3
一緒にご飯を作り、一緒に話しをしながら楽しい食事をしている間に、本当にセレネが.......。
と感動が湧いてくるのでした。
この感動をアベル親子にもと、早速セレネを連れて向かいの工房のドアを押し開けました。
いつもと変わらない綺麗な音色でドアベルはカランコロンと鳴ります。
「あぁ~~ステキな音、私の心が震えるように喜んでいるわ」
セレネは、うっとりと囁きます。
ウイン爺さんは、奥の工房に向かって叫ぶように呼びかけます。
「アベル! アベル! 神様が願いを叶えてくれたんだよ! 」
神様が願いを叶えてくれたというウイン爺さんの声に、アベル爺さんは、慌てて店に顔を出すと、そこには優しく微笑むセレネがいました。
「セレネ......ほんとにセレネだよ!! おぉぉ、やったじゃないか! なんとステキな事なんだ! 神よ.......」
アベル爺さんは、自分が作った人形のセレネが、こんな老いぼれの自分に優しく微笑みかけてくれる事に嬉しく、跪き神に感謝するのでした。
「アベル......」
そんな友人の姿にウイン爺さんも胸の前で指を組み、神に感謝しました。
「お父さん、この人が私の生みの親なの? 」
セレネの声にウイン爺さんは、アベルの腕を引き立たせ、セレネに
「そうだよ、セレネ、君のもう一人のお父さんのアベルだよ」
「アベルお父さん、セレネです」
「あぁ、セレネ綺麗だよ......ステキな声だよ」
「ありがとう」
恥ずかしそうに俯くセレネ、その姿を二人の親の優しい眼差しが見つめます。
ウイン爺さんとセレネはとても幸せでした。毎日、セレネの自分を呼ぶ声、アベル爺さんやウインと挨拶を交わす楽しい声、ミラと店先ではしゃぐ声、すべてがウイン爺さんが手に入らないと諦めていたことばかりでした。
「セレネ、いつまでも私の傍で笑っていておくれ」
ウイン爺さんは、心からそれを願うのでした。
穏やかで楽しい日々に、また新しい喜びが訪れたのです。
それは、ウイン爺さんの工房を一人の青年が来たからです。
その青年の手には、小さなガラスでできたベルがありました。
「すみません、誰かいませんか? 」
「はぁい、今行きます」
奥の工房からセレネが店のほうに顔を出すと、青年は緊張した面持ちで
「こちらは、アベルさんの工房ですか?」
「はい、そうです。父に何か御用ですか?」
「お父さん?」
その青年は、若く綺麗なセレネが父と言ったので、ビックリしました。
何故なら、その青年はアベルという人は、高齢だと聞いてきたからです。こんな若い娘がいるとは、自分が会いに来たアベルは別人だったのではないかと。
黙ってしまった青年にセレネは父に用事があるのだろうと思い
「父を呼んできますね」
と言い置き、奥に姿を消してしまいました。
一人店に取り残された青年は、手の中のガラスのベルを眺め
「人違いなのだろうか・・・このベルの作り手に会いに来たのに.......」
がっかりとベルを眺めていた青年の所に来たアベルは、青年の手の中のベルを見て
「懐かしいのを持っているなぁ、俺が若い頃に作ったものじゃないか」
その言葉に青年はハッとして顔を上げると、目の前にはアベル爺さんが立っていました。
「あの、このベルはあなたが、作ったものに・・・」
「あぁ....そうだよ。まだまだ、未熟な時にね」
「よかったぁ、人違いかと思いました」
「えっ! 何がだい? 」
「あっ! すいません。さっき店に出てきた娘さんがあんまり若くて綺麗なのに、あなたの事お父さんと言っていたから.....」
「あぁ......セレネのことかい、娘だよ」
「えぇぇぇぇほんとに娘さんなんですか? 」
あんまり大げさに驚く青年にウイン爺さんは
「こんな老いぼれにあんな綺麗で若い娘がいたら可笑しいと」
青年は、ウイン爺さんが自分の態度に怒ってしまったんだと、大慌てで頭を下げ謝りました。
その慌てぶりにウイン爺さんは、可笑しくなりました。
青年は、下げた頭の上で聞こえる笑い声に恐る恐る顔を上げ、笑ってるウイン爺さんにほっとしました。
そして、姿勢を正し青年はアベル爺さんにここに来た理由を話し始めました。
青年が語り始めた話は、幸せだった恋人との話。
でも、恋人が病気になりこの世に別れを告げたこと。
そして、その恋人が病室で、いつも楽しそうに笑っていたとき、手にしていたのが、青年がウイン爺さんに見せたガラスのベルだと言う事だった。
そして、恋人が天国に召された時、手から零れ落ちたベルが床を転がり割れてしまい、昔のように綺麗な音を奏でる事ができなくなってしまったことを、思いつめたように話した。
「ウインさん、お願いです。このベルを直したいとは思わないんです。ただ、彼女が好きだったこのベルのような、
人を幸せにできる音を作りたいんです。」
青年の話しを聞き、セレネは大きな瞳からポロリと涙を零していました。
ウイン爺さんも、悲しそうに青年を見つめています。
「君は、恋人のためにベルを作りたいのかい?」
恋人の事が忘れられない青年に、ウイン爺さんは尋ねました。
青年は、ウイン爺さんの質問に、夢見るような笑顔を浮かべ、そして、ウイン爺さんにはっきりと
「いいえ、違います。彼女からたくさんの思い出を貰いました。このベルもその一つです。でも、彼女を懐かしむためでなく、このベルの音色を聞いていた彼女の笑顔が忘れられないんです。たくさんの人に彼女のような笑顔をと思います。僕も、その音色が好きなんです。」
切々と訴える青年には、思い出に浸る影はなく、未来に向かう力強いものを感じました。
「解ったよ、それで君はどうしたいんだ? 私の元で修行をしたいということなのかね? 」
「はい、赦してもらえるなら、弟子にしてください」
深々と頭を下げる青年に
「では、弟子になるならいつまでも君と呼ぶわけに行かないな。名前は? 」
青年は、嬉しくて勢いよく頭を上げ、そのままウイン爺さんに抱きついてしまっていました。
自分より大きな青年に抱擁されたウイン爺さんはビックリしながらも照れ笑いを浮かべ、青年の背中を軽く叩いてやりました。
「いい加減、苦しいんだが」
呆れたようなウイン爺さんの言葉に、これまた慌てたように飛びのく青年がおかしくてウイン爺さんとセレネは噴出してしまいました。
青年は、ウイン爺さんだけでなく、セレネにまで笑われ顔を真っ赤にしながらも名前をつげるのでした。
「僕は、マルスと言います。よろしくお願いします」
「こちらこそ途中で逃げ出さない事を願うよ。」
「逃げ出すなんて......」
慌てるマルスにウインは、大笑いです。
「お父さん、あんまり苛めては駄目よ!!マルスさん、今日のお宿は決まってるのかしら?」
「あっ! いえ....まだ.....」
セレネの綺麗な笑顔に顔を真っ赤にししどろもどろになるマルスでした。
「あら! それは大変だわ! 急いでベットの支度をしないと。お父さん、二階の客間をマルスさんにでいいんでしょ! 」
「あぁ、そうしておくれ、でも、ベットの用意をする前に、マルスと私に美味しいお茶を入れてくれるかい」
「はい、すぐに入れてくるわ」
楽しそうにスカートを翻し、キッチンに向かうセレネ、瞳を輝かせ棚に置かれてるガラス細工に見とれるマルスに、ウイン爺さんは新しく訪れた幸せに心躍らせるのでした。