4、愛のないふたりの共同作業
そんなカルベスのことなど微塵も気にせず、ミアはこの日も自由気ままに過ごしていた。
今朝は牧場の主人が牛乳とクリームを持ってきてくれたので、ミアは一度やってみたかったことに挑戦した。
ケーキのスポンジを何枚も焼いて重ねて、泡立てたクリームで塗りたぐる。
そのあと苺やオレンジやブルーベリーなどのフルーツをふんだんに飾りつける。
手伝っていたリリーと他の使用人たちは、完成すると一斉に歓喜の声を上げた。
「まあ、なんて美しいケーキでしょう。まるで宝石のようだわ」
「本当に。こんなに何段も重ねたケーキは見たことがありませんわ」
「菓子職人顔負けの腕前ですわ、奥様」
褒められたミアは、素直に、そして平然と語る。
「ありがとう。子供の頃にとなりの家のパティシエさんのお手伝いをしていたの。ひたすらクリームを泡立てる役目だったから腕だけが鍛えられたわ。塗り方は見て覚えたのよ」
ミアはホイップしたクリームの器を抱えて自慢げに胸を張る。
「職人のようにまったくムラのない塗り方ですわ」
「それにフルーツの配置も、色合いのバランスが見事ですわ」
彼女たちの感想をにこやかに聞いたあと、ミアは器をテーブルに置いて腕を組んだ。
目の前にそびえ立つ巨大ケーキを見上げて首を捻る。
「さて、どうやってカットしようかしら? こんな大きなケーキをカットしたことがないの」
みんなで悩んでいると、ちょうどカルベスが厨房の前を通りかかった。
彼はこちらをちらっと見ると、仰天した顔で飛び込んできた。
「また、あなたは! 何をしているんだ? こんな大きなケーキを作って、いったい何に使うんだ?」
ミアは思いついたようにカルベスに声をかけた。
「旦那様、お暇ですか?」
「……暇ではない。だが、何か用でも?」
「このケーキをカットしていただこうかなと思いましたが、ご多忙でしたら結構ですわ」
「ぐっ……あなたは喧嘩を売っているのか?」
カルベスの発言に対し、ミアは首を傾げて眉をひそめた。
「いや、何でもない。手伝ってやる」
「ありがとうございます。旦那様もひと口召し上がってくださいね」
にっこりと笑ってそう言うミアに、カルベスは頬を赤らめる。
その様子を見たリリーは、思いついたように笑顔になり、キッチン棚から大きなケーキナイフを取り出した。
「旦那様、これをお使いくださいませ。まずは奥様が両手で持ってくださいね。その上から旦那様が奥様の手を包み込むようにして握るのです」
カルベスとミアはリリーに言われた通りにケーキナイフを持った。
しかし、これで上手くカットできるとは思えず、カルベスが先に疑問を口にした。
「これでどうやってカットすればいいんだ?」
「別に崩れてもいいのです。おふたりが、そのナイフで、同時に、ケーキに入刀すればよろしいのですから」
意味がわからないというふうに、カルベスは首を傾げる。
しかし、ミアが言われた通りに手を動かし、カルベスはそれにつられ、ふたりでケーキにナイフを入れた。そしてひと口分を切り分けようとしたが、上の段が雪崩のように滑り落ちてきた。
「あら、ごめんなさい。崩れてしまったわ」
「いい。崩れた分は俺が食べる」
するとリリーはにっこり笑って大きな調理用スプーンをミアに手渡した。
「ぜひ、奥様がこのスプーンですくって食べさせてあげてください」
「なぜそんなことする必要がある? 自分で食べ……」
カルベスが言い終えるより早く、ミアはもうスプーンを山盛りにして彼へ向けていた。
「はい旦那様、どうぞ」
「んぐっ……!」
ミアは容赦なくカルベスの口にスプーンを突っ込んだ。
カルベスは口のまわりをクリームだらけにしながらもぐもぐしている。
「どうですか? お味のほうは」
「……美味い」
「それはよかったですわ」
「じゃなくて! なんでこんな食べ方を……」
するとリリーが遮るように華やかに返す。
「ファーストバイトですわ♡」
「はあ?」
ミアはそのスプーンで自分もぱくりとケーキを食べた。
「ふわふわのスポンジに甘くて濃厚なクリームとフルーツの酸味が効いて最高に美味ですわ」
「そ、それ……俺が食べたあとのスプーン……」
カルベスが呆気にとられていると、ミアがきょとんと首を傾げた。
「何か問題でも?」
「い、いや……君は気にしないのか?」
「はい。私は旦那様の妻ですから、何ら問題はございません」
「はあ……いや、君がいいなら別に」
「でも、旦那様はいけません。マデリーン様に申し訳ないので、私の使った食器は消毒してくださいね」
「え?」
カルベスは言葉を失い、ただ困ったように眉を寄せた。
ミアはリリーにケーキナイフを返し、新しいスプーンで少しずつケーキを皿に取り分けていく。
「もう崩れちゃったから、形なんて気にしなくていいわよね。さあ、みなさんも召し上がって」
使用人たちは分けてもらった皿を受けとり、それぞれ美味しそうに食べた。
ミアと彼女たちが楽しそうにしゃべっている姿をカルベスはぼんやり見つめる。
すると、それに気づいたミアがカルベスに声をかけた。
「ところで旦那様、お仕事は大丈夫ですか?」
「えっ……」
「もう用事は終わりましたので、どうぞお戻りくださって結構ですわ」
カルベスはぽかんと口を開けたまましばし放心状態になった。
そんな彼を気にも留めず、ミアはふたたび使用人たちとの談笑に戻る。
いつの間にかカルベスは厨房から消えていた。




