Battle.92 VS親子(後編)
「な――――ま、待て、落ち着け!」
「黙りなさい! あなたによって何人の子供が天国から地獄へ堕ちたことか!
その苦しみを――――知れっ!!」
キャロンの放つ魔力は蒼い光を帯び、ますます大きくなる。
さすがのアインも冷静さを失い取り乱し、怯えた表情で後ずさっている。
魔力の塊は更に大きさを増し、今にも破裂しそうに明滅を繰り返す。
まさに爆発しそうになったその時――――
「待って! ……ください!」
突然、扉が開く。そこにいたのは黎だった。
その刹那、黎に気を取られ心が――魔力が乱れた。
乱れた魔力の塊は解放されることなく、塊のまま黎に向かった。
「な――黎さん!」
急いで魔力の塊を引っ込めようとするが、間に合わなかった。
魔力の塊は部屋の壁や天井を破壊しながら黎に直撃した。
――――キャロン達からは、そうとしか見えなかっただろう。
実際には――黎は魔力の塊を片腕で受け止め、魔力を分解し空気に還元していたのだ。
魔力を分解する、まだ理論上でしか成功していない極めて高難度の技。
それにより、魔力の塊はみるみる小さくなり――――消えた。
「だ、大丈夫ですの!?」
「は、はい……。」
「我々の話を――――聞いていたのか?」
アインに聞かれ、黎は項垂れた。
「すみません……怒鳴り声が、聞こえて……。」
「! い、いえ――構いま、せんわ……。」
キャロンは大きなショックを受けた様子で部屋を出ていった。
黎はそんなキャロンを心配そうに見つめていた。
「我々の話を聞いていたのなら――聞きたいことがある。」
「は、はい……?」
「君は――どちらが正しいと思うかね? 私とキャロン、その言い分。」
黎は顎に手を当て、少し考える。
「私は――どちらも間違いだと思います。」
「ほう?」
「うまく言えませんけど――親子だから解ることがあり、そして親子だから解らないことがあるんだと思います。
だから、親子がお互い歩み寄ってお互いの意見を尊重しながら――最も良い人生の送り方を決めていけばいいんです。
親が子供を導くわけでもない、左右するわけでもない。
子供に対して親ができるのは、ただ見守ることとアドバイスすることだけです。
――なんて、親の居ない私が言っても仕方ないことですけど……。」
(親が居ない――か。)
アインはふっ、と口許に笑みを浮かべた。
「君は不思議な子だな……。」
「ふぇ?」
「私は、魔法省に自らのネットワークを確立したい。しかし、その為だけに子供に辛い目を見せたくないのだ……。」
「え――。」
「キャロンは言ったな。私が魔力の素質の無い子供は捨てたと。
実際はそうではない――魔力の素質の無い子供が魔法省に入るとなると血の滲むような努力が必要不可欠だ。
自らの我が儘のために、子供にそんな苦しい思いをさせたくない。だから――」
「優秀なキャロンさんを選んだ――ですか。」
「キャロンの言い分はまるで間違っていない。私が非情なのも確かだ。
しかし、私はあの子達に苦しい思いをして欲しくなかった――どうしてもな。
それに――キャロンへ向けている愛情も真実だ。本人の前ではつい意地を張ってしまうが……。」
宙を見ながら語るアインを見て、黎はクスリと笑みを浮かべた。
「あなたとキャロンさん……似てるんですね。」
「な――、そ、んな事はない。私は……。」
と言いつつも、満更でもない様子でアインは目線を逸らし頬を掻いた。
そんな仕草がキャロンを思い起こさせ、黎はますます可笑しくなって笑った。
「と、とにかくだな! キャロンに伝えてほしい。今、話した事を。」
「はい、わかりました。しっかり伝えます。」
「ああ、頼んだ。」
★☆★☆★☆
黎は屋敷の中で、キャロンを探した。
屋敷の中は暗く静まり返り、途中で肖像画に驚くという事もあった。
黎はまず1階をくまなく探した。しかし、そこには給使が寝ているだけだった。
2階にもキャロンはいなかった。部屋はすべて探したのだが。
残っている場所といえば、屋根裏部屋くらいだ。
黎は階段を昇り、屋根裏部屋に向かった。
全体的に茶色い部屋を見回してみるが、そこはただの物置部屋だった。
段ボールや剥き出しの木の壁。荷物のカバーなどが部屋の茶色具合を醸し出している。
困ったな、どうしよう。黎はむ~、と唸りながら考えた。
「コホッ、ケホッ」
考えているうち、埃っぽい部屋の空気に噎せてしまった。
急いで一つしかない窓を開き、換気することにした。
月の綺麗な夜だった。その光は屋根裏部屋にも例外なく降り注いだ。
外からならもっとよく見えるかもしれない。幸い、窓を乗り越えた先は屋根。
黎は窓から身を乗り出し、窓枠を掴みながら恐る恐る外に抜け出した。
しばらくそのまま月を見ていると、後ろから誰かに脇を抱えられ持ち上げられた。
「ひゃ……っ!? く、擽ったいです、降ろしてください!」
黎はじたばたと暴れるが、全く抵抗できずに窓枠の上の突起に座らされた。
隣に座っていたのはキャロン。黎を持ち上げたのもキャロンだった。
「あなたは不思議な子ね……。さっきはあんな芸当をやって見せたと思えば、今はまるっきりただの少女ですものね……。」
「?」
何を言っているかわかっていない様子の黎を見て、キャロンは笑みを浮かべた。
次回予告
月夜の下、二人語り合う黎とキャロン。
そこで、キャロンはある決意をする。
そして、久城は……
次回 Battle.93 VSすれ違い
「無くなったならまた作れば良い――自分の居場所を。」