「力を求めるか…」