生徒会に入りたい?2
「お姉さま、ウルリヒ様、何の話ですか?」
汗をぬぐいながらやってきたクリストフは、べしゃりとつぶれているウルリヒの頬を指でふにふにと押した。マシュマロのような白い頬が揺れて「うぅー」と唸り声が出る。
「くりすとふぅー…。マトモなのはお前だけだよぉ」
「どうしたんですかコレ」
うにうにとウルリヒの頬を押し続けながら、視線がシャルロッテに向いた。
仮にも王子様に“コレ”呼ばわりは不敬であろう。目をつぶりコホンと咳をして、片目を開け「こらクリス。コレじゃないでしょ。ウルリヒ様よ」と一応注意をしておく。
「だって溶けてるから」
「あぅぅ…」
頬から手がするりと滑って、ウルリヒの頭をわしゃわしゃとかき混ぜた。幸せそうな顔で受け入れているので『まあいいか』と思い直して、「なんだか、学園大変みたいね」と、小言から先ほどの話へと路線を戻した。話の流れをざっと説明する。
「あぁ。それなら生徒会、ウルリヒ様と僕の二人体制にしましょうか」
マッコロとデルパンをクビにする気満々のクリストフに、シャルロッテがぎょっとした。見限るのが早すぎやしないだろうか。
「くりすとふぅ、デルパンは護衛兼ねてるから外すの大変だぞぉ…」
「ドアの外でずっと待たせておけばいいのでは?」
シャルロッテの脳裏には、まるで番犬のようにリードで繋がれたデルパンが、ボロボロの生徒会室のドア前で座っている様子が浮かぶ。三角座りだ。そしてきっと、クリストフが通り過ぎるたびに唸って威嚇する。
(ちょっとそれは…絵的によろしくないのでは…)
マッコロとデルパンは不思議とヒロインに夢中になった様子だったのに。ヒロインを生徒会に入れないどころか、まさかの主要キャラを追放しようとするとは。原作から既に大きく離脱している気がするのだが…ここから本当に逆ハーレムが完成するのだろうか。
「その…クリスは、モモカ様のこと、どう思う?」
「どうって…何も。関わり合いになりたくないな、としか」
「話したりしないの?」
「僕から話しかけることはありませんが、よく話しかけてきます。迷惑なので大抵無視しますが」
クリストフがサイコパス的な執着を見せる気配はカケラもなさそうだった。
『私に隠しているだけ…?』『それともこれから好きになる…?』と、シャルロッテは揺れる心のままにきゅっと眉根を寄せる。
「あ、いや、お姉さま。学友を無視しているわけではありませんよ、あのピンク頭はやたらと話しかけてくるので…」
シャルロッテの反応を『怒っている』と捉えたのだろう。焦ったように言葉を付け足すクリストフ。それにウルリヒが「私にもやたらと話しかけてくる~」と合いの手を入れた。
シャルロッテはそれを『まあヒロインだしな』と自然と納得するのだが、二人は違うようで。
「いくら学園が生徒平等といえど、ウルリヒ様にむやみやたらに話しかけているのはあの娘くらいですよね。不敬罪適用されないんですか?」
「学園内はされない」
「最初からアンネリア様が居れば寄ってこないかもしれませんね」
「連れて歩くか…」
アンネリアを魔除けの如く扱う男子二人。
その様子にシャルロッテが「アンネリア様のこと、モモカ様は苦手なの?」と、ぽろっとこぼした。
シャルロッテの言葉に、クリストフとウルリヒが顔を見合わせる。むくりと起き上がったウルリヒは、ちょいちょいとクリストフを手招きしてごにょごにょと二人で何かを話している。
二人の脳裏には、先日のとある光景がよぎっていた。
◇
学園、食堂、昼時。
それは最も人が集まる場所であり、時間帯である。
「私が平民だからって、差別しないでください!」
女子の甲高い声が、喧騒を切り裂いた。
声の届く範囲にいた生徒たちは何事かと顔を見合わせて、視線は声の方向へと集まる。学園で生徒は平等とされているのに、その校則に反するセリフだ。もし何かあったのならば事件である。生徒達の関心は引き寄せられた。
「何事かしら?」
「また、例のピンク頭のようです」
食堂で友人たちとランチを楽しんでいたアンネリアは、穏やかではない声に顔をしかめた。実は、アンネリアのわりと近くで騒ぎが起きているのだ。なにやら人垣が出来てしまって見えないが、声はハッキリ聞こえてくる。
「だから、私が平民だからって差別しないでください!」
「してないわよ!!」
女子生徒の一人が「私見て参りますわ」と立ち上がったのを扇で制すアンネリア。
「関わり合いになりたくないわ」
「でもきっと、誰かが呼びに来ますよ」
ささやいてくる取り巻きの一人に、げんなりとした顔でアンネリアは指で顎を揉んだ。最近、あのピンク頭関連で騒ぎがおきるとアンネリアを頼って人が走ってくるのだ。なぜなら…。
「お前たち、モモカに何してる!」
マッコロの声が響く。
そして、アンネリアのため息もその場に響いた。
こうなると、学園内では平等とはいえ下級貴族は強く出られない。分別のつく貴族だからこそ、親のことなど考えて、宰相の息子であるマッコロ相手に遠慮してしまうのだ。
周囲の女子生徒が期待の眼差しでアンネリアを見つめている。そして案の定、そう遠くもない騒ぎの輪から女子生徒が転がり出て来て、「アンネリア様!」と半泣きで取りすがってくる。どうやら、渦中の生徒の友人らしい。
「はぁ…行きますわ…。行けばいいんでしょ…」
立ち上がるアンネリアは「片付けておきますわ」「サンドイッチをご用意しておきます」「中庭でお待ちしておりますわ」と、送り出してくれる友人に手をヒラヒラと振った。多勢に無勢は好まないアンネリアは、いつも一人で立ち向かう。
アンネリアが動けば、ザッと人垣が割れた。
皆がホッとした様子で彼女を見てくるのは、この騒ぎが初回ではなく、毎回こうして解決することを知っているから。まるで演劇を観るかのような生徒も居て「いらっしゃったわ!」「やっぱりアンネリア様だよな」などと、小さく好意的なざわめきが起こった。
「ごきげんよう。この騒ぎは何かしら」
周囲の期待に沿うように、アンネリアはぴしりと背筋を伸ばして腹から声を出す。大きくもない声だが不思議と響く。視線がザッとアンネリアに集まった。
「またお前か!」と悪態をつくかのように吐き捨てるマッコロに、アンネリアはにっこりと笑って「ごきげんよう、マッコロ様」と礼儀正しく挨拶をする。
「今日はお前に関係ないだろう、放っておいてくれ!」
「あらマッコロ様お言葉ですけれど…貴方も関係ないのでは?」
「俺はモモカの友人だ!」
「では、私もそちらの方の友人ですので」
バチバチと火花が散るように、マッコロとアンネリアの視線が交わった。
モモカに絡まれていた女子生徒はサッとアンネリアの横に来て「突然、私が順番を抜かしたって言ってきて、それが差別だって…!私、あの子が並んでるなんて知らなかったんです…!」と、泣きそうな声を出している。
女子寮の生徒は大抵顔見知りなので、友人と言うのもあながち嘘ではない。現にこの生徒もアンネリアは顔と名前はすぐに分かったし、何度か話をしたこともある。そして、彼女が差別をするようなタイプではないことも、アンネリアはすぐに気が付いた。
「どうやら、誤解があったみたいですね」
「誤解?ハッ、言い訳だ!」
アンネリアは内心でため息をつく。
モモカがこうして「差別だ!」と騒ぎ立てるのは、実は三度も四度もあることだったのだが、毎回マッコロが出て来ては話を大きくする。そして、マッコロやアンネリアが出てくると、途端に当事者であるモモカはしゃべらなくなるのだ。
「…そちらの女子生徒の方は、順番を抜かされたことにお怒りでいらっしゃるのね?」
「違う!平民だからといって差別をする、お前たちの態度に傷付いているんだ!」
そして、こうなるともう話は進まない。
マッコロの理不尽な理論展開に、当事者の沈黙。
アンネリアは気が進まないが、横に立つ女子生徒にあることをささやいた。彼女は一瞬顔をしかめるが、アンネリアの厳しい視線にコクリと頷く。
そして一歩前に出ると、大きく頭を下げて「順番を抜かしてごめんなさい!」と、大きな声で謝った。そして、その頭は上がらずに下げ続けられている。
沈黙が食堂に満ちた。
たっぷりと間をとってから、アンネリアはパシン!と扇を開いた。
「で。許してくださるの、くださらないの?」
口元を隠して見つめる先はモモカだ。マッコロの後ろに隠れるように立っていた彼女は、アンネリアの視線にびくりと肩を震わせた。
「睨むな!」
マッコロの声を無視して、アンネリアはただモモカを見つめ続けた。
「……ゆるし、ます」
「そう。誤解が解けて良かったわ」
パシン。扇を閉じる音が響く。
「当事者が謝り、当事者がそれを許した。これで解決ですわね?」
ぐっと言葉に詰まるマッコロの顔を見て、アンネリアは内心であざ笑う。
宰相は頭の切れる御仁だが息子はボンクラだ。中途半端に首を突っ込んでは、アンネリアにいつも煙に巻かれるのだから。
「行きますわよ」
くるりと踵を返したアンネリアは、振り向きもせず声をかけた。頭を上げた女子生徒は、追いすがるようにその背を追う。ザッと人垣が割れて道ができる。「名裁きだ」「流石アンネリア様」と、周囲の人々はアンネリアを見送った。
その様子を遠くで見ていたウルリヒとクリストフは顔を見合わせて、静かにその場から退散した。