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フライドなにか

作者: 清水進ノ介

フライドなにか


 路地裏の奥で営業されている、知る人ぞ知る名店があった。その店のメニューは一つだけ。「フライドチキン」だけだ。このフライドチキンが、異様に美味い。塩を振っただけで、特別な味付けはされていないのに、舌がとろけるほどの絶品なのだ。どう考えても、材料が鶏肉だとは思えない。まるで形が無いようにフワリと軽い食感で、いくらでも食べてしまえそうだ。店主は頑なに「ただのチキンですよ」と言い張るのだが、誰もそれを信じない。いつしかその料理は「フライドなにか」と呼ばれるようになった。


 疑念が加速する理由は他にもあった。店主は絶対に、調理している所を人に見せぬのだ。何をどう調理しているのか、誰もそれを知らない。客が注文する度に、店主は店の奥へと入っていき、しばらくすると「フライドなにか」を持ってくる。数年前に、とある酔っ払い客がそれを暴いてやろうと、勝手に店の奥に入ったことがあった。その客はその後、頭がおかしくなって帰ってきた。何を聞いても無表情で「チキン」としか答えなくなってしまったのだ。その後精神病院に入れられたらしいが、それからどうなったのかは誰も知らない。


 いつしか客達は、店の秘密を探ることをやめた。店が無くなってしまうことが嫌だったからだ。もしも違法な何かを使っていたとして、それが摘発されてしまえば、もうこの「フライドなにか」を食べられなくなってしまう。知らぬが仏という言葉もあるのだし、余計な詮索をしないことが、暗黙の了解となっていた。


 しかしその平和を乱す者が現れた。どこぞの週刊誌の記者だという。記者はあれこれ理由を並べ立て、店の奥を見せろ、取材をさせろと店主に要求した。その場にいた常連客達は、記者を追い出そうとしたが、店主は「入っていいですよ。ただし、一つだけルールがあります」と記者に言った。記者は警戒し、ルールとはなにかと店主に聞いた。


「一度店の奥へと入ったら、絶対に前だけを見て、私について来てください。中でなにがあっても、なにを見ても、決して振り返ったり、後戻りをしてはいけませんよ。このルールを破ったら……。いいや、あえてこの先は言いません。それでもいいならどうぞ」

 

 記者は震える口で「そ、そんな脅しに屈するものか」と言って、店主と二人で店の奥へと入っていった。客達の反応は半々だった。記者が無事に戻ってくることを期待する者。噂の通りに頭がおかしくなるのを期待する者。そわそわとしながら待っていると、悲鳴が聞こえて、記者が奥から飛び出してきた。それに続いて、宇宙人のようなマスクをかぶった店主が出てくる。客達が驚いていると、店主は笑いながら、なにがあったのかを説明した。


「店の奥はね、チキンを熟成させる為の『れいあん所』になっているんですよ。最適な温度を保ち、チキンを長年熟成させ、旨味を何倍にも増やしているだけです。頻繁に人が出入りすると、室温が変化してしまうから、人を入れないようにしていただけなんです。薄暗くひんやりとしたその中で、ちょっといたずらして脅かしてやったんですよ。このマスクをかぶってね」


 客の一人が「昔店の奥に入って、頭がおかしくなった奴がいたらしいが、それもただの悪い噂か」と聞くと、店主は少し考えてから、それに答えた。それは酔っ払い客が転び、頭を打ってしまっただけらしい。急いで救急車を呼んだが、打ち所が悪かったようで、運ばれるまでの間「チキン、チキン」とうなされていた様子が、ねじ曲がって悪い噂になったのだろうと言った。


 記者はまるで魂が抜き取られてしまったように、無表情で「チキン、チキン」とつぶやきながら、ふらふらと帰って行った。客の一人がその背中に向かって「お前がチキン(臆病者)だ」と言って、馬鹿にして笑った。店主も便乗し「美味しいフライドチキンにしてあげますからね」と言って、客達と店主は大笑いした。


おわり

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