生徒会に入りたい?1
原作開始を見届けたシャルロッテだったが、日常はいつもと変わらず過ぎていく。
平日は授業と商いで猛スピードで過ぎてゆき、週末にはクリストフが帰って来て二人で過ごす。最近では、シラーにくっついて領地経営のイロハを二人で教わったりもしていた。
ウルリヒは変わらずほぼ毎週やってくるが、流石に後継ぎ教育も詰まってきたらしい。『しゃるたちが城にきてよ~』なんて甘えていたが、うっかり親戚に会ったりしたらイヤなのでシャルロッテはやんわりと拒否をした。
(ウルリヒ様は知らないみたいだけれど、王ってシャルロッテのこと殺してた可能性があるのよね…流石にちょっと気まずいわ)
城に行って墓参りをしたい気持ちもあるが、次は大人になってからでも良いだろうと考えていた。あの美しい花に囲まれた墓石は、シャルロッテの記憶にしっかりと刻まれている。どこに居たって心で祈れば良いのだ。
「くりすとふ、家ではよく笑うよな~」
公爵邸のガーデンテーブル、並ぶのはウルリヒの好物のお菓子ばかり。
先日は『しゃるはヒマだろ』と言われた仕返しにビタースイートなラインナップでウルリヒを迎えたところ、我慢して食べながら『きょ、今日のお菓子はオトナな味ってやつだな!』と、こっそり紅茶に砂糖を大量投入する姿が健気で可愛かったのでシャルロッテは溜飲を下げ、そして反省したのだ。子どもに対して大人げなかったな、と。
「学園で、クリスは笑わないのですか?」
「あんまり。生徒会で会うからかもしれないけどな~」
「あのボロ…レトロな建物ですね」
「しゃる失礼だな。あれは生徒憧れの建物なんだぞ」
まだまだ甘党なウルリヒではあるが、学校では立派に生徒会長を務めている。
生徒会室は外観こそボロっちくてまるでホラーハウスの様相を呈していたが、中にはシャワールームやミニキッチン、仮眠室など、一通り人間が暮らせる設備が揃っているとのこと。エリート生徒会メンバーだけが入館を許可される、生徒憧れの建物らしい。
「でもクリスが『オバケが出るって話もある』って…。そんなところに、本当に憧れるかしら?」
「ほんとか!初めて聞いた!」
テンションが上がったウルリヒは「後でくりすとふに聞いてみよ~」と、嬉しそうだ。
(子どもって学校の怪談とか、七不思議とか、怖い話好きよね。怖がる子にも無理矢理聞かせて嫌われちゃったりしないかしら…)
「ウルリヒ様、怖い話は苦手な人もいますからね」
「?うん」
「怖がる子にはそういった話をしちゃだめですよ、嫌われちゃいますからね」
「しないぞ!しゃるは私のこといくつだと思ってるんだ…」
ぷぅーっと頬を膨らませる姿は子どもそのものなのだが、シャルロッテは「すみません、つい。昔の感じが抜けなくって…」と誤魔化しておいた。王子は拗ねると面倒なのだ。
「周りの生徒はアコガレのまなざしで私を見てるんだぞ!しゃるも、学園に来れば私を子ども扱いなどしなくなるだろう。…そうだ、制服もあるんだしまた遊びに来たらいい!」
「おほほほ…」
どや顔のウルリヒ。
名案!みたいな顔をされても、反応に困る。
「いけませんわ」と断ったら拗ねそうだし、クリスがテルーと向こうで鍛錬しているので迂闊に「いいですよー」とも言えない。後で怒られるからだ。
困った時にはとりあえず甘い物を差し出してごまかそうと、シャルロッテはメイドを呼んで「チーズケーキをお出ししてちょうだい」と指示をした。テルーお気に入りの公爵邸のチーズケーキは、ウルリヒの大好物でもある。案の定、ウルリヒは「今日はチーズケーキがあるのか!」とルンルンでこの話題を忘れてくれた。
「皆さま憧れの生徒会で、クリスはちゃんとやれてますか?」
「ああ。いちばん仕事してると思う」
「忙しくって、笑うどころではないのでは…?」
最初の話題に戻ってみれば、ウルリヒは薄ら笑いを浮かべた。
「いや。たまーに一人でニヤニヤしてる。たぶんアレはしゃるのこと考えてるんだ」
「クリスが何を考えてるかなんて、ウルリヒ様には分からないでしょう」
『人の義弟を変態のように言わないでほしいわ』と、シャルロッテがちょっとツンとして答えれば、ウルリヒはきょとんとした顔で「あいつは分かり易いぞ」と言う。
「しゃるだけだぞ、分かってないの」
「えっ?!」
「くりすとふが優秀すぎるから、仕事は正直私とくりすとふ二人でも十分なくらいだし」
(ん…?んんん…?あれ、ヒロインちゃんって生徒会入るんじゃないの?)
原作自体は大昔の記憶だが、それを書きだした紙は何度も見ている。
確か人手の足りない生徒会に、ヒロインは庶務として参加するはずだ。
それに最近のアンネリア速報(お手紙)では、モモカが『生徒会室に呼ばれた』『生徒会入り目前』と触れ回っていると記されていた。それで『あぁもうすぐ生徒会に入る時期なのか、やっぱり原作通り事が進むのね』と思っていたのだが。
「えっと、今の生徒会は確か、ウルリヒ様とクリス、あとデルパン様とマッコロ様、モモカ様の五人でしたっけ?」
「ももかさま?」
不思議そうなウルリヒの顔が、こてんと小首をかしげた。
しばらく考えた様子だったが「あー、あぁ…もしかしてあの、ぴんくの…」と小さくつぶやく。
「マッコロとデルパンはお気に入りみたいだけどな、生徒会入りは断ったぞ」
「えっ?!え、ええっ~?!」
「なんでそんなにおどろくんだよ」
シャルロッテが大きな声で身を乗り出すのに、ウルリヒの方が驚いた顔をした。「しゃるのおおごえの方におどろきだよ…」と、怯えたように肩を前にきゅっとすぼめて背を丸めている。「ごめんあそばせ」と、シャルロッテは居住まいを正した。
「お断りしたということは、モモカ様は生徒会入りを希望されたのですか?」
「みーんな入りたいんだぞ!」
ジト目でシャルロッテを見てくるウルリヒ。憧れの生徒会というのを、信じていないのがバレてしまったらしい。
「生徒会はな、授業に出ないで仕事をしても良かったりとか、色々と特典があるんだ!特別なんだぞ~!まあ、だからホイホイ仲間を増やすのもよくないんだが」
生徒会は前任者の推薦制でメンバーを決める。
そこで転入生のモモカを、デルパンとマッコロが特例で推薦すると言いだしたらしい。『転入生はその年に、生徒会入りのチャンスを逃している』とかなんとか。しかし規則に則って、ウルリヒが却下した。
「わけの分からん前例を作ると、後々面倒だとよく城で聞くからな」
「それは凄く…そうでしょうね」
城などの行政機関は特にそうだろう。前例があれば、それが通ると思われる。
「マッコロが生徒会室にあのピンク頭を連れてやって来てな。『私、精いっぱい頑張ります!』とか言いだして、大変だったんだぞ。生徒会室にそもそも部外者を入れてはダメだし、生徒会にピンク頭を入れるとは言ってないのに勘違いしてるし…」
言いながらずるずるとウルリヒの姿勢が前傾に悪くなって、ついには顔がガーデンテーブルにべちゃりとついた。そのまま疲れたようにため息を吐きながら「なんかまだ諦めてないっぽいんだよな…そうか、あいつモモカって呼ばれてたな…」と、うなだれている。
伏せたまま、ちらりと視線をシャルロッテにやったウルリヒは問いかけた。
「しゃるはアンネリアから何か聞いたのか?」
「あ、えっとぉ。怒ったりします…?」
「なんで怒るんだ」
「ウワサ話なんて、はしたないこと…」
恥じるように下を向いて見せるシャルロッテ。ウルリヒは笑って「いいじゃないか、ウワサ話。今度私も生徒会室の幽霊のウワサ話ができるように仕入れてきてやろう」と、楽し気にフォローをしてくれる。
「ありがとうございます。モモカ様には申し訳ないんですけれど、アンネリア様との間で話題にしやすくって。その…ほら、ね」
「入学式の時も強烈だったからな」
二人で顔を見合わせて苦笑い。
アンネリアから聞いた話では、モモカは女子寮で既に浮いた存在らしい。いじめられているとかはないそうだが、その独特な性格で特定の友達はゼロだとか。
「はぁ…アンネリアも一回生徒会室に招待しとくかなー。あの女に『自分は特別だ!』とか吹聴されても困るしぃ…」
明らかにうざったそうな物言いである。
(やっぱりウルリヒ様にも、全然ヒロインパワーが効いてないわね)
シャルロッテは一人思案した。