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Visitor at Daybreak  作者: つゆくさ
9/12

8話

それからの質問は、ディーンさんの言った通り、頭が痛くなるようなものばかりだった。

エイハブさんはわたしの世界のことを聞きたがった。世界の形から国のこと、衣食住のこと、言葉のこと、とにかくありとあらゆること。自分の世界と比較しては珍しがったり、同じ部分に驚いたり、納得いかなさそうだったりと、表情がくるくる動いて忙しい。ただ、小さい子どもがやれば可愛い仕草でも、三十路くらいの男の人がやると、ちょっと引く。

そして、昼を少し過ぎる頃にはわたしはヘトヘトになっていた。もうとにかく質問量が多すぎて。コートの原材料なんて知らないよ……。

フィオンさんが止めてくれなかったら、今日はそれだけで終わっていたかもしれない。

エイハブさんはまだ質問したそうだったけど、もはや大陸を救うための質問ではなくなっていたことに自覚があったのか「今日は終わりにしておくよ」と切り上げてくれた。今日は、ってところがミソだ。次があるのかと思うと、今から疲れて来るなぁ……。

それから、遺跡へ向かった。遺跡が目覚めたことと、遺跡に深くかかわるペンダントを持つわたしがいることで、何か新しい発見があるかもしれない! という目を輝かせたエイハブさんの提案だ。


が、結論から言うと、まったくの空振りに終わった。


確かに、壁の模様を使うことで、簡単に出入りできる場所は増えた。増えたのだけれど、部屋のことごとくは空っぽだったのだ。

見事なほどに何もない。

神様への通信もチャレンジしてみたけれど、ダメ。

壁の模様を何度くぐっても、あの変な空間を通ることなく次の部屋に出てしまう。大きな声で呼びかけても、返事はなかった。

行きはウッキウキのエイハブさんが、帰りには肩を落としている姿に、何故だかわたしが謝らなくてはいけない気分になるほどに。おかしいな。わたしは悪くないはずなんだけど。

……悪くない、よね?

ああそうだ。帰り際、遺跡の隅っこに水たまりができていたのに気付いた。昨日は雨降らなかったと思うけど……なんだろ?




エイハブさんの屋敷に戻ったら、お客さんが来ていた。

装飾は少ないけどひと目で品の良さが伝わる馬車が、屋敷の玄関脇に停まっている。その馬車を見て、エイハブさんは「ああ、兄さん達が来てるのか」と、さして興味もなさそうに呟く。

一方ディーンさんは、「姉さんも来てるな……」と、ややばつの悪そうな顔。

えーっと、つまりはエイハブさんのお兄さんと、ディーンさんのお姉さんが来てるってことだろうか。それってどんな組み合わせ? と首をかしげていたら、そっとフィオンさんが教えてくれた。


「エイハブの兄上と、ディーンの姉上は夫婦なんだよ」


あー、なるほど。

玄関を抜けると、メイドさんが小走りで近付いてきた。その顔は、ちょっと慌て気味だ。


「エイハブ様、ご当主様が……」

「うん分かってる。何の用かは言ってた?」

「いえ……」

「応接室だよね。今から行くよ。ディーンはどうする?」

「俺はいい。……こっちは元気にやってる、ってお前が伝えてくれれば十分だろ」

「君がそれでいいなら。じゃあフィオン達は悪いけど、部屋に戻っててくれるかい?」

「あ、わたしはヤーティンのところでもいいですか?」

「うん構わないよ」


そのまま、エイハブさんはお兄さん達が待ってる部屋へと足早に向かっていく。


「相変わらず、ディーンはレイア様に頭が上がらないみたいだね」

「うるせーよ」

「久し振りなんだから、顔くらい見せてさしあげるべきだと思うけど……」

「それは駄目だ。直接会ったことが親父にバレたら、姉さんのことだ、またひと騒動やらかしかねないからな」

「そうか」


……複雑な家庭なのかなぁ。

何となく口を挟めない気がして、黙って2人の後ろを歩いていく。と、唐突にディーンさんが振り向いた。


「ハル、気をつけろよ。エイハブの兄貴に正体がバレないように」

「エイハブさんのお兄さんに?」

「ああ。エイハブはああいう性格だが、あいつの兄貴は典型的な貴族だ。それも、王を信奉する一派だからな。お前の事情がバレたら、確実に政治の道具に使われる」

「ディーン、決めつけるのは良くないよ」

「決めつける? 本当のことだろ。王にはべる貴族は、王のためならどんな犠牲も厭わない奴らばかりだ。――だからお前、聖騎兵隊に入ったんだろうが」


ディーンさんの最後のひと言に、フィオンさんの表情が強張った。

周囲の空気が一気に氷点下になった気がして、わたしは思わず立ち止る。わたしが立ち止まったことで、フィオンさんはすぐさま表情を切り替えた。取り繕うような、ぎこちなさの残る笑顔に。


「ごめん、ハル。大したことじゃないから気にしないで。それじゃあ俺は部屋に戻るよ。後でね」

「あ、はい……」


フィオンさんはそのまま、足早に立ち去っていく。

ディーンさんは大きく溜め息を吐くと、「ま、気にするな」と笑った。フィオンさんほどじゃないけれど、その笑顔には力がない。


「事情、があるんですよね……?」

「まーな。つっても、とっくに終わっちまった事なんだけど」


もう終わった事だけど、今も深くフィオンさんの心に引っ掛かっている――もしくは、深い影を落としている、というところなのだろうか。それは、ディーンさんも同じなのかもしれないけれど。

こういう時、何と言えばいいんだろう。

事情を知らないのに慰めるのも励ますのも変な気がするし、かといってあからさまに話題を変える勇気もない。

言葉を探すわたしに、ディーンさんは、ぽん、と頭の上に手を乗せた。


「ほんと、気にするなよ。お前まで暗くなったって仕方がないだろ」

「……そうですね」


その通りかもしれない。今のわたしには、できることはないのだから。

言葉に甘えておくことにしよう。


「じゃあわたし、ヤーティンのところに行きます」

「そうだな。それじゃあ後で……。ん、いや、俺も研究室へ行くぜ」

「? ヤーティンに会いに?」

「ちょっと調べものをな」


そう言って、ディーンさんは自分の腰のあたりをぽんぽん、と軽く叩いた。腰、というより……ポケットのある場所? 何か入ってるのだろうか。

研究室に入って、わたしは真っ直ぐにヤーティンの傍へと向かう。

ヤーティンは朝と同じ場所で座っていた。

わたしが近付くと、目が覚めたように首を上げてわたしを見る。魔力がないと、動けないのだから仕方がないのだけれど、なんだか可哀そうな気がしてくるな。

なので、わたしはヤーティンにぎゅっと抱きついた。できるだけたくさんの魔力が、ヤーティンに送られるように。


「惜しい。題材は”少女と野獣”、ってところだな」


ディーンさんの声に、わたしは顔を上げた。

少女と野獣? どういう意味だ?


「お前がもう少し年齢がいっていれば、”美女と野獣”でイケたんだが」


ああ、某ディ○ニー映画!

まさか異世界でそんなポピュラーなタイトルを聞こうとは! ……ん、待って。”少女と野獣”の少女ってわたしのことだよね?

今年で19にもなろう年齢になって少女とか、ちょっと酷くないか? 某ディ○ニー映画のヒロインは、確かわたしより年下だったような。そりゃまぁ、絶世の美女ってわけでもないし、日本人は欧米人に比べて幼い顔立ちって言われやすい……ん? ちょっと待ってその展開、どっかで聞いたことがあるような。

ディーンさんもフィオンさんもエイハブさんも、顔立ちはヨーロッパ風で彫りが深い。他のメイドさんも、だいたいはそんな感じだった。これってもしかして……。


「ディーンさん、わたしは何歳に見えますか」

「何だいきなり? そうだな、14、5か? はは、何だその顔。まさか、もっと上だとか言うつもりじゃないよな?」

「……18です。もうすぐ19になります」


わたしは5月生まれなので、来月には19歳だ。


「は?」


きょとん、と目を瞬かせたディーンさんの表情から、わたしは確信する。

東洋人が年齢より若く見られる法則、異世界でも生きていることに。というか、14、5って、わたしって中学生に見えるってこと? それはちょっと下すぎないだろうか。


「……おまえ、相当な童顔なんだな」


しみじみとディーンさんが呟く。

違う、わたしが童顔なんじゃない。そっちがフケ顔なんだ! と言いたくなる。

日本じゃ普通に大学生に見られるし!

わたしが気分を害したことは、十分伝わったのだろう。ディーンさんが苦笑を浮かべつつ、わたしとヤーティンに近付いてくる。


「悪い悪い、そうむくれるな」

「それは子供をあやす言葉だと思いますが」

「あー……そうだな。それじゃ、どうすればお嬢さん……じゃなくて、ハル殿のご機嫌を、っと、は? 待て待て待て! ハル!」


何ですか、と思う間もなく。わたしの身体がぐらりと傾いた。

違う、わたしじゃない。ヤーティンの身体が傾いたんだ! ディーンさんのほうへと。金色の目はディーンさんをじっと見つめて、どんどん顔を近づけていく。

ヤーティンは、既にディーンさんが逃げないように、両腕を捕まえていた。

何!? 何が始まるの!? まさか、食べようとしてたり!?


「ちょ、ヤーティン、どうしたの!? ディーンさんは食べてもおいしくないよ!」

「オレを喰おうとしてんのか!」

「分かりませんー!」


わたしが必死に止めようとしても、腕力の差は歴然。まるでストッパーにならない。

ヤーティンの顔がディーンさんのお腹あたりまで近付いて、ああもうこれ駄目だー! とぎゅっと目を瞑った。

けど、続くディーンさんの声は、何とも間抜けなものだった。


「……おい、何の真似だこれは」


そろりと目を開けると、ヤーティンはディーンさんをがっちり捕まえながら、お腹のあたりをしきりに嗅いでいる。

そう、鼻をくんくんさせて、匂いを嗅いでいるのだ。


「……ディーンさん、何かおいしいものでも隠してるんですか」

「食いものなんて持ってねーよ。……ん? 待て、もしかしてあれか? ハル、ズボンのポケットから石を取り出してくれ」

「ええー、わたしがですか」

「オレは動けねぇだろ」


がっちり両腕を掴まれてるもんね。ヤーティン、離す様子もないし。

仕方がないので、ディーンさんのポケットに手を突っ込んだ。うう、乙女としてはトンデモナイことをしてる気がするけど。

にしても、石はどこ? なんですぐに見付けられないんだろう。

ゴソゴソとポケットをあさるわたしに、ディーンさんがニヤリと笑った。


「何だ、そんなにオレのに触りたいか」

「お望みなら、ひっつかんで握りつぶしてあげますが」

「……遠慮しとく」


ふん、現役女子大学生を舐めるなよ。

今日び、そういう知識は山のように転がってるんだ。


「けど、顔を真っ赤にして言ってちゃ、迫力はないな」


……しかし所詮はただの知識だった。あっさり敗北。

知識は経験に負けるもんね、わたしにはまだ早いって事だよね。分かってる、分かってるよ。超悔しいな。

屈辱感いっぱいな気分で、ようやく、ポケットから1つの石を取り出した。青く輝く石だ。石が視界に入ると、ヤーティンの視線はすぐにこちらに集中した。ディーンを掴んでいた腕は外され、じっと石を持つわたしを見つめる。わたしを掴もうとしないあたり、ヤーティンの中のわたしの位置が見える気がする。

いい子だわー。


「ったく、石が気になるなら最初からそう言えっての。無駄に冷や汗かいたぞ」

「ヤーティン、この石が好きなんですかね?」

「さあな。実はヤーティンの食いものだったりすることはないか?」

「石ですよ?」

「魔法生物だし、オレ達の常識とは違うかもしれないだろ」


なるほど、一理はある。そう思って、わたしは石をヤーティンに手渡した。

ヤーティンは石を持つと、ぱく、と口の中に入れる。食べ……食べたの!? え、ほんとにヤーティンの食べ物だった!?

びっくりしていると、今度はヤーティンの喉元から、白い石が出てきた。ぽこっと。

ヤーティンは白い石を、わたしに差し出してくる。くれるのかな、と思って受け取った。


「……本当に食いやがった」

「すごいです。ディーンさんの勘、当たってましたよ。でも、どこであの石を?」

「さっき、遺跡でな。綺麗な青だったろ? いい値で売れるかと思ったんだが……」

「それ、世間一般では泥棒って言うんじゃ?」


じとっと半眼で睨むと、ディーンさんは悪びれる様子もなく言い切った。


「生きてくには金は必要だろ? 遺跡で発掘されたものは教会に取られちまうから、流通が少なくていい値段がつくしな。利用しない手はない」


開き直ってますねー。


「フィオンさんは知ってるんですか?」

「知ってるわけないだろ。あいつは聖騎兵だからな」

「せいきへい?」


そう言えば、何度もその単語は聞いてはいたっけ。


「ハルは知らないか。聖騎兵ってのはな、教会……教皇直属の聖騎兵隊に属する奴のことだ」


教皇って言えば、宗教では一番偉い人じゃなかったっけ?

その教皇の直属ってことは、かなりすごい事じゃないのかな。ああ、だから王族で聖騎兵隊って何度も言うわけだ。エリート中のエリートだもん。


「それって……すごいことですよね?」

「ああ、信仰厚い奴にとってはな。しっかし、この白い石じゃ……売れないだろうなぁ」


わたしの手にある白い石を見ながら、ディーンさんは心底残念そうに言った。

いいのだろうか、それで。

とりあえず、ディーンさんが売り物にする、と言い出す前にスカートのポケットに白い石を入れた。こうすれば、無理に取り上げようとはしないはず。多分。


「売らないでください。ヤーティンにとって必要な物かもしれないし。後でエイハブさんに聞きますから」

「まあ、それが妥当か。いい収入になりそうだと思ったんだが」


そう言ってディーンさんが肩を竦めたら。


「――相変わらず、いい加減に生きているのね、ディーン」


部屋の入り口から、聞こえて降り返る。

すると、そこには黒髪を結いあげた三十代前半くらいの女の人が、いた。


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