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第八章 現代パート「倭国王帥升の孤独な外交」

紫苑は、志賀島から海の中道を戻り、玄界灘の海岸線を東へ走る。

追体験した宗像の巫女・月代の行動は、彼に鮮烈な印象を残していた。

卑弥呼の時代の約150年前、私的な利権を貪る「漢委奴国王」の王権を、武力ではなく知恵と理念で打ち破り、歴史からその名を封印した。それは、卑弥呼の時代へと続く、盟約の理念が試された最初の戦いだった。

────────────────────

【紫苑様。志賀島の霊的な揺らぎが収束しつつあります。月代の強い意志が、空間に刻まれた「私欲のエネルギー」を完全に鎮静化させたようです】


イオナの声はナビゲーションの音声に溶け込み、博多湾の静かな水面のように澄んでいる。


「月代は、歴史を編集した。後世の王権に、利権を追求する毒を混ぜさせないために、あえて記録を『古文書のサブストーリー』に格下げした」


紫苑はハンドルを握りながら、次のテーマを頭の中で反芻する。

「しかし、その50年後に現れたのが、『倭国王帥升すいしょう』だ。紀元107年。『後漢書』に記された、生口(奴隷)160人を献上し、安帝に拝謁を求めた王」

====================

倭国王帥升について(読者向け解説)

帥升(すいしょう、生没年不詳)は、弥生時代中期・後期の倭国(まだ統一国家ではないクニの一つ)の有力な王と推測される。西暦107年に後漢に朝貢した人物として知られており、日本史上、外国史書に初めて名を残した日本人、かつ名前が記録に残る最古の歴史上人物である。

『後漢書』の記述からは、この倭国の所在地は明確でないが、九州の可能性が高いとされている。また、「帥升」が姓名なのか職名なのかもはっきりしておらず、西暦57年に金印を授けられた「漢委奴国王」との関係も不明である。

====================

【『漢委奴国王』の利権ベースの王権が宗像によって排除された後も、倭国大乱(二世紀後半)に至るまで、倭国は一枚岩ではなかった。その混乱期に、帥升は再び大陸との接触を試みました】


「生口の献上……」

紫苑は眉をひそめた。外交の儀礼としては最悪の形だ。


「金印の王は、漢の権威という『光』を利用して私腹を肥やそうとした。帥升は、倭国という共同体を護るために、再び大陸との公的な外交が必要だと考えたのではないか?しかし、宗像が封印した『古文書の知識(盟約の真の理念)』を欠いていたために、手段を誤った」


イオナの分析は、紫苑の思考を裏打ちする。

【その通りです。盟約の理念は、『クニの利益を分かち合い、共同体の平和を護る』という絶対的な枠組みです。しかし、帥升の時代には、その理念が失われ、外交の目的だけが裸で残った。彼に残された外交手段は、相手の意向を汲み、国力を削る『生口の献上』という屈辱的なものだった】


「金印の王の私的な利権追求も、帥升の屈辱的な外交も、全ては卑弥呼が国を統一する前の、盟約の理念が『霧』の中に失われていた時代の、悲しい残滓ざんしだ」

────────────────────

紫苑は、カーナビの目的地を南九州へと設定した。

「イオナ。我々の旅は、比瑪の物語で完結した。しかし、彼女があえて歴史の表舞台から消した、この『盟約の光輪』の物語の終着点を見る必要がある」


【霧島へ向かわれるのですね】


「ああ。卑弥呼と台与が、倭国大乱を終わらせ、倭国の理念を復活させた場所。我々が最初に邪馬台国の面影を見た、あの霧島デルタだ。私欲にまみれた王権や、孤独な外交の失敗は、すべてあの場所で生まれた『盟約の光』が失われた結果だろう。最後に、その『光の源流』をもう一度見届けたい」

────────────────────

車は、九州自動車道を南へひた走り、やがて視界に壮大な霧島の山々が現れた。

雄大な稜線は、『霧の記憶』の旅で紫苑が初めて霊威を感じた場所であり、卑弥呼が霊威を振るい、台与が王位を継いだ場所。


紫苑は車を降り、遠く霧島連山を望む。その山々は、彼らの物語の始まりから終わりまで、ずっと倭国を見守り続けていた神々の砦のように見えた。

「この山々の麓で、すべてが始まった。霊威が国を一つにした。そして、その霊威が失われた後に、知恵と武力が、盟約という名の光輪を作った」

────────────────────

紫苑は、霧島を後にし、再び北上する。最後の目的地は、海人族の巫女・月代が、金印の王を打ち破った場所でもあり、和真、比古、沙羅、比瑪が盟約の理念を護り抜いた宗像の海岸だった。


紫苑はしばらく海を眺めていた。

玄界灘の波は容赦なく打ち寄せ、砕け、また寄せては返す。その反復の中に、倭国という共同体が歩んできた千年の営みが、静かに折りたたまれているように思えた。


イオナがそっと問いかける。


【紫苑様。あなたは、倭国の『盟約』がどこで終わり、どこで始まったと思われますか?】


紫苑は答えず、砂浜から一つ小石を拾い上げた。

掌の中のそれは、潮に削られ、角を失い、それでもなお形を残していた。


「――終わりなんて、きっと誰も分からない。

卑弥呼の霧も、比古と沙羅の空白も、比瑪の光輪も。

誰かが語り継いできたから、“続いているように見える”だけだ」


彼は海へ向かって、小石をそっと投げた。

放物線を描いた小さな影は、さざ波の中に吸い込まれるように消えた。


「記録は失われる。理念も変わる。霊威すら薄れる。

だけど――それでもなお、彼らが託した願いは、

千年をかけて、他の誰かの心に沈殿していくんだ」


イオナの輪郭が、微かに揺れた。


【では紫苑様。あなたは、何を継がれるのですか?】


紫苑は海を向いたまま、ゆっくり目を細めた。


「決めつけるつもりはないよ。

ただ、彼らの物語が“終わり”じゃないことだけは分かる。

僕たちは“読む”側じゃなくて、“つなぐ”側なのかもしれない」


風が吹いた。

潮の香りが強くなり、海面の光がわずかに揺らぐ。


紫苑はその場に立ち続け、

三つの物語が重なり合って生み出した透明な光の気配を、胸の奥で受け止めた。


「盟約の光輪は……きっとまだどこかで、僕らの知らない誰かの心を照らしてる。

だから僕も、その一端を静かに受け取って、次の誰かに手渡していくよ。

名前なんて要らない。称号も、役割もいらない。

ただ、願いの軌跡を……細くてもいいから繋げていく」


イオナが穏やかに応じる。


【はい。紫苑様。それが“物語を生きる”ということです】


紫苑は最後にもう一度、海を見つめた。

遠く、波の白さが光に溶けていく。

霧でも、霊威でも、理念でもない――もっと素朴で、もっと静かな“人の祈りの残光”が、そこに漂っている気がした。


彼は静かに歩き出した。

足跡はすぐに波に消されたが、その消失を、紫苑は決して悲しいとは思わなかった。


(物語は続く。形を変え、人を変え、時代さえ変えて)


そう心で呟きながら、紫苑は宗像の海から視線を上げて、

新しい日差しの中へゆっくりと歩みを進めた。


紫苑は、志賀島から海の中道を戻り、玄界灘の海岸線を東へ走る。

追体験した宗像の巫女・月代の行動は、彼に鮮烈な印象を残していた。

卑弥呼の時代の約150年前、私的な利権を貪る「漢委奴国王」の王権を、武力ではなく知恵と理念で打ち破り、歴史からその名を封印した。それは、卑弥呼の時代へと続く、盟約の理念が試された最初の戦いだった。

────────────────────

【紫苑様。志賀島の霊的な揺らぎが収束しつつあります。月代の強い意志が、空間に刻まれた「私欲のエネルギー」を完全に鎮静化させたようです】


イオナの声はナビゲーションの音声に溶け込み、博多湾の静かな水面のように澄んでいる。


「月代は、歴史を編集した。後世の王権に、利権を追求する毒を混ぜさせないために、あえて記録を『古文書のサブストーリー』に格下げした」


紫苑はハンドルを握りながら、次のテーマを頭の中で反芻する。

「しかし、その50年後に現れたのが、『倭国王帥升すいしょう』だ。紀元107年。『後漢書』に記された、生口(奴隷)160人を献上し、安帝に拝謁を求めた王」

====================

倭国王帥升について(読者向け解説)

帥升(すいしょう、生没年不詳)は、弥生時代中期・後期の倭国(まだ統一国家ではないクニの一つ)の有力な王と推測される。西暦107年に後漢に朝貢した人物として知られており、日本史上、外国史書に初めて名を残した日本人、かつ名前が記録に残る最古の歴史上人物である。

『後漢書』の記述からは、この倭国の所在地は明確でないが、九州の可能性が高いとされている。また、「帥升」が姓名なのか職名なのかもはっきりしておらず、西暦57年に金印を授けられた「漢委奴国王」との関係も不明である。

====================

【『漢委奴国王』の利権ベースの王権が宗像によって排除された後も、倭国大乱(二世紀後半)に至るまで、倭国は一枚岩ではなかった。その混乱期に、帥升は再び大陸との接触を試みました】


「生口の献上……」

紫苑は眉をひそめた。外交の儀礼としては最悪の形だ。


「金印の王は、漢の権威という『光』を利用して私腹を肥やそうとした。帥升は、倭国という共同体を護るために、再び大陸との公的な外交が必要だと考えたのではないか?しかし、宗像が封印した『古文書の知識(盟約の真の理念)』を欠いていたために、手段を誤った」


イオナの分析は、紫苑の思考を裏打ちする。

【その通りです。盟約の理念は、『クニの利益を分かち合い、共同体の平和を護る』という絶対的な枠組みです。しかし、帥升の時代には、その理念が失われ、外交の目的だけが裸で残った。彼に残された外交手段は、相手の意向を汲み、国力を削る『生口の献上』という屈辱的なものだった】


「金印の王の私的な利権追求も、帥升の屈辱的な外交も、全ては卑弥呼が国を統一する前の、盟約の理念が『霧』の中に失われていた時代の、悲しい残滓ざんしだ」

────────────────────

紫苑は、カーナビの目的地を南九州へと設定した。

「イオナ。我々の旅は、比瑪の物語で完結した。しかし、彼女があえて歴史の表舞台から消した、この『盟約の光輪』の物語の終着点を見る必要がある」


【霧島へ向かわれるのですね】


「ああ。卑弥呼と台与が、倭国大乱を終わらせ、倭国の理念を復活させた場所。我々が最初に邪馬台国の面影を見た、あの霧島デルタだ。私欲にまみれた王権や、孤独な外交の失敗は、すべてあの場所で生まれた『盟約の光』が失われた結果だろう。最後に、その『光の源流』をもう一度見届けたい」

────────────────────

車は、九州自動車道を南へひた走り、やがて視界に壮大な霧島の山々が現れた。

雄大な稜線は、『霧の記憶』の旅で紫苑が初めて霊威を感じた場所であり、卑弥呼が霊威を振るい、台与が王位を継いだ場所。


紫苑は車を降り、遠く霧島連山を望む。その山々は、彼らの物語の始まりから終わりまで、ずっと倭国を見守り続けていた神々の砦のように見えた。

「この山々の麓で、すべてが始まった。霊威が国を一つにした。そして、その霊威が失われた後に、知恵と武力が、盟約という名の光輪を作った」

────────────────────

紫苑は、霧島を後にし、再び北上する。最後の目的地は、海人族の巫女・月代が、金印の王を打ち破った場所でもあり、和真、比古、沙羅、比瑪が盟約の理念を護り抜いた宗像の海岸だった。


紫苑はしばらく海を眺めていた。

玄界灘の波は容赦なく打ち寄せ、砕け、また寄せては返す。その反復の中に、倭国という共同体が歩んできた千年の営みが、静かに折りたたまれているように思えた。


イオナがそっと問いかける。


【紫苑様。あなたは、倭国の『盟約』がどこで終わり、どこで始まったと思われますか?】


紫苑は答えず、砂浜から一つ小石を拾い上げた。

掌の中のそれは、潮に削られ、角を失い、それでもなお形を残していた。


「――終わりなんて、きっと誰も分からない。

卑弥呼の霧も、比古と沙羅の空白も、比瑪の光輪も。

誰かが語り継いできたから、“続いているように見える”だけだ」


彼は海へ向かって、小石をそっと投げた。

放物線を描いた小さな影は、さざ波の中に吸い込まれるように消えた。


「記録は失われる。理念も変わる。霊威すら薄れる。

だけど――それでもなお、彼らが託した願いは、

千年をかけて、他の誰かの心に沈殿していくんだ」


イオナの輪郭が、微かに揺れた。


【では紫苑様。あなたは、何を継がれるのですか?】


紫苑は海を向いたまま、ゆっくり目を細めた。


「決めつけるつもりはないよ。

ただ、彼らの物語が“終わり”じゃないことだけは分かる。

僕たちは“読む”側じゃなくて、“つなぐ”側なのかもしれない」


風が吹いた。

潮の香りが強くなり、海面の光がわずかに揺らぐ。


紫苑はその場に立ち続け、

三つの物語が重なり合って生み出した透明な光の気配を、胸の奥で受け止めた。


「盟約の光輪は……きっとまだどこかで、僕らの知らない誰かの心を照らしてる。

だから僕も、その一端を静かに受け取って、次の誰かに手渡していくよ。

名前なんて要らない。称号も、役割もいらない。

ただ、願いの軌跡を……細くてもいいから繋げていく」


イオナが穏やかに応じる。


【はい。紫苑様。それが“物語を生きる”ということです】


紫苑は最後にもう一度、海を見つめた。

遠く、波の白さが光に溶けていく。

霧でも、霊威でも、理念でもない――もっと素朴で、もっと静かな“人の祈りの残光”が、そこに漂っている気がした。


彼は静かに歩き出した。

足跡はすぐに波に消されたが、その消失を、紫苑は決して悲しいとは思わなかった。


(物語は続く。形を変え、人を変え、時代さえ変えて)


そう心で呟きながら、紫苑は宗像の海から視線を上げて、

新しい日差しの中へゆっくりと歩みを進めた。


邪馬台国異聞Ⅲ~盟約の光輪~現代パート 完

邪馬台国異聞シリーズ(霧の記憶、空白の系譜、盟約の光輪)の三部作はこれで完結となります。

三部作を通して紫苑が辿ってきた旅は、古代の誰かの足跡を追う道であると同時に、

紫苑自身が「自分という歴史」を取り戻す旅でもありました。


月代、沙耶、卑弥呼、台与、和真、比古、沙羅、比瑪――

彼らが背負った重さや孤独に触れ続ける中で、

紫苑の足取りは、ゆっくりと自分自身の道を描き始めています。


イオナの言葉に何度も救われ、史実の沈黙に何度も立ち止まり、

それでも歩みを止めなかった紫苑の姿に、

この三部作が宿したテーマの答えがあります。


――歴史とは、過去に生きた誰かの物語ではなく、

  今を生きる私たちが引き継いでいく「意志の連続体」である。


物語は、一度幕を下ろします。

けれど、紫苑の探索は終わりません。


読者の皆さまと共に歩んだこの旅の先には、

まだ語られていない世界が、静かに息づいています。

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