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【連載版】旦那様には想い人がいるようなので、私は好きにさせていただきます!  作者: 水川サキ


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32、妻を傷つけるのは許さない

 ミアの参加しているお茶会で倒れた者がいる。

 その頃カルベスは、若い貴族令息たちが集う社交の場に顔を出していた。

 酒を酌み交わしながら、事業の動向や昨今の情勢について意見を交わし、和やかに語り合う。

 そんな中、ふいに令嬢たちの茶会で倒れた者がいるという報せが届いた。


「アランドール侯爵夫人です」


 その名を聞いた瞬間、カルベスの顔色が変わった。

 飛び上がるように席を立ち、すぐさまミアのいる茶会の部屋へ向かう。

 駆けつけたときにはすでに医師がおり、ミアは薬湯を飲まされるなどの応急処置を受けていた。


「ミア、どうしてこんな……!」

「服毒の症状が現れています」

「毒だって?」

「カップの端に薬物が塗られている痕跡があります」


 カップを手にして説明する医師に、カルベスが驚愕する。


「処置が間に合いましたので、命に別状はないかと」


 カルベスはわずかに安堵のため息をつく。

 そして彼は険しい表情になり、低い声で洩らす。


「それにしても……いったい誰が?」


 カルベスが顔を上げると、その視線の先にいる数人の令嬢たちがびくりと震えた。

 誰もが目をそらし、おずおずとしている。

 それを見たカルベスは怒りの表情を浮かべ、彼女たちに詰め寄った。


「俺の妻に毒を飲ませたのは君たちか?」


 すると令嬢たちは慌てて否定した。


「私はそんなことしておりませんわ」

「私もよ。そんな恐ろしいことはできませんわ」

「私は神に誓って絶対にしておりませんわ」


 カルベスは令嬢たちを睨みつけながら声を荒らげる。


「君たちでないなら、いったい誰がこんなことをできるんだ? 侍女がやったとでも言いたいのか?」


 するとひとりの侍女が震え声を張り上げた。


「わ、私は見ました! お嬢様方が皆様揃って侯爵夫人のカップに何かしていらっしゃるのを!」


 カルベスがふたたび令嬢たちをじろりと睨みつけると、彼女たちは急に言い訳じみた返答をした。


「私はこんな悪戯はよくないと思いましたわ」

「私もよ。いくら夫人が嫌いだからって、これはやりすぎだと思いましたもの」

「私たちは手を下していませんわ。マデリーン様がどうしてもと言って、私たちは拒絶できませんでしたの」


 あっさりと責任を押しつけられ、マデリーンの顔が紅潮する。


「何よ! あんたたちだって面白がってたじゃない。この女がお茶を吹いてドレスが台無しになるところを見たいって。この女が慌てているところと見たいって言ったでしょ」

「で、でも……塗り薬を入れるのはどうかしらって思ったわ」


 その一言にカルベスの表情が凍りつく。


「塗り薬だって? そんなものをミアに飲ませたのか!」


 マデリーンは唇をぎゅっと噛み、カルベスに向かって訴える。


「すぐに吐き出すと思ったのよ。まさか、全部飲んでしまうなんて思わないもの」

「マデリーン!」


 空気を裂くような鋭い声が響く。

 カルベスの顔には激しい怒りが滲んでいる。

 狼狽えるマデリーンに、カルベスは強い口調で言い放つ。


「恨むなら俺を恨めばいい。だが、妻を傷つけるのは許さない」

「どうして……どうしてこの女の肩を持つのよ。カルベスはそんな人ではなかったでしょ? ずっとあたしを見てくれていたじゃないの」

「それとこれとは別だ。君がどう言おうと俺の妻に毒を盛ったことは事実だ」

「お、大袈裟なのよ……ただの塗り薬でしょ」

「塗り薬によっては服用すると死に至るほどの強い作用もあるんだぞ。もしミアが目を覚まさなかったら、俺は一生君を許さない」

「あ、あたしは悪くない……生意気なこの女がすべて悪いのよ!」


 マデリーンが声高に叫んだ瞬間、突如バタンッと盛大に扉が開いた。

 現れたのはマーサだ。

 彼女は険しい表情でずかずかと部屋へ入ってくると、マデリーンの前に立ち、鋭い目つきで射貫くように見つめた。


「私の姪を毒殺しようとしたのはお前か?」

「えっ……う……だって」


 マーサの威圧感に怯えたマデリーンは狼狽えながら後ずさりする。

 次の瞬間、マーサが手を振り上げてマデリーンを平手打ちした。


 パーンッと室内に痛々しい音が響きわたる。

 その勢いがあまりに激しく、カルベスは目を瞠り、令嬢たちは震え上がり、マデリーンは床に叩きつけられた。

 マーサは目を見開いてマデリーンを凝視したまま、強い口調で言い放つ。


「二度とないぞ。次にまた私の姪に何かしたら、お前の家門を潰すつもりで報復する」


 マデリーンは恐怖に震え、ただぼろぼろと涙を流した。

 マーサは令嬢たちにも警告する。


「今後、私の姪を陥れようとする者は一切の躊躇もなく報復するからな。覚えておくがよい」


 令嬢たちは震え上がり、中には泣き出す者もいた。

 マデリーンは泣きじゃくりながら、侍女に連れられて部屋をあとにする。

 カルベスは、ぴくりともせず眠るミアをじっと見つめる。

 そして、まるで壊れ物に触れるようにそっと、ミアの手を握りしめた。


 ◇


 ミアは宿泊している部屋へ運ばれ、そのままベッドで眠り続けていた。

 カルベスは、そばに立つマーサへ深く頭を下げる。


「こんなことになってしまい、本当に申し訳ありませんでした」

「なぜ貴殿が謝る必要がある?」

「ミアを守れなかったこと、夫としての責任を果たせず反省しています」

「ふんっ」


 マーサは腕を組み、視線を遠くへやった。

 そして、感情を抑えた冷静な声で告げる。


「今回の件は貴殿に責任はない。ミアはわかっていてあの茶を飲んだのだ」

「え? それは、どういうことですか?」


 マーサは眠るミアを見つめると、わずかに呆れた表情でため息をつく。


「この子は薬の味の違いも明確にわかる。あの茶に含まれた薬物に害があることも理解しているだろう」

「それならなぜ、茶をぜんぶ飲んでしまったんですか?」

「侯爵家の体裁を保つためさ」


 射貫くような視線を向けられ、カルベスの体が強張る。


「おそらくスミス家のあの娘は、茶を飲んだミアが吐き出して全員の前で恥をかくところを見たかったのだろう。だが、ミアは自身の役割を忠実に果たすために耐えたのだ。以前にも似たようなことがあった。この子は私や貴殿のためならば、自身を犠牲にすることを厭わない」

「そんなっ……」

「王都から離れれば大丈夫だろうと思ったが、この子の本質は変わらないのだな」


 どこか諦めを含んだ声だった。

 重い静寂のあと、カルベスが静かに口を開く。


「伯爵が、王宮で何度も暗殺されそうになった話を、父から聞きました。だから、ミアは遠く離れた侯爵領に嫁いできたのだと」

「あの男め、余計なことを……」

「ミアは今後、何があっても俺が一生守ります。今回のようなことは二度と起こらないようにしますから」


 カルベスはふたたび深く頭を下げた。

 マーサはそれに対して返答せず、くるりと踵を返し、扉へ向かってゆっくりと歩いた。

 やがて立ち止まり、わずかに顔だけ傾けて、カルベスに言った。


「ミアの目が覚めたら伝えてくれるか? 不味いものを口にしたら吐き出すように。私よりも貴殿の言葉のほうがあの子は聞く耳を持つだろうからな」

「はい、必ず」


 カルベスが強い口調で返答すると、マーサはわずかに口角を上げ、そのまま部屋をあとにした。



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