学園二年生 後半
二年生となったアンネリアの誕生日会場…マルカス侯爵邸のホールは、喧騒に満ちていた。
シックな管弦楽団の演奏にも関わらず、会場の騒めきが目立つ。座席指定のパーティーであるのに、うろうろと立ち歩く少女の多いこと多いこと。落ち着きのない会場に、年配の参列者は眉をひそめていた。
その原因は、社交界でも滅多にお目にかかれぬ公爵家の面々。今回のパーティーはアンネリアの学園の勢力図拡大に伴い、普段ではレンゲフェルト公爵家の顔を見ることも叶わぬ、地方貴族の子女達も招待をしていたのだ。
「す、すごい…!ホンモノだ…!公爵家って実在したのね!」
「公爵様も奥様も、さすがあの恋物語のお二人!お美しいですわぁ…!」
「ちょっと!あの奥にいらっしゃるのが、公爵家の秘宝!?」
「ちょっと美形すぎませんこと?精工な人形みたいで、怖いですわ」
学園でアンネリア派閥の末端を担う令嬢達は、興奮して声高に囀り合う。若い少女は集団になると、どうも気が強くなって良くないことばかりしていて…よろしくない。
クリストフと同卓に座す、輝かんばかりの美少女に目を奪われてポーッとのぼせ上がった彼女達は『くれぐれも、他のお客様に失礼のないようにね』という、アンネリアの釘がスポーンと抜けてしまったらしい。
「ご、ご挨拶したいわ」
「こんなチャンス、もう一生訪れないかもしれませんものね」
「あわよくばお友達に…!」
座席にも着かず、機会を伺って会場を行ったり来たり。
しかし、シャルロッテの座るテーブルは一番主役に近い列の、一番奥まった場所。そこへ行くには、マルカス侯爵当主・ファージの椅子をどかして通らねば行けぬ位置であった。
アンネリアはもちろん、この事態を想定して『他人が近寄れない場所』にシャルロッテ一家を配置していた。まるで番犬のように実父を使うのはどうかと思うが、ファージは「おお!もちろん任せろ!シラーは俺が守るぞォ!!」と、ノリノリでこの役を買って出ていたのでまあ良しとしよう。
守る相手を勘違いしているのは、アンネリアはスルーしていた。どうせ公爵家は四人で動くのだからまあいいだろう、とのこと。
さすがの世間知らずな小娘達も、現役の侯爵様に「ちょっと通してください」とは言えない。
食べたいのに食べられないスイーツを見るように、少女達は熱い視線でシャルロッテを見つめ続けた。すると。
「ちょっとクリス、一人で立てるわ…」
「お姉さまをエスコートするのは、僕の役割ですから」
「ふふ、ありがと」
椅子を引いて立ち上がろうとしたシャルロッテを、すぐさま立ち上がりエスコートするクリストフ。しかもその顔には柔らかい微笑みが浮かび、学園とはまったく違う、甘く優しい声で語り掛けているではないか。
『『『誰…?』』』
令嬢達の心の中の声は、一つになった。
麗しい姉弟は、ファージに気さくに声をかけている。そして、当主自らに案内をされて、一家四人でどこかへと移動してしまった。
「あぁ…!」
叶わぬ夢だったと落胆する少女達であったが、仕方あるまい。
シャルロッテと『あわよくばお知り合いに…!』と望む人間が多く、苛立ちを抑えきれなくなったクリストフが「お姉さま、ちょっと人酔いしたみたいです…」と、か弱いフリをして別室へとシャルロッテを引っ込めたのだから。
シラーとエマは息子のクサイ演技を見て、二人でニヤニヤしていたが、シャルロッテだけは「大丈夫?!大変、どこかで休ませてもらいましょう…!」と、本気で心配をしていた。
この年以降、アンネリアの誕生日会に末端の少女達が呼ばれることは、もう二度となかったという。
◇
学園には、もちろんテストが存在する。
中間テストと期末テストだ。
クリストフは、入学してから全てのテストで首席をキープしていた。
これも一重に、シャルロッテから『すごいわ!クリス』と褒められたいがため。
また『学園で学ぶより、公爵邸の学習の方がレベルが高いのです』と、シャルロッテを屋敷から出さない口実にするためにも、彼は成績を落とすわけにはいかなかった。
(今回もかなり勉強したし、まあ一位だろう)
テスト結果は、もう張り出されているらしい。
順位なんて全然気にしてませんけど?と、無関心な体を装いながら、掲示板へと向かう。だってクラスメイトの男子がぞろぞろと付いてくるのである。それでちょっぴり格好つけちゃうあたり、クリストフもお年頃だった。
1位 クリストフ・レンゲフェルト
表示を見て、肩の力を僅かに抜く。
わぁっと、周囲の男子生徒から歓声が上がった。
「さすがです!クリストフ様!」
「一位なんて素晴らしいです!」
「入学以来ずっとですね!天才です!」
その場に居合わせた人間が、手を叩いてクリストフを褒め称える輪に加わった。その場はちょっとした騒ぎになってしまう。
当の本人は多少ホッとした気持ちはあるのだが、そんなもの表情に出しはせず、無表情をキープしていた。
周りに「ありがとう」とだけ淡々と返せば、僅かな舌打ちの音がクリストフの耳をかすめる。
パッと音の方向を見ると、水色のおかっぱ頭で眼鏡をかけた、小柄な少年がこちらを睨んでいた。
誰だこいつ?と、周囲の人間に目で示せば「ゼパイル・マッコロですよ」「宰相の息子です」「ああ、いつも二位のヤツ」と、口々に小声で情報が漏らされる。
1位 クリストフ・レンゲフェルト
2位 ゼパイル・マッコロ
確かに、いつも二位は同じ名前だったかもしれない。
クリストフは意識していなかったが、マッコロ宰相の息子だと言う彼もまた、周囲から注目される人間なのだろう。毎度クリストフに敵わず、何か言われたりするのかもしれない。
だが、それでクリストフが睨まれる謂われはない。
冷めた目で見返せば、マッコロは「家の力だろ…」と小声で呟いている。クリストフは面倒だなぁと思いつつ、言葉遊びに乗ってやることにした。
「『公爵家より、宰相の影響力は弱い』と。そういうことですかね」
ふっ、と。僅かに口角を上げて言ってやれば、マッコロの顔色がカァッと赤く染まった。
「なっ…!違う!どうせお前は、家で一流の教師から、小さいころからずっと勉強を教わってたんだろってことだよ!!卑怯だと言っているんだっ」
「確かに、一歳から家庭教師がついていましたが」
「ぼ、俺はそれがあるから負けてるだけだ!ポテンシャルでいえば、俺の方が高い!!」
マッコロの発言に、クリストフの周囲からは「一才から?天才だろ」「卑怯じゃないよな」「うん、普通に凄い」と、ざわめきが起きる。
「僕だって、お前と同じ環境なら、一位になってる!!」
「そうですか」
(こいつ、何言ってもムダだな)
あくまで淡々とした様子のクリストフは「それでは」と、話を打ち切ってクラスルームに戻ろうとする。
「待てよ!!」
「まだ何か?」
うんざりした様子で振り返ったクリストフは脳内で『宰相の家は圧がかけづらいな』と考えていた。さっきから人の事を『お前』呼ばわりするこの青頭に、少々の不快感を感じているのだ。
「同じタイミングで掲示板に来るな!不愉快だ!」
「そうですか」
「ふんっ!」
なんたる暴論。
周りが騒めき「あいつなんだよ」「何様だ」と声が上がる。マッコロは、それらを振り切るように小走りで去って行った。
(ここまで来ると、直接相手をするのも馬鹿らしいな)
無表情のクリストフの脳内は既に『早く帰って、シャルに褒めてもらわなくては』に、すっかり切り替わっていた。不愉快なことに脳の容量を使うのはもったいないことだ。
もちろん、その週末はすぐに帰ってシャルロッテに存分に褒めてもらい、シラーにもマッコロのことを報告をしておいた。シラーもクリストフと全く同じく『宰相の家は圧がかけづらいな』とこぼすが『まあ、やり方は色々あるからな』と、父親がこの件に関しては手を貸してくれるらしい。
「宰相家に圧をかけるのはよろしくないが、直接嫌味を言うくらいはできるぞ。あいつは中々、からかってやれば反応が面白い」
「…息子、父親似かもしれません」
「ぎゃあぎゃあうるさいのか」
「はい。あと、お前お前と言われて不愉快でした。『お前と同じ環境なら、俺が勝ってる』だそうです」
シラーの目の奥がきらりと光る。
「ひとまず、今回の件は任せなさい」と、息子を安心させるように微笑んだ。
そうしてシラーは、次回登城した際にたっぷりと時間を使って宰相に嫌味を飛ばし、相手の脳の血管が切れそうになるまで、この件をこすり倒した。
この後、おかっぱ青頭は『レンゲフェルトを刺激するな!こっちにまで迷惑がかかるんだぞ!!』と、こっぴどく父親に叱られたらしい。それすらもギャイギャイと周囲にわめいているのが聞こえてくるので、クリストフは呆れてしまう。
(こんな男とは、関わり合いにならないようにしよう)
実に賢明な判断である。
しかし、その思いとは裏腹に、原作開始は刻々と近づいて来るのだった…。