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【連載版】旦那様には想い人がいるようなので、私は好きにさせていただきます!  作者: 水川サキ


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3、なぜ気になってしまうのだろう

 その夜、カルベスはミアの部屋を訪れた。

 当然寝るときは別室だが、なぜか足がそこへ向いた。


(な、何をやっているのだろう。俺は)


 扉をノックすると、閨のドレス姿でミアが出てきた。


「あら、旦那様。何かご用ですか?」


 まるで他人のような言い方に、カルベスは少々傷ついた。


「寝る前の挨拶を……」

「まあ、旦那様は丁寧な方なんですね。ありがとうございます」

「ああ、礼儀かなと思い……」

「では、おやすみなさいませ」

「え? ああ。おやすみ……」


 ぱたんと扉が閉まった。

 カルベスの心はなぜか凍りついたように冷えていた。


(自業自得だ。妻がこのような態度を取るのは)


 カルベスは肩を落としてミアの部屋から立ち去った。

 その夜、彼はほとんど眠れなかった。



 カルベスにとって、ミアの印象は出会う前からあまりよくなかった。

 彼女の伯母は、社交界で“最恐”と呼ばれるユーベルト伯爵。

 複数の貴族を手玉に取り、社交界では彼女に睨まれたら悪夢を見ると言われるほどの人物だ。

 その姪だと聞いたとき、カルベスの脳裏に浮かんだのは、傲慢で我儘でやりたい放題の女性という印象だった。


 たしかに、実際にミアはやりたい放題している。

 しかし、彼女は誰にも迷惑をかけていない。

 それどころか、周囲は笑顔になり、彼女自身も楽しそうに過ごしている。

 病に伏せっていた父は起き上がって元気になるほどだ。


(悪い人ではないのだろう)


 カルベスは執務室にいるあいだ、頻繁に庭園を眺めた。

 そわそわして落ち着かないのだ。

 ミアが自身の花壇の手入れをしている姿を目にすると、その光景に目が釘付けになった。


(お、落ち着け。なぜこうも気になっている。俺にはマデリーンという恋人がいるというのに)


 カルベスは胸中で呟きながら、執務机の引き出しを開けた。

 そこには丁寧に束ねられた手紙が入っている。


 手紙を取り出すと、薔薇の香りがほのかに漂った。


 ♡ ♡ ♡


 愛するカルベスへ

 早くお会いしたいわ

 あなたの瞳を思い出すたびに、胸が締めつけられるの


 ♡ ♡ ♡



 読み慣れた文面だ。

 それなのに、今はなぜか胸の奥に響かない。


 マデリーンとは16歳のときにパーティで出会った。

 会場の空気に疲れて気分転換に夜の庭園を歩いていたら、地面に蹲っているマデリーンを見かけて声をかけた。

 彼女は足を痛めて動けないと言い、泣いていた。

 そのときにカルベスはハンカチを渡し、彼女を慰めたのだった。


 カルベスはマデリーンの涙に心を掴まれてしまった。

 その後、彼女の熱烈な愛の告白で恋仲となったのだ。

 しかし出会った日から一度もマデリーンと会っていない。

 領地が離れているせいもあるが、彼女の父が厳格なこともあり、カルベスが会いに行こうとしても拒絶された。

 マデリーンとはずっと文のやりとりをしている。


 周囲に反対されると、恋はさらに燃え上がるというもので、カルベスもマデリーンに会えないことで気持ちがより一層強くなってしまった。


 ミアとの結婚が決まったとき、さすがに彼女と別れなければならないと思った。

 しかし、彼女は別れたくないと長文の手紙を送ってきたのだ。

 そこには涙が滲んだ痕があり、カルベスはそれを見て胸が締めつけられたものだった。


『奥様を本妻に、私を愛人にしてちょうだい』


 マデリーンはそんなことを提案してきた。

 たしかに貴族には愛妾を持つ者もいる。

 まさか自分がそうなるとは思わなかった。


 しかし、この提案をなんとミアも了承したというのだから驚愕を通り越して唖然とした。

 それでも、心の中では恋人と別れたくない気持ちがあったため、この条件を受け入れたのだった。


(納得の上の結婚だったはずだ。それなのに、なぜこうも心が落ち着かないのだろう)


 カルベスはそっと手紙をしまい、指先でこめかみを押さえた。

 窓の外から笑い声が聞こえてくる。

 ミアが庭師や使用人たちと楽しげに会話をしているようだ。


 仕事をしなければならない。

 しかしどうしても冷静になれず、何度も窓の外を見下ろしてしまう。

 どうしても落ち着かないので、ついに彼は執務室を出て庭園へ向かった。


 ミアは自身が与えられたスペースに苗を植えているところだった。

 彼女は白いシャツに簡素なスラックス姿で、長い髪は一つにまとめてリボンで縛っている。


 カルベスは思いきって声をかけてみた。


「何を植えているんだ?」

「あら、旦那様。トマトですわ。サラダにしたりパスタにしたりスープにしたりできますの」

「それは、市場で買うものではないのか?」

「自分で育てると愛着がわくものですよ。それに、美味しさもぐんと増しますから」


 ミアは土を整えながら明るく話す。

 カルベスはごく自然にミアのとなりにしゃがみ込み、植えられた苗を見つめた。


「これがトマトになるのか?」

「ええ、そうです。つやつやの赤い実ができるんですよ。楽しみですね」

「君は以前にもこんなことをしていたのか?」

「はい。私は8歳まで平民として育ちましたから。自給自足に慣れて……」

「ええっ!?」


 驚いて目を丸くするカルベスに、ミアは思いきり顔を向けて真顔で告げた。


「伯母様に口止めされていたのを忘れていました。今のは聞かなかったことにしてください」

「あ、ああ……しかし」

「さて、畑仕事はこれくらいにして、今日はリリーとブリオッシュを焼く約束ですの」


 ミアは立ち上がり、シャベルや鋏を手に持つと、くるりと背中を向けた。

 それから、少し振り返って明るく告げる。


「大丈夫ですよ、旦那様。きちんと令嬢教育も受けておりますので、社交の場ではきちんと対応いたします。それでは!」


 ミアはふわっとまとめた髪を揺らし、颯爽と立ち去っていった。


(なんというか、いろんな面で強い人だな)


 遠ざかっていくミアの後ろ姿を見つめながら、カルベスはひとり微笑んだ。

 そして、すぐに肩を落とす。


(それに比べて、俺は何をやっているのだろう。せめて仕事はしっかりこなさねば)


 午前中ずっとミアのことが気になり、仕事に集中できなかったカルベスは、午後から執務に没頭した。

 まるで、彼女に触発されたかのように。



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