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9番ピッチャー鳴沢さん  作者: タケヒロ
第2章 選手へ
4/15

1 選手としてのこだわり

 週末、うっすらと筋状に流れる雲が空の高さを際立たせる秋晴れとなったこの日、予定していた練習試合のために隣県へと出向いた滝岡高校野球部。昼をまたぎながら行われた三チーム三つ巴の試合を全敗という結果で終え、帰りの峠道を走るバスから見える清々しく晴れ渡った空や山々を彩る紅葉の美しさなど全く目に入ることもなく、敗因となった投手力にさらなる不安を感じる滝岡野球部員たち。しかも、その悪い雰囲気を助長し、余計に落ち込ませるような怒号が車内に飛んだ。

「今日は、絶対エースとしての俺もちょっとだけ調子が悪かったけど、全敗なんてみっともない結果に終わった原因は、何といっても打撃力不足だ!」

「「……」」

「打席に立てば甘い球を見逃して、追い込まれたあげく悪球に手を出すなんて、完全に相手の思うつぼにはまってんだよ! いいか、うまく仕留められないのは普段からそんな練習しかしていないからだ!」

「「……」」

「さらに守備もまだまだだ。せっかく俺が打ち取った打球も捕球ミスに送球ミス、相手にただで点をくれてやってるじゃないか!」

「「……」」

「ピッチャーってのは勝ちを拾うことはできねーんだよ! 打って守って走って、自分の役割をしっかり果たせ!」

「「……」」

 毎回のようにクリーンヒットを浴びたかと思うとフォアボールにデッドボール。それでも自分のことは棚に上げて人のせいにする菅里の分析だった。


 バスに揺られて約二時間。学校に着いたころにはだいぶ日も傾き、それに合わせて肌寒さが辺りを包み始めていた。そして、三塁側グラウンド防球ネットの外にある野球部部室前、全員が集合したのを確認した三津田監督が通る声を発した。

「今日の試合は……いや、今日の試合も修正点が多く見られた。同時に、采配をする監督としても、反省と決断をしなければならない時がきたと思っている」

 淡々と話す三津田監督の表情は険しく、言葉は短いながらも意味深であることを意味していた。

「今日はこれで終わりにする。みんな身体を休め、また明日からの練習に力を注ごう」

「「ハイ!」」

「お疲れ」

「「お疲れ様でした、失礼します!」」

 体育会系特有の深々と礼をし、家路へと向かう部員たち。


 すると、ざわついたその中から、大きくはないが通る声が届いた。

「夏帆!」

「はい?」

 みんなと一緒に帰ろうとしていた夏帆に向けた声だった。

「お父さんは今日、家にいるか?」

 三津田監督のその言葉に、急に心配そうな表情を浮かべる翔子。 そして夏帆はすぐにメールで確認し、三津田監督に伝えた。

「はい、いるそうです」

「そうか。それなら、夏帆が家に着いたころにお邪魔するよ」

「えっ? は、はい…………」

 三津田監督の言葉をそのまま父にメールする夏帆の表情には翔子以上の不安が見える。それを同調するように、翔子が言葉をかけた。

「夏帆。監督さん、何なんだろう。あたし、夏帆のことが心配……」

「うん。わたしも、ちょっと、怖い…………」

 父の在宅を確認して家への訪問。三津田監督の思惑としては、いよいよ夏帆が選手として部活動をやれるかどうかの答えを出すときがきた。しかも、家族にもわかってもらったうえで終わりにする。ということを、夏帆も翔子も想像した。しかもそれは、夏帆にとって、まるでクビ宣告を受けるようなものである。


 夏帆、どんなことになろうとも結果が現実、それを受け入れるしかないよ。お兄ちゃんに気づかってくれてるんだよね、夏帆はよくがんばったよ。

 ありがとね。


「ただいま……」

 帰宅した夏帆は、さっそく父と母に事情と予想を話した。

「そういうことだったのか。事実を事実として受け止めよう、なっ、夏帆、母さん」

「うん……」

「そうね……」

 学校から帰って来ても着替えるという意識すらなくなっている夏帆と、突然の話に心の準備が追いつかない父と母は、三津田監督が来るのをソワソワしながら待った。そしてその間、不安だけがリビングを包み、夏帆にとっては練習試合から帰るときのバスの中の空気を、今もなお引きずっているような感じさえあった。


 ピンポーン

 来た!


 玄関を開けると、みんなの沈みそうな雰囲気を吹き飛ばすように心地良い風が通り抜けて行く。

 そして、リビングに三津田監督を迎えると夏帆の緊張はさらに高まり、父と母は緊張が不安へと変わっていく。

「今日、おうかがいしたのは……」

 ジャージ姿のままの夏帆と普段着の父がソファーに並んで座り、テーブルをはさんで座る三津田監督はスーツにネクタイ姿。母はその場にいるのが辛いのか、対面式キッチンに立ってお茶出しの準備を始めた。

「夏帆さんから、選手として野球部に所属したいという要望がありまして……」

 三津田監督の話に、リビング内は息苦しいほどの緊張に包まれた。そして、夏帆は指先まで血液が凍るのを感じ、父は目を見張り、母は目をそらして耳に入る声に集中している。

「ご存じの通り、高校野球協会の決まりもあるものですから……」

 淡々と進む三津田監督のトークを耳にする夏帆の意識は、すでに現実逃避を始めて落胆モードの準備に入った?

 でも心の中では、自分のわがままを検討してもらい、しかもわざわざ家にまで来て返事をしてくれる三津田監督に感謝の気持ちだ。

「それで…………」


 絞られたテレビの音

 張り詰めた空気

 落ち着いた声で言葉を続ける三津田監督


「まずは、チーム内限定の選手。ということで考えました」

 三津田監督の言葉が終わるタイミングで大きなため息をつこうと息を吸っていた夏帆だったけれど、三津田監督の言葉を頭の中で復唱し、その息を慌てて飲み込んだ。


 おい夏帆、落胆じゃないぞ!


 選手!

 その言葉に夏帆の身体は一変。指先まで熱い血がみなぎり意識が急上昇、二重で切れ長のまぶたをクリクリに見開き、全身全霊が三津田監督に向けられた。

「ということは、わたし、野球ができるということですか?」

 ジャージ姿の両手をつっかえ棒のようにテーブルに置き、食らいつくように身を乗り出す夏帆の瞳が、熱くたぎりながら三津田監督を見つめた。

「ああ、そうだよ」

「ホントですか?」

「もちろんだとも。この件については、校長先生も了解している」


「ヤッッターーー!」


 こぼれてもまだ余る笑顔と、高い声を張り上げながらガッツポーズを決める夏帆。 学校内での活動という部分は引っかかるところではあるけれど、野球ができるということについては素直に喜びいっぱいにあふれている。

「監督さん、本当に本当なんですか? 娘が野球をやって、本当にいいんですか?」

「ええ。条件付きではありますが、まずはやってみましょう!」

 力強い表情を見せながら笑みを浮かべる三津田監督。思ってもいなかった展開に父は驚きの笑顔、母は鳩が豆鉄砲を喰らったようで信じられない様子、そしてボクは相変わらずテレビの前で画面から流れる映像を眺めている。


 可能性を信じて滝岡高校を選んで正解だったな。これで思いっ切り野球ができるね、夏帆。


「ところで、お父さん」

 少しの間、夏帆の笑顔を見守っていた三津田監督は、襟を正しながら口を開いた。

「お父さんは以前、高校野球のコーチをされていたとうかがいました」

 思わぬ話題を持ち出され、少し照れながらも誇らしげに笑顔を浮かべる父。

「もう、何年も前の話しですよ」

 謙遜しながらもそのころのことを自慢気に話す父。それを無心に聞きながら父の底知れない知識と工夫に感心する三津田監督。

「こう見えてワタシも、小さいころから投手として野球をやっていました。手前味噌で恐縮ですが、コントロールに自信があって、七色の変化球と言われた多種多彩の球でバッターを切って取ったものです」

「ほほー、そうなんですか」

「娘も、ワタシに似ているんですよ」

 父は微笑みを浮かべながら、夏帆の器用なピッチングと自分とを被らせている。


「しかし、お父さんやわたしの若いころは、今と違ってしっかりとした技術指導なんてなかったじゃないですか。間違いだらけの指導だったことは、今現在指導する立場としても歪めません」

「ええ。練習イコール、ケガ人作り。つまり、間違った考えによるトレーニングで体をイジメ過ぎた結果のケガ。しかも『それが野球だ!』と言い張る権力体制。今でもありがちな指導力不足を強い口調でごまかすというのが、あのころの当たり前の指導でしたからね」

「お父さんの言う通りです。選手からすれば指導者の言葉が全て。一生懸命頑張れば頑張るほどケガは酷くなる」

 そんな環境の中で甲子園を目指して頑張ってきた父だったけれど、結局そのけケガに悩まされて夢をあきらめざるを得なくなった一人だった。

「息子も周りの期待に苦しんだでしょう……」

 今度は苦笑いを浮かべながら、ボクと被らせている。


「ワタシはその悔しさが忘れられなくて、大学時代の四年間を、どうして野球という競技は肩や肘をケガしやすいのか、ケガのないプレーヤーになることはできないのか。そればかりを考えていました」

「そうだったんですね。当時は、今のようにインターネットなどの情報ツールの少ない環境のなかで、よく理想的な指導方法を考えられましたね」

「ええ。いろんなルートをフル活用しました。大げさになりますが、海外のスポーツのあり方も調べたんです。おかげでワタシの大学生活はそれだけで終わりました」

「いや、しっかりとした着眼点とブレずに追求しつづけた行動力。頭が下がります」

「いやいや、執念みたいなもんでしたよ。そのおかげでワタシの考える野球論とでも言いましょうか、ワタシなりの指導方法の基礎が出来上がったんです。ただし、その段階では、まだまだワタシ個人のイメージでしかなかったですが……」

「それを、コーチをなされていたときに実行してみた。ということですね」

「はい。以前コーチをやっていた高校は甲子園にも出場していましたが、ケガ人はなく選手たちは思い切り高校野球を楽しめたと思います。それこそが、ワタシの野球論は間違っていなかったという証になるでしょう」

 三津田監督にしてみれば、父のその実績はまさに今欲しい力だ。


「お父さん!」


 一重まぶたの小さな目を、期待を膨らますように見開きながら身を乗り出す三津田監督。片や、圧力さえ感じる突然の呼びかけに目を丸くしてビックリした父。対照的な表情の二人がテーブルをはさんで見つめ合った。

「は、はい……」

「定年を目前にしているわたしではありますが、滝岡高校に、わたしの夢に、お父さんのその力を貸してはいただけませんか?」

 てっきり夏帆の話だけだと思い、普通に雑談をしているつもりの父、そして夏帆、ついでに母にとって、三津田監督の今の言葉は予想もしない展開だった。

「ワタシ……ですか?」

「はい!」

 三津田監督の情熱に父は何を感じたのか、その熱い眼差しはボクに向いた。もしかしたら、もう、こんな選手を作ってはいけないとでも思ったのかもしれない。

「わかりました。ワタシ流の教え方でよければ!」

「もちろん鳴沢さんのやり方でかまいません。お手伝いをしていただけますか?」

「ええ、喜んで!」

「ありがとうございます!」

 少年のように瞳を輝かせながらソファーから立ち上がり、二人はテーブルの上で固い握手をかわした。


 直後、三津田監督も切り出しづらい話題を口にしながら、ボクに目線を向けてきた。

「何と申し上げていいのか……」

 大和と猛に聞いていた怪物、そんなイメージなどできない今のボクの姿。

「いえ、お気になさらないでください」

 みんなが複雑な思いでボクを見ている。


 本当に気にしなくていいです三津田監督さん。ボクはそのことさえもよくわからない状態ですので。


「息子さんは、今テレビから流れている内容は理解しているのですか?」

「今見ているのは、小さいときからよく見ている映像なんですよ。記憶のどこかで覚えているのかもしれません」

 テレビから流れているのは元プロ野球選手でボクの憧れの大投手。ボクは、その投手の背番号14を養成クラブ時代に背負い、ボクに憧れる夏帆も14を背にしたのだった。


「娘は、自分が野球をやる姿を息子に見せれば、そして願わくばその姿を、もしかしたら息子が立つはずだった甲子園球場で見せることができれば、息子の病気が善くなるかもしれないと信じています。だから、息子と同じ舞台で選手としてプレーすることにこだわっているんです。もちろん、女子生徒の高校野球出場は認められていないことはわかっています」

「それでも……ですか?」

「それでも……なんです」

「それほどまでに強い思いを持っていたんですね、夏帆さんは……」

「親であるワタシたちでさえも想像し得ないくらいに、娘の思いは強いと思います」

「例えば県外になりますが、女子硬式野球ではダメだということなんですね?」

「息子と同じ舞台、甲子園を賭けた大会じゃないと意味がない。そう考えて滝岡高校の可能性に賭けたんだと思います」

「なるほどです」

 夏帆の野球選手へのこだわりを知った三津田監督は、何とかできる問題ではないけれど、何とかしてやりたいという気持ちを抱いた。

 その会話に、自分の野球への思いと、ボクへの可能性を賭ける夏帆の目には、うっすらと光るものが見えていた。


 数日後、空一面にひつじ雲が浮かぶ滝岡高校野球部グラウンド。そこには、白く輝く練習着に身を包む夏帆の姿があった。念願の選手としての活動がスタートする瞬間である。

 とはいえ、三津田監督は夏帆のプレーを知らない。当然のことながら、どのような投手なのかを確認することになり、相手役には西原大和を指名して夏帆の投球を見ることになった。


「よろしくお願い……」

「ひ、久しぶりッ……」

「えっ……久しぶり?」

「俺、去年まで荻野原クラブにいたんだ、青野猛も。学年も夏帆さんと一緒で……」

「あー、あのときの……」

 毎年行われる交流戦のことだと理解はしたものの、夏帆にとっては荻野原クラブの誰からも好打された記憶はなく、そのために印象に残った選手はいなかった。

 また、夏帆のピッチングの特徴として、打ち取るための配球を組み立てて投げるタイプなので、バッターが誰であろうと関係ないのである。

 でもボクは、夏帆のそこの部分が弱点になる危険性があると指摘していた「バッターの特徴をつかんでおかないと決め球も決められなくなる。勘の鋭いやつには狙われるぞ」と。

 ともあれ、大和と猛にとっては違和感を持ったまま終わっていた夏帆との対戦。今、キャッチャーとして夏帆の投球を見ることができる大和は、一年ぶりの疑問解決にワクワクドキドキでいっぱいだ。

「それじゃ、マウンドに行きますか」

「はい」

 ウォーミングアップを終えた二人はいざマウンドへ。三津田監督をはじめ部員たちは自分の練習を中断し、興味津々で一塁側と三塁側に別れて夏帆を見守った。


 久々のグラウンド。

 静寂に包まれたフィールド。

 念願のマウンド。


 夏帆は充実感を覚え、まるで武者震いさえ起きるほどの興奮を抑えている。そしてマウンドに登った夏帆は、改めてオーバースローから軽く一球を投じた。

 指先から離れた球は緩やかな放物線を描き、立ち姿勢のキャッチャー大和の構えるミットに吸い込まれていく。同時に大和のミットから視線を離さず、自分の投球のコントロールの正確さを確かめる夏帆。


 ウォォォォーーーー!


 周りからは男特有の低い声があがり、絶対的なコントロールであることを察する三津田監督は、ゆっくりとはいえ夏帆のとてもきれいな投球フォームに見入っていた。

 この状況に大和と猛はニヤけた表情を浮かべている。まるで中学時代の記憶とともに変な優越感を抱いているのかもしれない。

 そして、徐々に力を入れながら数球投げた夏帆。

「座ってもらっていいですか?」

「あ、はい」

 キャッチャー大和を座らせることは、いよいよ本格的に投げることを知らせた。

 そして、夏帆は静かに天を仰ぐ。


「フゥー」


 大和と猛の表情が変わった。中学時代の対戦を思い出させる夏帆のルーティン。見ている先は雄大な山々か青空に広がるひつじ雲か、それはまるで、夏帆そのものが自然に溶け込むようだ。

 そして正面に顔をもどした夏帆は、改めてピッチャープレートへ足を沿わせて少しかがみ、セットポジションの姿勢で静止した。ギャラリーとなっている三津田監督と部員たちは、今の投球で大体のイメージは持てていた。


 が…………!


 セットポジションから左足が上がった次の瞬間!

「えぇっ!」

 ギャラリーの声などおかまいなしに、低い位置にまで体をかがめ、体重を前方に移動させる右投げのサイドスローだ!

「おーーーー!」

 夏帆の一挙手一投足をマジマジと見入る三津田監督と部員たち。それとは対照的にドヤ顔を見せる大和と猛。

 どーだ、これが夏帆さんのピッチングだとばかりに!


「えっ! あれが、夏帆?」

「翔子ちゃん見た? 夏帆ちゃん、あんな凄い球、投げれるんだ!」

「夏帆、なんか、カッコいいです。遥香先輩!」

「うん、そうだね!」

 マネージャーであるためにグラウンドに入れない遥香も翔子も、バックネット裏から金網越しに見る夏帆の投球に驚くばかりだ。


 そして当の夏帆は、一球また一球と投げるごとに込み上げる喜び。大和のキャッチャーミットは全く動くことなくその球を捕球していた。


 バシッ! 

「おーー」

 バシッ!

「おーー」


 周りからからいちいち届く、決して心地好いとは言えない低い声がグラウンドを包み、その状況で大和はワクワクしながら捕球していると思ってはいたけれど、段々とその表情はしかめっ面へと変わっていた。

 そして三十球くらい投げたころ、三津田監督の通る声がマウンドに飛んだ。

「変化球は何がある?」

「ハイ! カーブ、スライダー、カットボール、シンカー、チェンジアップ、スプリットくらいです」

「くらいって、それだけ投げれれば十分だろう」

 そして、三津田監督の要求通りに変化球を投げる夏帆。投球フォームも一定でバッターとしては球種を見抜くのは難しいはずだ。夏帆の投手としての質はとても良いものが見えている。


「監督さん、夏帆、凄いです! まさかここまでだなんて思っていなかったです!」

「確かに翔子の言う通りだ。しかし……」

 腕組みをしながらバックネットの前に立ち、金網越しにはしゃぐ翔子の言葉をかみしめる三津田監督。

「しかし? 監督さん、夏帆、こんなに凄いのに『しかし』ですか?」

「コントロールといい、変化球といい申し分ない。女子として見れば確かに凄いと言えるが、過去に対戦してきたのは荻野原クラブ、強力打線が売りの攻撃型チームだ。例え変化球でかわしたとしても、狙われれば打たれそうな素直な球だ。本当にこの投球で抑さえられたのか……正直なところ、ちょっと疑問に思ってな」

「はあ。まあ、そう言われればそうですけど……」

 遥香や翔子を尻目に、単に投球としてではなく実戦としてのピッチングを見ている三津田監督。


 さすが、長年県内上位をキープするチームの監督さんだ。


「夏帆、久々の投げ込みだろう。今日はここまでにしておこう」

「はい!」

 三津田監督の言葉に従い、大和との距離を縮めながらクールダウンをする夏帆。そして、間近まで近付いたところで相手役の大和に挨拶。

「ありがとうございました」

「あ、はい。あっ、こちらこそありがとうございました」

 複雑な思いで捕球していた大和は、夏帆の丁寧さに緊張感有り有りの返事になってしまった。それを隠すためか、改めて声をかける大和。

「か、夏帆さん、コントロールいいっすね」

「ありがとうございます」

 久々の汗に満足げな笑顔が浮かぶ夏帆。それに対して、中学時代に対戦したときの記憶に疑問が残る大和。その口からは思わず心の言葉が飛び出した。

「あんとき、どうしてこの球を打てなかっ…………」

「いやー、コントロールだけではピッチャーはつとまんねーが、まっ、女子ってことで良しとしておくか!」

 調子のいいデカい声とともに、一塁側ギャラリーからしゃしゃり出てた菅里志郎。大和の疑問の声をかき消してしまった。

「わかんないことがあったら俺に聞け。ウチのピッチャー陣まとめてるの、俺だから!」

 いつものように訳のわからないジェスチャーをまじえながら、やたらとキザにふるまう菅里。

「ありがとうございます。鳴沢です。よろしくお願いします」

「カホ、だっけ。遥香から聞いてるだろうけど、俺に任せとけば大丈夫だから!」

 いつもの菅里節に「よくそんなことが言えるもんだ、成績を残してから言え」と心の中で叫ぶ選手たち。

 すると、みんなの心を代弁するかのように通る声が走った。

「逆に試合への心構えを教えてもらうといいぞ、菅里!」

 三津田監督のナイスな言葉だった。おかげでグラウンドは笑いに包まれて一件落着とともに、ピッチャー鳴沢夏帆のお披露目は終了した。


 そして、その日の帰り道。

「大和、どうだった、アイツの球?」 

「それなんだけどよ……まったくわかんねー。なんであんな素直な球を中学んとき打てなかったのか……」

「見ていては、あんときと同じ球みたいだったけど……」

「んーー。ホントに打ちごろの球なんだよなぁ」

 稲刈りの終わった田んぼ道をトボトボと歩きながら、また、暗闇に包まれた農村地域をひた走る電車に揺られながらの帰り道。ずっと夏帆の投球について繰り返し語り合っている大和と猛。


 あんとき打てなかった理由がわからない? 

 それはしかたないさ大和君、猛君。だってキミたちは、まだ、夏帆の本当のピッチングを知らないのだから。


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