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マルスは、他に家を借りることなくそのまま下宿することになりました。
毎朝、セレネの優しい声で目覚め、小さなテーブルには質素ながらもおいしい料理、それを囲む家族、ウイン爺さんの願った風景がそこにありました。
マルスの一生懸命さはどんどん腕を上達させ、ウイン爺さんも誇らしげです。
店頭にマルスの作品が並ぶようになったある日、一通の手紙が届きました。
それは、ウイン爺さんのお馴染みのお客様からの注文でした。
さっそく、ウインは製作に取り掛かりました。マルスは、ウイン爺さんの邪魔をしないようにとセレネとお茶を楽しむことが多くなり、自分が作った作品を嬉しそうに眺めるセレネの事を特別な目で見るようになりました。もちろん、セレネも同じです。
やっと、ウイン爺さんは満足げな顔でマルスに大きな箱を渡しました。
「マルス、これを町まで届けてくれないか。待ちわびているだろうから急ぎで、すまないね。」
「大丈夫です。すぐに支度をしてきます。」
「ありがとう」
「セレネ、これをしっかりと包んでおくれ。」
「壊れないようにそっと優しく包むわ」
支度のできたマルスに
「気を付けて、早く帰ってきてね」
寂しげに笑うセレネ
「わかってるよ。すぐに帰ってくるよ。」
二人の様子を眺めながらウイン爺さんは一抹の不安を感じたのです。
町までは3日もあれば辿り着きます。往復でも1週間もすれば帰ってくるはずです。
しかし、マルスは帰ってきません。
「お父さん、マルスどうして帰ってこないの。心が震えるの。」
「セレネ、割れたらいけないから慎重に運んでるんだよ。もうすぐ帰ってくるよ。」
そんな会話を繰り返すたびセレネからは笑顔が消えていった。
「お父さん、悲しくて寂しくて心が壊れそうなほど震えるの。」
「セレネ、お願いだよ。そんなに悲しまないでおくれ。」
「でも、心が震えるの」
ウインはあまりにも幸せすぎて、セレネの心がガラスで出来ていることを忘れかけていました。
少し遅れてマルスは帰ってきました。
「セレナ、ただいま。」
「お帰りなさいマルス。寂しくて心がずっと震えてばかりだったわ。」
「疲れたでしょう。お茶の用意をするわね。」
ウインはマルスにセレネの事を言ってなかった事を後悔した。
「マルス、君に話しておかないといけないことがある。」
難しい顔で話すウイン爺さんに部屋に促された。
「マルス、セレネは人形なんだ。セレネの心臓は私が作ったガラスの心臓なんだ。お願いだよ、セレネを悲しませないでおくれ。壊れてしまうかもしれない。」
それだけ言うと黙ってしまった。
マルスは、信じられない気持ちもありました。でも、
「もう、悲しませたりしません。だから、大丈夫。ずっと二人の傍にいることが一番の幸せです。」
「ありがとう。」
どんなに信じられないことでも、この幸せを守ることになるなら、僕は信じようと思った。
「お父さん、マルス、お茶が入ったわ。一緒に戴きましょう。」
幸せを取り戻したセレネの弾んだ声が二人を呼んでます。儚く脆いセレネを守るため
「今いくよ。」
セレネを包む柔らかな光の中に・・・。
THE END