2 中心的投手
人の心の冷たさを浴びせられ、同時に人の心の暖かさを感じた一年を過ごし、固まっていた雪が少しずつ溶けていくように、夏帆の心の傷も少しずつ癒やされていった。
そして滝岡高校野球部員は、春の甲子園選抜大会を各自でテレビ観戦し、いよいよ夏帆たち三年生。最後の夏へ向けての挑戦が始まったのだ。
夏帆、という名前は、夏に生まれた子が、人生という大海原に夢という帆を張って突き進んで行く。という意味で付けられた。
いよいよ甲子園に向けて最後の航海の始まりだ。三津田船長のもと、滝岡丸という大きな船に乗って。
そして、野球部に新入部員として三十六人、そのうち四人は選手希望女子。これは明らかに夏帆効果と言えよう。更に女子マネージャー三人も加わり、バックネット裏では翔子のアタフタする姿が見られていた。
「だって、全く野球を知らないのに『高校野球ってかっこいいじゃないですか。夏帆先輩、テレビでも話題ですし憧れます!』って、それだけでマネージャーになった子ばっかだよ。野球のルールも『野球やったことないんで、わかりませ〜ん』なんて平気で言うし……イチからどころかゼロから教えなきゃなんないよ。ホント大変!」
「念願の後輩じゃない。しっかり教えてあげてね。優しく丁寧に」
「夏帆も手伝いに来てよ。あたし一人じゃ手が回んないって!」
「大丈夫だよ、翔子ちゃんなら」
「もうっ! 他人事だと思って」
これも一つの夏帆効果だ。
盛大な応援合戦と共に始まった、春期県大会地区予選。この大会の結果によっては夏の甲子園地区予選県大会のシード権が決まるという、滝岡高校にとっても絶対に上位を取りたい大会である。
ボクはいつものように父と母に連れられてアルプススタンドの滝岡高校応援団の片隅に座り、野球場の雰囲気や試合前の緊張を感じているような、いないような。
そして、滝岡高校先発ピッチャーは背番号1、速球派の椎名が任されて試合は始まった。
「滝岡ガンバレー!」
客席からも応援の声が届くマウンド。低めのストレートの伸びにみがきがかかり、なおかつ変化球をマスターすることにより、相手に的をしぼらせない幅のある投球を見せる椎名。
「滝岡ぁーー、思い切りぃーー!」
試合開始前から熱の入った声援が飛んでいた。その応援に乗って試合は滝岡ペースで進み、三津田監督もベンチで目を細めていた。
「行けーー、滝岡ぁーー!」
滝岡高校ベンチの真上からは特に大きな声が飛んでいる。選手たちは有名人気分を味わっているみたいだ。
「自分の野球だぁ! 自分の野球をやればいいんだぞーー!」
攻撃につけ、守備につけ、やたらと声援が飛ぶ。
「滝岡カンバレ! 俺が付いてるからなー!」
攻撃からもどるとき、また守備からもどるとき、声のするスタンドを見てみると、そこには、なんと!
「さっきから大きな声を出してるのって、菅里さんだよ!」
「なにぃ!」
ベンチ上には、大きく両手を振りながらとびきりの笑顔で声援を飛ばす、菅里志郎の姿があった。
滝岡高校への嫌がらせに対して、しかるべき機関に相談しているということを林崎から聞いたものだから、自分が疑われないようにとやって来たのだ。
実はそれも、学校側の予想通りである。ただ、ベンチ内では素直に受け入れられない選手たちの姿があるのも事実。
「ぬけぬけと、よく来れたもんだぜ!」
「全くだぜ、よくのうのうとオレたちの前に姿を見せられたもんだな!」
「ホントだよ! 自分勝手にもほどがある!」
滝岡高校ベンチ内は険悪な空気が充満し、今にもベンチを飛び出して文句を言いに行きそうな勢いだ。
「そこまでだ!」
「監督さん……」
「キミたちの気持ちは十分わかる。だが、そんなことを言ってると君たちまで菅里の同類に見えるぞ!」
「はい、でも……」
三津田監督の言い分は理解できるけれど、それでも選手たちのムシャクシャする気持ちはベンチ内に異様な空気感をただよわせ、おいそれとは拭いきれずにいた。
「試合に集中しろ! 君たちにはやるべきことがあるだろう!」
三津田監督の、大きくはないけれど通る声がベンチ内を一喝した。
「菅里は途中退部とはいえお前たちの先輩だ。軽くでいい、挨拶をしろ。今のアイツにはその方がキツイだろう!」
「「ハイ!」」
しかし、ベンチ内の険悪な雰囲気や菅里の存在に、どうしても身体が固まってしまう夏帆がいた。
「夏帆っ、大丈夫?」
「う……ん。ありがとう、翔子ちゃん」
「夏帆ちゃん、気にしないでいこう!」
「ありがとう、大和君」
「みんな、俺たち新生滝岡野球部は野球を楽しくやる部活だろ! その姿を見せてやろうぜ。なぁ、みんな!」
「「オー!」」
キャプテン猛のその言葉がベンチ内の空気感を一新させ、夏帆のために全員でプレーするという気持ちの高ぶりを持たせた。
そして大会が終わってみると、毎試合声援を送った菅里の存在が効いたのかはわからないけれど、一次予選を準優勝という結果で終え、地区第二代表として県大会出場を決めた。
「よくやったぁーー! 俺の教え通りの野球ができてるぞぉーーーー!」
「監督、全然効いてないみたいっすね……」
「やっぱり、菅里は菅里だったか……」
今大会、夏帆も試合の勘を取りもどすべく数試合に出場し、投球術といいマウンドさばきといい、思うようなピッチングを見せていた。
スタンドからエールを送る菅里の存在、それが気にならないはずはないし心の傷は完全に癒えたとはいえないけれど、夏帆には大きな目標があり仲間たちがそれを支えている。それが夏帆にとって、安心感という何ものにも変えられない絆となっているのだ。
そして、勢いのままに県大会も勝ち進んで遂に準決勝戦。この試合を勝てば地方大会への出場を決定する大一番だ。先発ピッチャーは三津田監督の期待を一身に背負い夏帆が指名された。
「いいかキミたち、この試合で決めるぞ。滝岡野球を見せてやれ!」
「「ハイ!」」
今や夏帆の話題は全国区。この日もスタジアムは超満員となり、スタンドから興味津々の視線を送っていた。ボクはよくわかってはいないけれど、凄い盛り上がりを見せているのは心のどこかで感じている。
そして夏帆にしてみれば、この盛り上がりに後押しされて、ボクがボク自身を取り戻すキッカケになれば……ということだろう。
試合では、その思いを乗せて一球一球を丁寧に投じる夏帆。
「ナイスピッチ!」
「相変わらず、針の穴をも通すコントロールだね、夏帆ちゃん!」
「ありがとう。みんなの堅い守りがあるから安心して投げられる。絶対に勝とうね!」
「ああ!」
「もちろん!」
投球と守りのリズムが噛み合い、滝岡ペースで試合を進めることができている。
「いいか、夏帆がマウンドを降りた後も、投手陣全員で相手打線を封じ込めてやれ! 打撃も遠慮はいらない、打ちまくってこい!」
「「はい!」」
三津田監督の思い通りに選手たちが活躍し、ついに決勝進出を決めると同時に、地方大会出場権を得た滝岡高校。
そしてアルプススタンドで観戦しているコーチとしての父も、また親としての父、そして母も素直に喜びを表していた。
と、そのときだ!
「光輝!どうしたの?」
母の驚きの声が飛んだ!
ボクは母の声には気付かなかったけれど、周りの大歓声につられるように場内に目が向いているのだ。
スタジアム
グラウンド
マウンド
スコアボード
選手
観客
大歓声
ボクの身体の中の何かが反応しているような気がする。
「わかるのか、光輝?」
父が問いかけた瞬間、今感じていたものがスッと消え、現実に引きもどされたように、いつものうつろろなボクにもどってしまった。
ボクは、大会が大きくなるほど、また歓声が大きくなるほど、感じる何かも大きくなるのだろうか?
心の中でムズムズする感触があるような、ないような……
そして流れに乗った滝岡高校、久々の県大会決勝戦。
「いいか、この試合、椎名と鎌上を軸に試合を組み立てる。場合によっては一年生の佐伯にも出番があるかも知れない、肩を作っておけ」
「はい!」
「監督、夏帆ちゃんは?」
「夏帆は試合をうまくコントロールする力を十分養っている。あとは他のピッチャーたちの今の力を試したい」
三津田監督は、夏帆を温存したまま三人の投手リレーで試合に臨むことにした。しかし、相手は甲子園常連の高校ということもあり、結果は3対1で敗れはしたものの、夏帆のいない投手リレーでも格上のチームと互角に戦えたことは大きな収穫である。父のコーチングが形を見せてきたということだ。
そして、県第二代表として地方大会出場を決めたその日、三津田監督は夏帆の地方大会への出場を認めてもらえないものかと、大会関係委員会へ連絡を取っていた。だが必死の喰らいつきもむなしく、背番号14を付けた小さい背中はアルプススタンドで見守ることしかできなかった。
つまり、夏帆を頼らない投手起用で戦った県大会決勝戦、その采配の意味が選手たちにもわかった瞬間でもある。
「夏帆ちゃんの試合出場は、あくまでも県内だけで認められたものだった……よな」
「うん。夏帆ちゃんのマウンドでの姿があまりにも自然で当たり前のものになっていたから、正直俺、どこまでもそのまま行けるつもりでいたよ」
みんながそう錯覚してたという現実を、まざまざと知らされた瞬間でもあった。
それでも日程は進み、夏帆のいない春期地方大会が始まった。初戦の先発ピッチャーは背番号1の椎名。夏帆と並ぶ柱としても期待されて、マウンドを託された。
試合は序盤から自慢の滝岡打線がつながり先取点。しかし中盤、椎名の素直過ぎるストレートを狙い打ちされて得点を上げられてしまった。
滝岡ベンチはすかさず投手交代、二番手に技巧派の鎌上をマウンドに送った。
「鳴沢を出せ!」
そのタイミングに合わせるかのように、場内からはいつかのような声が響いた。
「ここは鳴沢だろー!」
方々から夏帆を呼ぶ声が飛び交ったけれど、背番号14の細い背中はアルプススタンド。
「監督さん、夏帆を……」
「ああ、でも、決まりは決まりだ」
「はい……」
「いいか、夏帆の分もキミたち全員でプレーするんだ!」
「「ハイ!」」
三津田監督の一喝に奮起した滝岡ベンチ。相手チームに押されながらも何とか逃げ切り、せり勝つことができた。
ギリギリの勝利に胸をなでおろしながら帰り支度をする三津田監督に、地方大会関係委員会から呼び出しがかかった。入室するとそこには県高校野球協会の「新しい風を吹かせよう」と言ってくれた理事長の姿も見れた。
そしていつかのように、お偉いさん方に囲まれて緊張を隠せない三津田監督。
「お忙しい中お呼び立てしたのは……お察しが付いてるとは思いますが、鳴沢夏帆選手の地方大会出場のことについてです」
「はい、この度は無理難題を申しまして、大変恐縮です……」
「地方大会関係役員会にも、以前から鳴沢夏帆選手の大会出場を認めて欲しいという意見がたくさん寄せられていました」
「はい……」
「このままで済む問題ではないことはわかっていましたので、ここにおられる地元の理事長さんからも、県大会出場を認めることとなった経緯と判断理由をうかがっていたところです」
「はい……」
申し訳なさそうに聞いていた三津田監督は、県高校野球協会の名前が出たところで、その理事長に視線を向けた。「えっ?」とばかりに目を見張る三津田監督。その視界に入る理事長の表情はなぜか、少年のようだ。
「ウォッフォゥンッ!」
地方大会関係役員会会長の重大発言前の咳払い。しかし、その顔はどこかニヤけている?
「三津田先生」
「は、はい……」
「まずは、次回行われる準々決勝戦について、県大会と同じ条件で出場を認めることにしましょう」
「えっ! 本当ですか?」
「ええ本当です。いろいろな意見を参考に検討した結果です」
「あ、ありがとうございます! 何と申し上げればいいのか……」
「本当はこの大会が始まる前に答えを出したかったのですが、何だかんだと遅くなりまして、申し訳ありませんでした」
「いえいえ、何をおいっしゃいますか。鳴沢夏帆の出場を認めていただけるだけで、本当に、本当に……」
メタボの体は嬉しさと興奮とで震えている、胸の高鳴りが全身にあふれ出ているのだ。
「ありがとうございます。本当に、本当にありがとうございます!」
にわかには信じられない三津田監督は、次から次へと役員方の面々に目が動くけれど、そこに映るお偉いさん方はみんな少年の笑顔だった。
「鳴沢夏帆選手の活躍を、楽しみにしてますよ」
「ありがとうございます!」
会議室を後にした三津田監督、これはとんでもないことになったぞとばかりに慌てて宿舎に帰り、先に帰っていた夏帆のいる部屋へと急いだ。
三津田監督の胸の高なりがメタボ体型を軽やかに動かし、ノックが早いかドアを開けるのが早いか、大きくはないが通る声を響かせた。
「次の試合、出れるぞ!」
突然の乱入!
突然の言葉!
突然、何事?
「監督さん……? ど、どうしたんですか突然? 一応、ここは女子部屋なんですけど……」
「おぉ、すまん。そうだった女子部屋だった。そんなことより」
「そんなことっ…………!」
「夏帆、今度の試合に出れるぞ!」
三津田監督は興奮のあまり、翔子の言葉の意味を吹き飛ばしながら通る声を放った。
「えっ? 夏帆が試合に出れる? って言いました?」
耳を疑う女子たちを代表するように聞き直した翔子。女子部屋という認識をなくすほど重大な発言をする三津田監督。変な空気が一変、夏帆の希望へとつながった。
「ああ、そうだ。間違いなくそう言ったんだぞ!」
「「エエエエーーー!」」
「「ギャーーーー!」」
女子部屋にいる女子たちみんなが歓声を上げ、みんなが興奮を抑えきれなくなっている。
「それって、地方大会に夏帆が出れる、ってことですか?」
「ああ、そうだぞ! 今、地方大会の役員さん方からそう言われてきたところだ!」
「ホ、ホント、なんですか?」
「ああ、もちろん本当だとも。夏帆、次の試合、頼んだぞ!」
「やりましたねぇ、夏帆先輩!」
「スゴイ、スゴイよ夏帆ぉ!」
「おめでとうございます、夏帆先輩!」
夢か幻か、目が点の夏帆。そして喜びはしゃぐ翔子と一年生マネージャーたち。
そして三津田監督は、勢いそのままにキャプテンの猛に伝令し、部員全員を大広間へ集合させた。
「お疲れ!」
「「お疲れ様です」」
「休憩中に集合してもらったのは他でもない、キミたちに知らせることがある」
ここで、もったいぶる三津田監督。しかし、その表情は心の中を全く隠せていないニヤケ顔だ。
「今、地方大会関係役員会の方から吉報をいただいてきた!」
三津田監督の表情に、何となく空気を読み取る選手たち。
「キミたち、よく聞けよ……夏帆の地方大会出場が認められた!」
「ホントすっか?」
「ヤッター!」
「これで勝てるぜー!」
当然のごとく部員達は大歓声をあげ、宿舎内だということも忘れて大ハシャギの滝岡野球部。
それもそのはず、次の試合に勝てば地方大会ベスト4。数年間遠のいていた地方大会上位に食い込めるのだ。夏帆の出場は滝岡高校にとってとても大きな意味を持つことになる。
宿舎の大広間だということも忘れて盛り上がりに盛り上がった滝岡野球部はその後、宿舎の方からお叱りの言葉をいただいたことは言うまでもない。
そして迎えた、準々決勝。
滝岡高校アルプススタンド応援席にはいつものように父と母、そしてその間に挟まれてボクが座っている。
「プレイボール!」
滝岡高校後攻で始まった大舞台での先発は背番号10の鎌上が勤めた。技巧派の鎌上はボールを低めに散らし、相手に的をしぼらせないピッチングを見せた。負けじと相手チームも緩急をうまく使い滝岡打線を封じ込めるという、どっちも引くことなく、一つのミスが明暗を分けるという緊迫した攻防が続いた。
そして0対0のまま五回の表を迎えたとき、三津田監督は勝負に出た。
「夏帆、いくぞ!」
「ハイ!」
夏帆の出場条件の投球回数五イニングを五回から九回まで使いきり、その間に点を取れば滝岡の勝ち、夏帆が打たれたら負け、つまり夏帆と心中する作戦に出たのだ。
「滝岡高校、選手の交代をお知らせいたします。ピッチャーの鎌上君に変わりまして、鳴沢く……さん。ピッチャー鳴沢夏帆……さん」
ここでも、さんづけで詰まりながらの場内アナウンスが流れると同時に、観客の歓声が球場を揺らすくらいに湧き上がる。その状況を別室で目の当たりにしながら、大会役員の方々がテレビ観戦をしていた。
「こんなに人気があるのか、鳴沢夏帆は……」
「個人的に撮った動画もたくさん流れていて、再生回数もうなぎ登りだそうですよ」
「なるほど、今まで寄せられてきた鳴沢夏帆に関する問い合わせの意味が、ようやく理解できたよ」
そのころ、球場の滝岡高校応援団アルプススタンドでは……
「か……ほ……」
「えっ?」
「光輝! 今、夏帆って言ったの? ねぇ、夏帆の名前を呼んだよね?」
「か…………」
「お父さんっ、お父さん! 光輝が!」
父は夏帆の出場シーンに全神経を集中させていたため、うつろに発せられたボクの言葉には気付かなかったようだ。それでも母にうながされてボクを見つめる父。
「光輝がどうかしたのか?」
「ねー、光輝! わかっているのよね? 今、夏帆って言ったもんね!」
「…………」
「ん? 本当に夏帆の名前を呼んだのか?」
期待を込めた母の必死の言葉に、ボクは何のリアクションもしなかったと思う。母が言う夏帆の名前を呼んだことさえ、もうに自覚がないのだ。
ただ、この球場内の雰囲気や歓声には、少し意識が働いた……ような気はする。
「いつも夏帆が『お兄ちゃんにわたしの野球を見せる、野球がお兄ちゃんの病気を善くする』って言ってるけど、本当なのかも知れないわね」
「んーー……」
父はさて置き、母はそう確信したと思う。あるいは、そうであって欲しいという切なる願いを持ったかも知れない。
そうこうしているうちに試合は再開し、ボクが見つめているかもしれないマウンド上には、今や高校野球界の大きな話題となっている夏帆が立つ。
そして、地方大会初出場の夏帆の前に相手打線は沈黙。たまたまいいところに転がってヒットになった打球が数本あるだけで、いつものように充分と言えるピッチング内容を見せていた。
そして役員室でも……。
「鳴沢夏帆の力がこれほどまでとは……相手バッターを完全に抑えている」
「ええ。もしかしたら三津田先生の言っていたように、男子以上のピッチャーかもしれませんね」
「確かに……」
地方大会関係役員会の方々が口をそろえて夏帆の活躍を認め、投球内容に高い評価をするものであった。
試合の流れは、夏帆の好投に添えずに滝岡打線は封じ込まれたまま九回裏へと進んでいた。つまり、夏帆は大会特別規定により自動的に降板となる。
そして、ベンチ前ではキャプテン猛を中心に円陣が組まれていた。
「いいか最終回だ。あきらめるな、最後の最後まで食らいつけ。滝岡の意地を見せるときだぞ!」
「「オー!」」
「粘る! 出る! つなぐ! いいな!」
「「オーー!」」
しかし、滝岡ベンチの気迫むなしく、結局得点に結びつけることができないまま試合は延長戦へ。滝岡高校はその後、二人のピッチャーを投入するが相手に得点を許してしまい、春期地方大会をベスト8という結果で幕を閉じた。
それでも、最近の大会結果か光り、以前の強い滝岡が帰ってきた。という好評価を得た大会であった。
夏帆、5イニングとはいえ地方大会のマウンドにも立てたし、得た経験はとても大きいと思うよ。
良かったな、そして、立派だったぞ。




