努力するしか道がなかった
[努力するしか道がなかった]
俺は『×××』になる事を目指した。
俺には才能がない。全て一から努力するしか道がなかった。
昔の事だ。俺はピアノをやっていた。白と黒の鍵盤から奏でられる音に心を奪われた。その音色が頭から離れず頭の中永遠に繰り返されている。俺はあの音色を自分で奏でたいと思うようになった。
だが元々不器用だった。何度教えてもらっても全然できやしない。トンチンカンな音ばかりが出てくる。そしていつしか、後から入ってきた人に、自分より年下の子に抜かされるようになった。
「一位は巻君です」と会場に声が響く。自分よりも遅く始めた奴を褒め称える声が忌々しく耳に入る。自分には無い才能。自分が向けらけたことのない視線。だがそこに立っている彼は、まるで他人事かのような目をしていた。そんな彼が憎くて仕方なかった。
褒めらめているのは自分ではなく自分の周りにいる奴らで、こちらに視線も向けてくれない。いつな何で、何で
「何でだよッ」そんな俺が声を殺して発した言葉は、会場の熱い声にかき消された。
彼の手に握られたトロフィーは多くの光を反射し、俺とは対照的に輝いていた。僕に見せつけてくるかのように。
これが俺とあいつの初の顔合わせだ。
あいつと俺の違いは何だ?
あいつの指さばきは見事な物だった。迷いがない。俺はその時に気づいた。目の前に最高の手本があるのにそれをそっくりそのままできない。それは何故か?
その時、彼の花は大きく開いた。
これが俺の覚醒だ。
暖色のライトに照らされ、黒いピアノはオレンジの光を反射した。
僕の初の個人舞台。緊張で汗をかく手をゆっくり鍵盤に置く。小さな沈黙の後、大きく発せられた音は努力の賜物と言ってもいいだろう。大きな拍手にやり切った達成感。
きっと俺はピアノじゃないとダメだった。
心に炎に灯っていた炎がより大きく広がった。やらなければ始まらないなんて言葉がある。それはその通りだ。やらなければ失敗も成功も絶望も達成感もなにもえられるものはない。
そんな彼の視線は柔らかく、黒い瞳には沢山の希望と未来を写していた。
彼を一言で表すと、純粋な子供ただそれに尽きた。
彼を見た人は口々にこう言った。
「彼を見てると癒やされると」と
俺は巻と家が近かった。ただそれだけの理由で俺はよくあいつの家に遊びにいった。そこで僕は感嘆した。あいつは才能で何も苦労せずにここまで上り詰めたと思っていた。だが、そこで見た彼は真剣に楽譜に向き合い考え込み、ペンダコができた手でペンを握り、印を入れる姿だった。ボロボロと言っても良いほど使い古された楽譜はあいつの努力の結晶だった。だがあいつは言った。
「努力するのはめんどくさい」と「つまらないと」と。俺は本当に驚愕した。彼の中では、努力のうちにも入らない事だったのだ。
当たり前の事だったのだ。
その時、彼と僕の違いはよくわかった。
そんな彼のどこか満足していなそうなその顔はいつも笑っていた。だが目の奥は笑ってはいなかった。
いつも何でその習い事をやめたのを聞くのが俺は楽しみだった。あいつのやめた理由は最初の一つ以外は全部つまんなくなったらだから。
そして、誰かは巻にこう言った。
「宝の持ち腐れだな」と
数年後
燃えるかのような空。悲しく鳴くカラスの鳴き声をよそに二人の影が歩いていた。
「なぁ、巻」と俺が声をかける。
「どうしたの?」
「お前って心から笑えるのか?」これは単純な疑問だった。あいつの笑顔はいつも作り笑い。バレていないつもりだろうけどこちらからしたらバレバレだ。
「はぁ?」多分俺からこんな質問が飛んでくるとは思わなかったのだろう。動揺したかの肩をビクッと揺らした。
「笑えるよ」というあいつの顔には汗がつたっていた。夕陽に当てられキラキラと光っている。
「笑ってみろよ」と言うと、あいつは笑おうとした。だが見てわかるほど動揺している。頬が動かないからだろう。
そんな様子を見て俺は少し呆れ、
「ほら」とハンカチを差し出した。
オレンジの花が小さく刺繍されているハンカチだ。これは俺の母ちゃん特製の刺繍だ。
「なんで?」
「お前、泣きそうな顔してるぞ」と俺が言うと、目を見開いていた。その瞳からはもう今すぐ涙が溢れそうだ。
「泣いてないって」といったあいつの声は少し掠れていた。そんな時彼の目から大粒の涙が流れた。俺はあいつの隣で何も言わなかった。言えなかった。人をあやした事なんてないしだけど、俺は一言分だけ声を出した。
「お前はスケートに未練があると思うぞ」とただそれだけだった。
俺はあいつの泣き顔を見たのは二回目だ。
あいつを見ながら俺は昔の事を思い出した。俺はあの時なっていったけ?
血迷って変な事を言ってないと良いが。
確か困って凌霄花とを渡したっけ?
俺の一番好きな花だ。
あいつが泣き止んだ時はもうあいつの家の前に着いていた。
「ハンカチありがと。洗って返すよ」と返そうとする。俺は、
「いや、いいよ。お前の夢が叶った時、その証として持ってこい!」と言い走って帰ってた。あいつの夢なんか知らないが。俺は昔からあいつに夢のある人生を歩んでほしいと思っていた。
俺は夕日を見ながら鼻歌を歌いながら帰路に着いた。
その日夢を見た。
いつもより特別な夢だった。
ピアノの鍵盤から音を出す。そこに置いてあった楽譜は俺のオリジナル曲だ。まだ途中だし、曲名も決まってない。決まっていることはただ一つ……、フィギュアスケートに合う曲にすることだけだ。鍵盤に指を置き、小さく息を吐いた時の事だ。
俺の夢にあいつの影が出てきた。巻だ。
しけた顔をしている彼は無言で手を差し出してきた。
「俺に花をくれ!」と言う。そんなあいつを見て俺はポケットに入っていた凌霄花を差し出した。そしてトボトボと歩く背中を見て、「いってこい!」と背中を叩いた。するとあいつは微かに笑ったように見えた。
その時に、この歌の曲名は決まった。俺は、ビビっときたのを大事にするタイプだ。先走る筆で楽譜に文字を書き足す。
「君に夢ある人生を」と
俺はあいつがまたスケートをすると信じていた。だってあれだけが唯一つまらないという理由でやめなかったものだ。そうだろ?巻。
数年後
これまでに無いほど努力をした彼は、
「俺を目に焼き付けろよ。世界」と言いながらリングの上に立った。そして、氷の上で踊り狂う彼の目には炎が宿っていた。燃え盛りなによりも輝く、一等星のようなオレンジの炎が。その炎は観客の心を釘づけにした。その姿に、その美しさに皆が心を奪われた。
その大きく成長し世界に根付いた大輪の終焉は決して来ないことだろう。
そして彼はその試合の後、俺にハンカチを渡しにきた。
「夢が叶ったぜ!」という彼の顔は幸せで満ちていた。かつての面影もない程希望に満ちたあいつの目は真っ直ぐこちらを見ていた。
「ありがとな」と言った俺は笑えていただろう。涙なんて決して流しては無い……思う。
「奥さんにもよろしくな。」
「僕の妻は鈴のように笑うから、いつかお前にも合わせたいよ」
「おう!」と会話した後、彼は帰り際
「お前の曲でいつかゼッテー、リングの上に立つからな」とニカッと笑った。
「……、いってこい!」と叩いた背中は夢の中で叩いた背中とは似つかないほど多きかった。そして、彼は目を見開き
「お前もな」と手を振って走っていった。カバンについている赤い薔薇のキーホルダーを揺らしながら走るあいつを俺は、背中が見えなくまで見守っていた。ハンカチをくしゃくしゃに握りしめながら。
彼の握っているハンカチには古い凌霄花の刺繍そして、新しいトランペットの刺繍もされていた。それをみて彼は目を丸くした。
「花言葉調べたんだな。」
努力とは必ず才能を越える時が来る。だが越えられない才能にあった時、その才能の周りに咲いているのはいつも努力だ。
と後に、巻は語った。
こちらの話で『才能と言う名の努力』は終わりとなります。読んでくださりありがとうございます。
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