入学式1
そうして運命の日がやって来た。
今日は学園の入学式、原作開始の日。
「クリスは朝から寮に居ないとダメじゃないの?」
「特例を認めてもらいました。『王子の願いで…』と言えば一発でしたよ」
学園に行かないことを決めたのに、シャルロッテはなぜだかクリストフと共に馬車に揺られていた。しかも学園の制服に身を包んで。
原作でも『可愛いなー』と思っていた制服は、白いジャケットに金糸で学園のエンブレムが胸に刻まれた豪奢な作りで、シャツやスカート、ズボンの色は自由。
クリストフはジャケット以外を黒で統一した、スタイリッシュな着こなしをしている。隣に座っているシャルロッテも黒いロングドレスで似たような着方だが、頭には黒レースのベールがついた小さな帽子を被らされた。
(まるで女優みたいだわ…)
息苦しくなって襟高タイプのロングドレスの喉元をくっと指で引っ張れば、目ざとく気が付いたクリストフが「ドレスが苦しいのでしたら、帰りましょうか」などとのたまった。朝からずっと「やっぱりやめときます?」「風邪っぽくないですか、学園行くのやめましょう」と、真顔で冗談を言ってくるのだ。
「だめよ、クリス。ウルリヒ様が拗ねちゃうわ」
「だってワガママが過ぎるでしょう…僕とお姉さま、二人に入学式を見てほしいだなんて」
憮然とした表情のクリストフに、思わず苦笑いを浮かべてしまう。たしかにあの王子様はワガママだ。
そう、私は入学しに向かっているわけではない。
本日入学でこの国の主役、ウルリヒ王子様の『しゃるとくりすとふ、二人で入学式は見て!』というお願いのせいだ。
ちなみに入学式は、新入生の家族しか見学ができない。
シャルロッテはウルリヒの親でも姉でもないので断ろうとしたが『でも、しゃるは学園に出入り自由だろー?ならくりすとふと一緒に見ててよー。いいだろー』と、どこから聞いたのか、シャルロッテの学園出入り自由の事実を指摘された。
それでもクリストフは難色を示し続けていたが『しゃるが来ないと、新入生代表挨拶やる気でないなぁ』と言って机に伏せたウルリヒのトドメの一言。
『くりすのには行ったのに…私の入学式には、来てくれないのか』
明らかにしょんぼりとした声色に、シャルロッテが反射で「行きます」と答えてしまった。瞬間、ぴょんと椅子から跳ね上がって「ほんとか?!ぜったいだぞ!!」などと喜色満面の笑みで喜ぶウルリヒに、クリストフも『やっぱりダメです』とは流石に言えなかったのだ。
こうして、シャルロッテはシラーがどのようにかもぎとってきた学園への出入り自由権を活用し、目立たぬように制服で入学式に紛れ込むことになったわけである。
「ウルリヒ様、私たちのことちゃんと分かるかしら」
「分かると思いますよ。というか、分かるだろう位置に席を用意させています」
今回の王子の我儘のために、実は多くの人間が動いている。
シャルロッテが来るならば守りを固めるのは当然のこと。クリストフは学園に在籍する縁戚を総動員し、ばっちり準備をしていた。
馬車が学園に到着すれば、そこで待ち構えていたのはアンネリア。
スラリと伸びた長い脚にゴージャスなポニーテールがいつものスタイルで、手には大きなふさふさした扇を持っている。
「シャルロッテ様ぁ!なんてお美しい!制服姿もとっても素敵です!!」
降りるシャルロッテをエスコートするクリストフには「ごきげんよう」とだけ塩対応で述べ、アンネリアはくねくねと体を動かしてシャルロッテに抱き着こうとした。当然、クリストフにサッとガードされる。
「アンネリア様も、いつ見ても素敵な制服姿ですわ」
「嬉しいですわ~!」
シャルロッテをガードしたまま「早く待機室に案内してください」とクリストフが告げれば、アンネリアが手を差し出した。シャルロッテが素直にそれを掴めばニンマァと笑って歩き出す。クリストフは苦い顔をしつつも、反対側のシャルロッテの手を握って素直に歩き出した。
そうして待機室とやらに入りしばらく三人で歓談していると、レンゲフェルト縁戚である男子生徒が呼びにやって来た。見知った顔だったので「ごきげんよう」とシャルロッテが声をかければ、顔を赤くしてモゴモゴと「お、お会いできて光栄です…」と消えそうな声が返ってくる。
それを無表情で見ていたクリストフは、シャルロッテの手を引いて己の目を見つめさせる。
「では、お姉さま。ここからはしゃべらず、人と視線を合わせず、何を言われても無視してくださいね」
「何かあれば私かクリストフ様に、耳元でコショコショっと囁いてくださいませ」
「?分かったわ」
シャルロッテは不思議に思いつつも『クリスとアンネリア様の言うことだものね』と、とりあえず頷いておいた。
先導する男子生徒の後ろを歩いているだけなのに、すれ違う教師は立ち止まり深く頭を下げてくる。あわあわとするもクリストフに腰をつかまれエスコートされているので、止まることはできないのだが。
「先生にもご挨拶しちゃダメなの?」
「ダメですわ」「だめですね」
二人に同時に拒否されて、渋々頷く。そうして流されるままに講堂へと到着すれば、気が付いた人間たちからバッと集まる視線、興味、興奮、関心。
言い付けを守ってシャルロッテは目線を逸らし、空虚を見つめながら歩みを進めた。
座席は生徒席の一番左後ろで、周囲は知った顔ばかり。皆パーティーなどで顔を見たことがある、レンゲフェルトやラヴィッジの親類縁者であった。知った顔ならよかろうと微笑み目礼をすれば、険しい顔のクリストフに目線まで遮られてしまう。
「愛想を振りまかないでください」
耳元で囁かれる声にシャルロッテはびくりと体を震わせた。なんだかぞくっとして、慌てて首を縦に振る。
居心地が悪くてドキドキしてしまう。
「シャル」
「なぁに」
「だめですよ、しゃべったら」
意地悪な微笑みを浮かべるクリストフに、思わず笑ってしまう。
話しかけてくるのはクリストフなのに。なんて自分勝手なのだろう。
すると周囲からどよめきの声が上がった。
「嘘だろ」「幻か」「違う人?」など囁き合う声もして、シャルロッテはそれを不思議に思う。ざわめきがさざ波のように広がり、前に座っている生徒達が振り向きだした。皆シャルロッテと同じ、何が起きているのだろう?という気持ちだろうか。
アンネリアの扇がパァン!と鳴った。
ザッと生徒達は前を向き、静寂があっという間に場を満たす。
(すごい!扇を閉める音だけなのに!皆様まるで、調教された動物のようだわ)
アンネリアの意外な才能に感心するシャルロッテ。彼女には、人を従わせる力があるらしい。
すると程なくして入場のラッパが鳴り響き、入学式が始まった。オーケストラの生演奏が会場に満ちれば、小さな紳士淑女の列の先頭。見慣れた顔がやって来た!
(ウルリヒ様だわ!ちょっぴり緊張しちゃって可愛い~!!)
いつもと違って凛々しい顔で歩くウルリヒ。しかし歩みを進めるうちに、すぐシャルロッテと視線が合った。きゅっっと口角が上がって目がわずかに細められ『見に来てくれたの!』『嬉しい!』という感情が伝わってくる。見えないしっぽがブンブンと振り回されているような気さえする表情に、シャルロッテは『来てよかったな』と心から思った。
学園長挨拶の後、新入生代表挨拶も立派に務めたウルリヒ。
クリストフと二人でいっぱい手を叩いたシャルロッテは、何年か前と同じく『すごいわ、立派になったわね』と胸を熱くさせていた。子どもの成長は早いものである。
そうして退場まで見守った後、保護者や在校生の退場よりも先に、クリストフのエスコートでシャルロッテは外へと出た。無論アンネリアも一緒である。
連れられるがままに歩けば、人気のない中庭のような場所。
「ここでウルリヒ様を待ちます」
「なるほど」
ぼんやりと周囲を見回す。そこには古びた建物があり、校舎と少し離れて独立している。レンガ造りのレトロな感じだが、蔦が覆っていてちょっぴり不気味だ。
不思議と既視感を覚えて建物を観察していると、アンネリアが横から「あれが生徒会室ですのよ。クリストフ様とウルリヒ様は、今年度からこちらでお仕事されますの」と教えてくれた。
「!」
「ボロくって驚いたでしょう。幽霊が出るなんて話もあるんですよ」
シャルロッテが息を呑んだのを、うまく勘違いをしてくれたクリストフ。脅すように言ってくるが、全然そんなことではない部分でシャルロッテは震えていた。
(そうだわ!ここ、見たことある!)
思い出した。
ここは、原作で見た景色だ。
入学式の後で道に迷ったヒロインは、生徒会室にやってくる攻略対象者たちと出会う。ヒロインのような途中入学の生徒は入場行進をしないし、在校生とも座らない。そのため案内がなく、ヒロインは途方に暮れてさまようことになるのだ。
胸に新入生のリボンを付けながら生徒会室の周りをウロウロする彼女を心配して、王子様が直々に女子寮まで送ってくれる。そうすると女子達の反感を買って、ヒロインは“平民イジメ”に遭うようになり…。
(まずはイジメから庇ってくれる生徒会メンバーと、仲良くなるのよ!)
そしてシャルロッテは気が付いた。
ここに居たら、ヒロインが来る。だってここでイベントが起きて、物語が始まるのだから。
(ヒロイン、見れる?!)




