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9番ピッチャー鳴沢さん  作者: タケヒロ
第5章 夢への決意
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2 甲子園日記

「ワクワクするよぉーー。俺、甲子園球場なんて初めてだし」

「俺だって初めてだよ!」

「へへへ、俺は四つ上の兄貴が甲子園に出たからさ、そんとき応援で一度来てるんだよね。一回戦で負けちゃったけど」

「へぇーー、どうだった、甲子園?」

「暑い! 最初から最後までそんな印象だったよ」

「そーなんだ」

「試合は印象ないのかよ?」

「一方的に負けちゃったし」

「そ、そうだったんだ……」

「夏帆ちゃんは、甲子園?」

「もちろん、わたしも初めて。ドキドキするね」

「ドキドキ、ワクワクだよね!」

「うん!」

 修学旅行気分でやって来た兵庫県西宮市。宿舎に着いた滝岡野球部は会話で楽しんだその足で、さっそく本物の甲子園球場まで出かてみた。

「ラッシュ時間でもないのに、こんなに人がいるんだね、翔子、はぐれるなよ!」

「わかってるって。あっ猛君、見て、甲子園球場って書いてあるよ!」

 甲子園駅から人の波に流されながら、案内に沿って高速道路をくぐった部員たち。

「ウォー、いきなり目の前かよ!」

「テレビと同じだぜ、この甲子園球場の文字!」

「スゲー、これが甲子園球場か!」


 そびえ立つ外壁、阪神甲子園球場と書かれた思っていたよりもデカイ文字、蜃気楼越しに見える青空、うだるような暑さ、何もかもが甲子園!

「オイ翔子、どこに向かって歩いてんだよ、こっちだよこっち!」

「向こうにきれいなお店屋さんが見えたもんだから、つい……」

「食欲がそそられるお店屋さん、でしょ?」

「へへへ、バレたか!」

 甲子園球場周辺をブラブラと散歩。見るもの聞くもの香るもの、有りとあらゆるものに興味を持ち、いかにも田舎者らしくキョロキョロと見回しながら歩く部員たち。

「ちょっとちょっと、これ凄くない?」

「写真撮ろうぜ、写真!」

「みんな、入って入って!」

「ハイ、こーしぃーーっ」

「「えん!」」

「オーケー!」

「次はこっち!」

 珍しい物があればすぐに立ち止まって写真撮影、そして歩き出しては右へ左へと流されていた。これもまた、甲子園だ。


 指定された甲子園球場での練習日を待ち通しく思いながら、宿舎から少し離れた高校のグラウンドを借りて練習を行う滝岡高校。初出場の滝岡高校は常連校とは違い、スケジュール表に何度も目を通しながら、段取りも悪く何をやるにもドタバタ騒ぎの日定を過ごしていた。

 そして、この日もいつものように練習に向かう滝岡野球部は、三津田監督の運転するレンタカーのバスでグラウンドに到着した。

「何、あれ?」

「なんだか、今日は雰囲気が違うぞ」

「人がいっぱいいるなぁ……」

 選手を待ち構えていたのはテレビカメラやマイクの数々、そして人、人、人。


「鳴沢夏帆さんですよね!」

「なぜ男子に混じって高校野球をやろうと思ったんですか?」

「女子生徒の出場に賛否の声があるようですが?」

「鳴沢さん、ひとことお願いします!」

「お話を聞かせてください!」

「鳴沢夏帆さん!」


 バスから降りるのが早いかマスコミの人たちに囲まれるのが早いか、あれよあれよでなだれ込む人たちに取り囲まれてしまった夏帆。

 その状況に一歩出遅れてバスから降りた三津田監督、慌てた様子で人の壁に近づいた。

「生徒に直接聞くのはやめてください。私が承ります!」

 メタボ体型を活かして必死で夏帆の前へ出て行くその姿は、まるでお相撲さんのような頼もしささえも感じる力強さがあった。

「俺たちも行こう!」

「よし、みんな行くぞ!」

「「オー!」」

 大和と猛も三津田監督に続けとばかりに人の並に近づくと、部員全員で間々に割り込み始めた。

「夏帆ちゃんを囲め、周りから見えなくなるように、一年生は、このすきにフェンスの中に入り込め!」

「オーケー!」

 さすがキャプテン!

 猛の的確な判断と指示で部員たちを動かし、部活動で鍛え上げられたデカい身体でドーナツ型の分厚いバリケードを作り上げた!

 そして、マスコミのマシンガンのような質問攻めを無視しつつ、グラウンドを囲む金網フェンスの出入口まで移動して行く。その反射的素早さは、いつも厳しい練習に耐え抜く一致団結さから生み出された物かもしれない。

「ふぅ~~……何とかたどり着いたな」

「ありがとうみんな、助かったよ」

「アタシまで一緒に来ちゃった」

「翔子が捕まると、余計なことまでベラベラしゃべりそうだからちょうどいいよ」

「何言ってんのよ猛君! ひどくない?」

「ひどくないよ。ハハハ!」

 部員たちは、とっさの出来事にも対応できたという、変な達成感すら感じながら練習の準備をしている。

「でも、まさかこんなことが起きてるなんて、考えてもみなかったよな」

「ホント、ビックリだぜ!」

「しかしスゲーな、マスコミ!」

「マスコミが凄いんじゃなくて、夏帆ちゃんが凄いんだよ!」

「確かに!」


 部員たちの機転で、無事に練習を開始することができた。しかし、金網フェンスの外からはたくさんの望遠レンズが夏帆を狙い撮りしたり、出入口をふさぐように待ち伏せをしていたりと、気が気ではない状況の中での練習となった。

 そして忘れてならないのは、金網フェンスの外でマスコミたちの質問攻撃を受けている三津田監督だ。

「どういった経緯で、女子生徒が高校野球に出場することになったのですか?」

「それは……高校生なのでお気づかいください」

「鳴沢夏帆選手は、元々地元では有名な選手なのですか?」

「それは……高校生なのでお気づかいください」

「男子生徒に混じって行われる部活動となると男女の体格の差がありますが、それがプレーに出ればケガにつながるとは考えなかったのですか?」

「それは……高校生なのでお気づかいください」

 マスコミから浴びせられる途切れることのない質問の嵐、三津田監督は汗をふきふき同じ言葉を連呼していた。

「監督さんも大変だね……」

「確かに」


 それでも、すったもんだしながら時間とともに練習を終えた部員たち。三津田監督はまだマスコミに囲まれたままだった。

「いいな、帰りもドーナツ型のバリケードで夏帆ちゃんを、あっ、ついでに翔子も守りながらバスへ移動するぞ」

「「よっしゃー」」

「ついでって何よ、猛君!」

「まあまあ……」

「よし、いくぞ!」

「「オーケー!」」

 本日の夏帆騒動であった。


 しかし、この出来事をきっかけに、公式練習日や開会式、試合日にも同じような騒動が予想されるため、高校野球役員会からはマスコミ始め各高校、係る業者などへも節度を持った対応についての協力依頼がなされた。夏帆はもちろん、選手みんなのコンディションのためにもという配慮がうかがえるものだった。


 いやはや、いろんな出来事を乗り越えていく日々、それも甲子園。

 そして、いよいよ甲子園大会へ挑む滝岡高校。父の、ボクの、そして夏帆の夢の舞台が始まるのだ。


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