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9番ピッチャー鳴沢さん  作者: タケヒロ
第1章 高校野球への思い
3/15

3 三津田監督の光明

「遥香先輩っ! まだ一回の表ツーアウトなのに、守備についてた選手がバッターボックスに入っちゃいましたよ!」

「ウフフッ、おもしろいでしょ?」

「そんなことってあります? チェンジになってないのに突然敵になっちゃうんですよ! ねぇ、夏帆?」

「そう、だよね。変だよね……」

 バックネット裏でスコアブックを開き、夏帆と翔子は二つ並べてあるそれぞれの机に着いていた。そして、ランダムにチーム分けされた紅白戦をスコアブックに記録しながら、マネージャーとしての勉強をしていたときの出来事だった。


 試合展開に疑問を持ち、不思議な表情を浮かべる翔子と、流されるがままに受け答えをする夏帆。そして二人の背中越しにアドバイスをする遥香は、なぜか笑みを浮かべている。

「翔子ちゃん、夏帆ちゃん。この練習試合はね、監督さんがみんなの能力を観察することを目的としているものなの。どの選手をどんな場面でどう使うかを試すっていうメニューなんだ」

「なるほどです。それでシチュエーションによって選手たちが入れ替わるんですね?」

「そう。見ててっ、これからどんどん選手たちが入れ替わってくよ。一度ベンチに引っ込んだ選手もいつの間にか出てたりするし、アウトカウントもボールカウントも変わるのよ」

「えっ? ってことは、簡単に言えば試合の一場面を作ってるってことですか?」

「そっ、さすが翔子ちゃん、飲み込みが早いね。監督さんのイメージの中で試合を展開させてるっていう感じかな」

「へーー、そうなんですね。監督さん、突然何しだしたのかってビックリしちゃいました! ねっ、夏帆」

「えっ? あっ、うん……そうだね」


 眩いくらいに白かった新入部員のユニフォームにも、汗と涙の土色模様が染み込んできた土曜日の部活動。この日は朝から厚い雲が空をおおう怪しげな天候の下、全員が出場しての試合形式による練習が行われていた。

「しかもね、試合形式っぽくやってはいるけど、九イニングでなんか終わらないからね。監督さんの納得のいくまで何時間も続くんだ。だから野球部内では、エンドレスゲームって呼んでるメニューなんだ」

「エンドレスゲーム?」

「そう、覚えといてね。年間で何回かやるから」

「はい、わかりました」

「でも、さすが高校野球ですね。しっかり分析して練習メニューを決めていく。これなら甲子園出場もあるかも。ねっ、夏帆?」

「そう、だね……」

 いつの間にかマネージャーの定位置にいることが当たり前のようになっていた夏帆の存在。それが、夏帆にとっては不安と焦りが入り乱れて、自分のこの先がどうなるのかもわからず、ただ流されるままに部活動に参加しているようなもの。明るく楽しげに会話する翔子とは、完全に温度差があった。

「選手のみんなも、ホントの試合みたいに気合い入ってますね!」

「翔子ちゃんにもそう見えるでしょ?」

「はい!」

「選手たちにとってもアピールの場だからね、みんなレギュラー取りに必死なのよ」

「納得です!」

「それはそれで、現実ですよね……」

 遥香と翔子の会話を聞いて、さりげなく出た夏帆の言葉。フィールドにいる選手たちというよりも、夏帆自身に言ってるように感じてしまう遥香と翔子。

「かほ……」

「……さっ、私たちも勉強よ」

「あ、はい……」


 翔子の座る机にはスコアブックが開かれ、フィールド上の選手たちのプレーを見てはスコアブックとニラメッコという作業を繰り返していた。

「祥子ちゃん、今のは二塁打だからね、ここから一塁を通過して二塁まで行きましたっていう線を引くの」

「なるほどです。これでワンボールワンストライクからの三球目のストレートを、左中間にライナーで二塁打したってわかるわけですね!」

 たどたどしくもスコアを付ける翔子。マネージャーとしてもスコアラーの勉強になるエンドレスゲームなのだ。

 しかし、夏帆はというと、必死でスコアを付ける翔子のペンの進み具合を見ながら遥香の説明に耳を向けてはいるけれど、心ここにあらず感が有り有りとうかがえた。それほど、試合展開や一つ一つのプレーの方へ意識が向いているのだ。

 しかしその姿に対し、遥香も翔子も夏帆の選手希望宣言を目の当たりにしたものだから、スコア付けに集中しなさいとは言えなかった。

「あっ、遥香先輩! 一塁ランナーの選手がレフトの守備についちゃいましたよ。この場合のスコアの書き方、どうすればいいんですか?」

「この場合は、ここに小さく選手変更って書いて、そのまま続けていいよ。どっちみちこの流れは正規の形じゃないからね」

「わかりました。それじゃあ、そのまま書きます!」


 そうこうしていると怪しかった雲は鉛色をさらに濃くし、薄暗さを演出し始めたかと思うと正午を回ったころからはバダバダと大粒の雨を降らせた。

「今日はここまでだ。大会も近い、シャワーを浴びて体を休めろ!」

「「ハイ!」」

 三津田監督の指示に従い、宿舎と呼ばれる宿泊施設でシャワーを浴びてジャージに着替えた部員たちは、空調の効いた畳敷きの大広間で昼食を取りながらひと休み。そして一時間半ほどの休憩のあと、長テーブルにパイプ椅子が並ぶミーティングルームに集合した。

「よし、三年生はそっちの列、二年生はここの列だ。そして一年生はそこだ!」

 キャプテンの仕切りと進行に従ってキビキビと動き、あっという間に全学年が席に着いてミーティングは始まった。

「一年生は初めてのミーティングになる。耳にはしていると思うけど、年度初のミーティングは一年生の自己紹介からだ」

 段取りを話すキャプテンの言葉に緊張感を増す一年生たち。この流れを一番後ろの席に座って見守る三津田監督。


「それじゃいくぞ。始めはなんと言っても西原大和、青野猛からだ!」

「「はい!」」

 荻野原クラブ出身の大和と猛は、中学硬式野球クラブ時代には国際大会のメンバーにも選ばれ、守備の要として、また打撃も中軸を任せられるなど、ヤマトタケルコンビとして県内外で有名を上げた大注目の二人なのだ。

「西原大和です。この滝岡高校には甲子園に行くために来ました。滝岡高校初の甲子園出場に向けて全力で頑張ります。よろしくお願いします!」

「青野猛です。自分も甲子園に行くためにここに来ました。自分を高め、甲子園でも活躍できる選手を目指します。よろしくお願いします!」

 大和と猛の挨拶に期待度マックス感がミーティングルームを包む。

「いいぞぉー、二人とも!」

「ヤマトタケル打線がありゃ甲子園出場、間違いなしだ!」

「絶対に甲子園、行こーぜ!」


 先輩たちも絶賛の二人から始まった自己紹介は、ギャラリーからのいろんな質問にも答えなければならず、もしかしたらグラウンド以上に緊張したかもしれない時間となった。

 そして、一年生男子部員全員の自己紹介が終わり次はマネージャーの番だ。男子部員にとっては密かに待ちこがれていたマネージャーであり、その存在が必ずやプレーのエネルギー源になるものだ。

「柴橋翔子です。小中学校では選手として野球を経験してきました。高校野球にずっと憧れていて、記録員として甲子園のベンチに入ることが目標です。よろしくお願いします!」

「よーし、甲子園のベンチに座らせてやるよ!」

「それまで、しっかりスコアを付けられるようになれよ!」

「はい、頑張ります!」

 なごみムードに華を添えた翔子の挨拶に続き、次はいよいよ夏帆の番だ。

「鳴沢夏帆です。わたしも中学までは選手として野球をやっていました」

「おっ、ここにもいたねぇ、野球女子!」

「わたしは、高校でも選手として野球をやって甲子園大会に出場したいと思っています。その夢を叶えるために滝岡高校に入学しました。よろしくお願いします」

「オイオイ…………」

「本気で言ってるのか?」

「はい、本気です」

「ほんとに野球をやっていたのか? それなのに高校野球のことを知らないんじゃないのか?」

 さっきまでのなごみムードから一変、まるで今日の鉛色の空模様のように淀んだ空気が室内をおおった。


「この話は、俺があずかっている」


 一番後ろの窓際から通る声が届いた。ユニフォームからブカブカなジャージに着替えたにもかかわらず、やっぱりメタボをかくしきれない三津田監督。椅子から立ち上がるとそのまま真顔で話を続けた。

「甲子園大会に出たいというのは一人の夢だ。夢に向かう気持ちは誰にも邪魔することはできない。それは男も女も同じだ」

 さっきまでの自己紹介のときとは打って変わって、姿勢を正して三津田監督の言葉に注目する部員たち。

「ただ夏帆には、キミたちが言うようにどうにもならない壁があるのは事実だ。それよりも、今この場で自分の夢を話した夏帆の気持ちを俺は認めたい」

 決して解決したわけでないけれど、バックネット裏でモンモンしながら過ごす日々に不安しかなかった夏帆の心は、今の三津田監督の言葉に何となく救われた気がした。あくまでも、いっときだけかもしれないけれど、自分のことを頭に置いていてくれたことに嬉しさを感じたのだ。


 そして数日後、練習が開始される前に、春の県大会に向けて新たなベンチ入りメンバー二十人が発表された。その中には一年生ながら青野猛は背番号17、西原大和は背番号18を与えられていた。

「いいか、これより大会が終わるまではベンチ入りメンバーを中心に、より実戦に近い練習を行っていく。それぞれが自分の役割をしっかりと理解し、積極的に練習に取り組むように。いいな!」

「「ハイ!」」

 フィールドでは気持ちの高ぶりとともに大会を実感させる活動が進んていく。しかし、背番号どころかいまだにグラウンドへ入ることすら叶わない夏帆にとっては、厳しい現実を目の当たりにしたメンバー発表となった。

「夏帆、選ばれなかったね……」

「気づかってくれてありがとね、翔子ちゃん。でも、しかたないよ……」

「ぶっちゃけ、わかっていても、やっぱ、辛いでしょ、夏帆?」

「正直、やっぱね…………」

 ベンチ入りメンバーを中心にメニューが消化されていくにつれて夏帆の複雑な気持ちは増々加速していく。ボクのために野球をやらなければという焦りを感じて、余計に置いてけぼりにされていくような不安が強くなり、こらえてきた心が折れそうになっている。


 夏帆、お兄ちゃんのことはいいから、自分のために好きなことをやりな。


 選手にとってはあっという間に、しかし夏帆にとっては複雑な心境の時間が進み、新緑に包まれた山々を望みながら行われた春季大会県大会をベスト8。セミの応援を背に行われた夏の甲子園地区予選県大会をベスト4という成績で終えた滝岡高校。それらの数試合には青野猛と西原大和も出場し、期待通りの活躍を見せていた。

 しかし、チームとして着実にレベルアップをしてはいるものの甲子園出場へは一歩およばず、新チームへ夢をたくして三年生は引退し、その心境を表すように三津田監督の激が飛んだ!

「いいか、一、二年。三年生の先輩方は最後まで必死に食らいつく姿勢をキミたちに教えてくれた。これからは二年生主体の新チームとして始動するわけだが、先輩方の教えを胸に自分自身を高め、チーム力を高め、滝岡野球はより上を目指していく!」

「「ハイ!」」

「そしていかなるチームと対戦しても勝つ、どのチームからも嫌がられる滝岡高校野球部になる!」

「「ハイ!」」

「自分を超えろ!」

「「ハイ!」」


 夏休み、三津田監督の熱の入った指導のもと、新チームになって行われたエンドレスゲームや紅白戦。そして、新たな番号を背に行われた秋季県大会新人戦。滝岡高校は一次、二次、三次予選とも自滅惨敗し、県大会出場権を得ることはできなかった。

 勝てない要因は明らかに投手力不足。この大会から背番号1を背負ったのは二年生の菅里志郎。後輩たちから煙たがられている、あの菅里志郎である。

「菅里さんって、エンドレスゲームや紅白戦だとすげーいいピッチングするんだけどな……」

「そうそう、内角に攻める強気の球から外に逃げる変化球まで、理想的で凄くいいんだよなぁ……」

「でも、対戦相手がウチ以外だと全くの別人! よくそこまで変われるもんだと思うよ……」

「それなんだよ。投げては、ハッキリとしたフォアボールにデットボールでしょ、そして変化球は甘くなるか大暴投。小学生でもそんな球投げないよ」

「しっ、聞こえるぞ!」

 部活動で見せる菅里に期待した背番号だったけれど、本大会ではその力を全く発揮することなく終わってしまった。おかげで早々と通常部活動にもどっていた滝岡高校野球部。


「よし、次!」

「ハイ」

 フィールドでの練習を二年生のキャプテンと副キャプテンに任せた三津田監督は、一、二年生問わず数名の選手を連れて、一塁側防球ネットの外側に設けられた屋根付きのブルペンにいた。

「大和相手に投げてみなさい」

「ハイ」

 四カ所あるピッチャープレートで投球練習をさせながら、一人一人を順番に指名しては正捕手を任せた大和の後ろに付いて、その投球を観察をしているのだ。

「どうだ、大和?」

「はい、球は速いですが、軽いです」

 勝てなかった秋の大会後、投手力アップのために頭を抱える三津田監督は代わる代わる目ぼしい選手を呼んで、ピッチングを見ながら大和の意見を参考にしていた。

「よし次、猛、来い!」

「ハイ」


 猛は今回の秋季大会では背番号6を付け、一年生ながら三番ショートとして出場していた。手足が長く背も高い。内野の要を任されてはいるけれど、何でも器用にこなすタイプというところに目を付けた三津田監督の指示だった。

 ちなみに、球を受ける大和も秋期大会は背番号2を付け、五番キャッチャーとして出場していた。

「確か猛は、中学時代にピッチャーとしての経験があったな?」

「はい。ワンポイント的に何度かマウンドに立ちました」

「ヤマトタケルはバッターだけじゃなく、バッテリーとしても活躍したわけだ?」

「活躍といっていいのかはわかりませんが、一応……」

 そして、なぜかそのピッチングをしている姿を、すぐ脇で腕組みをしながら見つめる菅里もいた。

「オイオイ、何だそのヘナチョコ球は!」

「はい……」

「猛、そんな荒れ球じゃマウンドに立てねーぞ!」

「はい、すいません」

 猛のみならず、誰かれとなくブルペンに来る選手たちに茶々を入れてはやたらと威張り散らし、結果的に投手陣をかき乱す菅里。三年生の先輩が抜けた今、特に強烈さを増していた。

「いいかオマエら、ピッチャーってのはなぁ、ただキャッチャーに向かって投げりゃいいってもんじゃねーんだ!」

「「はい」」

「時間をさいて教えてやってんだ、人の話をちゃんと聞いてんのか!」

「「はい」」

「俺のアドバイス通りやんねーと、上達なんかしねーぞ!」

「「はい」」


 自分のせいでこんなことになっているとはみじんも感じていない菅里は、相変わらず三津田監督の前ではわかったふうな言葉を並べていた。

「努力と経験が物を言う世界だ。正しいフォームを身につけないとケガの元だぞ。ピッチャーってのは一筋縄ではいかねーんだ!」

 投手としての経験の少ない選手たちは、嫌な人ではあるけれど、何でも知っていそうな菅里に思い切って質問をしてみることにした。

「すいません菅里さん、自分、蹴り足の膝の使い方がよくわかんないんッス。教えてもらえますか?」

「膝の使い方だぁ? オマエはすぐに答えを聞きたがるヤツだな。心の甘さがそういう態度に出るんだ! 自分で勉強しろ! そんなんだから上達しねーんだ!」

 ダメ出しをする割には何を説明をするわけでもなく、もちろんフォローすることもなく、ただ言葉をぶつけるだけの菅里だった。


 三津田監督の指示のもと選ばれた数名の投手陣だったけれど、菅里の威圧的な態度に遠慮しながら投げている、ブルペンではその異様な空気がただよっているのが見えていた。

 しかもそれは、バックネット裏にいるマネージャーとしても気に止まるところであり、つい先日も三津田監督とマネージャーたちとでこのようなやり取りがあった。

「監督さん、菅里君のあの態度じゃ、育つものも育たなくなるんじゃ?」

「確かに、遥香の言う通り。しかし、残念ながら三年生の抜けた今、ピッチャーとしてのイロハを知ってるのは菅里しかいないというのが現状なんだ」

「そうなんでしょうけど……」

「そして、もう一つ」

「もう一つ?」

「実は菅里自身にも成長して欲しいという考えもあるんだ」

「菅里君自身にも?」

 その言葉に遥香はもちろん、翔子だけではなく夏帆も三津田監督に意識を向けた。

「あぁ。ウチ以外の試合じゃ全然通用しないが、練習のときのピッチャー菅里は凄い技術を持っているし球速も早い。しかも、試合形式のときはキャッチャーではなく菅里がサインを出して的を得た配球をしている。それが他校との試合でも出すことができる精神力が養われれば、という期待だ」

「精神力……ですか?」


 さすがです、三津田監督。菅里を、一人の選手であり生徒としてしっかり育てようという、先生としての責務をまっとうしようとしているのですね。


 一塁側防球ネット外側のブルペンでは、最終的に三津田監督によって選ばれた投手候補二人と青野猛が投球練習を行い、三津田監督の親心など全く知らない菅里の指導のもと汗を流していた。

「休憩だ!」

 絶妙なタイミングでしゃしゃり出る菅里。目線は選手、しかし意識は三津田監督へのアピールというのがはっきりと伝わっていた。

「いいかオマエら、やりすぎはケガの元だ。ある一定の球数で休憩をはさむんだ。俺は投球数を時間で計算して、一定の時間が経ったところで休憩を取るようにしている。参考にしろ!」

「「はい」」

 大げさな身振り手振りを交え、自慢気な笑みを浮かべながら言うそのセリフも、おおかた先輩方に言われてきたことの請け負いだろう。


「せっかくのアドバイス中、悪いな、菅里」

「いえ、大丈夫です!」

「新たなピッチャーたちもいいが、自分自身の調子はどうだ?」

 三津田監督はよく選手たちに声をかける。選手とのコミュニケーションを取り、コンディションを確認しているのだ。

「バッチリです。連続二試合でも三試合でも行けます!」

 右腕をグルグル回して好調をアピールしてみせるという、いつものお調子者っぷりだ。

「そうか、菅里は今の投球がベストピッチってことだな?」

「ハイ、その通りです! この前の試合のときとは全然違います!」

 話に火がついて一人で盛り上がる菅里。いつものこととあきれ顔で聞いている三津田監督だったけれど、何かを思い出したのか、それとも菅里の話はもう聞き飽きたのか、突然言葉をはさんだ。

「そう言えば……」

「えっ? あっ、はい」

「菅里は、鳴沢光輝と同じ学年だったな」

「えっ? あぁ、そうなりますね、はい」


 おっと、ここでボクの話題?


「対戦したことはあるのか?」

 もしかしたら投手力不足に悩むからこそ出た質問かもしれない。

「あーー、アイツの球はさすがに速かったです。誰も打てないどころかバットに当てるのも難しいくらいです。打てるとしたら自分くらい…………」

「それほどか……。どんな球筋だった?」

「球筋がとかいうレベルではないです。アイツは普通じゃないですよ。だってアイツの球はとんでもなく早くて、そのうえ伸びてくる。あの球を打てるとしたら自分くら…………」

 とりとめのない菅里の話を、もはや右の耳から左の耳へと流していく三津田監督だった。


 んーー、菅里志郎?

 ボクの記憶にはないですね……


 ボクが初めて硬式ボールを握ったのは中学三年生の晩夏、中総体が終わって養成クラブに所属したときだ。

 その養成クラブが対戦する硬式野球クラブチームは荻野原クラブだけ。三津田監督はグダグダと話す菅里の言葉を耳にも入れず、そのことを記憶の中から見つけ出した。

「菅里、キミは確か、中央硬式野球クラブだったな?」

「はい、そうです! いやーしかし、アイツの球を打てるのは、ヤッパ自分くらいしか…………」


 ツバをも飛ばす勢いで、次から次へと出てくる菅里トークを打ち切るように、改めて三津田監督は大和と猛に訪ねた。

「キミたちは荻野原クラブだったな」

「ハイ!」

「鳴沢光輝との対戦経験はあるのか?」

「はい。自分たちは直接対決にはならなかったんですが、ベンチで光輝さんの怪物ぶりを見てました」

「怪物ぶりか………」

「はい。しなやかに投げるストレートの伸び、急なブレーキと落差の大きなカーブ、突然視界から消えるようなキレのいいスライダー、打ち気をそらすように沈むチェンジアップ、そのすべてが今まで見た中で一番です!」


 大和と猛はボクの一つ下、つまり夏帆と同学年だ。

 養成クラブに所属したばかりで硬式ボールを握って日が浅いボクたち。中でも投手陣は、試合では三イニングしか投げられないという決まりもあり、先発で出たボクに対して試合の後半で出てきた大和や猛は直接対決にはならなかった。なのでベンチから見たボクの姿を思い出して伝えているのだ。


「そうか。鳴沢光輝、それほどの逸材だったか。見てみたかったな……」

 ボクの活躍について想像に想像を膨らませる三津田監督。自然に少年のようなニヤケ顔になっていた。


 三津田監督のその表情を見ていると、ボクも少しだけ鼻が高くなった気がします。


「しかし、それほどの選手がスポ少や中学部活動で仕込まれたとは思えない。うわさ通りの天才ということか……」

 心の声がもれたような言葉だったけれど、三津田監督の通る声はしっかりと大和と猛の耳に届いていた。

「光輝さんのお父さんです。光輝さんに野球を教えたのは」

「お父さん? 彼のお父さんが怪物を育てたと言うのか?」

「はい、光輝さんのお父さんは高校野球のコーチ経験もあって、教え方は独特だと言ってました。なあ、猛」

「そうです。光輝さんのお父さんは、ヒントを与えて考えさせる教え方だと聞きます」

「名指導者は答えを見つけさせるという。その例え通りということなのか……?」

 三津田監督は、指導者としての父にとても興味を示している。指導の高みを目指そうとする三津田監督の心の表れだ。

「独特な教え方か……どんなものなんだろう?」

「聞いてみたらいいですよ」

 ずいぶん軽く話を展開させる大和と猛だと思った三津田監督、自然と苦笑いを浮かべた。

「残念ながら、俺は鳴沢光輝とは絡むことがなかったからなぁ。しかも、彼のお父さんが高校野球の指導経験があるといっても、俺との面識はないようだし……」

「いるじゃないですか、夏帆さんが」

「えっ……夏帆だって?」

「はい、夏帆さんは光輝さんの妹さんですよ」


「ななっ、何ぃ!」

「ぅえぇーーっ!」


 まるで副音声のように菅里の驚きの声も飛んできた。何でも知っているはずの菅里が、一番驚いていたかもしれない。

「それじゃ、夏帆も野球をやっていたと言うが、やっぱりお父さんが教えたのか?」

 まるで、探し物を見つけた少年のように食らいついてきたメタボ体型。

「はい、そうです」

「それならば、君たちは夏帆の野球を知っているのか?」

「はい、夏帆さんも養成クラブだったんで、僕たち対戦しました!」

 思いもしなかった展開に三津田監督の視線はバックネット裏へ、そして、そこからフィールドを見つめる夏帆へと向いた。いつぞやの、選手希望をアピールする夏帆の姿を思い浮かべながら。

「そうだったのか、夏帆が…………」

「「はい」」

「ところで、選手としての夏帆はどうだった?」

「夏帆さんも、やっぱり怪物です。光輝さんとは全く違うタイプのピッチャーです!」


「ピッチャー? 女子がか!」

「あり得ねーだろー!」


 またまたどこからか余計な声が割り込もうとしたが全員スルー。そして大和と猛は、自分たちが体験したことを丁寧に話した。

「夏帆さんは、光輝さんの迫力のある投球とは違って、まるでバッティングピッチャーのように打ちごろの球を投げてくるんです。なっ、大和!」

「そうなんです。ところが、その球がまともに打ち返すことができない、違和感を持つ球なんです」 

「違和感を持つ球?」

「「はい」」

「どういうことだ?」

「自分も猛も、バットコントロールには自信があるのですが…………」

 大和も猛もミート力には定評があり、荻野原クラブ時代の通算打率も4割を有に超える成績を残していた。その二人が、夏帆の投げる打ちごろの球にほんろうされ、完全に手玉に取られたことなど、できるだけ正確に夏帆の野球を伝えた。


「女が投げる球をオマエたちは打てなかっただって? 荻野原クラブは見てくれか!」

 めげずに飛んでくるいやみな声の方に視線を向けるが、やっぱりみんなスルー。

「お前たちが下手くそだからじゃねーのか! 俺ならスタンドインしてやるぜ!」


 秋の風が残暑と菅里の言葉をどこかに運び、新たな風に一新されるかのように、三津田監督は夏帆と父の存在が投手力アップの糸口になるのではないかという光明が見えた気がした。


 まるで少年のような笑顔を浮かべなら。


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