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9番ピッチャー鳴沢さん  作者: タケヒロ
第5章 夢への決意
15/15

3 夏帆の夢

 誰もが憧れる大舞台

 熱風舞うグラウンド

 蜃気楼立昇るマウンド

 大歓声が湧き起こる憧れの場所

 夢にまで見た甲子園


 浜風がフラッグをなびかせ、頭からかぶったタオルをウチワであおぐ超満員の観客席。遂に始まった滝岡高校の甲子園大会第一回戦。


「初出場の滝岡高校。更に甲子園初となる、いや高校野球史上初となる女子高校生投手の出場でも話題を呼んでいる滝岡高校です。今日もどこかで登板すると思って間違いないでしょう。今や日本国中が登場を楽しみにしています滝岡高校のエース、鳴沢夏帆投手」


 夏帆の有名は、白銀に沸き昇る夏の雲に負けじと輝きを放っていていた。そしてその勇姿を見るために、平日の第一試合にもかかわらず球場やその周りには人、人、人。スタンドでも今や遅しと試合開始を待つ声がはずんでいる。

 そして、滝岡高校応援団が陣取る一塁側アルプススタンドには、いつものように父と母に挟まれて無表情のボクが座っていた。

「光輝、甲子園だぞ。本当に夏帆が連れてきてくれたぞ、甲子園!」

「そうよ、ケガがなかったら光輝が投げていたかもしれない場所よ。よーく見なさいね」

 父も母もボクも夢見た甲子園。そして何より、大きな大会を見ればボクの病気が改善されるだろうと願いを込めた、鳴沢家にとっても大きな意味を持つ甲子園大会である。


「朝からの強い日差しに気温がグングン上昇する甲子園大会。本日の第一試合、初出場滝岡高校の対戦相手は、甲子園三年連続出場となる常連校、このチームはプロ注目の選手も複数名をそろえた、攻撃型のチームです。クリーンヒットを許さない鳴沢夏帆投手、対する爆発的打撃力を誇る相手チーム。その対決が見どころの試合となるでしょう。楽しみです」


 フィールドではシートノックが行われ、それぞれのブルペンではピッチング練習が行われていた。しかし、現段階では滝岡高校ブルペンに夏帆の姿は見られない。

「ってことは、鳴沢夏帆の登場は後半からのロングリリーフだな」

「ああ、このパターンは5回からの登板ってことだ」

「それまでに相手が何得点できるか、滝岡打線は何得点できるかだな」

「その試合展開がこの試合の見どころだ」

 滝岡高校の投手リレーパターンを勝手に予測する、にわか解説者がスタンドのあちこちで分析をしている。それほど注目度の高い試合であり、夏帆は注目の投手なのだ。


 そして浮足立つ滝岡ベンチ前でも極度の緊張のなか、三津田監督が気合を見せていた。

「いいか、ウチはいつものパターンで野球をする。甲子園だからといって気負うことはない!」

「「ハイ!」」

 続いて、やっぱり緊張を見せる青野猛キャプテンの大きな声。

「よし! いつものように楽しもうぜ!」

「「オーー!」」

「滝岡野球を見せてやるぜ!」

「「オーー!」」

 大きな気合いとともに気持ちを高ぶらせ、滝岡高校先攻で試合が始まった。

 しかし、三津田監督の言葉を胸に気持ちを落ち着かようとしても、そこは初の甲子園大会、緊張と重圧で心ここにあらずの滝岡陣。それをあざ笑うかのように軽々と三者凡退に切って取られ、格の違いを見せ付けられた1回の表。

 更にその裏、初守備についた滝岡先発ピッチャーは背番号10を付けた、三年生技巧派の鎌上。体が硬直するほどの緊張のなかであっても悪くない立ち上がりだったけれど、変化球や厳しいコースはカットで粘られ、アウトカウントも計算に入れながら先取点を持っていかれてしまった。

「ヤッベー。これで主導権を握られるのか!」

「やっぱ、違うな甲子園常連校は」

「何言ってんだよ! テレビを見てるんじゃないんだぞ! 目の前は、俺たちが対戦してる相手なんだぞ!」

 ベンチから見える景色が大きなスクリーンのような錯覚すら覚える大舞台、いわゆる甲子園の魔物というヤツに完全に飲まれてしまった滝岡ベンチ。

 それでも、2回までを鎌上に任せて1点差のまま3回裏の守備につく滝岡高校。波に乗らせまいと、ここでピッチャー交代を選んだ三津田監督。背番号1を付けた速球派の椎名をマウンドに送った。

 と、そのときだった!


 ウォーーーー!


 球場内に大きなドヨメキと歓声が起きた!

「選手交代だけでこんなに大きな歓声が起きるのか……」

「スケールが違いすぎる、何もかも……」

「これが甲子園、ってことなんだ……」

 滝岡ベンチ内では球場が揺れるくらいの大歓声に驚いていたけれど、次の瞬間観客席から飛び込んできた声。

「鳴沢だ!」

「鳴沢夏帆が出てきたぞぉ!」

 そう、一塁側ブルペンで投球練習を始める夏帆の姿が見えたのだった。


「プレイ!」


 マウンドからは、変わったばかりの椎名が得意の剛速球で勝負を挑む。更に椎名を盛り立てる守備陣。

「オーケー椎名、球、走ってるぞ! オマエの後ろには夏帆ちゃんがいる。だから安心してガンガン飛ばしていこうぜ!」

「オーケー! 夏帆ちゃんもそうだけど、オマエらみんなも信じているぜ!」

「まかせとけ!」

 緊張を信頼関係で打消して、思い切り投げる椎名。おかげで3、4回の相手攻撃を無失点に抑えることができた。ベンチにもどって来た選手たちをハイタッチで迎え、三津田監督が激を飛ばす。

「この大舞台での中継ぎ。椎名、出来は上々だぞ。この調子で次も行け!」

「ハイ!」

 三津田監督と滝岡高校の期待に応えるべく、意気揚々と5回の裏もマウンドに上がった椎名。

 だったのだけれど…………


「おい滝岡、どーした!」

「鳴沢の出番だろ!」

「5イニング目だぞ、鳴沢はどうした!」

「滝岡ベンチ! ピッチャー交代すんの忘れてんじゃねーのか!」

「鳴沢を出せ!」


 滝岡高校の投手起用パターンを勝手に読んでいたお客さん。5イニングからのマウンドは夏帆が立つものと思い込んでいたのだ。というか夏帆を早く、そして残りのイニングを目一杯見たいという気持ちが大きいのだ。

 しかし三津田監督としては、鎌上と椎名の出来次第で、行けるところまで引っ張る考えでいたのだった。

 甲子園球場全体から夏のスコールのように巻き起こる大ブーイング、それでもマウンドに立った椎名。


「プレイ!」


「早く鳴沢を出せ!」

「もう十分肩はできたろう!」

 ナッリッサワ! ナッリッサワ!

 ナッリッサワ! ナッリッサワ!


 まるで、完全アウェイの中で投げる雰囲気になってしまった椎名。さっきまでの好投がまるで別人のような投球になってしまった。更に球場内は止まないブーイングを兼ねた鳴沢コール。

 滝岡高校のエースナンバーを背負っているとはいえ、椎名はまだ十七歳である「鳴沢を出せ」の声が三六十度から自分に向かって飛んでくるのだ。そんな状況には大人でさえも耐えるのは難しい。

 甲子園に住むといわれる魔物に完全に飲まれてしまった椎名。相手高校に1点を与え、なおもランナー1、2塁。一つのアウトも取れないままマウンドを降りることになった。


 そんなこんなで三津田監督の計算が若干狂ったけれど、いつものパターンで夏帆を投入することとなった滝岡高校。

「いいぞぉ! 鳴沢だぁ!」

「待ってました! 鳴沢夏帆!」

「見せてくれよ! 滝岡のエース!」

 その歓声に乗って登場する夏帆と退場する椎名。全く対照的な立場になってしまった二人。

「ゴメン、夏帆ちゃん……」

 激しく落ち込む椎名の精一杯の言葉だ。

「なんか……ゴメンね」

 すれ違い様の夏帆の言葉は観客席からの大声援でかき消されてしまって、椎名の耳には入らなかった。ベンチに下がる椎名の後ろ姿の背中が、やけに小さく哀愁に包まれていた。


「0対2、滝岡高校が相手高校に2点のリードを許しています。そして5回の裏ノーアウト、ランナー1、2塁。さあ、ここで滝岡ベンチ、ついに鳴沢夏帆投手をマウンドに送り込みました! このピンチに、鳴沢夏帆投手、どのような投球術を見せてくれるのでしょうか!」


 鳴り止まない 夏帆コール。

 地響きのように場内が揺らぐ大歓声。

 おそらく、日本中の誰もが待っていただろうこのときが遂にやってきたのだ。

 そしてここでも。

「光輝、夏帆だよ。夏帆が甲子園のマウンドに立ったよ。わかる?」

 夏帆の登場をボクに伝えながら身震いさえ覚える父と母。そして何よりこの瞬間を望んでいたのは、夏帆本人である。ボクのためにも、とにかく大きな大会で投げる姿を見せたいと言っていた夏帆。


 夏帆、お兄ちゃんさぁ、この球場の雰囲気、歓声、フィールド、マウンドが、何となくだけど、わかる気がするよ。


 マウンドに登り、うだる暑ささえも感じないほど大きな緊張の中、夏帆は投球練習を始めた。


「ウォー!」

「スゲー!」

「低いサイドスローだ!」

「これが噂の、鳴沢夏帆!」


 夏帆の一挙手一投足に大歓声が上がる。高校野球史上初の女子選手の出場に球場中、いや日本中が沸いている。

 アルプススタンドでは、父も母も手を合わせながら夏帆を見守り、ボクは自分の意思で周りを眺めていた……何となくだけど。

「光輝、夏帆の投球練習よ」

「……」

 父と母の言葉に、ボクはピッチャーマウンドに目を向けた……気がする。

 マウンドでは投球練習が終るのに合わせて、内野陣が夏帆を囲むように集まって来た。

「ばっちりでしょ、夏帆ちゃん?」

「うん!」

「いつものように楽しもう。笑顔で!」

「うん!」

「光輝さんもきっと見てくれてる!」

「ウン!」

「ヨッシャ、基本だ、しっかりいくぞー!」

「「オー!」」

 最高の仲間たちの言葉に励まされ、そして自分たちをも鼓舞し、滝岡高校ナインはそれぞれのポジションに付き、夏帆はいつものルーティン。


「フーーー」


 マウンドから見上げると、改めて甲子園球場の大きさが感じらる。360度観客の壁が迫ってくるのだ。


「プレイ!」


 場内のにぎわいはまだまだ落ち着く気配がないまま、夏帆の低いサイドスローからの第一球が投じられた。


「ストライク!」


 右バッターの内角低めギリギリにジャイロボールが決まった。甲子園のマウンド初となるこの一球を思うように投じることができたことで、少し気持ちを落ち着かせることができた夏帆。

 バックの声にも後押しされながら遊び球をまじえ、的をしぼらせないピッチングをしたかと思えば、トントントンと3球勝負で切って取ったりと、夏帆らしいピッチングを展開させていた。

 相手チームも夏帆のことを研究してきてはいるけれど、フレる球は甲子園でも健在。さすがにそこまでは見抜くことはできないはずだ。

「オーケー、夏帆ちゃん!」

「夏帆ちゃんナイスピッチ!」

「みんなもナイスプレー!」

 好投を見せる夏帆。


 そして、滝岡高校応援席の一塁側アルプススタンドでは。

「バッター、に、興味が、ないな」

「…………?」

「えっ? 光輝、おまえ!」

 父と母の耳にもボクの声が届いた。間違いなく意味のある言葉を並べたボクの声だ。

「今、なんて言ったの?」

「光輝、もう一度言ってみてくれ!」

 しかし父と母が確認しようとしたときにはボクの意識はボヤけてしまい、何を見ているのか何を言ったのか自覚がなく、いつものうつろな表情で球場内のどことも付かない場所に目を向けていた。

「今、光輝、確かに、夏帆のピッチングのことを話したよな?」

「ええ、そう聞こえたわ。元気なときによく夏帆に言ってた言葉!」


 選手時代のボクは、バッターと真っ向勝負をするタイプのピッチャーだった。そのため、対戦するバッターの特長や癖をすぐに観察して配球を考えるピッチングをしていた。

 対して夏帆はバッターの特長うんぬんではなく、変幻自在の変化球を武器に、的をしぼられない配給によってバッターを打ち取るというピッチングをしているのだ。

 そんな夏帆のピッチングスタイルに、ボクがよく言っていたアドバイスは「いいバッターは一球一球を見定めて球筋や軌道を見切って、試合の中盤から後半にかけて勝負してくる。対戦相手の癖や特長をつかんで、そして考えて勝負しないと、いつか打たれるぞ」というもの。

 今、甲子園大会という大舞台で繰り広げられている夏帆の試合を見て、ボクの何かが刺激されている気がする。

 そしてフィールドでは、お互いに一歩も譲らないまま迎えた8回の表、滝岡高校の攻撃。ノーアウトでフォアボールのランナーを1塁に置いて3番、西原大和。


 カキーン!


 ウォーーーー!

「いいぞぉー滝岡ぁ!」


 この試合、久々のヤマ場を生みそうなヒットに盛り上がる球場。大和の放ったライト前ヒットのおかげで1、3塁となった。そして、続けとばかりに4番、青野猛がバッターボックスに入った。

「猛、行けぇーー!」

「一本頼むぜーー、猛ーー!」

 滝岡高校絶好のチャンスとばかりに、ベンチからもアルプススタンドからも大きな声が飛ぶ。

 試合の流れからしてもここがチャンス。何としても得点をあげようと必死さが伝わるバッターボックスの猛。きわどい投球はカットで粘り、そして外角に甘く入ったスライダーを逆らわず右へ。


 カキーン!


「青野君の放った打球は一塁手の頭上ギリギリを越える低いライナー! 勢いのある打球は理想通りライト線フェアゾーンに入る長打コース。3塁ランナーは余裕でホームへ、そして1塁ランナーの西原君も激走してホームイン。ここにきてヤマトタケル打線大爆発! 滝岡高校ついに、ついに同点に追い付いたぁー!」


 続く5番バッター。相手ピッチャーはヤマトタケル打線を浴びて警戒し過ぎたのかフォアボール。

「ラッキー!」

「よし、この勢いで逆点だ!」

 ここぞとばかりに意気込む滝岡ベンチ。


「タイム」


 主審が両手を大きく広げてホームベースの前へ出てきた。緊迫する空気のなか、相手高校のベンチから背番号18を付けた選手が監督の伝令のためマウンドへと向かう。

 球場の空気が止まった。

 伝令は、集まった内野手たちに笑顔を見せながら指示を伝えている。そして、時間いっぱいを使っての中断を終え、試合は再開された。


「プレイ!」


 主審のかけ声とともに両アルプススタンドからも応援が飛びかい、追加点へ大爆発……といきたかった滝岡高校だったけれど、タイムをきっかけに冷静さを取りもどした相手守備陣にはばまれ、惜しくもランナー残塁のままスリーアウト。

 まるで、猛獣使いが暴れる猛獣をおとなしくさせるかのように、完全に沈黙させられてしまった滝岡打線。さすが、甲子園常連校監督の采配が光った瞬間だった。


 一方、滝岡ベンチでは、気持ちが下がり気味の選手たちに喝を入れる三津田監督。

「よし、よくやった!」

 両手をパンパンと二回叩きながらねぎらいの言葉をかけ、つなげられなかった悔しさを切りかえる滝岡ベンチ。

「いいか、チャンスの後のピンチ。自分たちが今、何を意識するべきかしっかり考えてプレーしよう!」

「「ハイ!」」

「よし、行け!」

 8回の裏、守備に着く滝岡高校。アルプススタンドでは、ボクを挟んで座る父も母も、夏帆が打たれないようにと両手を合わせて祈る気持ちがヒシヒシと伝わっている、気がする。

 そんなアルプススタンドでのことなど知ってか知らずか、夏帆は相変わらず自分のペースで淡々と投げ、ランナーを出しつつも相手打線に火をつけさせることはしなかった。

 そして、変わって9回表滝岡高校の攻撃。同時に、場内に響くアナウンス。


「9番、ピッチャー、鳴沢さん、ピッチャー、鳴沢夏帆さん」


 追加点が欲しい滝岡打線。しかし打順は夏帆からだ。

「ごめん、みんな……」

「どってことないさ。気にしないで、夏帆ちゃん」

 バッターとしての夏帆は特別規定により投球三球で三振。男子と一緒に夏帆が出場を認められる条件の一つである。

「夏帆のアウト一つは決まりごとだ。ワンアウトランナーなし、君たちの見せどころはここからだ!」

「「ハイ!」」

「いいか、一人でも塁に出れば大和に回る。そして猛へと続けば得点できる!」

「「ハイ!」」

「粘って粘って次へつなぐバッティングを心がけろ!」

「「はい!」」

 三津田監督の言葉に奮い立つ滝岡ベンチ。夏帆のアウトひとつが、逆にみんなを奮起させんことにつながったのだ。

「追加点をあげるぞぉー!」

「「オーーーー!」」

「やってやるぜぇーー!」

「「オーーーー!」」

「みんな、ありがとう」

「こんなのはいつものことじゃないか。夏帆ちゃんは投げることに集中してくれればいいから!」

「そうだよ、打つ方は俺たちに任せて!」

「九番ピッチャー鳴沢さんを選んだのは、滝岡野球部全員なんたから!」

「うん!」

 夏帆を頼り、そして夏帆を思う滝岡ベンチはとてもいい雰囲気だ。

「夏帆、あたしもみんなの言う通りだと思うよ。みんなわかってる。だから、夏帆は自分の役割を精一杯頑張ればいいんだよ!」

「うん、ありがとう、翔子ちゃん」

「うん」


 つなぐ! 

 この合言葉に打席に向かった滝岡打撃陣ではあったが、粘りながら、そしてしつこく喰らいつくも相手の必死さも伝わってくる緊迫したフィールド。

「監督さん、カットカットで、もう十球を超えましたよ」

「そのようだな。相手も大和と猛には回したくないんだろう。なにせ、大和も猛も超高校級のプレーヤーとして、全国に名前が通る選手だからな」

「はい」

 結局、ランナーを出すことができないまま、ネクストバッターズサークルの大和はベンチにもどってきた。さすが甲子園常連校、おいそれとは点を取らせてはもらえなかったのだ。


 そして同点で迎えた9回裏、相手高校の攻撃と同時に、5回からマウンドに立った夏帆が投げられる最後のイニングでもある。

 相手の攻撃は、2番から始まりクリーンアップを迎えるという好打順、しかも夏帆との対戦は二回り目だ。

「この回を乗り切って延長戦に持ち込もう!」

「「ハイ!」」

「中途半端はいらない、丁寧かつ思い切っていこう!」

「「ハイ!」」

 三津田監督の言葉に続いて、キャプテン猛が気合を入れる。

「この緊張を楽しもーぜ!」

「オー!」

「行くぞぉーー!」

「「オーーーー!」」

 ベンチ一丸となり意識を合わせ、9回裏の守備に付いた滝岡ナイン。

「夏帆ちゃん、いつもの投球ね!」

「うん」

「後ろは任せて!」

「うん」

「いつもの笑顔で!」

「うん」

「甲子園、楽しもう!」

「うん。みんなも!」

「「オーケー!」」

 周りからの声に励まされ、最後の投球練習に入った。

「ナイスボール!」

 いつもより大きな声で盛り立てるキャッチャー大和。マウンドに立つ夏帆はいつもの笑顔だ。


 夏帆は野球ができることが単純に嬉しいのだ。そして楽しいのだ。それは、何の問題もなく野球ができる男子と違い、規制のある女子だからこそ特にそう感じているのだ。


「フーーー」


 この試合最後のマウンドとなる5イニング目。いつものように天を仰ぐ夏帆。


「プレイ!」


 バッターボックスには相手高校の2番バッターが、そしてネクストバッターズサークルには3番バッター、更にベンチ前には4番バッターがバットを構えて準備をしている。

「カホ……バッターを見ろ。癖を……打たれるぞ……」

 ボクの目に何となく映る大舞台、アルプススタンドから送るボクの言葉が、たまに吹く浜風に乗った。

「光輝!」

 母の耳にハッキリとボクの言葉が届いたのだ。

「わかるんだね? ここが……野球が!」

 ボクは反応をしなかったけれど、ボクのその視界には確かにマウンドが入っている、夏帆の姿が見えている。

 甲子園大会の熱い風の中、ボクは確実に何かを感じて、何かを思い出しそうな感触がある。よく夏帆が言うように、野球がボクの病気を治すきっかけになるのかもしれない。そんなふうに思えてきた。


 そして試合は、夏帆の投じるジャイロボールと多種多彩な変化球を絶妙なコントロールで組み立て、相手高校2番バッターを凡打で打ち取った。

「ワンアウト、ワンアウト!」

「いいぞ、夏帆ちゃん!」

「もひとつ、いこー!」

 双方のアルプススタンドからは暑さを吹き飛ばすほどの熱い応援が、滝岡高校の守備と相手高校の攻撃の背中を押した。

 その応援の嵐を受けながら、続く3番、プロ注目のスラッガーがバッターボックスに入る。夏帆得意のフレる球、そして変幻自在の変化球を使い分けながら投げる夏帆。しかしさすがプロ注目の選手。際どいボールは見逃され、勝負に行った球はカットしている。


「タイム」


 すかさずタイムを取ってキャッチャー大和がマウンドへ向かう。

「相手の4番バッターは一発屋。コントロールのいい夏帆ちゃんならそんなに怖くない。だけど問題はこの3番。さっきの打席を見ても要注意だ。歩かせてもいいから慎重に行こう」

「うん」

「コーナーギリギリのコースで勝負しよう。今日の主審ならボールと判定している外角低めで」

「うん、わかった」

 そして3ボール2ストライクからの7球目。大和の構えるミットめがけて夏帆の投じた得意のフレる球!


 カキーン!


 超満員の歓声。

 蜃気楼越しに見える青い空。

 ギラギラと光る入道雲。

 うだるような暑さ。


 白球はその先に吸い込まれ、一塁審判の右腕が大きく回った。




 そして…………


 暑くて熱いお祭り騒ぎの夏が過ぎ、それでもまだ残暑が名残惜しそうに暑さを演出するころ、鳴沢家の日常が少しだけ変わった。

 時々だけれど、ボクはしっかりと意識を持って話をするときがある。まともな受答えができるようになってきたのだ。更に家族を驚かけたのは、ボクが投げるしぐさをしてみせたことだ。体が覚えているのだと思う。自分で言うのも何だけど、結構さまになっている。


 一つの嵐が次の新風を呼び、そして歴史が刻まれていく。兄妹によってとんでもない野球物語が作られた高校野球。そして、新しい日常へゆっくりと時間が流れて行く。


 父は休日になると、いつものように滝岡高校野球部グランドに足を運び、新チームの指導にいそしんでいる。 今年度で退職する三津田監督の後を考えて欲しいと言われてるらしい。そのせいかはわからないけれど、時々ボクも野球部グラウンドに連れて行かれる。


 そして、夏帆は新たな夢を開拓するために大学進学を決めた。高校の先生になり、県内に女子高校硬式野球部設立と指導者を目指すらしい。


 夏帆、夢の続きが舞い込んできたね。それもこれも、夏帆がいろいろな逆境に耐えて、ひたむきに目標に向かって頑張ってきたからだよ。

 夏帆、お兄ちゃんはもう大丈夫だから、これからは自分の夢に向かって突き進みな。その姿を見るのが、これからのお兄ちゃんの夢だから。


 うん、ありがとう。

 お兄ちゃん、わたし、これからも野球やるよ。


 一緒に、野球を楽しもうよ。


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