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9番ピッチャー鳴沢さん  作者: タケヒロ
第4章 甲子園への夢
12/15

3 仇討ち

 白銀色に輝く入道雲が真青な空に向かって沸き昇る。眩しく、暑く、そして熱い夏がきた。

 そしていよいよ、滝岡高校、最大の目標である甲子園大会出場に向けた県予選の幕が上がったのだ。その空気に三津田監督もどこかしら硬い表情で、大きくはないが通る声を発していた。

「キミたちの頑張りが功を奏し、春の県大会を準優勝という成績で終えることができた」

「「はい」」

 甲子園大会予選県大会の組み合わせ表をホワイトボードに張り付け、選手たちを前に三津田監督の意気込みが述べられている。

「組み合せを見てもわかる通り、ウチの学校は第二シード枠が与えられて、二回戦からの出場だ。滝岡高校チーム一丸となって、より上へ向けて、今大会に臨む!」

「「ハイ!」」


 一つの試合を勝利するごとに、個々の能力発揮とチームの団結力を実感できている滝岡高校。投手陣は夏帆を中心とした四本柱。打撃はヤマトタケル打線を中心に足を絡め、さらに小技を効かせてどこからでも得点を狙える自慢の強力打線。 総合力が向上して破竹の勢いを見せる滝岡高校、三津田監督の集大成である。


 そして、初戦から快進撃を続ける滝岡高校は二回戦、三回戦ともコールドゲームで勝ち進み、続く準々決勝。三塁側アルプススタンド滝岡高校応援席には、いつものように父と母、そして二人に挟まれてボクがいる。

「光輝、わかる? 一塁側のベンチ……相手のチーム、見える?」

「……」

 母の言葉に、何となく見つめてみるけれど、その言葉はボクの耳には遠いようだ。

 実は、この試合の対戦相手は奇しくも三年前、ボクが快進撃を演じ、そして短すぎる野球生命を終える舞台となった錦盾高校だ。

 そのユニフォームを見つめる父と母は複雑な思いで試合開始を待ち、ボクは相変わらずうつろな姿で、父と母にうながされるままに座っているだけだった。

 そして緊張が高ぶるなか、両チームのスターティングメンバーが電光掲示板に映し出され、滝岡高校のオーダーがアナウンスされた。


「一番、センター…………」

「二番、……、三番、キャッチャー西原大和君、四番ショート青野猛君、……」

「五番、……、六番、……」

「七番、……、八番、……」

「九番、ピッチャー、鳴沢さん。ピッチャー、鳴沢夏帆さん!」


 ウォーーーー!

 ナリサワだーーーー!

 きたぞぉーーーー!


「夏帆ちゃん凄いよ、この声援!」

「こんなに盛り上がっちゃって、わたしでいいのかな……」

「何言ってんだよ、みんな夏帆ちゃんに声援を送ってんだぜ、夏帆ちゃんじゃなきゃ!」

「うん」

 場内は沸きに沸く!

 当時、怪物と言われたボクのことは残念な出来事として記憶に残る。その高校を相手に、妹である夏帆をぶつけてきたことに胸踊らせ、気持ちが高ぶり、目には見えない何かを期待した。


 ……お兄ちゃんの仇を討て!


 ベンチでも熱くたぎる思いを、スタンドの応援と共有するように始まったこの試合。

 滝岡高校先攻ということで主導権を握りたい三津田監督は、強気な采配により初回から打線を爆発させて大量点をもぎ取った。そしてそのリズムのままに、守っては夏帆の変幻自在の球に錦盾打線を凡打と三振に封じ込めた。

「夏帆ちゃん、ナイスピッチ!」

「みんな、後ろ、お願いね!」

「オーケー、なんでもござれ!」

「そうそう、俺たちが全部さばいてやるぜ!」

「うん!」

 この試合の展開は、ボクが養成クラブ時代だった四年前の荻野原クラブとの対戦、あの協力打線を切って取ったときのように、淡々とそしてリズミカルに流れ、夏帆の投球に爽快感さえも覚えるほどだ。

 そして滝岡高校、グラウンドでもベンチでも集中力が途切れることのないまま試合は進み、五回表の時点で12点対0となった。この裏の錦盾高校の攻撃を2点までに抑えれば、五回コールドで滝岡高校の勝ちとなる。


 滝岡コールド! 滝岡コールド!

 ナッリッサワ! ナッリッサワ!

 ナッリッサワ! ナッリッサワ!

 

 球場内全体に響く鳴沢コール。それはまるで兄妹を応援するようなコールにも感じられた。 そしてこの盛り上がりに乗じて、一緒になって滝岡コールを送っていた父と母。

 そして、その二人の間でボクは……。


「いけ……か、ほ……」


 この状況を見て……夏帆の投球を見て……僕は以前、夏帆に投球のアドバイスをしていたときのことを思い出していた。でもそれは、はっきりとしたものではなく、なんとなくであり、ボヤーっとした霧の中で声を発している感じだ。


 ナッリッサワ! ナッリッサワ!

 ナッリッサワ! ナッリッサワ!


 しかし父も母も、ボクの発した意味のある言葉には気付かず、スタンドと一体化して滝岡コールを送っていた。


 滝岡コールド! 滝岡コールド!

 ナッリッサワ! ナッリッサワ!

 ナッリッサワ! ナッリッサワ!


 五回の裏、守備に着く滝岡ナイン。マウンド上には夏帆を中心に内外野手が集まった。

「この回で終わします!」

 珍しく、夏帆自らが強気の宣言をした。

「この試合は、お兄ちゃんのために勝ちたい、絶対に!」

「わかってるよ、夏帆ちゃん!」

「だから俺たち、最初から飛ばしてたでしょ!」

「えっ……?」

「「うん!」」

「みんな……」

 ベンチ内の活気あふれる雰囲気はこういうことだったんだと、仲間の優しさに思わずウルッとする夏帆。

「ヨッシャー、この回で終わらせるぞ!」

「「ウォーー!」」

「行くぞおーー」

「「ウォーー!」」

 猛キャプテンの掛け声に更にいきり立つ滝岡ナイン。凄まじいパワーを放ちながら全力疾走で各守備へと着く。グラウンドもベンチもアルプススタンドも、滝岡ナインの意気込みそのままに、盛り上りは最高潮を見せていた!

 そして歓声と熱さのなか、マウンドに立つ夏帆。


「フゥー」


 天を仰ぎ大きく一息。

 そして、低くかがんだサイドスローからのフレる球と変幻自在の変化球で、相手バッターを打ち取る丁寧な投球。そしてバックを守る野手たちもしっかり捕球を心がけた。

「ワンアウト、ワンアウトォー!」

「一つずつイコー、一つずつ!」

「オーケー!」

 フィールドに立つ選手たちが意識したことは「ここぞというときや余裕を感じるときにこそ基本動作」父の口うるさくクドクドした指導の言葉であった。

「ヨーシ、ツーアウトォ!」

「あと一つ、みんなで取るぞぉー!」

 球場の雰囲気と守る滝岡ナインの気迫に、完全に飲まれた錦盾高校。

 そして、夏帆の渾身の一球!


「アウトォ!」


「やっったぁーーーー!」

「やったね、夏帆ちゃん!」

「うん、みんなありがとぉー!」

 まるで神がかり的な展開に、球場全体が大歓声を、そしてエールを送っている。

 仇打ち成功とばかりに!


 滝岡高校応援団の陣取るアルプススタンドに座るボク。試合の結果に対してなぜか口元が緩む感覚がある。意識の中で、何となくではあるけれど夏帆の活躍がわかる気がしていた。

「見たか、錦盾っ! なぁ、光輝!」

「夏帆がやってくれたわよ、光輝!」

 この試合中、何度かしっかりとした感覚を感じたボクだったけれど、父も母もそのことには全く気付かず、夏帆の活躍に見とれていた。


 ついでに言うと、いい迷惑だったのは錦盾高校の選手たちである。

 実は、ボクの一件以来評判を落としてしまった錦盾高校野球部は、地元選手で野球入学する選手はいなくなってしまった。そのため、県外からの推薦者を寄せ集めてチームを作っていたのだ。

 その選手たちからすると、対戦相手のピッチャーが夏帆だということで、否応無しに自分たちが悪者にされた雰囲気が不思議でならなかった。

 また、滝岡高校野球部員たちと顔見知りの選手がいなかったため、試合終了後のお互いをたたえるシーンもなかったことが、余計に悪者を強調する形になっていた。

 いずれにせよ、12対0という圧倒的な強さで錦盾高校をコールドで下した滝岡高校。今や、夏帆は滝岡高校の絶対エースであり、小さな田舎町から生まれたスーパースターである。


 そういえば、ボクも似たようなことを言われた記憶があるぞ。


 今大会、三試合連続コールドゲームという強さを見せつけた滝岡高校。迎えた準決勝も先発椎名の速球がさえ渡り、そして二番手の鎌上の交わすピッチングに相手もタイミングが合わず、二人の安定した力で快勝した。

 そして、決勝戦前の予備日である今日は、軽く基本練習を行って早めに部活動を切り上げた。部員たちは汗を流し、合宿舎のミーティングルームで三津田監督の言葉に耳を傾けていた。

「明日はいよいよ県大会決勝戦だ」

「「はい」」

「相手は予想通り、二年連続甲子園出場を狙う常連校であり、キミたちも知っての通り前回行われた春期県大会の優勝校でもある」

「「はい」」

「ウチにとっては大敵ではあるが、甲子園大会出場のためには、どのチームであろうが勝たなければならない!」

「「はい」」

「そのために作り上げてきた滝岡の総合力を、思い切りぶつけるときがきたのだ!」

「「ハイ!」」


 そして晴れ渡る青空にギラギラと沸き立つ入道雲が、甲子園への道標のように決勝戦が始まった。

 滝岡高校先発ピッチャーは予想通り夏帆。滝岡先攻で始まった攻撃は、初回から打線に火がつき3点をもぎ取った。守っては夏帆の低い位置からのサイドスローから投げ込まれる変幻自在の球が、相手の強力打線を凡打の山に築いている。

 そして、夏帆がベンチに下がった五回終了時には4対0と完全に滝岡高校ペースで試合を組み立てることができていた。

「ナイスピッチ夏帆、今日も光ってるね!」

「ありがとう、祥子ちゃん」

「問題はここからだね……」

「うん。でも、みんなならやってくれるよ!」

「そうだね、もう夏帆頼みの滝岡じゃないもんね。みんなが主役の滝岡だもんね!」

「うん!」


 夏帆が下ったあとの、重圧の大きいマウンドを託された背番号11、二年生の佐伯。それほど背は高くないけれど、勢いのある速球を投げ込む左の実力派投手である。夏帆の低い位置から投げ込む打ちごろの投球とのギャップを考えて、三津田が取った采配だ。

「猛、相手ベンチ、見てみ」

 大和の言葉にさりげなく目をやる猛。相手は真剣な表情をしてベンチ前で円陣を組んでいる。

「アドバイスをしているのは監督自らだ!」

「たぶん、夏帆ちゃんの投球は五回で終わり。だから、ここからが勝負だということだぜ」

「大和も猛も、それにキミたちみんなも気づいたな。ウチも、それに負けないくらい気持ちを強く持っていくぞ!」

「「ハイ!」」

 そして六回の裏が始まり、案の定、相手高校のバッターは三津田監督の狙いを見透かしたように、早いボールに対してコンパクトなスイングで短打を狙ってきた。ピッチャー交代によるリスクを抑え、コツコツ打線で確実に点を重ねていく考えだ。

 奮闘する佐伯、しかし相手の思惑通りに事を運ばれ1点を返されてしまった滝岡。ランナーを一、二塁に出しながらも、何とかツーアウトまでこぎ着けたところで滝岡ベンチは動いた。


「ピッチャーの交代をお知らせ致します。ピッチャー佐伯君に変わりまして鎌上君。ピッチャー鎌上君」


 三津田監督の賭けだった。速球派の佐伯に対しては、長打を狙わずにギリギリまで見てタイミングを合わせて打つ。さすが甲子園常連校、試合慣れした強豪である。それならばとマウンドに送り込んだ背番号10の鎌上。夏帆ほどではないけれど、変化球を主体とする技巧派ピッチャーだ。

 六回ツーアウト、ランナーは一、二塁。わざとサインの交換に時間を取り、じらしながら一球一球を丁寧に投じることで、相手に的をしぼらせずに後続をしっかり抑えるという戦法。


「アウト!」


 三津田監督の計算は的中した。その勢いで八回までを鎌上に任せて、取られた点数は合計3点。滝岡高校も1点を加えていたので九回表の滝岡高校の攻撃を終わって5対3。滝岡高校2点リード。

 九回裏、相手高校の攻撃を残すばかりとなったところで、三津田監督はまたもや賭けに出た。


「滝岡高校選手の交代をお知らせ致します。ピッチャー鎌上君に変わりまして、青野君。ピッチャー青野猛君」


 そうなのだ。猛は高校一年生の頃、まだ夏帆が選手として認めてもらえていなかったあのころ、三津田監督の期待に添えるべく何度かマウンドに立った経験があったのだ。

 技巧派鎌上の後のスピードの乗った猛の癖球は、相手バットの芯を外すのにはうってつけだ。しかも猛は久々の投手起用のため、相手高校としても目に馴染みがないことも計算しての三津田采配だ。

 それでも、相手高校打線は技術と意地でツーアウト1、3塁と粘りを見せたが、五人目のバッターは猛の癖球を引っかけて内野ゴロでアウト!

 

 ということは…………

 滝岡高校、甲子園出場!


「ヤッター!」

「勝ったぞ! 俺たち、勝ったぞ!」

「甲子園だぁ!」

「おめでとう、滝岡!」

 フィールドでもアルプススタンドでも、いや、球場全体が甲子園大会初出場となる滝岡高校をたたえた。


 夏に帆を上げた三津田監督という船は、更なる大海に向かい出航することになったのだ!


「三津田監督、勝つときとはこんなもんですよね」

「そうなんですね。以前、鳴沢さんに『地道な研究と何パターンかの勝利への方程式。その時々に合わせて方程式を選択する判断、そして選手たちの力を発揮させる環境作り。その全てが噛み合うと、自然と勝ちが舞い込んでくる。それを計算するのが監督の役割です』と言われたときは、わかってますよ、というのが本音でした。しかし、それを見透かしたかのように『本気でやるか言い訳を考えるかの違いであり、それが選手たちに伝わるものなんです』と言われた鳴沢さんの言葉が、私の胸に突き刺さりました」

「はははは……」


 そこには、二人の夢物語が現実となり、更に大きな夢の花を咲かせようとする少年たちがいた。

 甲子園につながる暑い青い空の下で。


 夏帆、おめでとう!

 お兄ちゃんの代わりに夢を叶えてくれてくれたんだね!

 いよいよ甲子園大会だ、お兄ちゃんも応援に行くよ!


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