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俺の孤独な人生に光をくれたのは、12億円ではなく、山奥の洞窟で見つけた異世界獣耳少女でした。  作者: ウィースキィ
第01章 名もなき獣の少女と、独りの億万長者

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第06話 目を覚ました少女


 翌朝。けたたましい電子音の目覚ましではなく、小鳥のさえずりと、窓から差し込む朝日で、体内時計が正確な彼は、まるで長年連れ添った相棒のように、正確に朝六時ちょうどに目を覚ました。いつもならもう少しだけ怠惰な時間を満喫するのだが、今はそれどころではなかった。


 亮は、まだ眠っている少女のことが気になり、ゴロゴロと過ごすはずだった貴重な朝の時間を返上し、そっとソファーから抜け出すと、少女が眠る自分の部屋へと向かった。


 静かに、しかしどこか期待を込めて部屋の引き戸を開けると、朝日がレースのカーテン越しに優しく差し込み、部屋の中はまるで祝福されているかのような明るさに満ちていた。


 亮の視線は、一点の迷いもなく、少女がいるはずのベッドへと吸い寄せられる。そこには、まるで天使の寝顔のように、穏やかな表情で、まだすやすやと眠る少女の姿があった。


「……まだ、眠ってるのか。昨日から、本当に良く眠る子だな。まさか、もう目を覚まさない、とか……ないよね……?」


 亮の胸に、一抹の不安が広がる。彼は、万が一の事態を想像し、心臓が僅かに早鐘を打ち始めたのを感じた。


 心配になった亮は、少女の眠るベッドのすぐそばまで、そっと、まるで音を立てて少女を起こしてしまわないように、忍び足で近寄った——その時だった。


 亮の気配を察知したのか、あるいは、長い眠りから自然に目覚めたのか。少女の閉じられていた、まるで貝殻のように繊細な瞼が、まるで花が開くように、ゆっくりと、静かに開いていくのが見えた。


 露わになったのは、この世のものとは思えないほど、神秘的な輝きを放つ、宝石のように美しい、深く澄んだ、翡翠色の瞳だった。その瞳は、何かを探るように不安げに揺れ動きながら、亮の瞳を捉えた。


(うわ、まじか……めちゃくちゃ綺麗な瞳だな。吸い込まれそうな瞳ってこういうことを言うんだな。っていうか、もしかして、この子、もう、起きてたのかな……?)


 亮は、まるで時が止まったかのように、その瞳に見入っていた。そして、一瞬遅れて我に返り、心臓がドキドキと高鳴るのを感じながら、緊張を押し隠すように、努めて穏やかな声で、目の前の小さな少女に、話しかけた。


「あの、おはよう。えっと、俺の話してる、言葉の意味……わかる、かな……?」


 少女のあまりにも常識離れした容姿。そして、昨夜の、まるで怯える獣のような反応。それらを考慮して、亮は、この少女が日本人とは全く異なる出自を持つ、外国人である可能性が高いと判断した。


 そのため、できるだけゆっくりと、一つ一つの言葉を区切りながら、まるで幼い子供に話しかけるように、努めて優しい声で少女に語りかけた。


 しかし、その瞬間だった。


 少女の宝石のような翡翠色の瞳が、激しく不安と恐れに揺れた。それまでベッドの上で小さく丸まっていた体は、まるで弾かれたように勢いよく起き上がり、怯えた野獣のように素早く周囲を見渡す。


 そして、この見慣れない部屋、見慣れない男である亮の存在を改めて認識した少女の顔は、血の気が引いたかのように青ざめ、見るからに怯えきった表情へと一変した。


「えっと……大丈夫?あの、怖がらないで。俺は、君を助けたくて、言葉の意味……わかるかな?」


 亮は、少女の突然の変化に戸惑いながらも、さらにゆっくりと、繰り返すように声をかけた。しかし、亮の言葉は、少女には更なる恐怖として響いたようだ。


 少女は亮から逃れようとするかのように、ベッドの上で小さく、そして激しく体を震わせたかと思うと、次の瞬間にはベッドから滑り降り、床に膝と手をついて頭を深く下げた。そして、その額をまるで許しを乞うかのように冷たいフローリングに何度もこすりつける。


 その姿は、日本の文化における最も深い謝罪や嘆願を示す土下座に酷似していた。


 少女の口元からは、何やらか細く、掠れた声が漏れ聞こえてくる。それは、まるで風に揺れる枯れ葉のような、か弱い音のようにも聞こえたが、亮には、少女が一体何を言っているのか、言葉として全く聞き取ることができなかった。


(うーん……これは、言葉が通じないパターン、か……?)


 亮は、少女の言葉にならない声と、極度の恐れを示す仕草を見て、改めてコミュニケーションの壁に直面していることを認識した。


(それにしても、めちゃくちゃ怯えてるな……。俺が何か、すごく怖いことをしたみたいだ……)


 少女の怯えぶりは、彼の想像を遥かに超えていた。


(ていうか……出会った時の、あのガリガリでボロボロの、まるで奴隷みたいな格好といい……もしかして、本当に……本当に、ひどい扱いを受けていたのかな……?)


 目の前で、まるで罰を受けるかのように頭を床に擦りつけている少女の姿に、亮の胸が締め付けられるように痛んだ。この、か弱く、そして異質な美しさを持つ少女が、自分には想像すらできないほど、残酷で、過酷な運命の中に、たった一人で生きてきたのではないか。


 そう考えると、亮の心は、どうしようもない哀しみと、いたたまれない気持ちで満たされていった。


 結局、この極限まで怯えきった少女に対して、どう接するべきなのか。亮には全く判断がつかず、ただその場に呆然と立ち尽くしてしまうことしかできなかった。


 その間も、彼の目の前で床に額を擦りつけ、土下座にも似た姿勢をとっている少女は、ピクリとも動かない。まるで、自らは何一つ抵抗しないという意思を、必死に示しているかのように。


(うーん……どうしたものかな?まるで、壁に向かって話しかけてるみたいだ……)


 亮は困り果てて唸った。


(こんな時、どうすればいいんだ……?)


 ふと、彼の脳裏に、遠い幼き日の記憶が蘇った。


(……なんか、昔、捨て猫を拾った時のことを思い出すなあの時も、確か最初はすごく警戒されていて、怯えていて、物陰から出てこようともしなかったよなあ。あの時って、どうやって仲良くなったんだっけ……?)


 亮は、自分の胸に温かいものを感じながら、ものすごく自分に懐いてくれていた、実家で飼っていた猫のことを思い出した。その猫も、そして彼の両親も、数年前に病気で立て続けに失ってしまった、悲しい記憶までも頭をよぎる。


 しかし、今は感傷に浸っている場合ではないと、亮は無理やりその思考を振り払った。


(そういえば、最初は確か……あ、そうだ)


 記憶の糸を手繰り寄せ、彼はある行動を思い出した。


(おやつ、あげたんだった。そうそう、食べ物で釣ったんだよなあ)


 あの時、人に対して極度に怯えていた捨て猫も、やはりお腹を空かせていたのだろう。亮が、近くのコンビニで買ってきた『猫用のおやつ』を、少し離れた場所に置いてみたところ、最初は警戒しながらも、ゆっくりと、しかし確実に彼への警戒を解いていき、最終的には頭を撫でさせてくれるまでになったのだ。


 そして、亮は、そんな警戒心を解き、可愛らしい仕草を見せるようになった小さな命に心を奪われた。彼はその捨て猫を家に連れて帰り、家族の一員として育てることを決めたのである。


(懐かしいな……名前は、たしかキキちゃんって言ったな……人懐っこくて、俺がいつも学校から帰ってくると、すぐに『ニャー』って鳴いて膝の上に乗ってくれたよな……)


 少しだけ胸が暖かくなる、優しい気持ちを感じながら、亮は一旦、少女のいる部屋を出てキッチンへと向かった。


 綺麗に整理整頓されたキッチンに置かれた、先日購入したばかりの冷蔵庫の中には、買い置きしていた新鮮な野菜や肉、飲み物などがきちんと収納されている。


 基本的に健康志向である亮は、朝食をほぼ毎日同じものにしている。それは、バナナ一本と納豆一パック、それに野菜ジュースに高カカオチョコレートを二枚という、栄養バランスを考えたメニューだ。昼食だけはその日の気分や食べたいものを選んで自由に食べ、夕食に関しては、野菜と鶏胸肉をたっぷり入れた味噌鍋と、胡桃を入れたヨーグルト、それにプロテインというメニューが、彼の生活習慣としてほぼ毎日続いている。


 その冷蔵庫の中に収まっている食材や飲み物の中で、おそらくはこの少女がしばらくの間、まともな食べ物を口にしていないであろうことを考慮し、今の彼女に与えても胃に負担をかけない、問題のなさそうなものを亮は考えた。


「いきなり固形のものを食べさせるのは、胃袋とかびっくりしちゃうだろうし……そうなると、飲み物だよな」


 彼の思考は、飲み物に絞られた。


「野菜ジュースとか、プロテインとか……一応、栄養価も高いし、今のこの子にはいいかもしれないな」


 野菜ジュースであれば、衰弱した体に必要なビタミンやミネラルなどを効率的に補給することができる。プロテインで言えば、体の組織を作るために最も重要な栄養素であるタンパク質だ。そのどちらも、最近のものは飲みやすく、適度な甘みがついたタイプである。彼は、この二種類の飲み物で、少女の気を引き、まずは安全なものであることを示そうと考えた。


 早速、彼はガラス製の白いマグカップに、鮮やかな橙色の野菜ジュースを注いだ。次に、シェイカーの中にプロテイン粉末を入れ、冷蔵庫から取り出した冷たい牛乳を投入する。粉末がダマにならないように、シェイカーを上下左右にリズミカルに振ると、シャカシャカという心地よい音がキッチンに響いた。


 こうして三分ほどで出来上がった、少女に与えるための食べ物もとい飲み物を、彼は木製のお盆の上に丁寧に載せた。そして、それを手に、再び自分の部屋へと向かった。


 部屋に戻ると、少女は相も変わらず、フローリングに頭をつけたまま、その場でピクリとも動かずにじっと固まっていた。しかし、僅かに体が小刻みに震えているのが見える。亮が再び部屋に戻ってきた気配を感じ取り、再び恐怖を感じていたのだろう。


 そんな少女のすぐ目の前、彼から見て両足が届くかどうかの距離に、亮は手に持っていたお盆を、まるで宝物を置くかのように優しく、静かに床へと置いた。そして、少女に圧迫感を与えないように、意識的に数歩、後ろへと下がった。安全な距離を確保した亮は、床に頭を擦りつけている少女に向けて、もう一度、今度こそ最大限に優しさを込めた声で語りかけた。


「あの……俺の言葉、通じてないかもしれないけど……これ、ご飯というか、まあ、飲み物だけど……用意したから良かったら、飲んでみてくれるかな?」


 亮の言葉が、部屋の中に静かに響く。そこで、しばし沈黙が訪れた。少女は何の反応も示さない。


(やっぱり言葉が通じないのかな……それとも、怖すぎて何もできないのか……)


 不安と諦めがない混ぜになった思いを亮が抱き始めた、まさにその瞬間——少女が、まるで固まっていた体が解けるように、恐る恐るといった様子で、ゆっくりと頭を上げたのだ。恐怖に大きく揺れる、吸い込まれるような神秘的な翡翠色の瞳が、亮の姿と、目の前に置かれたお盆の上にある野菜ジュースとプロテインに、交互に、そして疑わしげに注がれる。


 亮は、少女のわずかな変化を見逃すまいと、その様子をじっと確認した。


 すると、少女が僅かに鼻をひくつかせていることがわかった。それは、まるで何かを嗅ぎ取ろうとしているかのような仕草だ。おそらく、彼女は、目の前に置かれた飲み物の『匂い』を感じ取っているのだろう。


(……本当になんか、警戒してる時の、捨て猫みたいだなあ……)


 亮が、少女の仕草を見て、心の中で、再びあの幼い日の記憶と、目の前の少女の姿を重ね合わせ、そんなことを考えていると、少女がじっと、瞬きもせずに亮のことを見つめていることに気がついた。


 彼女の視線はまっすぐに亮に向けられていたが、目の前に置かれた飲み物に手をつけようとする気配は全くない。ただ、警戒心を剥き出しにして、相手の出方を伺っているかのようだった。


 その姿を見て、亮の脳裏に、ある閃きが走った。


(言葉が通じないんだから、見せてあげればいいのか?)


 言葉が通じない相手に何かを伝える最善の方法は、『身振り手振り』であり、実際の行動を示すことだ。


 これは、温泉旅行によく行く彼が、温泉地で偶然出会った言葉の通じない外国人観光客と、片言の英語とジェスチャーでどうにかコミュニケーションを取ろうとした際に、実際に役に立った経験でもあった。湯船の入り方や、タオルを巻く場所など、説明するよりもやって見せた方が、遥かに早く正確に伝わったのだ。


(よし、あの時の要領でやってみよう!)


 亮は、自らのアイデアに確信を得ると、すぐに立ち上がった。そして、先ほどまで自分がいたキッチンへと向かい、再びガラス製のマグカップを手に取った。冷蔵庫を開け、先ほど少女用に注いだものと同じ、野菜ジュースを、今度は自分用にマグカップへと注ぐ。それを手に、再び少女のいる部屋へと戻ってきた。


 その間、少女はまるで時間が止まったかのようにピクリとも動いていないようだった。亮が部屋を出た時と全く同じ、額を床に擦りつけんばかりの、恐怖と従順を示す姿勢のまま、そこに座っていたのだ。


 先ほどよりも一歩だけ少女へ近づいた亮は、彼女から視線を逸らさずに、自らの手にもつマグカップを、まるで『これは安全なものだよ』と示すかのように、ゆっくりと少女へ見せつけた。


 そして、そのままマグカップを口元へ運び、ゴクリと音を立てて、中の野菜ジュースをゆっくりと飲んでみせた。その一部始終を、少女は大きな翡翠色の瞳をさらに見開き、困惑した様子でじっと見つめている。亮が飲んでいるものが一体何なのか、理解できていないようだった。


 亮は飲み終わった後、空になったマグカップを、先ほど飲み物が入ったお盆のすぐ隣に静かに置いた。そして、少女に向かって、マグカップと自分の口元を交互に指差し、さらに手のひらを上に向けて『どうぞ、飲んでいいよ』と促すように、大げさなまでにゆっくりとした身振り手振りで伝えることを試みた。


 すると、彼の意図がようやく伝わったのか。あるいは、彼の行動を見て、少しだけ警戒心を解いたのか。少女は、相変わらず恐怖に揺れる瞳を亮に向けながらも、恐る恐るといった様子で、目の前に置かれた野菜ジュースの注がれたマグカップへと、小さな、震える手を伸ばした。


 そして、マグカップを手に取ると、まずは『クンクン』と、まるで小動物のように野菜ジュースの匂いを嗅いで、その匂いが、彼女の本能にとって『問題ない』と判断できたのだろうか。彼女は、ゆっくりと、しかし迷いのない動きで、カップを自らの小さな口へと運んだ。


 『ごくり、ごくり』。渇いた喉を潤す、小さく、しかし確かに聞こえる喉鳴りの音を立てながら、少女が野菜ジュースを飲み始めたその瞬間、少女は口からマグカップを離し、驚きの表情を浮かべてマグカップの中を覗いた。



挿絵(By みてみん)



 そして、先ほどまで亮への恐怖と警戒に固く閉ざされていた彼女の瞳が、甘く冷たい飲み物が体を巡るにつれて、そして、久しぶりに飢えが満たされるという感覚を得て、ほんの少しだけ、緊張の糸が緩んだ、柔らかい表情へと変わっていくのが、亮にははっきりと見て取れた。


 一口、また一口と飲むごとに、その甘くて美味しい野菜ジュースの味に驚いたような様子を見せながらも、それでも彼女は、まるで砂漠で水を得た旅人のように夢中になりながら、マグカップの中身を飲み干していった。その姿を見ていると、亮の胸の中には、言いようのない温かい気持ちがこみ上げてくるのを感じた。


(よし……飲んでくれた……!)


 亮は、心の内で安堵した。


(しかも、めちゃくちゃ美味しそうに飲んでるな……やっぱり、長い間、まともなご飯とか、食べれてなかったのかな……?)


 少女が野菜ジュースを飲み終え、空になったマグカップを震える手でお盆の上に乗せるのを確認すると、亮は間髪入れずに、隣に置かれたプロテインのシェイカーへと視線を向けた。そして、それを指差し、先ほどと同じように、身振り手振りを使って『これも飲んでいいよ』ということを伝える。


 すると今度は、一度亮の意図を理解したためか、あるいは野菜ジュースで少し警戒心が和らいだためか。少女は、亮のジェスチャーの意味をすぐに理解したようで、迷うことなくシェイカーを手に取った。


 振ることで均一になった、中に満たされたプロテインに、小さな口をつける。このプロテインは、亮が日頃から愛飲している甘みがしっかりついたチョコレート味である。健康志向とはいえ、味にも妥協しない彼のお気に入りであり、それなりに美味しい味付けになっている。


 先ほど野菜ジュースを飲んだ時と同じように、シェイカーに口をつけた瞬間、少女は驚いたような表情を浮かべた。おそらく、野菜ジュースとは違う、濃厚な甘さと風味に戸惑ったのだろう。しかし、口の中に入ったプロテインの甘みが舌の上で広がるのを感じながら、その美味しさに安堵したのか、ほんの少しだけ、満たされたような幸せそうな笑みを浮かべた。


 そして、また『ごくり、ごくり』と、今度は一口ずつ、その甘い液体をゆっくりと味わうように飲んでいた。


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