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昔々、まだ人の手によって、色々な物が作られていたころ、腕のいい職人さんばかりが住んでいる村がありました。
村のはずれにガラス工房のお店がありました。
お店の窓際では、透き通るような綺麗なガラス細工の置物が、日の光を浴びて七色に輝いています。
そのお店の主人は白髪の老人ただ一人です。
周りの工房では、娘や息子、弟子たちが賑やかに仕事に精を出しています。
老人は、もう少し若いころには、一人でも平気でした。
でも、最近では少し寂しいと、感じるときが増えてきたように自分でも思い始めてます。
『娘でもいればなぁ 』
やさしい娘の声が、工房を華やかにしてくれるのにと......。
空想をめぐらす日々が続いています。
ある日、老人は向かいの人形を作っている工房に、可愛い人形を見つけました。
それは、老人とほぼ変わらない身長の、娘の人形です。
そこの主人が丹精こめて、作り上げた自慢の人形でした。
『こんなかわいい娘がいればこれからの人生どんなに楽しいだろう』
それから何週間も、向かいの工房の窓から見える娘を眺めてばかりいました。
老人は、もう我慢の限界だ! と、
向かいの主人に頼みにでかけました。
その娘を譲ってもらうために。
老人が人形たちが並ぶ工房のドアを押し開けると
カランコロ~ン......と、ドアベルが可愛い音を奏でました。
そのドアベルは随分と昔、この工房に可愛いお嫁さんが来たときに、老人が贈った物でした。
『大事に使ってくれているんだ.......』
嬉しくなり、自分ももし、あの娘の人形を譲ってもらえるなら大事にしよう!と、
心に思うのでした。
「アベル、いるかい?」
幼馴染の名を、工房の奥に向かって呼びかけます。
「はぁい」
奥からは、綺麗な女性の声が帰ってきました。そして、店に姿を見せたのは、息子のお嫁さんのミラでした。
「あら、ウイン爺さん、こんにちは」
「ミラ、こんにちは。店の中に入ったのは久しぶりだよ」
「あら、そうだったかしら?」
「あぁ、いつもミラが店の前を掃除してるときに会うからね」
「そうだったわね。今日は、どうしたの? 」
「うん、アベルに会いに来たんだ。いるかい? 」
「えぇ、奥で紅茶を飲んでいるわよ。どうぞ! 」
お爺さんは、ミラが教えてくれた奥の工房に向かった。
そこには、自分と変わらない白髪頭の男と、よく似た面立ちの男がお茶の時間を楽しんでいた。
「アベル、元気かい? 」
「やぁ、ウイン、君も元気かい? 」
「ウインおじさん、こんにちは」
「あぁ、トウル、素敵な人形が作れるようになったかい? 」
「まだまだですよ、お父さんのようには......」
「そうかい、これからだよ。」
「おい、ウイン、今日はどうしたんだ? 」
「.......アベル、君に頼みたいことがあるんだ」
自分たちから視線をそらし、恥ずかしそうにするウイン爺さんにアベル親子は顔を見合わせ不思議そうに首を傾げます。
ウインは、どう切り出そうか言葉を捜した。
「娘を俺に譲ってくれ! 」
何も思いつかず出た言葉は、二人を困らす言葉だった。
アベル親子は何を言われたのか、解らずただ黙ってウイン爺さんを見つめていた。
そんな二人を見たウイン爺さんは
「あぁ.......店の入り口にいる娘だよ。俺に譲ってくれまいか? 」
突然の申し出にびっくりしたアベルは
「ちょっと待ってくれ。あれは、俺が丹精込めて作った人形だぞ。売り物でもなければ、誰にやる気もない! 」
「解っているんだ。それでも、どうしても譲ってほしい......頼む......」
言葉の最後の方はもう、泣きそうな弱々しい消え入る声だった。
そんなウイン爺さんの姿にアベルの怒りは収まってきた。
「何故なのか、その理由によっては考えてもいいぞ」
「本当か? 」
「だから、理由しだいだ!くだらない理由ならここから追い出すぞ! 」
「あぁ」
アベル親子はウインが何を言い出すのか待ち構え、ウインはどう話し出せばいいのか、考えれば体は緊張にこわばって言葉が出てこない。
ウインは、大きく深呼吸をし、その様子を見ていたアベル親子もつられるように大きく息を吐き出した。
「俺は、ずっと一人で生きてきた」
「そんなことは今更言われなくても解っている」
「うん、そうだな.......若いころはそれでも良かったんだよ。お前や他の工房でも息子たちに嫁さんたちが来て、可愛い子供たちが生まれ、賑やかになっただろう? 」
「あぁ」
「だが、俺はいつまでたっても一人なんだよ」
寂しそうにうつむくウイン爺さん、そんな姿を悲しそうに見つめるアベル爺さんがいます。
「ウイン、お前やっぱり昔のことが........
言葉を詰まらせたアベルに
「否、違うんだよ。昔のことがどうとかじゃないんだ」
「なら、今頃どうして? 」
「アベル、お前が作った娘の人形を見てしまったから.......それじゃ駄目かい? 」
「ウイン.......
ウイン爺さんがあまりにも幸せそうに笑うので、アベル爺さんは余計悲しくなりました。
「ウイン、あの人形をどうするつもりだい?いくら俺たちと変わらないといっても人形だ」
「あぁ、解っているよ。でもな、アベル、お前が丹精込めて作った人形だろ、心さえ与えてやれば動き出すような気がするんだ」
突拍子もないことを言い出すウイン爺さんに、アベル爺さんは
「何を馬鹿なことを......心なんてどうやって与えることができるんだ」
「解っているさ!心は、今度は俺が丹精込めて作るのさ! 」
それまで、二人の爺さんたちが言い合っているのを、傍で聞いていた息子のトウルが
「動き出すかも知れないよ!そうだよ!きっと、人形が俺たちのように人間になれるさ」
頬を高潮させ夢のようなことをできると力説する息子を、アベルは不思議そうに見つめます。
「だってそうだろう、二人の名人が作るんだよ。それも、丹精込めて心を、思いを込めてだよ」
「そうだろう!お父さん」
「.................
息子にそんな風にきらきらと輝く瞳で言われたアベルは、もしかしたら..........と、思ってしまうのでした。そして、神がこの思いを叶えてくれるのではと、思ってしまうのでした。