1-7
「……はァ、」
短い息をひとつ吐き、神々廻さんは番傘を背中に戻す。
「お疲れ様、黎一郎。……あなたも」
「え……?あっ……」
馨ちゃんに声を掛けられた瞬間、今まで指一本すら動かせないくらいガチガチに固まっていた身体が急に動くようになった。
緊張が解け、思わずその場に座り込んでしまう。
「……こ、殺されるかと、思った……」
最初に口から出た感想はそれだった。
それから堰を切ったように言葉がどんどん溢れ出して来る。
「い、いきなり番傘向けられたかと思ったら刺されて!刺されたかと思ったら痛くないしなんか耳元で変な声はするし!アンタいったい何したんだよ!?」
「祓った」
「はあ!?」
あまりにも簡潔な説明に僕は立ち上がって相手に掴みかかってやろうかと思った。だが、思ったより恐怖を感じていたらしく、足は動いてくれなかった。
「黎一郎、ちゃんと説明しなきゃだめ」
「面倒だ。俺ァ祓って疲れたんだよ。お前に任せる」
神々廻さんはそう言ってテーブル席に寝転がる。
他に客は居ないとはいえ、何という迷惑な客だろうか。純子さんは気にしていないようだが。
「……もう、黎一郎は」
そんな彼の様子を見て、馨ちゃんは小さく溜息をつく。
いつもこんな感じなのだろうか。だとしたら、心中お察しします。
「仕方ないから私が説明する。怖かったでしょ。ごめんなさい」
馨ちゃんは僕の隣にしゃがみ込み、目線を合わせてくれた。……小学生相手に、情けない。
「その前に、ちゃんと自己紹介をしておくね。私は、幽神馨」
「あ、僕は直樹将吾……」
彼女が名乗ってくれたので僕も形式的に返す。
「私は、黎一郎の相棒なの。彼が色々説明不足でごめんなさい」
こんな小さな少女に謝罪させておいて、自分はテーブル席で寝転がっているホームレス(恐らく)。
彼を横目で見ながら、僕はこんな大人にだけはなるまいと誓った。