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「黙れ!何も分からない女の癖に俺の教育方針に口を出すな!」
「あなたのやり方は厳し過ぎる!これじゃあ将吾が可哀想よ!」
「お前が甘やかすから将吾が腑抜けるんだ!そっちの方が可哀想だと何故分からないんだよ!!」
……また始まった。
僕の為だなんだと言うなら、まずはその喧嘩を止めてくれないかな。本人を目の前にして。
もう別に慣れたんだけどさ。毎日のことだし。
「図書館に行ってくる」
「だいたいお前は……!」
「そういうあなたが……!」
……聞いてないな。これは。
まあ一応声は掛けたんだ。セーフだろう。
僕は溜息をついて家を出る。
僕は直樹将吾。
ごく普通の高校一年生……と言いたいところだが、実は直樹グループという誰もが知っている会社の社長の息子だ。
僕には姉が3人いる。
僕はようやく誕生した男児らしく、父親からの期待を背負わされていた。
反対に母親は僕には伸び伸びと過ごして欲しいらしく、教育方針の違いでここのところ両親は毎日喧嘩ばかりしていた。
「ただでさえ変なモノが蔓延ってきてやばい世の中になってんのにさ……勘弁して欲しいんだけど」
《不思議生物》……そんなモノが当たり前にこの世に存在するようになったのは、ここ数年のことだった。
人間では無い幽霊とか妖精とか未確認生物とか……そういうのを纏めて不思議生物と呼ぶらしい。
不思議生物の中でも人間と共存することを選んだ人間に危害を加えない種族のことを《陽魔》と呼び、反対に人間に危害を加える危険な種族のことを《陰魔》と呼んでいる。
元々不思議生物自体は大昔からこの世に存在していたが、陽魔は大昔から現在に至るまで人間に見つからないよう上手く擬態して姿を隠しており、陰魔は《祓い手》と呼ばれる陰魔に唯一対抗出来る術を持っている者たちが人知れず奴らを祓っていたおかげもあり、不思議生物は僕達一般人の前には姿を現さないのが当たり前だったのだ。
しかし、ここ数年で陰魔の数は激増。反対に祓い手の数は激減してしまっており、不思議生物が当たり前に認知される世の中になってしまったという訳だ。
祓い手については詳しくは知らないが、そもそも僕や一般人が知らないことが祓い手の数が減ってしまったという証明にもなっていた。……皮肉なことだけど。
僕が高校生なのにも関わらず、平日の昼間から家に居るのも陰魔のせいだ。
陰魔の数が増えると、緊急事態とか何とかで学校閉鎖になる。
今回は……もう、一ヶ月も学校に行けていない。
それに両親の喧嘩も加わり、更に僕のストレスを悪化させる要因となっていた。
「……あ」
両親に呆れ果てて家から飛び出したはいいものの、僕は昼食を食べていないことに気がつく。
財布はいつも持ち歩いているが、陰魔が増えて緊急事態になると近くのコンビニなども休業になることが多い。陰魔から身を隠す為だろう。
「どうするかな……」
僕はあまりにも閑散とした街を歩く。
これならコンビニどころか飲食店すらも開いていなさそうだ。
……困ったな。家に帰るしか無いだろうか。
でも今戻るのはタイミング的に悪過ぎる気がする。どうせまだ喧嘩はヒートアップしているだろう。
「あれ、ここ……もしかしてやってる?」
家に戻ろうかどうしようかとふらふら適当に歩いていたら、僕の目に『今日も元気に営業中』と書かれた看板が目に入った。
しかし看板はどう見ても手作りだし、その看板がかかっている場所だってどう見ても店に見えなかった。というか、ただの普通の民家にしか見えないのだ。
「……本当に店なんだろうか」
独り言を呟きながら店(かどうか分からない民家)に入るかどうか悩む僕。
そんな僕の背後から一人の男が迫っていることに、僕は気づかなかった。