空母のアングルドデッキ化
これからは歴史を追って物語を書いていこうと思いますので良かったら高評価とブックマークをお願いいたします。
1933年大日本帝国東京
海軍省では次期空母建造に向けた話し合いが山本中将と鴨田造船中将のもと行われていた。
「やはり時代は航空母艦!空を制するものが戦場を支配するでしょう」
「しかしいくら空母の建造といえども予算が下りるか今までとは違う何か新しい発想があれば」
この時代の空母は全通甲板が一つだけであり空母としての性能は良かったが着艦作業をするとどうしても航空機の発艦が出来ない事が課題となっており空母の問題点として挙げられていた。
「ならばいっその事甲板を斜めにすると言うのはどうだ?」
鴨田造船中将はふと頭の中で思った事を口にした。それを聞いた山本中将は目を見開いた。
「甲板を斜めにだと?!」
鴨田中将は言葉を出して話を続ける。
「最近、造船部で空母甲板をもう一つつけてそれを斜めにする構想があってだなこれならば予算が下りるだろうし新技術しての目処も立つだろう」
「なるほど確かにそうすれば着艦作業と発艦作業の同時作業をする事が可能だな。外国でも研究が進められていて向こうじゃこれをアングルドデッキと呼んでいるらしい」
山本中将も同意をして新たな航空母艦としての予算を申請する事となり空母のアングルドデッキ化を進めていく事が決定をされた。
そして1942年、大日本帝国は同盟国のアメリカ海軍中将ハルゼーを招いて空母赤城と加賀の装甲化とアングルドデッキにさせた状態を見せた。
「日本がこれほどの空母を建造出来るとは」
ハルゼーは驚きを隠せない様子で赤城と加賀を見つめた。
「現在、我が海軍の空母全てにアングルドデッキ化させるための改修を行っております。将来的にはカタパルトの搭載も検討されており・・・」
「えぇ・・・」
山本大将の言葉にハルゼーは引きながらも話を聞いていた。その時1機の航空機が飛んでくるのが見えた、それは40式艦上戦闘機だった。40式は速度を落としながら着艦用の甲板に近づいていくと見事な着艦を決めた。
「ふむさすがは日本海軍の航空隊の練度だ我々も見習わなければ」
「ありがとうございますハルゼー中将、そろそろお昼ですな海軍自慢の海軍カレーはいかがでしょうか?デザートに間宮羊羹もお付けいたします」
「おぉ!!海軍カレーかそれは楽しみだ!!しかも間宮羊羹だと!他の将校が聞いたら必ず欲しくなると言われているあの伝説の」
ハルゼー中将はまるで子供のようにウキウキとなり士官室の食堂で足を向けていった。




