学園三年生 前編
三年生になって早々、クリストフは生徒会室に呼び出されていた。
「お願いしますクリストフ様!来年の副会長、引き受けてください!」
頭を下げる会長は六年生。恰幅の良い男子生徒である。その大柄な体を縮込めて、ペコペコと頭を下げて何度も「お願いします」を連呼しているその後ろでは、他の役員たちも同じく頭を下げていた。
「僕よりも、他にふさわしい方がたくさんいますから。そういった方にお願いしてみては?」
クリストフは一年生二年生と、一言一句たがわぬ断り文句で生徒会役員入りを回避していた。実は学園の生徒会は、前任者からの推薦制。クリストフは毎年のように推薦され、毎年拒否をしていた。
今年も、もちろん受ける気などない。だが生徒会の面々は『今年こそは!』と意気込んでいるようで、クリストフの断り文句にも関わらず、頭を下げ続け引く様子はない。
(生徒会なんて入ったら週末も公爵邸に帰れなくなるだろ。絶っ対にお断りだ。適当にやりたそうな奴に任せればいい…そう、マッコロとか)
マッコロは廊下ですれ違う度にガルガルと敵意をむき出しにしてくるのだが、クリストフが毎年生徒会入りを断っているのをどこかで知ったのだろう。最近はもっぱら、そのことで『父親の爵位が高いから乞われているだけだぞ!』『俺の方が生徒会にふさわしい!』などと言ってくる。
鬱陶しい青頭のことを思い出していると、現在の生徒会長が額の汗をハンカチでぬぐいながら「クリストフ様、聞いてください」と身を乗り出していた。
「その…もうご存知かとは思いますが、来年度は王族の方の入学も控えております。副会長にふさわしいのは、クリストフ様しかいないのです!」
「あぁ、ウルリヒ様が入ってくるのですね」
「そうです!もしかして、お知り合いですか?!」
「はい、まぁ、一応」
『知ってるも何も…ちびっ子の頃から見てます。よく我が家に来てます』とは言いたくないクリストフ。歯切れの悪い言葉でモゴモゴと返事をした。
その場に居る生徒会役員達は顔を見合わせて「やっぱり!」「流石公爵家!」「だからクリストフ様だったんだ!」と、何やら盛り上がっている。嫌な気配を察知し、クリストフは首を再度横に振ってノーの意思表示をする。
「僕は、公爵家の領地経営も学ぶ身です…週末は家に帰らねばならないので、そういった活動はちょっと…」
「それですが!来年から入学されるウルリヒ様のご意向で、週末は生徒会活動をされないそうです。なにやらウルリヒ様も週末はお忙しいみたいで」
(高確率で週末は公爵邸に来てるんだが…まさか、入学してからも来る気か…?)
公爵邸のシャルロッテお気に入りのガーデンテーブルで、ボリボリと菓子をむさぼるウルリヒの能天気な顔が浮かぶ。腹が満ちたら木剣を引っ張り出してきて、ブンブン振り回しては未だにクリストフと戦いたがるのだ。困った王族である。
「というか、ウルリヒ様は会長を引き受けたんですか?」
「ええ。王族の方は、入学したら生徒会に入る決まりになっているらしく…教師の方から打診しました。『私は会長をやる!副会長はレンゲフェルトがいいな。勧誘しておいてくれ!』と、お言葉いただいております」
『あのクソガキ』と喉まで出かかったが、それを抑えてため息をつく。
そんな命令をされているのならば、生徒会の面々が諦めないのも納得だ。
「それ、もう断れないですよね」
「お断りされますと、我々がご命令に反したことになります…!」
王子は入学前なので、身分平等ではない。ただの王子命令である。
必死に頼み込んでくる目の前の人間たちがどうなろうと知ったことではないが、ウルリヒ自体に多少の情はある。あの顔に泣かれると、相変わらずクリストフは弱かった。
しかも、シャルロッテに変に告げ口されると困ったことになりそうだ。『クリストフが学園で助けてくれない』とか言われたら、きっとシャルロッテが悲しい顔をする。ウルリヒとシャルロッテ、二対の紫の瞳が悲しむところを想像して…自分は、ウルリヒの言うことを聞かざるを得ないと結論付けた。
(どうせやることになるなら、引継ぎをちゃんとしてもらえる方がいいな。今受けておこう)
そうしてクリストフは「……はぁ、分かりました。お引き受けしましょう」と、ため息交じりに副会長の職を引き受けることにした。
「よかった!!それでしたら、今年も生徒会室に度々来ていただいて、引継ぎ作業をさせていただければと存じます。よろしいでしょうか」
わーいわーいと喜ぶ生徒会の面々に、もはや無言で頷く。テンションは下がるが『仕方ない』と、クリストフは全てを受け入れた。
諸々の話を終えてクリストフが生徒会室を出ると、ドアの真横に人が居た。
燃えるような赤毛の男子生徒で、新入生の証であるリボンを胸につけている。それであるのに、クリストフと同じくらいの身長。がっちりと筋肉のついた体をしており…武道でも嗜んでいるのだろうか、耳が潰れたような形をしている。
「……うす」
なにやら挨拶のような声が聞こえた気がしたが、まともに礼儀を尽くせぬ人間の相手をしてやる義理もない。クリストフは赤毛の男を無視して、その横を通り過ぎようとした。
「自分…ヴァン・デルバンっす…。来年、ウルリヒ様の護衛を、します。…生徒会にも、入ります…」
ぼそぼそとした声が告げる内容が、一応挨拶らしきものであろうと判断したクリストフ。足を止めて振り返り、一息に言う。
「なるほど。僕はクリストフ・レンゲフェルトです。……それじゃあ、また来年」
くるりと踵を返して再び去ろうとするクリストフの背に「あのっ…」と声がかかった。
「…自分が、ウルリヒ様に…一番信頼していただく男になりますから…!」
敵意のこもったその声に、クリストフは振り向きもせず「お好きにどうぞ」と吐き捨てて歩みを再開した。『来年、色々面倒くさそうだからものすごく嫌だな』と思いながら。
◇
「ーーーというわけで、ウルリヒ様のご指名の副会長、引き受けましたよ」
「おお!良かった。くりすとふが受けてくれなかったら、私も生徒会やめようと思ってたんだ!」
「え、じゃあ今から辞めましょうよ」
「もうダメだぞ。全てそのように準備が進んでいるからな!」
公爵邸の庭で、思わずウルリヒを恨みがましい目で見てしまうクリストフ。
「そんな怒るなよー。くりすとふと一緒がよかったんだ。ゆるせ」
もう九歳になっているウルリヒはペラペラと言葉をしゃべるくせに、シャルロッテやクリストフの名前を呼ぶのは舌足らずのまま、可愛く甘えてくる。今も年下の武器を最大限に使おうと、パチパチと大きな瞳でこちらを見上げ、お菓子をそっとクリストフの皿にのせて「これでもやるから、キゲンなおせよ」と言っている。
その顔にシャルロッテの面影を見てしまい、強くは出れないクリストフ。深いため息をついてその菓子を口に運んだ。
そんな義弟の様子には気が付かずに、シャルロッテは複雑な思いを胸に抱いていた。
「へぇ、じゃあ二人とも来年は生徒会で忙しいのね」
(来年は原作開始の年のはず。原作通り、二人とも生徒会に入るなんて…やっぱりこれが運命ってことなのかしら…)
「週末はちゃんと遊びに来るぞ!」
「やっぱりそのつもりだったんですね」
「王子教育が忙しいのもホントだぞ。週末は学校のことなんかには構ってられん」
呆れたようなクリストフの声に、胸を張って答えるウルリヒ。
シャルロッテはこみ上げる笑いと共に「いつでもお待ちしてますわ」と上品に返した。
「私もくりすとふも居ないと、しゃるがヒマになっちゃうだろ~」
実は、シャルロッテは毎日物凄く忙しいのだが。そんなことは言えないので、ウルリヒの言葉に「うふふ、やることは色々ありますのよ~」と穏やかに応じるに留めた。本音は『しばらくそっちも忙しくしててくれたら、動きやすくなって助かるわ』だ。
例の伝説の商人・パズーの尽力によって、シャルロッテはオモチャの販売にこぎつけていた。
(この世界、やっぱりリバーシは存在しなかったのよね~)
前世でおなじみだった、白と黒の石を使用するボードゲーム。実は国内販売はもう開始しており、意外と順調な売上を記録。レンゲフェルトの名は使用せず、偽名として『シャルル』という名で商売をしている。
現在は週末に必ず帰ってくるクリストフ、及び平日にも突撃訪問してくることがあるウルリヒに備えて、シャルロッテは今現在かなり行動をセーブしていた。
商売に関わる人間を屋敷に呼ぶのも、確実に二人が来ない日にちを押さえる必要があるので大変なのだ。だって、ウルリヒにバレたらクリストフに言いそうだし。クリストフにバレたら、きっと何かしら怒られる。なんだか分からないけど、絶対怒られる。
シャルロッテは、野生の勘で地雷を回避していた。
「お姉さまには僕だけいればいいので、ウルリヒ様はご無理なさらず」
「なにぃ。学園に入っても遊びに来るからな!」
ムキーッと顔をくしゃくしゃにするウルリヒの口から、ボロボロとクッキーのカスが零れ落ちた。シャルロッテはそれをぬぐってやりつつも「ウルリヒ様。お行儀が悪いと、お菓子は下げますわよ」と叱りつける。
ウルリヒが来年学園に入ると思えば、最近のシャルロッテは『この子が学園で恥をかいたら大変!』と、色々と細かい小言が多くなっていた。
「ごめんなさい…」
「ちゃんと謝れて、ウルリヒ様は偉いですわ」
ニコニコと二人微笑み合い、そこにまたクリストフが割って入る。そんな穏やかな時間が、公爵邸の庭では流れていた。