学園二年生 前半
学園には、二大行事として体育祭と学園祭がある。
ただし人数の関係で、参加できるのは四年生以上。
クリストフは一年時、行事は見学もせずに帰宅していた。単位に関係がないので、興味なんかない。二年生である今年も、もちろんそうするつもりでいる。
(その時間があれば、シャルと家でゆっくりしたい)
しかし、周囲はそうではない。
生徒達の間では、浮ついた雰囲気が流れていた。
「クリストフ様!これ、私のクラスで販売するアロマキャンドルなんですけれど…とっても良くできましたので、ぜひ贈らせてくださいませ!」
「わ、私のクラスの石鹸も…!」
「私も、クッキーを!」
クリストフからすれば、子どもが戯れに作った品物など必要ないし、食品など口にするわけもない。こちらからすればゴミを押し付けてくる上級生。うんざりするけれども、それを言うのも大人げないかと「ご遠慮します」とだけ言葉を発する。
最近ではアンネリアの勢力圏も徐々に拡大し、クリストフへと迫り来る女子生徒も減っていたのだが…。
「そう言わず!かなり上手く出来てますの!」
「そうそう!受け取ってくれるだけでよろしくってよ!」
「とってもいい匂いですわ!ねっ!」
学園祭の緩んだ雰囲気に、頭のネジまでゆるんだ人間が多くて困る。
進もうとするも、まとわりつくように進路を阻まれてうんざりとするクリストフ。苛立ちを抑えながら、小さく口を開く。
「僕、実家は公爵家なんですよ。レンゲフェルトっていう」
いつも短文しか話さないクリストフの、突然の流暢な語り出し。ぼそぼそっとした音量なのに、妙にその場に声が響く。
周囲はピキッと固まった。
「使う物は、家の人間が僕にふさわしいものを用意しています。なので、こちらの品々は…ご遠慮させていただきます」
家格の、圧倒的に高いところからの強烈な一撃。
グイグイ迫っていた女子生徒達は、手にしていた品物をサッと下ろした。しかし、それでもめげない一人の女子生徒が食い下がる。
「で、でも、思い出に…」
―――どうして僕が、知らない人間の思い出作りに協力しないといけないの?
「クリストフ様も、学園の思い出になるでしょうし…!」
―――知らない人間との思い出?
「要らないですね」
スパッと切られて泣き出す女子生徒をその場に残して、クリストフはスタスタと歩き出した。己のクラスルームへと戻れば、何やら今度は男子が泣いている。
(関わりたくない…どうでもいい…)
しかし、クリストフを発見した男子達はドドドッとやって来て「あの、クリストフ様…」と小さな声で状況を説明し始めてしまう。正直、舌打ちでもしたい気分だったが『クラスのみんなと仲良くね!』という、シャルロッテの言葉が脳内で響いてやめておいた。
「実はアイツ、婚約者にフラれたそうで…」
「学園に居る子じゃないんで、離れてる時間が長くて心移りされたって…」
クリストフは、ほんのわずかに目を見開いた。
「コソコソ手紙のやり取りをしていた、幼馴染の男に盗られたらしいんですよ」
「『学年が上がったら、週末も会えなくなるんでしょ?』とか言われちゃって…!」
「は?!」
(学年が上がったら、週末も会えなくなる?!そんなの聞いてない!!)
珍しく感情的な声を出したクリストフに、周囲は「浮気に怒ってくれている!」と勘違いをした。「ひどいっすよね」と、うんうんと回りが勝手に同調してくる。
「でも、まだまだ人生これからだろ!って話をしていたところだったんです!」
「そうです!素敵な女子との出会いがまだあるはずだ!って」
「一言でいいんです。慰めてやってくれませんか!」と、背中をみんなが押してくる。クリストフは、流されるままに未だ泣き止まぬクラスメイトの前に立たされてしまう。
(『離れてる時間が長くて心移り』『コソコソ手紙のやりとり』とか…シャルの周りの虫は排除しているけど、想像すらしたくない事態だな…)
自分は絶対にそんなヘマはしないが、想像だけでも反吐が出る。
『やっぱりウルリヒと交流するのはやめてもらおうか』なんてことまで考えだしてしまう。彼については、今現在、ギリギリ許容範囲ではあるのだが…。
そうしてクリストフは自分と彼をちょっぴり重ねてしまい、わずかながら同情心を抱いた。
「辛いな」
しみじみと、心のこもったその言葉。彼はさらに「うわぁぁぁ!」と声を大きくしてしばらく泣きじゃくった。最終的には「クリストフ様に一生ついて行きますぅ…!」と、鼻水を垂らしながら忠誠を誓いだす男子生徒。
落ち着いた頃合いを見計らって、クリストフは周囲に問いかける。
「なんで学年が上がったら、土日も会えなくなるんですか?」
「学園祭や体育祭の準備、あと実習とかもあるみたいです。最後の二年間とか、結構忙しいみたいですよ」
(今すぐこの学園辞めたい…)
クリストフは盛大にため息を吐いて、うつむく。
そんな話は聞いていない。
断じて、聞いていない!!
その様子を見ていた同クラスの男子一同は「クリストフ様は心優しいお方だ」「こんなにもお嘆きくださる」と、良い方向に誤解をしていた。
◇
その週末、公爵邸へと帰ったクリストフ。
夕飯の席では、口に食物を運ばずに、やたらとシャルロッテを見つめていた。
「な、なんでそんなに見つめるのよ…」
「…シャルは、ちょっと会ってないからって僕のこと嫌いになったりする?」
「するわけないじゃない!」
「ウルリヒ様を弟にしようとか思ってない?」
「思わないわよ!」
『まあ、そんなことできないか』と、クリストフは小さく切った肉を口に運ぶ。学園の料理の三倍は美味しい。もちろん、味もそうなのだろうけれども…目の前にシャルロッテが居るだけで、クリストフは不思議となんでも美味しく思えるのだ。
「公爵邸の食事は、美味しいです」
「あら!料理人たちが喜ぶわね。伝えてあげてね」
メイドににっこり微笑むシャルロッテの顔を見れば『シャルに限って、コソコソ他人と手紙のやり取りなんてありえないよな』と思いつつ…。夜にはグウェインに命じて、シャルロッテの手紙の送受信歴を再度確認。
テルーとアンネリア、エマの名前しか挙がらなかったことにホッと胸をなでおろしていた。