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Visitor at Daybreak  作者: つゆくさ
10/12

9話

黒髪の女の人は、じっとディーンさんを見つめて……いや、睨んでいるようだった。

ディーンさんはといえば、何だか疲れたような溜め息をつく。


「ったく、せっかく会わないようにしたってのに。何でわざわざそっちから来るんだ、姉さん」


ああ、お姉さんなんだ。

確かに、髪と目の色が同じだし、よくよく見れば顔立ちも似ているような気がする。


「あら、弟に会いに来るのは、悪いことなのかしら」

「オレは勘当されてるだろ。これが知れたら、あのクソ親父がうるさいんじゃないのか?」

「お父様なんて放っておけばいいのよ。わたくしはもう、マッコルガン夫人だもの。指図されるいわれはないわ」


ずいぶんと強気な人みたいだなぁ。

ツンと澄ました顔でそう言ってから、ディーンさんのお姉さんはわたしに目を向けた。


「にしても、ディーン。あなた、ずいぶんと趣味が変わったのね。こんな小さな女の子に手を出すなんて、犯罪じゃない?」

「……こら待て、勝手に人を犯罪者にするなよ」


それ以前に、わたしは小さい女の子じゃないんですけど。

いやいや、もっとその前にディーンさんの恋人でもない。


「あの、わたしは、」

「こいつは、エイハブの拾いものだ。身寄りがないから、ここで預かってるんだとさ」


わたしの言葉をさえぎるように、ディーンさんが口早に言う。

ちらりとディーンさんを見ると、同じくちらりと向こうも視線を投げてきた。これってあれか。話を合わせろって合図?

そういえば、彼女はエイハブさんのお兄さんの奥さんだっけ。……ヤブヘビはつつきたくないから、大人しくしてたほうが良さそうかな。


「あら、それじゃあエイハブ様の……? あの方、今年で30よね? ディーンよりもっと犯罪じゃない」


え、今度はエイハブさんの恋人と勘違いされてる?


「違う。……一応言っておくがフィオンでもないぞ」

「え、フィオンも違うの?」


エイハブさんじゃないって答えたら「じゃあフィオンね!」と言うつもりだったんだ……。

さすが弟、姉の思考回路を先読みしたらしい。


「フィオンだったらすごく面白そうだけど……ねえ、本当に違うの?」

「違います」

「残念だわ」


わたしの否定に、お姉さんは心底残念そうに呟いた。

女の人は割合このテの話が好きなのは分かるけど、しかし初対面の相手に対して”面白そう”とか、どうなんだろう。が、お姉さんはそれで終わらなかった。

不意に、ぽん、と妙案を思いついたように表情を明るくすると、


「あ、分かったわ! 実は今口説いてる真っ最中ってことね!?」

「はあ?」

「はい?」


見事な爆弾宣言をしてくれる。

なんでそう、話を恋愛に持っていきたがるんですかお姉さん。


「姉さん、その話題から離れて考えてくれ」

「つまんないわね、24にもなって独り身の弟を心配してあげたんじゃないの」

「……」


いやそれ、余計なお世話っていう気がする。

ディーンさんは眉間にしわを寄せて額を抑えた。ああ、何か気持ちが分かるな……。

お姉さんはむくれたように腰に手を当てた。30歳は超えているだろうけど、何でか妙にその仕草が似合っている。美人だからだろうか。

というかそうか、ディーンさんって24なんだ。で、エイハブさんは30歳、と。

おおよそ見た目通りの外見なんだなー。いいことだ。中学生に間違われるよりずっとね。

フィオンさんは何歳なんだろう。見た目はディーンさんと同じ年くらいに見える。どうせなら、わたしよりうんと年上か年下だったら面白いけど、多分予想通りなんだろうなぁ。

ひがんでなんていない。東洋人が見た目より若く見られるのは、もうこの世の法則みたいなものなんだろうし。うん、ひがんでなんかいないぞ。ぶちぶち。


「そういや、エイハブとアドルフの話は終わったのか?」


もう付き合ってはいられない、とばかりに、ディーンさんが話題を変える。

お姉さんは、ちょっと不服そうな顔になったけど、まぜっかえすのはやめたらしく、「いいえ」と首を横に振った。


「わたくしとエドは、部屋を追い出されたのよ。難しいお話かしらね」

「エドも? 来てるのか?」

「ええ、ここに」


そう言って、お姉さんは身体を少しずらした。

なんとそこには、4、5歳くらいの男の子が立っていた。まるで気付かなかったよ!

お姉さんが身体をずらすことによって、わたし達に姿を見せた男の子は、びくっとしてからお姉さんの背中に隠れてしまった。姿がまた見えなくなる。


「わたくしの息子でね、とても恥ずかしがり屋なの。名前はエドワードよ」


そう言いつつも、彼女のエドワードくんを見る目は、とても優しいお母さんのそれ。

気は強いけど、本当は優しい人なのかもしれない。


「そして、わたくしはレイア。あなたは? お嬢さん」

「あ、わたしはハルカっていいます」

「ハルカ? ふふ、可愛らしい名前ね。ねえ、ディーンはあなたをいじめてない? この子、好きな子をいじめることで愛情表現を示すような、捻くれた子なのよ」

「はぁ……」

「姉さん、さりげなく話をそっちに持っていこうとするな」

「本当に可愛くないわね。昔は、いっつもわたくしの後ろをついて回って、お姉さま~って甘えてたじゃ」

「分かった、分かったからそれ以上は言わなくていい」

「6歳の時なんて、わたくしにプロポーズを」

「頼むオレが悪かった許してくれ」

「もう、思い出話をするだけなのに」

「違うだろ。ただの弟いじめだろ」


はあ、と溜め息をつくレイアさんの姿は、完全にディーンさんを「仕方がない子ねぇ」と言っている。

お姉さんに頭が上がらないって、なるほど。確かにこれは頭が上がらないだろうなあ。

同情するよ、ディーンさん。頑張れ。

わたしの視線に気付いたディーンさんは、ものすごく嫌そうな顔になって言った。


「その生ぬるい笑みはやめろ」


え、やだなぁ。微笑ましいなぁだんて思ってませんよ。フフフフ。

がっくりと肩を落とすディーンさんを、わたしとレイアさんはとうとう噴き出した。レイアさんの後ろからちょこんと顔を出したエドワードくんが、不思議そうな顔でわたし達を見てる。

うん、いつか君もこうして弄られるのかもしれないね。頑張れ。

心の中でエールを送っておいた。

このお姉さん、弟にこうなら息子にも容赦なさそうだ。




「楽しそうだなレイア。兄弟の再会は無事になされたようで何よりだ」


渋い声と共に研究室に入って来たのは、エイハブさんによく似た顔立ちの男の人だった。

年齢はもう40近いんじゃないかな。顔立ちはエイハブさんに似ているけど、雰囲気は全然違う。おっとりとした感じのエイハブさんの真逆に位置しているような、鋭い空気を持つ人だった。

その後ろには、エイハブさんがいた。


「あら、アドルフ様。エイハブ様も。お話はもう終わったのですか?」


レイアさんは穏やかな表情で尋ねる。

エイハブさんのお兄さん、アドルフさんは一つ頷くと、視線を下げた。その先には、エドワードくんがいる。

エドワードくんはお父さんの目が向けられたのが分かると、ぱっと飛び出して、抱きついた。息子を受け止めると、彼はそのまま軽々と抱きあげる。


「とうさま!」

「エドワード、また母様の後ろに隠れていたのか。いつまでもそれでは、立派な大人になれないぞ」

「……ごめんなさい。とうさま」

「次は、しっかり前に出れるようになりなさい」

「はあい」


息子を窘めつつも、その眼差しは優しかった。いいお父さんなんだ、ってエドワードくんの表情からすぐ知れた。

ディーンさんから、国のためなら何でもする、なんて聞いてたからもっと怖い人かと思ってたけど、そうでもないみたい?

父子の姿を見てから、エイハブさんがレイアさんに答える。


「義姉さん、今日はここに泊まらず次の街まで進むとか。残念ですね」

「少し急ぎの用事があって……ゆっくりできませんの。エイハブ様は、次に王都へ戻られるのはいつですか?」

「さあ……まだ研究が終わっていないので。近いうちに一度、戻る予定ではありますが」

「その時は、またエドに冒険のお話でもしてやってくださいませ」

「分かりました。エド、次に会う時は、楽しい話を用意してあげるよ」

「はい、おじさま」


エドワードくんの元気いい返事を聞いてから、不意に、アドルフさんがわたしに向いた。

いや、わたしじゃない――わたしの後ろに向いた。ヤーティンを見ている?

なんだか、わたしのことなんて眼中になしって感じ? つ、とディーンさんに腕を引っ張られて、わたしは少し後ろに下がる。


「これが、お前の言っていたヤーティンか。すごいな、原型そのままのヤーティンは初めてみる」

「そうです、兄さん。美しいでしょう?」

「ああ。まるで生きているようだ」

「生きているんですよ。このヤーティンはまだ動けます。……動力源さえあれば、ですけど」

「ほう? 動力源か。それは何だ?」

「魔力です」


エイハブさんの答えに、アドルフさんは複雑な表情になった。


「魔力か……それは、この大陸から失われた力だ。他に動力となりそうなものはないのか?」

「ありません。ヤーティンは神の創造物です。仕組みこそは解明できても、手を加えることは不可能です。よって、このヤーティンの行く末は観賞用です。主に僕のね」

「この美しさなら、貴族達もこぞって欲しがるのでは?」

「そんなこと、許しませんよ。力づくで奪おうとするなら、教会の権威を借ります。もしくは、王の権威を。ちょうど良い人材が味方にいますから」

「フィオン・デ・カディネットか」


フィオンさんの名を呟いたアドルフさんは、ちょっと苦々しい顔だった。

けれどエイハブさん、それってフィオンさんの権力を利用する気満々ってことですよね。しかもまったく隠していない。一歩間違えれば悪者の台詞だ。


「エイハブ、あまり彼に近付くな。貴族達の反感を買いたくなければな」

「注意しましょう」


軽い調子で返すエイハブさんに、アドルフさんはなおも口を開き掛けたが、途中でやめた。

かわりに、諦めに近い息を吐く。


「ほどほどにしておけ。我々はもう行くとしよう」

「あら、もう行くのですか? わたくし、まだフィオンに挨拶がすんでいませんわ」

「これ以上ゆっくりしていると、夜までに次の街に入れなくなるぞ」

「……分かりましたわ。次の機会にいたします」

「ハル、フィオンを呼んできてくれる? 出立の時に少しくらい言葉を交わすことが出来ると思うし」

「あ、はい」


エイハブさんの言葉に、わたしは慌てて研究室を出た。

廊下を走って、フィオンさんの部屋の前に立つ。さっきのやり取りを思い出して、ちょっとだけノックする手が迷ったけれど。まだ元気なかったりするかな。

気を取り直してドアを叩くと、すぐに応えがあった。

顔を出したフィオンさんは、わたしから見ると普通の表情に見えた。


「ハル、どうかしたかい?」

「エイハブさんのお兄さん達、もう出発するそうです。お見送り、どうですか?」

「いや……ディーンが会わないと言っている方に、俺は会うわけには」

「あ、それなら大丈夫です。レイアさん、自分からディーンさんに会いに来てましたから。お見送りも、一緒にすると思います」

「そうなのかい? ふふ、レイア様らしいな。分かった、行くよ。皆はもう外に?」

「はい」


急いだ足どりで玄関に出ると、レイアさん達は馬車の前にいるのが見えた。

こちらの姿に気付くと、嬉しそうに手を振ってくれる。良かった、ギリギリセーフだ。


「フィオン、元気そうで良かったわ」

「レイア様も、お変わりなさそうですね。お声を掛けていただき、嬉しく思います」

「相変わらず堅苦しいわね。まあ、それがあなたということかしら。お互いに立場が違うから会う事はそうそうないけれど、身体には気をつけて。何か困ったことがあれば、わたくしを頼ってね? これでも、あなたの姉のつもりなのだから」

「……ありがとうございます。レイア様も、どうかお気をつけて」


フィオンさんの答えは、レイア様の望むものではなかったのだろう。少し寂しそうな笑みを浮かべてから、次にわたしに向く。

その時にはもう、茶目っけたっぷりの表情だ。


「ハルカ、次に会う時は2人のどちらにするか決めておいてね? どちらもわたくしにとっては大切な弟でね、人柄は保証するわ!」

「はい! ……はい?」


え、次に会う時まで元気でね、じゃなくて?

どちらにするか決める? どちらも大切な弟とか、人柄とか、どういう意味だ?


「妹ができる日を楽しみにしているわ!」


――はああ!?


言いたいことを言って満足したのか、レイアさんはアドルフさんの手を借りて、さっそうと馬車に乗り込んでしまった。

アドルフさんはフィオンさんに向くと、胸に手を当てて小さく頭を下げた。


「フィオン殿下、どうかご健勝で」

「マッコルガン卿も」


フィオンさんも胸に手を当てて小さく頭を下げる。

そのまま馬車に乗り込むと、御者さんは馬を走らせ始めた。あっという間に小さくなっていく馬車を見届けてから、ディーンさんが大きく息を吐いた。


「最後までしつこい人だったな」


ですね。まさか最後の最後で、恋愛のネタを引っ張るとは思わなかった。


「……楽しいお姉さんじゃないですか?」

「欲しければやるぞ」

「慎んでご遠慮します」


ごめんなさい、他人の身内だから楽しめるんです。

わたしとディーンさんのそんなやり取りを、フィオンさんは不思議そうな顔で見ていた。

これはフィオンさんに話すべきか話さないべきか。難しい問題だ。


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