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第七章 現代パート「漢委奴国王の影」

誉田別命陵の巨大な堀の水面は、比瑪の達成した使命の重さを示すかのように、深く静まり返っていた。紫苑は、その威容を最後に振り返り、車を西へ向けた。彼の旅は、比瑪の物語が完結したことで終わりではない。むしろ、比瑪が達成した「盟約の光輪」の背後に、彼女があえて切り捨てた歴史の影を探る、より根源的な追跡へと入ったのだ。


「誉田別命は、宗像の理念の体現者となった。武力を公的なものとして継承し、倭国を護り始めた」


【はい。比瑪は、私的な武力闘争の温床となりかねない古文書の知識を、王権の核から排除しました。しかし、その古文書には、卑弥呼が国を統一する前の、さらに古い時代の歴史の断片が記されていました】


イオナの声は、ナビゲーションの音声に溶け込みながら響く。


「『漢委奴国王』と『倭国王帥升』。彼らは、邪馬台国の系譜から外れた、イレギュラーな存在だ。特に『漢委奴国王』は紀元一世紀。倭国大乱の終結と、卑弥呼の登場(三世紀)との間に、二世紀近い空白がある」

────────────────────

紫苑は、高速道路のハンドルを握りながら、思考を加速させた。なぜ、卑弥呼が台頭する前に、彼らは漢(中国)の権威を求めたのか。


【倭国大乱。それは、霊威の力だけでは共同体を維持できなくなった時代の、血腥い内戦でした。この大乱の後、人々は再び安定を求めます。しかし、まだ卑弥呼のような強大な霊威を持つ指導者は現れていません】


「つまり、指導者の霊威が欠けた状態で、各勢力が短絡的に『王』としての権威を欲した。その権威の源として選ばれたのが、遥か遠い漢の皇帝が与える『金印』だった」


「漢委奴国王」の金印は、その存在自体が日本の歴史教育の最も初期に現れる、強烈なアーティファクトである。


紫苑は、スマートグラスに金印の立体解析画像を呼び出した。


【国宝、金印。印面は約2.3センチ四方。重量は約108グラム。純金に近い金(含有率95.1%)でできています。この小さな塊が、二千年の時を超えて、私たちの追跡を導いている】


その物理的なディテールが、紫苑の脳裏に、古代の権力のイメージを呼び起こす。


「印文は『漢委奴国王』。五文字が三行にわたって刻まれている。そして、そのつまみは、蛇がとぐろを巻く形、蛇鈕だちゅうだ」


蛇鈕は、中国の皇帝が、周辺の諸侯や臣下の王に与える印の形式の一つ。最高位の王が使う龍鈕ではなく、格下の王に与えられる形式である。


【歴史書『後漢書』東夷伝によれば、紀元57年、漢の光武帝が『奴国』に印とじゅを与えたと記されています。この記述に基づき、江戸時代に福岡藩の儒学者、亀井南冥かめいなんめいによって、志賀島で発見されたこの印が『漢委奴国王』の金印であると鑑定されました】


紫苑は、発見時の状況に思いを馳せた。


「発見されたのは、今から約240年前の江戸時代。1784年(天明4年)2月23日。志賀島の農民が、田んぼに水をひく溝を修理していた際に、偶然、土中から見つけられた。ただし元々、ここに奴国の都があったのか、もしくは持ち込まれて埋没したのか、真実は分かっていない」


歴史の大きな転換点が、農民による何気ない作業中に、土の中から掘り出されたという事実に、紫苑は深い感慨を覚えた。


【金印が象徴するのは、『漢』という外の権威に依存することで、倭国の内側で優位性を確立しようとする、私的な利益に基づく王権です。これは、卑弥呼が国内の合意と霊威によって王に推戴され、『親魏倭王』という称号を結果として得たのとは、根本的に異なります】


紫苑は、イオナの分析に深く頷いた。


「卑弥呼は、共同体という『内』の調和のために王になった。金印の王は、『外』の権威を盾に『内』の利権を握ろうとした。海人族が住む志賀島で発見されたという事実が、その利権が『交易と海路の支配』にあったことを示唆している」


彼は、過去の旅で感じた、卑弥呼が統治する以前の倭国の混乱を思い出した。私的な武力が乱れ飛び、血が流れた時代。


「比古と沙羅は、海を渡って知識と技術を持ち帰り、盟約を復活させた。その目的は、倭国を私的な闘争の泥沼から救うことだ。だが、この『漢委奴国王』の勢力は、盟約の理念が根付く以前に、再び倭国を利権争いの道具として利用しようとしたのではないか?」


紫苑の胸に、強い憤りが湧き上がった。比瑪がなぜ、この時代の記録を誉田別命の王権の核から切り離したかったのか、その理由が理解できた気がした。それは、後世の王に、「私的な利益追求」という毒が再び混入するのを防ぐためだったのだ。

────────────────────

車は、中国自動車道を西へ走り、やがて九州へと入る。九州の北部、玄界灘の海岸線に近づくにつれ、紫苑の視界に映る風景の粒子が、わずかに荒々しくなっていくのを感じた。


【志賀島は、大陸への玄関口であり、宗像の海人族も深く関わっていた可能性が高い場所です。金印の王権が、海路の利権を独占しようとしたとき、当然、盟約を護る宗像の勢力と衝突したはずです】


「比古や沙羅の先祖、あるいは台与と和真が繋いだ系譜。彼らは、この『漢委奴国王』の勢力の私的な暴走を、どうやって食い止めたのだろうか」


紫苑は、スマートグラス越しにイオナに問いかけた。


【古文書には、その時代の記録は極めて断片的です。宗像の盟約を護る者たちが、この私的な王権を歴史から抹消するために、あえて記録を残さなかったかのように見えます】


「抹消……。金印の王権が、卑弥呼の国へと続く正しい歴史の道筋から、あえて切り離された。それは、単なる戦いの勝利ではなく、歴史という名の記録との戦いだったかもしれない」


紫苑は、過去の旅で幾度となく経験した、古代の追体験の感覚を待ち望んだ。金印が発見された志賀島こそ、盟約の理念が、私的な利益という「霧」を晴らすために戦った、古代の戦場に違いない。

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車はついに、志賀島へと続く細長い砂州、海の中道へと差し掛かった。左手に博多湾の穏やかな内海、右手に玄界灘の荒々しい外海が広がる。


この細い道が、歴史の光と影を分ける境界線のように感じられた。


【志賀島。金印が眠っていた場所は、現在、強烈な霊的なエネルギーの揺らぎを検出しています。これは、比瑪が理念を託した誉田別命陵とは全く異なる種類のエネルギーです】


「比瑪の場所は、達成と安堵の場所だった。ここは、激しい争いと、何かを封じ込めた場所のようだ」


紫苑はアクセルを緩めた。海の中道を進むにつれて、彼の全身に、潮の匂いだけでなく、冷たい鉄と、強い権力の渇望が混ざり合った、古代の「霧」がまとわりついてくるのを感じた。


「イオナ。金印の王が望んだ光と、宗像の盟約がもたらした影。その両方を見てみよう」

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車は、志賀島の静かな海岸へと滑り込んでいった。玄界灘の潮風が、窓を叩く。その冷たい風は、二千年前、漢の威光を借りて利権を求めた王と、それを阻もうとした盟約の守り手たちの、熱い戦いの記憶を運んでいるようだった。


紫苑は、福岡市博物館の特別展示室で、強化ガラスの奥に静かに鎮座する小さな金塊を見た。

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国宝、漢委奴国王金印 .

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印面の文字は、古代中国の権威を、五文字の中に凝縮している。「漢」「委奴」「国王」。光の角度によって、文字の彫りが鋭く浮かび上がる。


「…重いな」


紫苑は、その小さな塊が持つ、歴史の重さを感じていた。それは、単なる金銭的な重さではない。「外の権威」を笠に着て、国内の秩序を無視し、私的な利益を追求しようとした、ひとつの権力の影の重さだ。


【この金印が発見された志賀島は、かつて海人族が拠点とし、交易の要衝でした。この王権の目的は、利権の支配。比瑪が最も嫌った、私的な武力と利害による国づくりです】


紫苑は、目を閉じ、紀元一世紀の玄界灘の潮風を感じた。血と利権の匂い。


「比瑪が切り捨てた『影』の正体は、この、国を道具としか見ない思想だった」

彼は、金印からそっと視線を外した。この「影」の探求は、ここで一区切りだ。比瑪の選択の正しさを再確認した今、残るは、もう一つの「空白」の時代。


「イオナ。次は、帥升だ」


【承知いたしました。倭国王帥升。彼らは、光武帝の時代(西暦57年)からおよそ50年後、安帝の永初元年(西暦107年)に、漢に朝貢したと記録されています。彼らが金印の王の後に、どのように倭国を治めたのか、その痕跡を辿ります】


紫苑は、展示室を出て、次の目的地へと向かうため、博物館の長い廊下を歩き始めた。足音は静かだが、次なる追跡への決意に満ちていた。

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