第五章 古代パート「託された盟約と血の試練」
◆登場人物
誉田別命
倭王旨・比瑪と大和の豪族・仲彦の子。後の応神天皇。
霊威が失われた時代において、宗像の「盟約の理念」と大和の「武力」の二つを、その血と運命の中に受け継いだ唯一無二の継承者。
比瑪が文字という脆い器を捨ててまで彼に刻み込んだ「盟約の真の目的」は、彼を王としてではなく、理念を体現する生きた器として、歴史の表舞台へと押し出すことになる。
~時を超えて~
比瑪は、大和の豪族・仲彦の屋敷の、最も奥まった一室で暮らしていた。
宗像の海岸の開放的な建築とは対照的に、ここは深い山を背に、重く太い木材と土壁で閉ざされた造りだった。光は少なく、静寂は重い。それはまるで、彼女の心を外部の喧騒から隔離するための、静かなる監獄のようだった。
彼女が倭王旨として持つ権威は、長老たちにとって必要なものだったが、彼女の持つ『理念の重荷』は、彼らにとっては厄介なものでしかなかった。比瑪の周りには、仲彦の母や、大伴、物部の血を引く女官たちが、常に張り詰めた監視の目を光らせていた。
長老たちは、比瑪が古文書を譲渡し、海路の支配権を委譲したことで、宗像の盟約は形骸化したと考えていた。彼らは、比瑪が仲彦に子を産み、血筋を大和に繋ぐことさえ果たせば、彼女の政治的な影響力は自然に霧散すると信じていた。
────────────────────
夜半、比瑪は一人、窓の外の月を見つめる。
(父上、母上……私は、彼らに囲い込まれました。しかし、囲い込まれたからこそ、彼らの核に触れることができる)
宗像を失い、古文書を手放した比瑪に残されたものは、百済との盟約の象徴である七支刀の権威と、そして、彼女の内に脈打つ**『盟約の理念』そのものだった。
比瑪にとって、仲彦は夫というよりも、理念を継承する器を作るための政治的な道具であった。仲彦自身、武力に長けた大和の豪族の一員であったが、政治的な駆け引きには疎く、比瑪の持つ国際的な視野と、宗像の血筋が持つ威光を、自分の地位を高めるための道具として利用しているに過ぎなかった。
────────────────────
ある夜、仲彦は酒に酔い、比瑪に問いかけた。
「宗像の姫よ。貴殿は、いつも遠い海を見ている。この大和の地が、貴殿の最後の場所となるのだぞ。なぜ、悔しさを口にせぬ?」
比瑪は静かに茶を注ぎ、答えた。
「仲彦殿。この地は、私にとって最後の場所ではありません。始まりの場所です。宗像の潮は、今、大和の土の下に流れています。悔しさなど、武力で容易く消し飛ぶ感情です。私が護るのは、感情ではなく、倭国という共同体を存続させるという、盟約の旨です」
仲彦は、その言葉に気圧され、それ以上何も言えなかった。彼は、比瑪の持つ『旨』という言葉の重みが、彼自身の血筋や武力よりも、時代を動かす力を持っていることを、無意識のうちに感じ取っていた。
────────────────────
長老たちは、比瑪が静かにしていることに油断していた。
彼らは古文書の解体と、大和中心の神話編纂に着手し、宗像の過去を歴史の闇に葬る作業を始めた。大伴の長老は、比瑪のいる屋敷を訪れ、満足げに言った。
「倭王旨よ。貴殿の血筋は、見事に我が大和の王権に組み込まれた。宗像の海路は、今や我が大和の舟を運ぶ。貴殿の功績は、この国の血の安定に貢献したであろう」
比瑪は、静かに笑みを浮かべた。その笑みは、母・沙羅が異国の言葉を学ぶときに浮かべた、恐ろしいほどの集中を帯びた笑みだった。
「長老様。お忘れなきよう。宗像が護り続けたのは、単なる海路ではありません。百済との盟約です」
比瑪は、百済王からの国書を指した。七支刀と共に届けられたその国書には、高句麗の脅威と、倭国への軍事援助の要請が記されていた。
「高句麗の脅威は、今や百済の都城を脅かし、次の標的は海を越えた我らが倭国です。七支刀は、百済王が倭国に『共に戦おう』と送った宣戦の合図です。古文書は失いましたが、この剣と、この国書は、紛れもない公的な危機を映しています」
長老は一瞬、顔色を変えた。彼らは、比瑪の血筋と古文書という私的な権威の掌握に意識が向きすぎて、国際情勢という公的な危機を軽視していたのだ。
比瑪は畳みかけた。
「武力とは、私的な争いの道具ではありません。それは、共同体を外敵から護るための公的な光輪です。もし大和が、百済との盟約を履行せず、高句麗の脅威から目を背けるならば、倭国は孤立し、いずれ滅びるでしょう。私は倭王旨として、この盟約を、大和の武力を以て履行することを要求します」
比瑪は、七支刀という唯一残された武器を、外交の剣として振るった。長老たちは、彼女の言葉の裏に隠された、大和の豪族が私的な武力争いに興じていることへの痛烈な批判を嗅ぎ取り、沈黙せざるを得なかった。比瑪は、大和の武力を、宗像の理念である『共同体の存続』という枠組みの中に、強制的に留めようとしたのだ。
────────────────────
やがて、比瑪は子を産んだ。
その子は、誉田別命と名付けられた。「誉」は、勝利や称賛を意味し、「別」は、武力を司る物部氏の血筋が持つ名の一部でもあった。比瑪は、その名に、武力(別)が理念によって称賛される(誉)王となるよう、深い願いを込めた。
比瑪の生活の中心は、この子となった。
彼女は、大和の豪族の監視の目を避け、子に教えを施した。その教育は、一般の王族の子に施される作法や血筋の誇りを教えるものではなかった。
幼い誉田別命を膝に抱き、比瑪は語る。
木剣を持たせ、父・比古から受け継いだ「抜くより先に、握りなおすことを覚えよ。剣は、相手を斬るためにあるのではない。お前が護りたいものを、お前の決意で囲うためにある」という守人の哲学を、繰り返し教え込んだ。
宗像の古文書が失われた今、比瑪は、母・沙羅から学んだ古代の言葉の響きや、海図に記された潮の流れ、異国の地理と歴史を、口伝で子に託した。文字で残せば奪われる。だからこそ、生きた記憶として、王の心に刻み込む必要があった。
長老たちが編集し始めた「大和こそが倭国の始まりである」という神話とは別に、比瑪は卑弥呼が台与に王位を譲り、和真、比古、沙羅が盟約を築いた宗像の真の歴史を、眠る前の物語として子に聞かせた。
「良いですか、誉田。あなたは、大和の土と宗像の潮、両方の拍で動く。あなたが王となる時、あなたの拍は、宗像の理念で打ちなさい。武力は、その理念を鳴り響かせるための、光輪の外縁に過ぎないのです」
誉田別命は、母の孤独な決意を、幼いながらも感じ取っていた。彼は、大和の豪族の子らしく、勇猛な気質を持っていたが、同時に母の語る「海を読む目」という資質も受け継いでいた。
────────────────────
誉田別命が青年へと差し掛かる頃、百済との外交上の衝突が原因で、瀬戸内海沿岸の勢力との間で武力衝突が発生した。
大和の長老たちは、国内での勢力拡張には熱心であったが、海を越えた軍事介入や、国内の武力を大規模に公的な危機のために動かすことを渋った。彼らの武力は、あくまで私的な利害の道具だった。
比瑪は、この機を逃さなかった。
彼女は、倭王旨として、軍議の場に乗り込んだ。
「長老様方。瀬戸内での衝突は、単なる国内の争いではありません。百済との盟約を試す、外敵の影が動いています。ここで武力を出し惜しめば、倭国は百済からの信頼を完全に失い、高句麗の脅威を直接受けることになります」
長老たちは、比瑪の言葉に反論できなかった。七支刀という光輪が、石上神宮に奉納されていることが、比瑪の言葉に国際的な重みを与えていた。
比瑪は、尊を指揮官として送り込むことを提案した。尊は狗奴国の血を引き、宗像の理念を理解しつつも、武力に長けた比瑪の最も信頼する武人であった。
「この戦いは、大和の私的な利害のために戦うのではない。倭国という共同体を、盟約の『旨』の通りに護るために戦うのだ。尊は、その理念を剣に託すことができる」
比瑪の強い意志に押され、大和の豪族たちは渋々ながらも軍の出兵を承諾した。
尊率いる軍は、瀬戸内の衝突を鎮圧し、百済との盟約を履行する公的な武力としての地位を確立した。比瑪の狙い通り、大和の武力は、私的な競争から、国際的な義務を果たすための光輪へと昇華したのだ。
比瑪は、この功績により、大和の豪族内での地位を確固たるものにした。しかし、その内側の孤独は深まるばかりだった。
彼女は、もはや宗像の娘でも、仲彦の妻でもない。ただ、卑弥呼から続く「盟約の理念」を、未来へ継承するための生きた回路として存在していた。
────────────────────
比瑪の孤独は、子である誉田別命が成長し、武人として頭角を現すにつれて、さらに深まっていった。
誉田別命は、母の理念を受け継ぎながらも、時代が求める武力による統治の必要性を強く認識していた。彼の目は、母の海を読む目とは異なり、広大な河内平野の土と、そこから採掘される鉄の重さを見つめていた。
(誉田……あなたは、理念を護るための武力を、理念そのものとして受け取ったのかもしれない)
比瑪は、子の中に、自分の孤独な闘いの成就と、そして、理念が武力という光輪に完全に呑み込まれていく予感を見た。
だが、後悔はなかった。宗像の古文書という過去を捨てたのは、理念を未来へ託すため。その未来は、誉田別命という、武力と盟約の血が融合した新たな王によって開かれるのだ。
────────────────────
比瑪は、誉田別命が王となるための最後の準備を進めた。それは、彼の権威を大和の伝統的な霊威の聖域から切り離し、鉄と海路という新しい武力の中心地である河内平野に据えることだった。
そして、彼女は、自らの役割が終わりを告げようとしていることを知っていた。
ある日、誉田別命が母に尋ねた。
「母上。宗像の古文書には、何が書かれていたのですか。なぜ、大和の長老は、あれほどまでにそれを恐れたのですか」
比瑪は、静かに答えた。
「誉田。よく聞きなさい。古文書に書かれていたのは、『始まりの真実』です。そして、その真実は、誰にも奪われないあなたの心の中に、すでに刻まれています。王の剣は、文字で書かれた紙よりも重く、その重みこそが、あなたの真実なのです」
比瑪の言葉は、武力による統一国家の時代を切り開く、応神天皇への最後の宣誓となった。理念は、ついに武力の光輪の中で、その形を変え、未来へと受け継がれていったのだ。




