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【連載版】旦那様には想い人がいるようなので、私は好きにさせていただきます!  作者: 水川サキ


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34/35

34、あなたって、本当に不思議だわ

 マデリーンは眠れない夜を過ごし、朝を迎えた。

 頭が混乱し、怒りとも焦りともつかない複雑な感情に支配され、朝食はほとんど口にしなかった。


 ジミーは震える彼女のとなりで肩を抱き、そっと慰めている。

 しかしマデリーンの心はどこか遠くへあった。


「大丈夫かい? マデリーン。寒いなら何か羽織るものを……」

「うるさい黙って」


 ジミーは口を閉ざす。

 マデリーンはぶつぶつと胸の内を吐露する。


「伯爵に叩かれたのよ。やっぱり野蛮な人だという噂は本当だったんだわ」


 ジミーは無言で彼女を横目で見つめている。


「あの伯爵の姪もおかしいわよ。きっとあたしのことを恨んでいるから、あんなことしてみんなの同情を引いて……」

「マデリーン、落ち着いて」

「落ち着けないわよ! あたしはちょっといたずらしただけなのよ。みんなしてこんなに責め立てるなんて、大袈裟なのよ……だってあたし」

「マデリーン、君は反省していないの?」


 ジミーが真顔で問いかける。

 マデリーンは驚き、すぐそばにいるジミーの顔を凝視した。


「な、何よ……だって」

「君は伯爵に叩かれただけじゃわからないのかな?」

「あなた、何なの? 偉そうなんだけど」

「偉そうにしていないよ。君に悪いことは悪いと言っているだけだ」

「何なのよ。いつもあたしの言うこと聞くくせに、どうして今日は……」

「ああ、僕は君のどんな我儘だって許してきた。僕に対する八つ当たりなら可愛いものだと許容している。だが、他人を傷つけることは絶対にだめだ」


 真顔でやや強い口調で話すジミーに、マデリーンは驚いて固まった。

 ジミーは落ち着いた声に戻り、冷静に続ける。


「ちゃんとアランドール夫人に謝罪しよう。君にその気がなくても、一歩間違えたら夫人は死んでいたんだ。君のしたことは簡単に許されることじゃない。むしろ、伯爵が頬を叩くだけで済ませてくれたのが奇跡だよ」


 マデリーンの目からぶわっと涙が溢れた。

 顔をくしゃくしゃにして泣きながら、ジミーの肩をぽんぽん叩く。


「何よぉ……どうしてジミーまであたしを責めるのよお」

「責めているんじゃない。君に理解してほしいだけだ。いや、君はもうわかっているだろう?」


 ジミーはマデリーンの肩をそっと掴み、まっすぐ見つめて告げる。


「君は倒れた夫人を見て震えていた。あれは怖かったんじゃないかい?」


 マデリーンは泣きじゃくりながら震え声で答える。


「ええ、とても……怖かったわ……奥様が、死んでしまったらどうしようって……」

「そうだよ。君に明確な殺意はなかった。だけど、いたずらにしては度が過ぎていた。アランドール夫人に謝罪に行こう。僕も一緒に行くから」


 ぐずぐず泣きじゃくりながら頷くマデリーンの頭を、ジミーは優しく撫でる。

 その後、ふたりはミアとカルベスの部屋を訪れ、見舞いの品を手に、心をこめて謝罪した。



「このたびは、貴殿の奥様に大変なことをしてしまい、申し訳ありません。賠償でも何でも請求してください。僕が責任を持って支払います」


 ジミーがそう言って深々と頭を下げると同時に、となりに立つマデリーンも同じように頭を下げた。


「ごめんなさい……こんなことになるなんて、思わなかったんです……謝って許してもらえるとは思っていません。あたしも精一杯償います」


 カルベスとミアは驚いて顔を見合わせる。

 マデリーンは頭を上げると、ミアに向かって言った。


「本当にごめんなさい。二度としません。これからはカルベスと連絡も取りません。今まで本当にごめんなさい」


 するとミアは笑顔で答えた。


「いいですよ。私も害があるとわかっててお茶をすべて飲み干したのですから」

「えっ!?」


 ジミーとマデリーンは驚いて目を見開く。

 ミアはにっこり微笑んで続けた。


「だから、マデリーン様がすべてを背負う必要はありません。私も自業自得ですので」


 マデリーンは狼狽えながら、ミアに訊ねる。


「わ、わかってたって……あなた、どうして吐き出さなかったの?」

「うーん、せっかくのお茶会の席を汚したくなかったのです」

「そんな……自分の身の危険がわかっていて、あの場の雰囲気を優先するなんて」

「だって、お茶会に誘っていただけるなんてひさしぶりで、とっても嬉しかったんですもの」


 弾けるような笑顔のミアに、マデリーンは涙ぐみながら震えた。

 しばらく黙って俯き、それからふたたび顔を上げた彼女は、わずかに笑みを浮かべて言った。


「あなたって、本当に不思議だわ」

「はい、よく言われます。気を悪くされたらごめんなさいね」

「ううん。むしろ、すごく心が軽くなったわ。気遣いが上手なのね」

「まあ、褒めてくださったのですか? 嬉しいですわ」


 手を叩いて喜ぶミアを見て、マデリーンはふっと笑いを洩らした。


「ずっと、あなたのその態度が計算され尽くしたものだと思っていたの。だから、余計に腹が立ってしまって、あたしの勘違いだったのね」

「すみません、マデリーン様。勘違いをさせてしまった私の責任ですわ。周囲からよく言われますもの。あなたって人の気持ちがわからないのねって。自分でも困ったものだと思いますわ」

「ふっ……本当にね。でも、裏表がないという意味では、あなたは信頼できるわ」

「ありがとうございます!」


 ミアはぱっと明るい笑顔で声を上げた。

 マデリーンもつられてふっと笑い、今度はカルベスに目を向けた。


「ねえ、カルベス。あなたが奥様に惹かれる理由がわかったわ。悔しいけど、本当に素敵な奥様ね」

「ありがとう、マデリーン。そう言ってくれて嬉しいよ」


 マデリーンは唇をぎゅっと結び、笑みを浮かべたまま頷いた。

 カルベスはジミーに向かって穏やかに告げる。


「せっかくの申し出ですが、賠償は必要ありません。妻の言う通り、こちらに一切非がないとは言い切れないので。和解という形でよろしいですか?」

「ありがとうございます。そうしていただけると幸いです」

「これからもよろしくお願いします」


 カルベスが手を差し出すと、ジミーはその手を取り、ふたりはしっかりと握手を交わした。

 ミアはマデリーンに満面の笑みを向ける。


「マデリーン様、また今後ぜひ、お茶会に誘ってくださいね」

「ええ。そのときはとびきり美味しいデザートを用意するわ」

「まあ、嬉しいですわ」

「でも、あなたにひとつだけ言いたいことがあるの」

「はい、何でしょう?」


 目を丸くするミアに、マデリーンがこっそり耳打ちする。


「あなたの叔母様はやっぱり怖い人だわ」

「まあ、怖がらせてしまってすみません。でも実は、伯母様は猛獣のように見えて中身はウサギさんですから、可愛いんですよ」

「え? あれのどこがウサギなのよ? 怖いウサギがいたものね」

「よく言われます」


 けろりとそんなことを言うミアに、マデリーンは眉をひそめる。

 すると、カルベスは笑いを堪えながら口を挟んだ。


「俺も同じことを思ったよ、マデリーン。君の意見は間違っていないかもね」

「そうでしょ。ウサギじゃなくて狼だわ」

「いや、あれはドラゴンだよ」


 するとミアがあっけらかんと言い放つ。


「わかりました。おふたりの意見を伯母様に伝えておきますわ」

「絶対やめて!!」


 カルベスとマデリーンが声を上げたのはほぼ同時だった。


「あ、そうでした。もう一つ」


 ミアがふと思い出したように話題を切り替える。


「ジミー様、マデリーン様。ご結婚おめでとうございます。お似合いのおふたりですわ」


 その言葉に、ジミーとマデリーンは思わず目を合わせて、お互いの顔を見つめた。

 ジミーはへらっと笑みを浮かべ、マデリーンは少し照れくさそうに視線をそらす。

 しばらくの沈黙のあと、ジミーが小さな声で問いかけた。


「あれ? いつもなら即刻否定されるのに、今日は何も言わないんだね」

「何よ。否定されたいの?」

「いやいや、とんでもない! え? てことは、マデリーンは僕と結婚してくれるの?」


 ジミーが驚きの声を上げると、マデリーンは半眼で見つめながらため息をついた。


「今さら何よ。結婚は決まっているんだから拒否できないでしょ」

「マデリーン! 大好きだー!」

「抱きつくのは許可してない!」


 ジミーが両手を広げて抱擁を求めると、マデリーンはさっとかわした。

 その勢いでジミーはべしゃりと床に転んだが、むくりと起き上がるとだらしない笑みを浮かべた。


「愛しているよ、マデリーン」

「その格好で言われてもね」


 マデリーンは呆れ顔で腕を組み、笑みを浮かべた。

 カルベスとミアは目を丸くして、お互いに顔を見合わせると、にっこり微笑んだ。



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