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Visitor at Daybreak  作者: つゆくさ
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4話

次は、どうやったらこの部屋から出られるか、という問題にぶちあたった。

出入り口になるのは天井の大きな穴一つ。わたし達がジャンプしたところで届きそうにない高さがある。どうしよう、という話になって、ディーンさんがあっさり言った。

出口がなければ作ればいい、と。

それはつまり、壁を壊してしまえばいい、ということだ。けれど、人間の腕力じゃそんなこと出来ないし、剣でもムリ。それなら、と白羽の矢が立ったのはヤーティンだった。

ヤーティンは相当の怪力なのだとエイハブさんは言った。そして、命令するのは当然のごとくわたしで。


「ええと、本当にいいんでしょうか……」


わたしは思いっきり及び腰でヤーティンの前に立つ。ヤーティンはじっとわたしを見つめている。


「平気平気。君の命令は聞くんだし、だいたい、他に方法がないんだから仕方がないんだよ」

「でも、なんだか可哀そうな気も……」

「そんなことを言ってたら、ずっとこの部屋にいなくちゃいけなくなるよ? 食糧も水もないし、3日で僕等は飢え死にだ。そんなのは嫌だろう?」


ほら、とエイハブさんはわたしの肩をぽんと軽く叩いた。

確かに飢え死には嫌だ。仕方がない、背に腹は代えられないということで……わたしはヤーティンを見上げた。


「ヤ、ヤーティン? あの、わたし達、この部屋から出たいんだけど……協力してくれる?」


ヤーティンは無言で頷いた。そ、それなら大丈夫かな。

そう思って本題を言おうと口を開いたところに、ヤーティンがいきなり立ち上がった。


「なっなっなにっ!?」


思わず声が裏返って、数歩後ずさる。ヤーティンは気にする様子もなく、ゆっくりと壁に向かって歩き出した。

複雑怪奇としか言いようのない模様の描かれている壁に向かって。

あ、あれ? どうしたんだろう……?

首を傾げていると、ヤーティンは壁に向かって手を伸ばした。まさか、言わずとも理解してくれたのだろうか? そう思って固唾をのんで見ていると。


ヤーティンの手が、壁に飲み込まれた。


「えっ……えええええっ!!」


まるでその壁は水のように波紋を広げながら、ヤーティンの手を受け入れているのだ。

そのままヤーティンは躊躇することなく壁の中へと潜り込んで行った。うっそー! 残されるわたし達は、お互いの顔を見た。

ディーンさんもフィオンさんも、エイハブさんまでもが驚いた顔をしていた。


「これは……どうなってるんだ?」


エイハブさんが真っ先に壁に近付く。

慌ててディーンさんがエイハブさんを止めようとしたけれど後の祭り。エイハブさんの腕は壁の中へと突っ込まれた。


「エイハブ!」

「大丈夫、何の感触もないよ。強いて言えば、水の中に手を突っ込んだ気分?」


そう言って壁から手を引き抜く。当然ながら、腕はまったく濡れていない。


「すごいな、さっきは確かに普通の壁だったのに。でも、これで遺跡全般における部屋に出入り口がないのが分かったよ。必要ないんだ。この模様が出入り口の役目を果たしているんだろうね。魔法の力で行き来をするのが常識だったんだ……さすがは魔法王国」

「感動してる場合か! この出口がどこに続いているのか分からないってのに!」

「でも、ハルカ……この名前ちょっと呼びにくいね。ハルでいいかい?」

「あ、はい。構いませんけど」

「そう、ありがとう。ハルは部屋を出たいって頼んだのだから、ここから出られるのは確かだと思うよ」

「そこが安全という保証はなさそうだけどね」

「なに、それはハルがきちんと聞けばいいことさ」


エイハブさんが言ったと同時に、ヤーティンが壁からぬっと顔を突き出してきた。

わたし達が後を追いかけてこないから、戻ってきたのかな。ついでに、わたしは改めて聞く。


「ヤーティン、この道の先は安全? わたし達、部屋を出て休みたいの」


ヤーティンは首を縦に頷いた。そして、壁の中に引っ込む。


「それなら大丈夫そうだね。さ、行こうか」

「マジで行くのか? 壁を壊させたほうがいいんじゃねぇ?」

「出来るなら遺跡は壊したくないんだよ、僕は。ほら、ちゃっちゃと行く! ヤーティンを見失ったら本当に部屋から出られないかもしれないじゃないか」


エイハブさんは躊躇いもなく壁の中に潜って行ってしまった。切り替えが早い人だな……。

フィオンさんが諦めたように言う。


「エイハブがああなったら、もう止められないよ。離れるのは得策じゃなさそうだし……俺達も行ったほうが良さそうだね。行こう、ディーン。ハル、心の準備はいいかい?」

「あ、はいっ」

「くっそ……何でこんなことになってんだよ」


ディーンさんは悪態をつきつつ、フィオンさんはわたしの横に並んで、意を決して壁の中に潜り込んだ。

腕も身体もするりと通り抜けて、何の感触もないことに逆に拍子抜けをする思いだった。

通る瞬間は確かに水に入る時のような膜の感覚があるけれど、その向こうは空気ある場所だった。

明かりはないのに足元がよく見える。でも床は見えない。壁と床の区切りが分からない。でも足の裏には感触がある。それに……暗闇なのに真っ暗じゃない。

でも怖くない。


「――不思議な場所」

「そうだね」


隣に並んでいるフィオンさんが、感嘆を込めて同意した。

少し前をディーンさんとエイハブさんが、その前をヤーティンが歩いているのが見えたので、後を追いかける。


「ここは亜空間……? 転移術の道はこうなっている、と理解していいのかな」


エイハブさんはブツブツと呟きながらしきりに周囲を見渡しながら歩いている。

ディーンさんは左手が剣の柄を握っているのが分かる。隣を見ると、フィオンさんも表情は怖くないけど左手は剣の柄に置いてある。警戒、しているんだ。

ヤーティンは目指す先には、何もない場所に浮いている幾何学の模様が微かな光を放っていた。さっきの壁に書かれた模様に似ている?

じゃあ、あの模様をくぐれば出口なのだろうか。少し安心したところで。


≪――ああ、ようやく声が届きそうです≫


どこかで聞いたことがある声が、空間全部に響いた。


「っ!? 何だ!?」

「誰だ!?」


ディーンさんとフィオンさんがすぐさま剣を抜いて構える。

エイハブさんは聞こえていないのか、そのまま歩いて行こうとするのを、ディーンさんが慌ててひっつかんで引きとめていた。


≪警戒はしなくて大丈夫ですよ、人の子ら。ハルカさん、私の声を聞こえますか?≫

「あ……神様!?」


そうだこの声! あの白い世界にいた自称神様のお兄さんだ!

ディーンさんが「神様ぁ?」と胡散臭そうな顔で言っている。まぁ、確かに、神様だなんてちょっとアレなんだけど。でもそれ以外の呼び名を知らないからなぁ。


≪そういえば名乗っていませんでしたっけ? 私はエレメンケルと申します。ところで、ヤーティンは無事に稼働していますか? 少々時間が経過していて、錆びてないか心配しているのですが……≫


錆びてる、ってそれじゃあ機械だ。生き物じゃなかったっけ?

じゃなくて。ヤーティンはわたしの案内役として用意されてたんだ……。


「い、一応動いてます。涎がダラダラで、ちょっと気持ち悪いですけど」

≪涎? ああ、それは全身を滑らかに動かす循環液ですね。口から垂れているんですか? それじゃあそのヤーティンは長く動きそうにないですね……護衛役にと思っていたのですが≫

「ええ、もう動かなくなるの!? 修理はできない!?」


エイハブさんが心底残念そうに叫ぶ。どうやら意識はこちらに戻ってきたらしい。


≪技術があれば可能ですよ。ただ、そちらは魔力が枯渇している状態ですから、動かすことは不可能でしょうが≫

「それでもいい! ぜひ、修理方法を教えてくれ!」

≪やれやれ、人間は相変わらず好奇心が旺盛ですね。嫌いではありませんが、一歩間違えれば己を滅ぼしますよ。分かっていますか?≫

「ああ、僕は分かっているよ。じゃあ教えてくれる?」

≪良いでしょう。滅ぶも栄えるも人次第。わたしは乞われるまま知識を与えましょう≫


ふ、とエイハブさんの身体が淡い光に包まれた。

目を閉じて光を受け入れたエイハブさんは、まるで一連の出来事など当然だと言わんばかりに動揺がない。


「すごいな……ところで、あのヤーティンは何を動力源に?」

≪わたしの力です。ハルカさんとペンダントを通して力を送っています≫

「わたしとペンダント?」


わたしのペンダント、じゃなくて?


≪そうです。その地は魔法を遮断した閉ざされた場所。あなたの存在とペンダントが細い糸程度ですがその場所と外を繋いでいるのです≫

「魔法を遮断した、閉ざされた場所? それは、この不思議な空間のことを言っているのですか?」


フィオンさんが丁寧な言葉で尋ねた。

神様、なんて言ったから敬意を払っているのだろうかと思ったけど、その表情はとても険しい。そこからは、とてもじゃないけど友好的なものは見いだせない。


≪いいえ。あなた方が住まう大陸そのものの事ですよ。ああ……あなたはアルリムの末裔なのですね? それは好都合。どうか、ハルカさんに力を貸してあげてください≫

「アルリム……?」

≪それに、ウバルの末裔まで居合わせるとは。そしてハルカさんがいる……。もはや運命としか言いようがありませんね。分かりました、あなた達にハルカさんの守護者たる役目を授けましょう≫

「あの、何を言っているのかよく分からないのですが……」


フィオンさんがおそるおそると尋ねようとしたその瞬間。

フィオンさんとディーンさんの身体が、光を放った。同時に、2人の前にはそれぞれ1本の剣が現れる。光はすぐに止んだけれど、剣は2人の前に浮かんだまま残っていた。

2人はびっくりしたまま、目の前の剣を見つめている。


「な、なにっ!? 神様、何をしたの!?」

≪守護者としての力を与えました。今後は、彼らがあなたを守る者となります。その剣は魔法力を持つ剣です。いかなるものも切る事が可能でしょう。ただし、お互いを切り結ぶことは避けてください。少々厄介なことになります≫

「……どんなだ?」


低い声でディーンさんが尋ねる。対する神様の声はあっさりだ。


≪強い魔法と魔法がぶつかり合うのですから、あなた達の身体は衝撃に潰れるでしょう≫


”少々厄介”の範囲を超えてるよそれ!

ディーンさんもフィオンさんも警戒の眼差しで目の前の剣を睨みつけているだけ。すぐに手にとる様子はない。

そりゃそうだ、と思う。この展開、怪しすぎるもの。


≪おや、信用されてませんね。まあ、アルリムとウバルも、始めはそんな感じだったので仕方がないのでしょうか……血筋は時を越えても受け継がれるのですねぇ。どうせなら、記憶も受け継がれてほしかったものですが≫


神様は、2人の警戒をさして気にする様子もなさそうな口調でそう言ってから、≪ではハルカさん≫と続けた。


≪その大陸に魔力の循環を取り戻すには、各地に残る遺跡を呼び覚ます必要があります。今回は、ハルカさんを強制転送させて叩き起こしましたが≫


叩き起こしたって。


≪今後は、ハルカさんに遺跡へ趣いてもらうことになります。遺跡を呼び覚ます方法は簡単です。遺跡のどこかに必ず起動用の”スイッチ”があります。そのスイッチを作動させだけです。魔力の波動が生まれれば私が干渉し、外との道を作りましょう。やがてその場所から魔力が流れ込み、周囲の大地は伊吹を取り戻します≫

「大地が、伊吹を取り戻す……?」


どういう意味だろう、と首を傾げたら、エイハブさんが横から説明してくれた。


「この大地は今、滅びへと向かっているんだよ」

「滅び? どういうこと?」

「作物が育たない。木々が枯れて、水が湧き出てこない。一部では砂漠となりつつある」


それは確かに――”滅び”だ。


≪その通りです。魔力の流れがないために、大地は力を失い死につつあるのです。それを阻止し、大陸を救うのがハルカさんの役目であり、そのハルカさんを守るのがアルリムの末裔とウバルの末裔たるあなた達の役目となります。どうです、お2人とも。剣を取る気になりましたか?≫


神様の声に、先に動いたのはディーンさんだった。


「なんか、納得できねー部分もあるけど……どうせヒマな身の上だ。それに、断れるもんじゃなさそうだしな? 仕方ねぇ、付き合うぜ」


諦めたような言葉とは裏腹に、表情は楽しそうだった。剣を手に取ると、鞘から抜いて綺麗な円を描いた。その手応えに満足したように鞘に戻すと、「フィオン」と名前を呼ぶ。

フィオンさんは剣を前にして、迷っているようだった。


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