34、あなたって、本当に不思議だわ
マデリーンは眠れない夜を過ごし、朝を迎えた。
頭が混乱し、怒りとも焦りともつかない複雑な感情に支配され、朝食はほとんど口にしなかった。
ジミーは震える彼女のとなりで肩を抱き、そっと慰めている。
しかしマデリーンの心はどこか遠くへあった。
「大丈夫かい? マデリーン。寒いなら何か羽織るものを……」
「うるさい黙って」
ジミーは口を閉ざす。
マデリーンはぶつぶつと胸の内を吐露する。
「伯爵に叩かれたのよ。やっぱり野蛮な人だという噂は本当だったんだわ」
ジミーは無言で彼女を横目で見つめている。
「あの伯爵の姪もおかしいわよ。きっとあたしのことを恨んでいるから、あんなことしてみんなの同情を引いて……」
「マデリーン、落ち着いて」
「落ち着けないわよ! あたしはちょっといたずらしただけなのよ。みんなしてこんなに責め立てるなんて、大袈裟なのよ……だってあたし」
「マデリーン、君は反省していないの?」
ジミーが真顔で問いかける。
マデリーンは驚き、すぐそばにいるジミーの顔を凝視した。
「な、何よ……だって」
「君は伯爵に叩かれただけじゃわからないのかな?」
「あなた、何なの? 偉そうなんだけど」
「偉そうにしていないよ。君に悪いことは悪いと言っているだけだ」
「何なのよ。いつもあたしの言うこと聞くくせに、どうして今日は……」
「ああ、僕は君のどんな我儘だって許してきた。僕に対する八つ当たりなら可愛いものだと許容している。だが、他人を傷つけることは絶対にだめだ」
真顔でやや強い口調で話すジミーに、マデリーンは驚いて固まった。
ジミーは落ち着いた声に戻り、冷静に続ける。
「ちゃんとアランドール夫人に謝罪しよう。君にその気がなくても、一歩間違えたら夫人は死んでいたんだ。君のしたことは簡単に許されることじゃない。むしろ、伯爵が頬を叩くだけで済ませてくれたのが奇跡だよ」
マデリーンの目からぶわっと涙が溢れた。
顔をくしゃくしゃにして泣きながら、ジミーの肩をぽんぽん叩く。
「何よぉ……どうしてジミーまであたしを責めるのよお」
「責めているんじゃない。君に理解してほしいだけだ。いや、君はもうわかっているだろう?」
ジミーはマデリーンの肩をそっと掴み、まっすぐ見つめて告げる。
「君は倒れた夫人を見て震えていた。あれは怖かったんじゃないかい?」
マデリーンは泣きじゃくりながら震え声で答える。
「ええ、とても……怖かったわ……奥様が、死んでしまったらどうしようって……」
「そうだよ。君に明確な殺意はなかった。だけど、いたずらにしては度が過ぎていた。アランドール夫人に謝罪に行こう。僕も一緒に行くから」
ぐずぐず泣きじゃくりながら頷くマデリーンの頭を、ジミーは優しく撫でる。
その後、ふたりはミアとカルベスの部屋を訪れ、見舞いの品を手に、心をこめて謝罪した。
「このたびは、貴殿の奥様に大変なことをしてしまい、申し訳ありません。賠償でも何でも請求してください。僕が責任を持って支払います」
ジミーがそう言って深々と頭を下げると同時に、となりに立つマデリーンも同じように頭を下げた。
「ごめんなさい……こんなことになるなんて、思わなかったんです……謝って許してもらえるとは思っていません。あたしも精一杯償います」
カルベスとミアは驚いて顔を見合わせる。
マデリーンは頭を上げると、ミアに向かって言った。
「本当にごめんなさい。二度としません。これからはカルベスと連絡も取りません。今まで本当にごめんなさい」
するとミアは笑顔で答えた。
「いいですよ。私も害があるとわかっててお茶をすべて飲み干したのですから」
「えっ!?」
ジミーとマデリーンは驚いて目を見開く。
ミアはにっこり微笑んで続けた。
「だから、マデリーン様がすべてを背負う必要はありません。私も自業自得ですので」
マデリーンは狼狽えながら、ミアに訊ねる。
「わ、わかってたって……あなた、どうして吐き出さなかったの?」
「うーん、せっかくのお茶会の席を汚したくなかったのです」
「そんな……自分の身の危険がわかっていて、あの場の雰囲気を優先するなんて」
「だって、お茶会に誘っていただけるなんてひさしぶりで、とっても嬉しかったんですもの」
弾けるような笑顔のミアに、マデリーンは涙ぐみながら震えた。
しばらく黙って俯き、それからふたたび顔を上げた彼女は、わずかに笑みを浮かべて言った。
「あなたって、本当に不思議だわ」
「はい、よく言われます。気を悪くされたらごめんなさいね」
「ううん。むしろ、すごく心が軽くなったわ。気遣いが上手なのね」
「まあ、褒めてくださったのですか? 嬉しいですわ」
手を叩いて喜ぶミアを見て、マデリーンはふっと笑いを洩らした。
「ずっと、あなたのその態度が計算され尽くしたものだと思っていたの。だから、余計に腹が立ってしまって、あたしの勘違いだったのね」
「すみません、マデリーン様。勘違いをさせてしまった私の責任ですわ。周囲からよく言われますもの。あなたって人の気持ちがわからないのねって。自分でも困ったものだと思いますわ」
「ふっ……本当にね。でも、裏表がないという意味では、あなたは信頼できるわ」
「ありがとうございます!」
ミアはぱっと明るい笑顔で声を上げた。
マデリーンもつられてふっと笑い、今度はカルベスに目を向けた。
「ねえ、カルベス。あなたが奥様に惹かれる理由がわかったわ。悔しいけど、本当に素敵な奥様ね」
「ありがとう、マデリーン。そう言ってくれて嬉しいよ」
マデリーンは唇をぎゅっと結び、笑みを浮かべたまま頷いた。
カルベスはジミーに向かって穏やかに告げる。
「せっかくの申し出ですが、賠償は必要ありません。妻の言う通り、こちらに一切非がないとは言い切れないので。和解という形でよろしいですか?」
「ありがとうございます。そうしていただけると幸いです」
「これからもよろしくお願いします」
カルベスが手を差し出すと、ジミーはその手を取り、ふたりはしっかりと握手を交わした。
ミアはマデリーンに満面の笑みを向ける。
「マデリーン様、また今後ぜひ、お茶会に誘ってくださいね」
「ええ。そのときはとびきり美味しいデザートを用意するわ」
「まあ、嬉しいですわ」
「でも、あなたにひとつだけ言いたいことがあるの」
「はい、何でしょう?」
目を丸くするミアに、マデリーンがこっそり耳打ちする。
「あなたの叔母様はやっぱり怖い人だわ」
「まあ、怖がらせてしまってすみません。でも実は、伯母様は猛獣のように見えて中身はウサギさんですから、可愛いんですよ」
「え? あれのどこがウサギなのよ? 怖いウサギがいたものね」
「よく言われます」
けろりとそんなことを言うミアに、マデリーンは眉をひそめる。
すると、カルベスは笑いを堪えながら口を挟んだ。
「俺も同じことを思ったよ、マデリーン。君の意見は間違っていないかもね」
「そうでしょ。ウサギじゃなくて狼だわ」
「いや、あれはドラゴンだよ」
するとミアがあっけらかんと言い放つ。
「わかりました。おふたりの意見を伯母様に伝えておきますわ」
「絶対やめて!!」
カルベスとマデリーンが声を上げたのはほぼ同時だった。
「あ、そうでした。もう一つ」
ミアがふと思い出したように話題を切り替える。
「ジミー様、マデリーン様。ご結婚おめでとうございます。お似合いのおふたりですわ」
その言葉に、ジミーとマデリーンは思わず目を合わせて、お互いの顔を見つめた。
ジミーはへらっと笑みを浮かべ、マデリーンは少し照れくさそうに視線をそらす。
しばらくの沈黙のあと、ジミーが小さな声で問いかけた。
「あれ? いつもなら即刻否定されるのに、今日は何も言わないんだね」
「何よ。否定されたいの?」
「いやいや、とんでもない! え? てことは、マデリーンは僕と結婚してくれるの?」
ジミーが驚きの声を上げると、マデリーンは半眼で見つめながらため息をついた。
「今さら何よ。結婚は決まっているんだから拒否できないでしょ」
「マデリーン! 大好きだー!」
「抱きつくのは許可してない!」
ジミーが両手を広げて抱擁を求めると、マデリーンはさっとかわした。
その勢いでジミーはべしゃりと床に転んだが、むくりと起き上がるとだらしない笑みを浮かべた。
「愛しているよ、マデリーン」
「その格好で言われてもね」
マデリーンは呆れ顔で腕を組み、笑みを浮かべた。
カルベスとミアは目を丸くして、お互いに顔を見合わせると、にっこり微笑んだ。




