見習いメイド問題
公爵家の一員となって四日。
私はまったくクリストフとの接点が持てずにいた。
なぜなら、クリストフの日課には、隙というものがない。
食事、勉強、休憩とみせかけてマナー講師のついたティータイム、鍛錬、読書など、細かくスケジュールが管理されており、1人の自由時間というものがない。
「仲良くもないのにいきなりティータイムに乱入とかはできないし…どうしよう」と、私は頭を悩ませていた。
目下の課題は、まずは物理的にクリストフに近づくこと。
食事の時間を合わせようと使用人伝手にクリストフ付きのメイドに言伝してみたものの、返答がなく二日が過ぎている。
そして実は、もう一つ問題があった。
私は、メイドたちにナメられている。
初日の晩餐の仕度を手伝ってくれたメイド二人は好意的だった。そして、今でもどちらか一人が私の部屋に付いていてくれるので、部屋の中では問題ない。
しかし、下級メイドになればなるほど、私のことを軽く扱っているのがよくわかる。
そのため部屋のベッドメイクやタオルが乱雑だったり、時には洗濯に出したはずの服がそのまま戻ってきていることさえあった。食事の時に野菜がよく焼けていなかったり、部屋に面した庭の手入れも乱雑だ。
(どうしたものか…)
公爵様に言われてから、私なりによく考えた。
公爵家の一員でありながら、下級メイド見習いに侮られ、好き勝手されて、普通は極刑のところクビで済んだザビー。しかも、おそらく私のことをクリストフの性奴隷だなんだと言いふらしている。
(ザビーはもういないけど、その置き土産が強烈ね)
昨日も公爵邸に慣れるため、庭園を散歩していた際に、掃除をする下級メイドたちに遭遇して、ずいぶんと軽く見られていることを実感した。
普通、下級メイドは屋敷の貴族に姿を見せない。どうしようもない時は頭を下げて、道の横で待機をするものなのだ。しかし。
『ちょっと今は掃除中で~、通るなら、ゴミ避けてくださいね』
『アハハ、この時間は公爵家の方はお仕事やお勉強でお忙しくて、外にはいらっしゃらないんですけどぉ』
『いいですね、オツトメがない間はすることないんでしょう、プッ』
『やだちょっと、アハハ』
養子で、幼女で、本当は使用人以下の性奴隷なのだから、何を言ってもイイと思っている、残酷な少女たち。幼いほど、下に見た者には率直に酷いことを言うものだ。
散歩する私に道を譲るどころか、ゴミを避けて歩けとのたまう。
美しい少女に対する嫉妬心もあるのかもしれない。
『あなたたち、なまえは』
きゃっきゃと私を馬鹿にするように笑っていたのに、私の言葉にぴたりと口をつぐむ。お互いに顔を見合わせ、肩をすくめてみせる。
『いこ、言い付けられちゃう』
『ちょっとこわぁ』
『なまえは?だって、アハハ』
こちらを小馬鹿にしつつ、どこかへ行ってしまった。
掃き寄せられた庭園のゴミと、私を残して。
名前を知られなければ、どうってことないと思っているのだろう。
私付きのメイドに、メイド長に報告するように言ったが…上からの全体的な指導では、根本的な解決にはならない。
(おそらく、私のことをクリストフのオモチャだと、まだ思っているのよね。それで、公爵家の一員みたいな顔しているから、ムカつくと。おまけに、何かしてもクビで済むらしい、つまり、軽く扱っていいものだと認識されてしまった…公爵様の言う通りだわ、甘かった)
それでも、人が死ぬことにならなくてよかったと思うのは、まだまだ甘い証拠だろうか。
「はぁ」
ため息をつきながら、手を拭くタオルが昨日と変わっていないことを、また気づいてしまった。別にそれくらいどうってことないのだけれど、人からの悪意にへこむ。
どうしてこうも、悪いところに気が付いてしまうのだろうか。
(暗いこと考えるのはやめよう!とりあえず、クリストフに会わないと始まらないよね!)
基本に立ち返り、私は“クリストフと仲良し家族計画”を練ることにした。
クリストフの日課には隙がない。であれば、その日課の中で、私が共にできるところを探そう。例えば、食事、マナー講座、進度によっては勉強も一緒にできるだろうか。
(まずは手軽なのはやっぱり、食事よね。とりあえず明日の朝食をご一緒できないか…返事も中々ないし、メイド長のほうから調整してもらおう)
伝家の宝刀、メイド長マリー。
忙しいのに煩わせて申し訳ないが、仕方がないだろう。
会いたい旨を伝えてもらえば、マリーはすぐに部屋に来てくれた。
「マリー、いそがしいのに、きてくれてありがとう」
「シャルロッテ様のお呼びであれば、いつでも伺います」
きっちりとつめた黒髪に、寸分たがわぬ角度のお辞儀。
忙しいマリーを引き留めるのも悪かろうと、私は早速話を切り出した。
「あのね、クリストフとね、あさごはんをいっしょにたべたいの」
「朝食をご一緒されたいのですね。かしこまりました、明日の朝、そのように調整をかけておきます」
「ありがとう!」
二日まってもダメだった件が、秒速で片付いた。
さすがのメイド長である。
(あと、一応下級メイドたちのことも情報共有しておこう)
「あと、このあいだの…おそうじをしていたメイドたちの、こと、なんだけれど」
「ご報告いただきました件ですね。あの時は、大人数で庭園を掃除していた関係で、個人の特定にはいたりませんでした。申し訳ございません。下級メイド全体に、再度の指導をしております」
「いいのよ!いいの…ただ、それだけじゃなくてね」
私は日常感じていることを、思いつくままに話をした。
全てを聞いたメイド長は無表情ながら、眉間が少し寄っている。
深々と頭を下げて、彼女は言った。
「大変、申し訳ございません。使用人が至らぬばかりか、シャルロッテ様にご不快な思いをさせてしまい…家令とも相談し、全体の指導を引き締めてまいります」
(元はと言えば、私のせいなのに。私が、人が死ぬ重みを背負いたくなくて、決まりを曲げたから。私の甘さが、他の人に頭を下げさせている)
ジレンマに胸が重くなる。
人に辛い目に遭ってほしくないからと、願い出たことなのに。それがさらに、次は、何も悪くない人の頭を下げさせる結果になっている。
「いいえ、わたしもわるいの。おとうさまに、ザビーのしょばつをかるくしてもらったせいよね。わかっているの…。わたしも、こうしゃくけのいちいんとして、みとめてもらえるようがんばるわ!」
「シャルロッテ様…」
メイド長は顔を上げ、少しほほ笑んで「わたくしも、お手伝いさせていただきます」と言ってくれた。この人はきっと、信用できる。味方がいれば、頑張れる。
(まずは明日の朝!クリストフと、毎日に会えるようにしなくては!)
満ちてきたやる気を胸に、私は何を話そうかとアレコレ考えながら1日を過ごしたのだった。