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9番ピッチャー鳴沢さん  作者: タケヒロ
第2章 選手へ
6/15

3 夏帆騒動

 今年も校長先生の心踊る言葉とともに入学式が行われた。と同時に夏帆や翔子、大和に猛たちも二年生になった。ちなみに、今年は将棋に例えて希望の学校生活を熱弁した校長先生。スポーツ界から文化界まで幅広いネタを持っているらしい。

 そして、野球部にも新入部員二十数名が加わり、活気に満ちた活動になっている。しかし、残念ながら新マネージャーはゼロだった。

「ねーねー夏帆。あたしたちが入部するまでってさぁ、遥香先輩が一人でマネージャーやってたって言ってたでしょ?」

「そう言ってたね」

「今年の夏の大会が終われば三年生は引退でしょ。それで遥香先輩が抜けちゃったらさぁ、あたしもそうなっちゃうってことかな?」

「一年生マネージャーが入ってこなかったからね、そうなるってことだね」

「夏帆……」

「なに?」

「そんときはマネージャーにもどってきてね」

「お察しはしますけど、もうわたしは、れっきとした選手ですから」

「そう言わずにお願いしますよ。選手とマネージャーの二刀流ってことで!」

「ムリ!」

「お願いだよぉ、夏帆……」

 世代が変われば状況も変わる。遥香におんぶに抱っこの翔子は、一人になったときのことを考えると不安が込み上げてくるのだった。


 そして、ポカポカ陽気に誘われるようにグラウンドに姿を現した父。だいぶ日も長くなり、仕事終わりに顔を見せたのだ。

「お世話になります鳴沢さん、今年度もよろしくお願いします」

「三津田監督、わざわざご丁寧に。こちらこそ、よろしくお願いします」

 新年度も始まり、父がグラウンドに顔を出すときを待っていたかのように、三津田監督が声をかけたのだ。

「鳴沢さんがグラウンドに顔を出してくれて、そして惜しみなく力を注いでくれる。おかげで非力だった投手陣にもいい形が見え始めてきました」

「選手たちの頑張りです。ワタシのアドバイスだけではなく、みんなで情報交換し合っていますから、それが心強いです」

「それなんですよ鳴沢さん! 今まではそんな光景は見られなかったんです。むしろ、自分がレギュラーになるんだという意識が強過ぎて、もしかしたらチームプレーにも悪影響が出ていたかもしれません」

「はい、察していました」

「でもそれが今は、ピッチャー、野手、バッターの壁がなくなって、どんな細かいことでも情報交換をしているんですよ」

 父流野球は相乗効果も功を奏し、投手以外の選手たちにも大きく影響を与え、個々の能力がいい形で見え始めていた。そしてそれに比例するように、父と三津田監督との信頼関係も強いものになっていた。

「鳴沢さんの基本的な考え方も教え方も、今まで接してきた指導者の誰よりも群を抜いています。本当に短期間で、よくここまで選手たちを成長させられますね」

「野球が好きでここに集まった連中ですから興味を持たせるようにアドバイスをしてやれば、さすがに吸収する力が凄いです」

「そのアドバイスがピンポイントで適切だからですよ」

「いやいや……」

「さらに基本動作の徹底指導。普通、高校生ともなると基礎練習をなまける選手が多いのですが、選手たちを飽きさせないための工夫をした練習方法。わたしも、監督という立場を忘れて練習に参加したくなるほどですよ」

「ワタシのやり方と選手たちの望むものの歯車がうまく合った、ということでしょうね」

「それが鳴沢さんの力、なんですよ」

「そう言っていただけると、ワタシも思い切って指導ができます!」

「どうぞどうぞ。こちらからの強引なお誘いでしたけど、鳴沢さんにコーチをお願いして良かった。本当に感謝しかありません」


 元々、推薦入学レベルの野球選手たち。小中学生時代はセンスで野球をやり、高校で改めて基本動作を教えられる。そのうえで、父は同じことを教えるのにも手を変え品を変え、いろんなスタイルで練習をさせて、その中から自分に合った練習法を見つけさせるというやり方。そして選手は、それらの練習法を理解し、イメージし、修正し、そしてそれを繰り返すという練習の流れ。

  詰め込み型ではなく自主判断型と呼ぶ父流野球論「選手に、意図する力が備わるまで教えるのが指導だ!」とよく言っていた父の姿が思い浮かぶ……ような気がする。


「夏帆のお父さん凄いよ。みんな食い入るように説明を聞いてるし、納得して練習してる!」

「そう?」

「そうだよ。だから夏帆も凄いんだね。お父さん流野球を仕込まれたんだもんね」

「どーなんだろ。わたしにはいつものクドクドした話にしか聞こえないけどね」


 父流野球がチームの練習カラーになってきたころ、今年初めての公式戦となる春季大会予選、そして県大会が始まった。今年は、より上へ、という目標を掲げて臨んだ大会だ。

 しかし、投手力がまだまだ万全ではない状態で大会に挑まなければならないことは歪めず、三津田監督は口癖のように「夏帆を試合に出せれば……」という考えのもと、無理だと分かっていても夏帆の出場を高校野球協会に問い合わせをしたり、教育関係機関に相談をしたりと動いていた。

 しかし、大会はそれを待たずして始まり、不安を抱えた投手力を打撃力でカバーしながら、何とか予選を通過することができた滝岡高校だったけれど、県大会では苦戦を強いられてベスト8が精一杯。

 そしてこの大会中、夏帆は背番号14をつけた試合用ユニフォームを着用し、アルプススタンドの滝岡高校応援席にいた。規定によりベンチには入れないけれど、せめて選手として存在をさせたいという三津田監督の切なる思いなのかもしれない。

「いいかキミたち、こんな成績では甲子園出場は語れないぞ」

「「はい」」

「精一杯やっているのはわかる。だがな、空回りし過ぎて自分の力を発揮できていないんだ」

「「はい」」

「どんな細かいことでも構わない、何かにつけて鳴沢コーチやオレに訊いてこい!」

「「ハイ!」」


 夏帆は無理としても、父流野球を試合で出せるようにと、平日は基本練習として個人プーレと連携プーレーの徹底、休日は練習試合で実戦応用という工程を繰り返した。

 しかし…………

「夏帆、肩を作っておけ」

「ハイ」

 公式戦に出れる投手、つまり男子投手陣を中心とした守備力強化のための練習試合にもかかわらず、三津田監督は行き詰まってくると夏帆をマウンドに送っては相手打線を沈黙させていた。


 んーー、結局、夏帆頼みか……

 お父さん、投手陣を早く作らないと、三津田監督は焦っているみたいだ。

 この状態で大会を迎えるのは、どうだろう…………


 晴れ渡る空、沸き上がる雲、そしてどんどん気温が上昇するなか心踊る夏の甲子園大会予選の県大会が始まった。しかし、練習試合ならば夏帆の出場はあっても、公式試合となると大会規約によりベンチ入りできない女子選手。アルプススタンドから背番号14番が見守るなか、それでも滝岡高校は一回戦二回戦を順調に勝ち進み、三回戦へと駒を進めていた。

「監督さん、この相手はウチと同等レベルっていう評価ですけど、一回戦、二回戦をコールドゲームで勝ち上がってきたチームです」

「さすが遥香。ベテランマネージャーの観察力発揮だな」

「ありがとうございます」

「つまり、相手には勢いがあるということだ。それに対し、ウチの投手陣がどこまで踏ん張れるかで試合が動く!」

「はい」

 夏のジメジメした暑さが体力をうばい、しかも打撃戦となったこの試合。投手陣のコンディションが心配ながらも滝岡高校は嶋内、鎌上、椎名の三人を投入し七回終わって八対七でかろうじて勝ってはいた。

「監督さん、この段階ですでに三人のピッチャーを使っています。もしかしたら延長戦も考えられる展開ですし、体力が持つか心配です……」

「そうだな。ウチの駒不足が終盤にどう響いてくるかが分岐点になるだろう」

「監督さん……」

 苦肉の策をしぼり出すことができるのか、それとも密かに打つ手があるのか、微妙な表情のまま腕組みをする三津田監督。

 スタンドでもこの厳しい暑さに、あるいは厳しい試合状況に、バテながら投げる椎名の姿に同情したのかスタンドからポツリと声がした。


「鳴沢を出せ!」


 どこからともなく聞こえてきた声だ。

「そうだ、鳴沢だ! 鳴沢を出せ滝岡!」

「そうだ、そうだ! 鳴沢がいるじゃないか!」

「滝岡のエースは鳴沢だろ!」

 誰かのひとことが引きがねとなり、夏帆をマウンドに求める声が球場のあちらこちらから飛び始めた。

「鳴沢に投げさせろ!」

「早く準備させろよ滝岡!」

 誰が言ってるのかはわからないけれど、投手鳴沢夏帆を知っているのはこれまで行った練習試合の相手くらいのはず。気づくと、球場全体から夏帆を呼ぶコールが起きていた。

「監督さん……」

「あぁ…………」


 それでも、椎名が何とか投げきって滝岡高校が勝ちを拾うことができた。

 しかしベンチ内では…………

「何とか勝てたな」

「俺、ヒヤヒヤしてたよ、正直……」

「ウチの打線がつながって、ホントよかった」

「相手打線も鋭かったけど、ほとんどが野手の正面だったから助かったって感じだよな……」

 選手たちの会話に同調する三津田監督は、胸をなで下ろしたように口を開いた。

「キミたちも頑張ってくれたが、ハッキリ言って内容的には相手チームの方が上だった。ウチは勝ちをもらったってことだ」

「はい……」

「しかし、相手の出来次第で勝ち負けが決まるようではダメだ。いつも言ってるように、対戦相手がどこだろうと勝たなければいけない」

「「ハイ!」」

 今の滝岡高校に絶対的な強さは見られず、必死に勝ちにしがみついている感が有り有りとしている。結局のところ快勝ができないまま、アルプススタンドで見守った夏帆二年生の夏も、県大会ベスト8で終わったのだった。


 一方で…………


「俺たちスゲーな、あの滝岡を倒せそうだったぞ!」

「今度はいける。滝岡つぶしの法則で必ず勝てる!」

 対戦した各チームでささやかれている言葉だった。


  どういうことなのか、何を意味しているのか、このときはボクもまだ知らなかった……


 そして、大会終了となった滝岡高校は通常部活動にもどり、グラウンドにささる暑さに耐えながら選手たちは白球を追いかけていた。自分の夢と三津田監督の思いを込めた白球を。

「いいかキミたち、三年生の夏が終わって、一、二年生中心の新チームがスタートした。一年後に結果を出せるように、今のうちから計画的に練習に励むように!」

「「ハイ!」」

「特に二年生は最後の一年間になる。悔いを残さないように!」

「「ハイ!」」


 三津田監督の勢いある言葉に押され、選手たちはレベルアップのためにグラウンドに散った。するとそれを見届けたかのように、大和、猛たち二年生数名が三津田監督のもとへと近づく姿が見られた。

「ところで監督さん……」

「どうした、猛?」

「本当に自分たちと一緒に監督を辞められるんですか?」

「ああ、本当だ。キミたちの夏が終わるときに合わせて、オレもユニフォームを脱ぐつもりだ」

「監督さんのような指導者はこれからも必要です。監督業専門でやってもいいんじゃないですか?」

「ありがとう。でも、決めたことだ」

「でも……」

「キミたちからそう言ってもらえるとは、監督みょうりに尽きるよ」

「だったら……」

「でもな、スポーツは日々進化している。オレは三十年も監督をやってきたんだ、世代は変わらなくてはいけないときがある。それを、もの言わずして鳴沢コーチが教えてくれた」

「鳴沢コーチが?」

「だから、最後にキミたちがオレに華を持たせてくれ」

 三年生の引退した滝岡高校野球部は、いよいよ夏帆や大和、猛たちの代になった。三津田監督も夏帆たちの学年が卒業する時に定年を迎える。それを期に、夏帆たちの部活動引退と一緒に監督職をしりぞくことを決めているのだ。

「わかりました。監督さんの最後は、必ず甲子園で終われるようにします!」

「ハハハハッ、ありがとよ。楽しみにしているぞ」


 そして、秋の大会へ向けた新チームのベンチ入りメンバーが発表された。

 課題の投手陣。

 背番号1、二年生の速球派の椎名。投手としての自覚を再確認し、体力強化に加えて低めのコントロールを意識した投球を心がける。

 背番号10、二年生技巧派の鎌上。下半身強化で安定性を図り、変化球をまじえた丁寧なピッチングを意識する。

 背番号11、一年生から佐伯。中学硬式クラブ出身で小柄だけれど経験豊富な左投手。まだ一年生、これから体ができあがってくればいい投手に育つだろう。

 そして、背番号14は夏帆。三津田監督の希望そのものだ。

 他にも野手と兼用でワンポイントピッチャーも数名仕上がってきている。

 さらに新キャプテンに青野猛、背番号6。ここに来てバッティングに磨きがかかり不動の4番。そして西原大和は背番号2、安定の正捕手。副キャプテンにも任命され打順も3番。ヤマトタケル打線爆発へ。


「いいかいキミたち、今から秋の大会に向けて実戦形式の練習を多く取り入れるつもりだ。新チームになって動きがバラバラである感覚を自負するとともに、個人プレーとしてもチームプレーとしても、今の自分に必要な課題を見つけるのが目的だ」

「「ハイ!」」

「自分でも考え、周りの仲間に相談し、鳴沢コーチやオレからも情報を得て、いろんな答えを探してほしい。そして、それらの中から自分に合った答えを見つけて自分のモノにする。これを、来年春までの課題とする!」

「「ハイ!」」


 三津田監督、そして父の目指す形を強固なものにするために実戦経験を積ませてはいるけれど……練習試合の度に「鳴沢夏帆投手と対戦させてほしい」という申し出をもらうことが当たり前のようになっていた。話題作りなのか物珍しさなのか、いずれにせよ三津田監督はそれに応じ、夏帆が絶対的エースの存在は変わらなかった。


 それはともあれ、選手たちも充実した練習に明け暮れているうちに、いつしか空一面に赤トンボが浮かび朝晩に冷え込みを感じられるようになっていた。そしてそのころ、新チーム初の大イベント、秋季大会の開幕となった。

「いいか、この秋期大会は単なる新人戦感覚ではダメだ。来年夏の甲子園大会へ向けての戦いが始まったと思え!」

「「ハイ!」」

 三津田監督の大きくはないが通る声は、改めて気を引き締めて挑む意思を伝えていた。それは、最近の試合傾向から見ても、滝岡打線が抑え込まれているうえに選手の特徴を知られすぎているという不信感を抱く、三津田監督と父だったからだ。


 そのなか迎えた第一次予選。いつものように背番号14を付けてアルプススタンドで応援する夏帆。いくら滝岡投手陣がいい具合に育ってきているとはいえ、やはり底力のあるチームには技術と力で得点を重ねられてしまうのが実情だ。この試合、打撃を得意とする強豪校と当たり、思わぬ苦戦を強いられていた。

「監督さん、ちょっと押されてますね」

「ヒットが続かないなぁ。翔子、ウチのチームが二塁ベースを踏んだのは何回ある?」

「猛君の打った二塁打と、フォアボールで出たのを送りバントで二塁へ進んだのが一つ、その二回だけです」

「それだけか?」

「はい。なんだか最近の試合、打撃の滝岡じゃないみたいです……」

「んーー…………」

 押されながら試合は進み、中盤には嫌なムードが滝岡高校を包み始めていた。

「監督さん、相手チームは確かに強いチームですけど、それにしてもウチのチームがこんなに押されるんでしょうか?」

「それなんだよな。確かに相手チームのピッチャーはいいピッチャーだが、それにしてもウチは一人一人が抑えられている。大和や猛までもだ…………」

「はい……」

 しかめっ面で腕組みをする三津田監督。その思いを見透かしたかのように、場内から声が飛んだ!


「滝岡ァー、鳴沢を出せー!」

「鳴沢だ! 鳴沢に投げさせろ!」

「出し惜しみしてんじゃねー!」


 夏帆を舞台に上げるべく声が飛び、そしてそれを助長するかのように場内が沸き上がる!


「ナッリッサワ!」「ナッリッサワ!」

「ナッリッサワ!」「ナッリッサワ!」


「監督さん、スタンド中が夏帆を呼んでますよ!」

「んーー…………」

 意味があるようなないような、から返事をする三津田監督……と言うよりも、どうすることもできずにただもどかしさを押し殺すだけの三津田監督始め滝岡ベンチだった。


「ナッリッサワ!」「ナッリッサワ!」

「ナッリッサワ!」「ナッリッサワ!」


 しかし、それをあざ笑うかのように相手チームの思い通りに試合が運ばれ、滝岡野球を完全に封じ込まれた試合となった。

 それはそれは、とても不思議なほどにだ。


 スタンドの声に、また不思議なほどに抑え込まれる滝岡打線に、一番ヤキモキしているのは三津田監督だ。

 歯がゆいままに第一次予戦が終わり、次に行われる第二次予選に挑むこととなる滝岡高校。その組み合わせ会議終了直後、県高校野球協会から直々に三津田監督へのお呼び出しがかけられた。

「お忙しいなか、ご苦労さまです。他の学校や関係者の耳に入らないようにするためにもと思い、このような奥の部屋にまでお呼び出ていたしまして申し訳ないです」

「いえ、お気になさらないでぐださい。ところで、ご用とは?」

「ええ、それでは早速ではありますが、三津田先生が頻繁に大会出場の許可申し出をする鳴沢夏帆とは何者かをおたずねしたいと思い、お声がけいたしました」

 単刀直入に発せられる言葉にあおられて三津田監督の緊張は一気に上昇を始め、そのような心理状態ながらも必死に状況を整理していた。

「はい、鳴沢夏帆と申しまして、滝岡高校野球部の選手として所属していまして……ウチの投手として活動をしておりまして……主に練習試合などに出場をさせておりまして…………」

 途中、何度も呼吸を整えて受け答えをする三津田監督。なにせ、突然であり前代未聞のことに、必死に言葉を並べるのが精一杯だ。

「しかし高校生ですよ。同じ土俵では無理があるように思いますが……小学生ならまだしも、男子と女子では、体付きも体力も運動能力も大きく違いがあるのではないですか?」

「確かにおっしゃる通りなのですが、鳴沢夏帆に関しましては運動能力も技術力も男子並……いや、男子以上の物を持っていると言っても過言ではありません! と私は評価しております」


 夏帆の思いも乗せるように、これまで自分が見聞きしたことをもとに知り得る限りの鳴沢夏帆やボク鳴沢光輝、そして父のことを話した三津田監督。

 少しの間、役員の方々が口を閉じ、怖いくらいに重たい空気がただよう一室。それがゆえに三津田監督は、もしかしたらこれまでの人生で一番の緊張を見せていたかもしれない。

「んーー。実はですね、三津田先生」

「は、はい……」

「ここ半年ほど前から、鳴沢夏帆選手についての問い合わせが殺到しているんですよ」

「はぁ……」

「ところが私どもはそういった情報にはとてもうとくて、鳴沢夏帆選手のことを知らないものですから何も答えられないのが現状なんです」

「はい……」

「そこで、ただ事ではないということで調べたところ、昨年の秋頃から鳴沢夏帆選手の試合動画がインターネット上に投稿されていているじゃないですか」

「えぇ……」

「我々はそこで始めて、鳴沢夏帆選手の存在を知ったというわけなんです」

 そして、県高校野球協会としても、世間の話題についていけるようにということで夏帆について詳しく調べていくと、インターネットにあげられている動画投稿者は多数、その共通点は滝岡高校との練習試合を撮影したものということがわかった。

「いやぁ〜ビックリしましたよ。女子生徒が高校野球のピッチャーだなんて」

「は、はい……」

「しかも大会が近付くと『なぜ、滝岡高校は鳴沢夏帆を出さない!』『県高校野球協会が止めているんじゃないのか!』という内容のメールや電話が殺到するんですよ」

「それはウチの高校も同じです……」

「やはりそうでしたか……」

「お騒がせしているようで、すみません」


 まるで、尋問にかけられているような固くて重い個室の空気。特に、コの字型に並べられた重厚感のある机から三津田監督に集中する視線がそれを助長している。

 そして、三津田監督も協会員のお偉いさん方も、表情を変えないまま話しは続いた。

「問い合わせに対して、高校野球規則では女子生徒の大会出場は認められていないということを説明しても『考えが古い』とか『時代に合わない』さらに『逃げ口上だ』それに『実力は男子以上だ』などなど、いろんな意見が返ってくるんですよ」

「はい。ウチの高校も、全く同じです」

「なるほどです。しかも三津田先生、この件については、全国高校野球協会からも問われている話しなんですよ」

「そ、そうだったんですか、そこまで話が広がりを……本当にご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ございません……」

 メタボな体を小さくかがみ、どのような表情をすればいいのか思いつくこともなく、ただただ恐縮するしかない三津田監督。


 その後も、雑談をまじえながら協会の方々との話は続き、本県における高校野球事情から田舎町の話題にまで話がおよんだころ、協会トップのお偉いさんが表情を変えながら口を開いた。

「三津田先生の説明はよくわかりました。今ごろではありますが、我々は鳴沢夏帆選手の試合動画も見て、そのうえで彼女の試合出場について検討しました」

「はっ……?」

 重苦しい雰囲気を変える話し口調に、戸惑いを覚える三津田監督。

「三津田先生、どうでしょう……」

「はい?」

「この、何かと話題にとぼしい本県から、一風変わった風を吹かせてみませんか?」

「えっ?」

 県高校野球協会の理事長ともあろうお方が、何やらイタズラ小僧の目をして、三津田監督を遊びにでも誘うようにつぶやいてきた。


「鳴沢夏帆選手を、試合に出してみませんか!」


 えっ?

 今、理事長は確かに、夏帆を試合に出すって言った、よな?

 鳴沢夏帆選手を試合にって、まさか、この場だけの冗談話、なんてことはないだろうな。


 どうやら三津田監督、あまりの驚きで理事長とのやり取りを心の中で復唱し、間違いなく夏帆を試合に出場させる話であることを確認している。

「夏帆を……鳴沢夏帆を、公式の試合に出場させてよろしい……のですか?」

「ええ。許可しましょう!」

 一様に笑みを浮かべながら大きくうなずく役員たち。

「ただし、県大会の試合のみの話ですよ」

「えっ? はっ? ああ、えぇーーっと……はい、本当ですか?」

「ははははっ、三津田先生、本当ですよ。鳴沢夏帆選手の、本県の大会への出場を認めます」

 まだ信じられない様子の三津田監督。それを眺めながら笑顔を見せる役員の方々。

「えぇ、は、はい、わかりました。県大会出場を認めていただきありがとうございます。早速本人に、いや、みんなに、いや、学校に報告を!」

 天にも昇る気持ちとはまさにこのこと!

 メタボな体は軽やかに立ち上がりったかと思うと、興奮を抑えられずに心が舞い上がっている。

「三津田先生落ち着いて下さい。一番喜んでいるのは三津田先生じゃないですか?」

「はい、いえ、それは、もう……」


 この瞬間、秋の日の傾いた日差しが差し込む狭い会議室で、いい歳した大人たちが同じ方向を向いたのだ。それは、立場も肩書も忘れた純粋な野球少年たちが、とんでもない夢物語を作ろうとしているようであった。


 願ってはいても思ってもみなかったまさかの展開に、三津田監督はとにかく急いで滝岡高校へと帰って来た。そして一足先にグラウンドにもどり、練習をしている部員たちのもとへとやって来た三津田監督。

「練習止め! 全員集合!」

「「ハイ!」」

 三津田監督の指示でキャプテン青野猛の声が響く。

 そして一塁側ベンチ前で仁王立ちになり、高鳴る気持ちを悟られないように腕組みをしながら立つ三津田監督。

 五十人ほどの部員が集合する姿を見届けると、微笑を浮かべながら大きくはないが通る声で話し始めた。

「今、県高校野球協会の偉い方々と話をしてきた」

 何のことやら見当もつかない選手たち、ただ三津田監督の次の言葉を待つのみだ。

「いいか、よく聞けよ」

 三津田監督の微笑が完全なニヤケ顔に変わっている。興奮を我慢できないのが有り有りと伺えた。


「夏帆がっ、公式戦に出れることになった!」


「えっ! 本当ですか?」

「ああ、本当だ!」

「「ヤッター!」」

「夏帆ちゃん、やったよ!」

「良かったね、夏帆ちゃん!」

 夏帆は信じられない表情のまま突っ立っている。その夏帆を囲んで大喜びの部員たち。その喜びようは全ての試合に圧勝したように爆発的なものだった。

「但し、夏帆の試合出場には条件があるんだ。それは……」


 ◯ポジションは投手のみとする

 ◯投球回数は5イニング以内とする

 ◯バッターとしては手を出すことを認めず、いかなる球であっても三球で三振とする

 ◯その他、不具合が生じた場合は退場とする


「それくらいならどってことないですよ!」

「夏帆ちゃんなら五回あれば十分です!」

「夏帆ちゃん、これで思いっ切り野球ができるね!」

「うん……」

「どうした夏帆?」

「本当……なんですか、監督さん? 本当に……わたし?」

「あぁ本当だ。喜んでいいんだぞ、夏帆!」

 自分の要望とはいえ、まさか本当に試合出場が認められる時がくるなんて、三津田監督の口から言われてもまだ信じられない様子の夏帆、そして部員たち。

「よしみんな、夏帆ちゃんの試合出場が認められたんだ、どこまでも勝ち進むぞぉーー!」

「「オーー!」」

 キャプテン猛のかけ声に、近年では一番活気みなぎる部活動になった滝岡高校グラウンドだった。


「だだいまー!」

 玄関を入るなり靴を放り脱ぎ、急いでリビングに入る夏帆。

「どうした夏帆、ドタバタと? 行儀悪いぞ!」

「お父さん、わたし試合に出れる!」

「えっ、何言ってんだ夏帆? 試合って、練習試合なら……」

「どうしたの? 騒がしいったら」

「お母さん、わたし、試合に出れる!」

「えっ?」

「わたし、公式の大会に出れるようになったんだって!」

「ま、まさか?」

「本当なの?」

「県高校野球協会が認めてくれたんだって、わたしの試合出場!」

「信じられないわ、そんなことってあるのかしら?」

「いや、ないだろ」

 絶対にないだろうと思っていた女子高生の高校野球公式戦出場。夏帆の喜びようはいかなるものにも例えようのない、とてもいい表情を作り上げていた。


 ようやく実感できたようだね夏帆。良かったな、お兄ちゃんも自分のこと以上に嬉しいよ。

 思う存分野球をやりな!


 そして滝岡高校、興奮と勢いそのままに、再起をかけた秋季大会第二次予選が始まった。滝岡高校ベンチには背番号14番をつけた夏帆の姿がある。そのベンチ内の雰囲気はワクワクソワソワしながら、明るいうえに安心感が見られた。

 そして、夏帆という期待を抱えた試合が始まった。滝岡高校の先発ピッチャーは予定通り背番号1、速球派の椎名。しかしコンパクトなバッティングで点を重ねられ、少しずつ点差を離され始めた。さらに、最近の傾向として見られる滝岡得意の打撃も封じ込まれている。

「監督さん、何でこんなにペースをつかめないんですか? スコアを付けても三振や凡打が多いです。打ったとしても全部単打で抑えられて、全然つながりません……」

「鳴沢コーチとも話をして、今大会から大幅にサインを変えた。それに打撃も、苦手分野も粘れるように対処してきたというのに……結局うまくかわされているなぁ……」

「はい……」

 嚙み合わない滝岡野球。三津田監督や父を始め、チーム全体の違和感は深まるばかりだ。

「よし!」

 五回ノーアウト。嫌な流れを変えようと三津田監督が動いた。


「滝岡高校、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、椎名君に代わりまして、鳴沢く……さん。失礼しました、ピッチャー、鳴沢、夏帆……さん」


「ゥゥオオォーーーー!」

「キタァーー!」

「マッテタゾォーーーー!」

「ナリサワダァァァーーーー!」


 突然降って湧いたような、いや、誰もが待ち望んでいたアナウンスに、球場はドヨメキと割れんばかりの大歓声に包まれた!

「凄い! 球場のみんなが夏帆を応援してくれてますよ監督さん!」

「そうだな。まさかこれほどまでに夏帆が注目されていたとはな!」


「ナッリッサワ!」「ナッリッサワ!」

「ナッリッサワ!」「ナッリッサワ!」


 今や遅しと、滝岡ベンチに注目するスタジアム。その中をフィールドへの一歩足を踏み込む夏帆。その姿の、初、を見逃さないようにと、三万人を超える球場内全ての目が一点に集中している。

「夏帆、ガンバ!」

「うん、行ってくるね」

「頼むぞ、夏帆。思い切り投げてきなさい!」

「はい、行ってきます!」

 スコアラーの席から立ち上がって声をかける翔子は、目をまん丸にして、まるで自分のことのようにワクワクしている。もちろん三津田監督も、そしてベンチにいる選手たちも大興奮だ!

 超満員の熱気に満ちた田舎のスタジアムは、県の高校野球史上最大の盛り上がりといえるだろう。

 そして、夏帆の投球練習を見ては盛り上がり、サインの交換を見てはまた盛り上がるスタジアム。それほどまでに、夏帆人気度は予想をはるかに超えていた!


「ナッリッサワ! ナッリッサワ!」

「ナッリッサワ! ナッリッサワ!」


 そしてここに、特別な感情でこの状況を見守る姿があった。アルプススタンド滝岡高校応援席のはしに座る、父と母、そして一応ボク。夏帆の考えを尊重して、父母に連れられてボクは野球場に来ていたのだ。

「夏帆だぞ!」

「光輝、見える? 夏帆よ、夏帆がマウンドに立ってるのよ!」

 マウンドには背番号14がいる。それを見れているのかはボク自身もわからない。それでも、父も母も夏帆の登場を喜びながら、もしかしたら夏帆の姿に、ボクの光り輝いていたときのことを被せているのかもしれない。


「ナッリッサワ! ナッリッサワ!」

「ナッリッサワ! ナッリッサワ!」


 夏帆の投球練習が終わっても、盛り上がりが落ち着かないスタジアム。


 夏帆、練習試合とは全然違う盛り上がりに戸惑ってはいないかい? 


「フゥーーーーーー」


「「オーーーー」」

「これが、鳴沢のルーティンだ!」

「ガンバレー鳴沢!」

「いいとこ見せてくれよー!」


 無謀とも言える夢をかみしめるように、フィールドの一番高いプレートにしっかりと立つきゃしゃな姿は、それはそれはとても大きく、とてもたくましく光り輝いていた。

 そして、主審は右腕を高々と上げて手のひらを正面に向けた。


「プレイ!」


 夏帆にとって、また県高校野球界にとって記念すべき第一球が投じられる。

 バッターはセオリー通り、投手交代直後のストライクゾーンに来る初球をすかさず打ちに行く、ド真ン中のストレート!


 コキン……

 ボテボテのショートゴロ。

 えっ?


 思わずバットを持ったまま一塁へ走るバッターランナー。そこに守備にも定評のあるショート青野猛が、流れるようなフィールディングで軽くさばいてワンアウト。

「ナイスピッチ、夏帆ちゃん!」

「うん。猛君もナイスフィールディング!」

 グッドサインで手を伸ばす猛に、笑顔で返す夏帆。相変わらず絶対的なコントロールと、三人しか知らないフレる球は健在だ。

 そして、その後も夏帆がマウンドに立つたびに歓声を浴び、ベンチにもどるたびに拍手に包まれ、ロングリリーフを投げきった夏帆は勝利投手となった、記念のデビュー戦だった。

 そしてそのできごとは次の日の地元新聞紙の一面を飾った。


 高校野球界に新風!

 本県から新たな歴史が始まる!


 夏帆の公式戦出場が認められたことにより、滝岡高校は理想的な投手リレーができた。そのおかげで守備のリズムもうまく絡み、さらに打撃も波に乗り、あれよあれよで第二次予選を一位通過した滝岡高校は、地区予選第三代表権を獲得した。

「よし、来週からはいよいよ本戦の県大会だ。遠慮はいらない、今の滝岡の力を、滝岡野球を見せてやれ!」

「「ハイ!」」


 夏帆の願いが通じ、三津田監督の粘りが功を奏して挑む県大会。息を吹き返した滝岡高校は夏帆を中心とした投手リレーで勝ち進み、久々に準優勝という好成績をおさめ、県第二代表として地方大会出場権を得ることができた。

 そしてこの頃になると、夏帆の話題は県内だけににとどまらず全国区となっていたのだ。


 滝岡高校にとっては久々に出場する地方大会が幕を開けたときには、スタジアムに入り切れないほどのお客さんたちが殺到し、夏帆の姿を一目見ようという熱気が漂っていた。

「あれが鳴沢夏帆?」

「あんなに細い選手なのに、どこにパワフルな選手たちを抑える力を持ってるんだ?」

「サイドスローからの変化球でバッターを惑わせるピッチャーなんだ。女子といえどもあなどれないぞ!」

「早く見たいね、鳴沢夏帆のピッチング!」

 そのため、滝岡高校の試合日ともなるとお客さんの入りは半端なく超満員だ。

 が、しかし…………


「鳴沢はどうした!」

「鳴沢を見るためにわざわざ遠くから来たんだ、早く出せ!」

「ナッリッサワ!」「ナッリッサワ!」

「ナッリッサワ!」「ナッリッサワ!」


 試合中も「夏帆を出せ!」コールが何度も起こったけれど、夏帆の試合出場はあくまでも県の大会に限ってのことだ。それでも、三津田監督を含め県高校野球協会からも、地方大会実行委員会に対して夏帆の大会出場の申し出を行ってはいたのだ。しかし、その出場は結局認められることはなかった。

 そのため、観客席からのブーイングも止まない状態のまま大会を終えてしまったのだった。


「滝岡、これで終わりかよ!」

「鳴沢を見れなかったじゃないか!」

「何をもったいぶってんだよ!」

「最後にちょっとだけでいいから鳴沢を見せてくれよ!」


 それが原因とは言えないけれど、滝岡高校は地方大会を一回戦敗退という結果に終わった。大会中の清々しい秋空とはうらはらに、投手夏帆が見れなかったお客さんたちの怒りに似た表情や滝岡ベンチの盛り上がりのなさ、そして思うように野球ができなかったことが物足りなさを残した地方大会となった。


 一つの階段は上れたけれど、そこにはまた大きな壁がある。夢を叶えるまでには、あと何段の階段を上らなければいけないのか……


 夏帆、今やれることを一生懸命やるだけだ!

 お兄ちゃんはいつも応援してるよ。


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