孫が産まれた日は将来を暗示してました
ある中世風の異世界の話。
その日、商人夫婦の長男に娘が産まれた。
赤子は元気な産声をあげ、祖父になった商人夫も祖母になった商人妻も、長男も大喜び。家の中は祝福の空気に包まれていた。
しかし――。
祝いの余韻を残しつつ、祖父は「店を閉めるわけにはいかん」と出かけようとした。
馬車に繋いだ馬は、なぜかその日に限って踏ん張って動かない。
「どうした? 腹でも痛いのか?」
宥めても叩いても首を振るばかり。挙句の果てに後ろ足で蹴りを食らい、祖父は腰を押さえてうずくまった。
どうにか馬車を動かし店に着いたと思えば、今日は泥棒が入り、口論が起き、酔っ払いの乱闘まで勃発。なんと衛兵を三度も呼ぶ羽目になった。
「まったく仕事にならん!」
祖父は額を押さえ、店の片隅で溜息をついた。
一方その頃、祖母もまた店に出ていた。
そこへ現れたのは、奇妙な羽飾りをつけた放浪芸人。
「マダム、今日の記念に歌を一曲! ついでにこの商品を半額にしていただければ!」
「帰ってください!」
さらに常連客が「出産祝いだ」と菓子折りを持ってきたが、祖母が包装紙を開くより早く、甥がそれを抱えてにっこり笑った。いつも頭のいたくなる甥だ。
「おめでとうございます! お菓子は僕が預かりますね!」
するりと持ち去られ、姿は煙のように消えた。
ようやく店を閉め帰る頃には、空が暗くなり、雷鳴と大雨。
「……どうして今日に限って」
濡れた裾を持ち上げながら家に戻った祖母は、眠る娘の寝顔を覗き込んだ。
「――こんな日に産まれた子は、きっと色々振り回す子になるわね」
その予言は、見事に的中した。
娘――エルシアが三歳の頃。祖母と市場を歩いていると、いつの間にか手を離し、祖母の目を盗んで広場の中央へ。
そこには大道芸人がいて、気づけば彼女を肩に担ぎ上げていた。
「さあ、拍手を! 小さな妖精の登場だ!」
観客は大喜び。祖母は頭を抱えるしかなかった。
エルシア誕生日会では、エルシアが「ケーキが足りない!」と叫んだ途端、厨房の窓から本当に菓子職人が転げ込んできた。
職人は追いかけられて逃げてきたらしく、手にしていた大きなケーキはエルシアの目に留まるや否や奪われ、宴会場の主役となった。
旅の商人が訪れた時には、エルシアが「泊まっていって!」と笑顔で言った瞬間、荷車の車輪がぽきりと折れた。仕方なく泊まった商人と話すうち、祖父は新しい取引先を得ることになった。
……美少女に育った娘の周りでは常に事件が起こるのだ。
「やれやれ、あの日に馬が動かなかったのは、この子の前触れだったのかもしれん」
「私は甥に菓子を持ち逃げされた時点で悟っていたわよ」
祖母は笑いながら言う。
無邪気に跳ね回るエルシアは、何も知らずに笑っている。次の事件を呼ぶのが自分だと、欠片も気づいていない。
平穏は少ない。事件は多い。けれど笑顔は絶えない。
商人一家にとって、それは損か得か。
「まあいいわ。商人は退屈よりも賑やかな方が儲かるものよ」
祖母がそう言って肩を竦めたとき、雷鳴がまた遠くで鳴った。
――事件を呼ぶ娘の物語は、まだ始まったばかりである。