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俺の孤独な人生に光をくれたのは、12億円ではなく、山奥の洞窟で見つけた異世界獣耳少女でした。  作者: ウィースキィ
第02章 都会の喧騒と、心に巣食う孤独

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第16話 小さな変化の連続


 亮が、少女に『心春』という新しい名前を与えてから、早くも数週間の時が流れた。


 季節は『盛夏』へと移り変わり、日中の気温は猛暑日を記録するほどになったが、今の時刻は朝の七時半。この時間、亮と心春の姿は、ひんやりとした家の近くの森の中にあった。これまで、亮の毎日の日課だった朝の散歩も、今ではもう『一人ではない』。その隣には、彼に寄り添うように、心春がいた。


 心春という名前を与えられてからというもの、彼女の態度は水面に広がる波紋のように、少しずつ、しかし確かに柔らかくなっていった。かつてであれば、亮の言葉にただ従順に従うだけのお人形のような過ごし方をしていた彼女だが、今ではほんの少しだけ、対等な人間としてのやり取りというものが生まれてきていたのだ。


 この朝の散歩に、亮とともに自ら進んで出かけるというのも、その小さな、しかし確かな変化の中の一歩だった。


「心春、足元に気をつけてね」


 亮が、森の小道を歩く心春に、優しい声をかける。心春は、その言葉にコクリと小さく首を頷き、亮が差し出した手をその小さな手で迷うことなくギュッと握り返した。




挿絵(By みてみん)




 彼が心春の手を握っているのには理由があった。それは、今から一週間前のことだ。


 亮が、心春を家の中だけでなく、広大な外の世界も見せてあげたいと考え、『一緒に散歩に行こう』と提案した、まさにその時のこと。心春は、初めて亮に『たった一言だけ』、自分の意見を伝えてきたのだ。


「お外に行くのは……少しだけ、怖いです。でも……りょう様が手を引いてくれれば、大丈夫……だと思います……」


 彼女が、自分の意見を『しっかりと述べることができるようになった』その小さな成長を感じて、亮は内心、喜びでニコニコしてしまった。だが、それを心春に悟られないよう、努めていつも通りを装いながら、彼は『じゃあ、外に行く時は、いつでも手をつなごうね』と、優しく約束を交わしたのだった。


 だから今も、二人は手をつないでいる。


 朝の早い時間であっても、そしてここが、陽光が届きにくい森の奥にある場所であっても、外の気温はだいぶ暑く、彼らの肌にはじんわりと汗が滲む。亮の握った手にほんのわずかな汗を感じながらも、二人はゆっくりと、しかし確かな歩みで森の中を散策していた。


 上を見上げれば、木々の葉っぱの間から、まるで宝石のようにキラキラと輝く木漏れ日が、足元の土に斑模様の光の絨毯を描いている。新緑の緑は、生き生きとした生命力を放ち、時折吹く風はひんやりと涼しく、土と草木の混じった、深く澄んだ森林の香りを、彼らの鼻腔へと運んでくる。五感を刺激する、この自然の営みすべてが、心春にとっては『新しい発見』の連続だった。


「……あ」


 森の中を散策している途中、不意に心春が、小さく、しかし驚きを含んだ声で呟いた。そして、その小さな指先で、近くにある小さな木の幹を指差す。彼女の瞳は、何かを見つけたかのように輝いていた。


「ん?何かいたのかな?」


 亮が、心春が指差す方向へと視線を向けると、そこには小さく、しかし活発な影が動いていた。それは、きょろきょろと辺りを見回し、小さな木の実を前足で掴んでいる、一匹のリスだった。


「あ、リスだね」


 亮は、心春の隣で、穏やかにその動物の名前を教える。


「りす……?」


 心春は、小首をかしげながら、その美しい翡翠色の瞳を、好奇心いっぱいに輝かせ、亮の瞳を覗き込む。その瞳の中には、純粋な好奇心と、目の前で愛嬌を振りまく、その小さな動物に対する、尽きせぬ興味が、明確に入り混じっていた。


「うん。リス。小動物は小さい動物のことかな?こういう動物は、見たことない?」


 亮は、心春の見世物小屋に捕まる前は、森の中で過ごし、動物たちと共に生きてきたと聞いていた。だからこそ、森の中で出会う動物には、人一倍興味津々なのだろうと亮は推測していた。


 しかし、そんな彼女も、目の前のリスは見たことがないらしい。心春は、ふるふると首を小さく横に振り、その視線は、まるで磁石に引き寄せられるかのように、再びリスへと引き寄せられていた。その瞳は、リスの一挙一動を、食い入るように追っている。


「もう少し、近づいてみる?」


 亮が、心春の尽きせぬ好奇心を尊重するように、そっと提案すると、心春はその提案に、小さな、しかし確かな喜びを込めて、「……はい」と応えた。その声は、森の澄んだ空気に溶け込むように、微かに震えている。


 亮は、控えめながらもしっかりと自分の考えを主張する彼女の姿に、また一つ、確かな成長を感じた。その喜びを胸に秘め、彼女の要望を叶えるべく、二人はリスが驚いて逃げてしまわないよう、物音一つ立てないように、心春と共に慎重に、一歩また一歩と、その小動物へと近づいていった。彼らの足音は、柔らかい土に吸い込まれ、森の静けさを破ることはなかった。


 すると、どういうことだろうか。亮が眉をひそめるのも当然だった。リスは、彼らがこれほどまでに近づいてきても、逃げるそぶりを全く見せず、むしろ心春をじっと見つめるかのように、その場でじっと立ち止まっているのだ。まるで、心春のことを待ち望んでいたかのように。


「逃げないね」


 そんな不思議なリスの行動に静かに驚きながら、亮が心春に声をかけた、まさにその瞬間──リスは、それまでいた木の幹から小さな体を勢いよく飛び出させ、躊躇なく心春の肩へと、軽やかに乗っかった。


 予想外の出来事に、亮は心春が驚いてしまうのではないかと、一瞬身構えた。しかし、彼の予想に反し、予想外に冷静な心春は、震えることもなく、その小さな手の指先で、リスの柔らかい頭を、優しく、ごくごく自然に撫でていた。まるで、それが当然の触れ合いであるかのように。


「かわいい……」


 心春は、ポツリと、しかし心底から愛おしむように呟いた。その翡翠色の瞳は、輝きを増し、ほんのわずかだが、頬を緩める。それは、彼女の心の奥底から湧き上がる、純粋な愛着の表現だった。


(最近、少しずつ表情が明るくなってきたな。笑顔とまではいかないけど、それに近い、穏やかな表情を見せるようになってきた。これは、本当に良い傾向だな)


 亮は、心春の小さな変化を見逃さなかった。たった一つの散歩を取ってみても、彼女の確かな成長が、肌で感じられる。それは、亮にとって、この上なく素晴らしい時間だった。穏やかな朝の光の中、彼らの散歩は、緩やかに続いていく。


 それから小一時間が経った頃だろうか。朝が早いとはいえ、真夏の森の中を散歩していれば、自然と汗が滲み出る。最初はぽたぽたと額から垂れてきていた汗も、次第に量が多くなり、亮も心春も、文字通り汗だくとなっていった。服が肌に張り付くような不快感が、熱気を伝えてくる。


「ふー、さすがに暑いね。そろそろ戻ろうか」


 亮は、持ってきた水筒の蓋を開け、一口飲んでから心春に手渡した。すると、心春はすぐに受け取らず、なぜか亮の顔をじっと見つめていた。その翡翠色の瞳には、何かを問うような、微かな光が宿っている。


「ん?どうかした?飲まないの?」


 亮が不思議に思って問いかけると、心春は一瞬、何かを言おうと口を開きかけたが、すぐにそれを閉じた。


「いえ、その……いただきます」


 結局、彼女が何を言おうとしたのか、あるいは何が気になったのかは不明なままだった。心春は、何事もなかったかのように、水筒の中身をゴクリと飲み干した。


(たまに、こういうことあるんだよな。なんだろう、今の……?)


 亮は、心春の不思議な行動に首を傾げた。以前から、彼女の行動には不可解な点がいくつかあった。だが、その度に深く考えていたらキリがないので、最近はあまり深く考えないようにしている。いずれ、彼女が話してくれる時が来るだろうと、亮は静かに待つことにしていたのだ。


 水分補給を終え、二人は三十分ほどかけて自宅まで戻ってきた。汗に濡れた体が、ひんやりとした家の中の空気を心地よく感じる。その心地よさを感じるのもつかの間、すぐにお風呂へと直行した。


 朝の散歩で服が絞れるほど汗をかいた二人は、脱衣所で丁寧に服を脱ぎ、そのまま洗濯機の中へ入れると、すぐに内湯の方へと向かった。


 今では心春も、一人で服を脱ぎ、真っ白いタオルを体に巻くまでの所作を一人でこなせるようになっていた。お風呂に対する恐怖心も、以前よりは少しは和らいできたようで、浴槽の水を見ても、過度に怯えることは少なくなった。しかし、まだ一人で湯船に入れるレベルではなく、顔や頭に水をかけられる時は、未だ微かな怖さを感じているようだった。


「はい、じゃあ頭から流すよ」


 亮が声をかけると、心春は、まだ少し緊張が残る声で応じる。


「わ、分かりました……!」


 亮は、湯の温度をぬるめに設定し、シャワーから優しく流れ出る温水で、心春の白く、そして桃色が混じる柔らかな髪を流していく。あくまで朝の散歩で汗をかいた体をさっぱりさせるためなので、シャンプーを使って丁寧に洗い上げることはしない。


 その後、軽く全身をシャワーで流せば、朝のシャワーは静かに終了した。体から汗が流れ落ち、二人の肌はひんやりと、そしてさっぱりとしていた。


 汗を流して身綺麗になった二人は、着替えを済ませてからキッチンへと向かい、簡単な朝食を済ませた。今では心春の朝食も、亮とほぼ同じ内容となっている。バナナ一本と野菜ジュース、さらに健康を考えて高カカオチョコレート五グラムを二枚と、納豆一パックのみという簡素なものだ。


 特に『納豆』に関しては、心春が初めて食べる時、その独特の匂いと粘り気に、多少の抵抗や躊躇があるかと思っていた亮だったが、心春は一切の嫌悪感を示すことなく、むしろ美味しそうに頬張っていたのが印象的だった。彼女の口元に泡立つ粘りがついても、気にする様子はない。


 朝食を終えると、ここからは彼らの『まったりタイム』である。いつもは亮がリビングのソファで静かに読書をしている間、心春は隣で文字のない絵本を眺めているのだが、今日はなぜか、ソファに座る亮の足と足の間にちょこんと座り、微動だにしない。亮の太ももに、彼女の小さな背中が触れる。その僅かな温もりが、亮の心をくすぐった。


(な、なんだろう……?)


 可愛らしい行動であるので、亮にとって全くもって嫌というわけではない。むしろ嬉しいと感じる。しかし、急にいつもと違う行動をされると、亮は少しだけ動揺してしまう。普段の彼女の従順さからは想像もつかない『積極性』に、どう対応すべきか迷う。


(これは……甘えてる、のかな?)


 せっかく彼女が、自ら亮の近くに来てくれたのだ。この機会を逃す手はない。亮は、読書することをやめ、彼女の柔らかな髪を優しく撫でながら、これまで抱いていた疑問を投げかけ、会話を試みることにした。


「心春は、自分の生まれた日ってわかるの?」


 亮の問いかけに、心春は小さく首を傾げた。


「……気づいたら、森にいましたので、分かりません」


 彼女の返答に、亮は小さく息を吐いた。


「そっか。それじゃあ、年齢は……今、何歳なの?」


 実はこれは、前から亮が気になっていたことだった。見た目としては、まだ『十歳前後』の子供に見える心春。しかし、彼女が異世界から来た存在であり、さらに彼女がこの地球で言うところの『人間ではない』という事実がある。


 彼女がいた世界では、『獣人』と呼ばれる種族と『人間』と言われる種族の二つが存在し、そして彼女はそのお互いの血を受け継ぐハーフなのだ。この世界での常識が、彼女に全て当てはまるわけではない。だからこそ、亮にとって気になることは山ほどあった。今までは、なかなか深く会話する機会がなかったので、聞けずにいたが、今日はいい機会だと、亮はそう思ったのだ。


 数秒の静かな沈黙が、二人の間に流れる。そして、心春が小さな唇をゆっくりと開いた。


「見世物小屋では、七年ほど過ごしました。その前にいた森では……見世物小屋での日々の『倍』は過ごしていたと思います」


 亮の頭の中で、彼女の言葉がゆっくりと反芻される。七年の倍は十四年。それに七年を足すと──


「えっと、見世物小屋で七年……森でその倍……ん?ってことは、二十一年?」


 亮が確認するように問いかけると、心春はコクリと頷いた。


「おそらく、二十年ぐらいは経ってると思います」


「……え?」


 亮の思考が一瞬停止した。彼の脳裏に衝撃が走る。目の前にちょこんと座るこの小さな少女が、生まれてから、既に二十年もの歳月を経験しているというのだ。彼女の見た目から十歳前後だと考えていた亮の、その前提条件が音を立てて崩れていく。


(おいおい、ちょっと待てよ。心春って、ほぼ俺と同じ歳なの?いやいや、それはねえだろ……見た目がどう見ても子供だし……)


 亮の頭に一つの疑問が閃いた。


「心春のいた世界って、一年は何日あるのかな?」


 彼の脳裏に浮かび上がった疑問。それは、一年という単位が、地球とまるで異なるという仮説だ。例えば、彼女の世界の一年が、地球の百八十日程度しかなかった場合、向こうの世界で二十年生きていたとしても、こちらの世界では半分程度の時間しか経っていないことになる。そうなれば、彼女の幼い見た目と年齢とが、合致するだろうと彼は考えたのだ。


「一年は、三百日です」


 心春は、亮の疑問を解消するように、はっきりと答えた。


「あー、そうなんだね」


 亮はすぐにスマートフォンを取り出し、画面を操作して電卓を起動した。一年が三百日と考えると、地球での時間におおよそ換算しても、やはり『約十八歳』となる。いずれにしても、亮の足元にちょこんと座る小さな心春の姿は、どう見ても十八年も生きているようには見えなかった。


(うん。まあ、いっか。異世界だしね)


 亮は、結局のところ、その違和感を『異世界という言葉』で片付けるしかなかった。ずっと自分より遥かに小さな子供だと思っていた心春が、実はそこまで子供ではないという事実を知り、亮は何とも言えない、複雑な感情に苛まれるのだった。


 それは、親のような気持ちで見ていた彼女への、少しの戸惑いと、彼女の内側に秘められた『未知なる部分』への、さらなる興味でもあった。


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