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「おいそこのガキ。入らねェなら退きやがれェ」
「……!!」
背後から聞こえる男の声。
どうやら僕の後ろに客が居たらしい。
慌てて退くと、男は僕の横を通り過ぎて店(どう見ても民家だが)に入って行ったが、通り過ぎた瞬間異臭が漂う。
改めて男の姿を見ると、上半身は黒いTシャツに和風の紺色の羽織、下半身はジーンズに下駄というトンチンカンな格好をしている。
しかもよく見ると結構ボロボロだ。髪もひとつに縛ってあるが伸ばしっぱなしで物凄く長く、ボサボサである。
更に彼には似つかわしくないくらい綺麗な漆黒の番傘が背中に背負われており、余計に異質さを際立たせていた。
というか番傘?令和のこの時代に番傘?
……これは、所謂ホームレスというやつでは無いのだろうか。番傘は何処かゴミ捨て場から拾って来たとか……。それにしては綺麗過ぎる気もするが。
「邪魔するぜェ」
「あら、黎一郎さん。後ろの方はお連れ様ですか?」
「あァ?知らねェよ。扉の前で突っ立ってた」
黎一郎と呼ばれたホームレスらしき男は常連らしい。慣れたように席につく。
「あ、あの……ここって食堂とかですか」
「ああ、ごめんなさい……!分かりにくかったですよね。これでも一応、食堂なんですよ」
食堂の店員らしき女性がこちらに微笑みかけてくれる。先程、ホームレスの男にも話しかけていた女性だった。
第一印象は、綺麗な人だなと思った。店長の娘さん……とかだろうか。
「何処でもお好きなお席にどうぞ」
女性に促され、僕は適当な席を選んだ。
でもあのホームレスからは離れた席にした。だって、不衛生だし。
「メニューはここに置いておきますから。決まったらお呼びください」
「あ、あの……」
「おい純子。今日もカツ丼大盛りで頼むぜ」
「はいはい、黎一郎さん。デザートは抹茶団子でよろしいですね?」
「はッ、分かってんじゃねえかァ」
僕が話しかけようとした瞬間にあの男が言葉を重ねてくる。こいつ、空気が読めないのか。
でも明らかに喧嘩を売ってはいけないタイプだ。ここはぐっと堪えよう。
僕は適当に日替わり定食を頼み、それを口にする。正直期待はしていなかったが、かなり美味しかった。
「……うま、」
「美味いだろ」
急に話しかけられて驚くと、僕の座っていた席の隣に例のホームレスが座っている。……いつの間に。
「ここの飯、最高なんだよなァ」
「……そうなんだ」
とりあえず適当に返事をする。正直絡んで来ないで欲しいと思ったが、僕の思いは相手には通じなかった。
「何でこんなに美味いのに繁盛しないか分かるかァ?」
「さあ……そもそも店だって分かりづらいからじゃないの」
「だってよ、純子」
店員の女性は困ったように笑った。別に彼女を困らせたかった訳じゃないのに。
「でも私は、夫と趣味でこのお店を営んでいますから」
「え!?既婚者なの!?」
彼女の思わぬ言葉に、つい大声を出してしまう。
同い年くらいだと思っていたのに、不思議生物の存在なんかよりもよっぽど驚いたくらいだ。……それはちょっと言い過ぎか。