5、旦那様の恋を応援してあげましょう
「まあ、先ほどのケーキカットにはそんな意味があったの?」
リリーから説明を聞いたミアは驚きの声を上げた。
カルベスがいなくなってから、ミアは使用人たちとみんなで熱い紅茶を飲みながらおしゃべりしている。
そんなときに、リリーがケーキ入刀の儀式について全員に語って聞かせたのだ。
「以前、公爵家のご当主様のご結婚披露宴のお手伝いに駆り出されたことがあるのです。盛大なパーティだったのですが、その中でも一番印象に残っているイベントだったのです」
その話を聞いて、別の使用人も「私も見たことがあります」と頷いた。
リリーはさらに説明を続ける。
「大昔には、子孫繁栄を願ってパンを分け合う伝統行事があったそうです。それが時代とともにケーキへと形を変え、現在では貴族の披露宴で行われる人気の演出になっています。旦那様は披露宴にご出席される機会が少ないようですから、ご存じなかったのでしょうね」
リリーはふふっと笑って、紅茶をひと口飲んだ。
一方、ミアは深刻な表情で考え込む。
「まあ、だったら旦那様に悪いことをしてしまったわ。マデリーン様がいらっしゃるのに、旦那様と子孫繁栄の儀式をおこなってしまうなんて……」
使用人たちはお互いに怪訝な表情で目を合わせ、リリーは肩をすくめて嘆息した。
「実はですね……旦那様とマデリーン様は、ただの文通相手なんですよ」
「ええっ!?」
驚くミアに、リリーは苦笑しながら真実を明かす。
「おふたりはパーティで出会って、半ば強引にマデリーン様に押し切られる形でカルベス様はお付き合いを始めたのです。それから何年も文通のみのやりとりをおこなっていて、おふたりは一度もお会いしていません」
「そんなっ……」
ミアは衝撃を受けたように青ざめた表情になった。
他の使用人たちも待っていたかのように、知っていることを次々と話す。
「カルベス様が出席されるパーティは、なぜかマデリーン様が欠席され……逆にマデリーン様が来るとなると、今度はカルベス様のご都合が悪くなり……」
「ほんと、びっくりするくらい噛み合わないんですよねぇ」
「そうそう。まるで運命に引き裂かれているかのように」
「だから、余計に燃え上がっているのよねえ。ロマンチックなのか、空回りなのか」
それでも、ふたりにとっては真剣な恋人同士としてのやりとりなのだろう。
お互いの強い想いだけでつながれた遠い恋なのだ。
と、ミアは真剣に思った。
「……そんなに純粋な恋をされていたなんて」
俯いてぼやくミアを見て、使用人たちは目を丸くして絶句する。
「なんだか可哀想だわ。会いたくても会えないなんて。何年も文通だけなんて、さぞ寂しかったでしょうね」
「え……奥様?」
使用人の声など、ミアはまるで耳に入っていないようだった。
拳をぎゅっと握りしめると、勢いよく立ち上がり、全員に向かって力強く宣言する。
「旦那様の恋がうまくいくよう、みんなで応援してあげましょう!」
「はい!?」
使用人たちが同時に声を上げたあと、沈黙が広がる。
ミアはゆっくり歩きながら顔を上げる。
その視線の先には壮大に崩れた巨大なケーキの残骸がある。
「きっと旦那様はマデリーン様とケーキ入刀がしたいはずよ。だけど、貴族同士の結婚は親が決めるもの。きっと、つらかったでしょうね。私は自分が恥ずかしいわ。おふたりの気持ちも考えずに、毎日楽しく自由に過ごしているなんて。せめて、おふたりのために何かしたいわね」
そう言うと、ミアはぱっと笑顔になり、全員に振り向いた。
「ま、それはまた考えるとして、そろそろ片付けましょうか。料理長が晩餐の支度に来られる前に厨房を綺麗にしておかないとね!」
ケーキの残骸を皿に分けながら片付け始めるミアを見て、使用人たちは慌てて立ち上がる。
そしてお互いにひそひそと話した。
「もしや奥様は天然では?」
「超絶前向き思考という可能性もあるわね」
「何にせよ、奥様が落ち込まれなくて安心だわ」
「そうよね。正直、愛人のいる男のところへ嫁ぐなんて、酷い話だもの」
リリーがミアに声をかける。
「奥様、明日はレモンケーキを焼きませんか? 私は特別なレシピを知っているんです」
「まあ、素敵。ぜひそうしましょ!」
ミアは満面の笑みで両手を合わせた。
そして数日後――
事態は急展開を迎える。




